第87話 聖域は光明の始まり




 アスが地面に打ち付けた棍──罪器ラーディクス。魔力を吸って生長する根は、みるみるうちに俺達の足元に張り巡らされる。

 それは敵側から見ても異様な光景だった。堕淫蠍スコルピウスと化したドミティアも、警告音と言わんばかりにガチガチと顎をかち鳴らし始める。


 次の瞬間、鋏が開く。

 樹皮の甲殻が折り重なって形成された堅牢な得物が開けば、内部より大量の樹液が噴出された。


 たかが樹液と思うことなかれ。

 奴の繰り出す花粉が猛毒であるのと同じく、あの樹液もまた有毒。触れたものの肉体を侵し、壊し、腐らせる。


 要は以前王都で戦ったアイムの毒液噴射、あれの10倍は危険な代物だった。


「あれは俺の〈聖域〉が持たねえぞ!」

「大丈夫です! ──はあ!」


 慌てる俺に対し、アスは力強い掛け声と共にラーディクスへ魔力を流す。

 すると次の瞬間、足元に張り巡らされていた根っこが起き上がり、俺達と冒険者を包み込むドームと化した。


「〈聖書の庭ホルトゥス・ビブリクス〉──〈無花果フィカス〉!」


 込められる魔力に根が発光すれば、みるみるうちに根から幹が伸びる。さらに枝が分かれ、ついには樹冠が生い茂るに至った。

 即席の樹木の盾は樹液を真正面から受け止める。

 果たして溶解樹液を防ぎ切れるか。そんな不安など杞憂だと言わんばかりに、根の檻は見事攻撃を耐え切ってみせた。


 流石に受け止めた樹冠や幹はドロドロに溶かされてはいるが、不自然に光を放つ根っこ部分は無事だ。しかも、溶かされた部位もすでに再生を始めている。

 暗闇で際立つ根が描く軌跡──否、紋様には法則性があるように見えた。


 まるで初めからこう描くことを目指していたかのように、だ。


「これは……!」




 ……何それ知らん。怖。




 ただギルシンオタクとしての知識によって一つの解が導き出される。


「立体型の〈聖域〉か!」

「ラーディクスの根で立体型に形成してみました! これなら奴の花粉を防げます!」

「なるほど、確かにこれなら……!」


 アスの説明を聞いてベルゴは唸る。

 というのも、基本的に〈聖域〉は平面型が主流だ。地面に描くにしろ巻物に描くにしろ、魔法陣を描く対象は大概平面状のものが多い。俺の〈噓八百フル・オブ・ライズ〉やサンディークの〈血闘場コロセウム〉も例外ではない。


 しかし、こと防御において立体型の右に出る〈聖域〉は皆無である。

 物理的に内と外を遮断する〈聖域〉に防御系の魔法なりを組み込めば、破壊困難な鉄壁の要塞が完成。今回はさらに状態異常に対する魔法も組み込み、花粉対策を講じているというわけだ。


「これで冒険者の方々は守れます──守ってみせます!」

「でも、この中に居ちゃ反撃が……!」

「それなら大丈夫です!」


 アータンの懸念に答えるように、アスはラーディクスへと込める魔力量を増やす。

 間もなくして、ドームを形成する根がさらに枝分かれし始める。着実に生長を続けていく根は地下室の床全体にまで及ぼうとしていた。


「このまま地下を丸ごと〈聖域〉にするってか!?」

「そのつもりです!」


 冒険者を守る〈聖域〉は展開できた。

 残るは戦える舞台の用意だ。


 そいつをアスは“根”で描こうとしている。俺がリーパの村でやった時は、範囲も範囲だった為数日掛かりで魔法陣を描いたものだが……なるほど、急生長する“根”で描こうとは考えたものだ。


「なるほどな、そうなりゃあこっちのモンだぜぇー!」

「ギチギチギチッ……!」

「あらヤダ。こっちに来ちゃった」


 言った傍からスコルピウスがこちらに向かってきた。

 両手の鋏をガチガチ言わしながら迫ってくる光景は、遊園地のアトラクション顔負けの迫力だ。


 たしかに〈聖域〉が張れれば安全に反撃できるね。張れればだけど。

 でも、たぶん向こうがこっちに辿り着く方が早いだろう。


「どうしましょ」

「口調の重さが危機に反比例してるよ!?」


 アータンの手痛いツッコミを食らいつつ思考を巡らせる。

 問題なのは罪獣が繰り出す花粉と樹液。どちらも猛毒で吸うか触れるかすればダウンしてしまう。

 樹液はまだいい。鋏を見れば射線を予測して避けられる。


 しかし、花粉はどうにも対処が難しい。ガスマスクを寄越せ。この鉄仮面の気密性はガバガバぞ?


 息を止めながら戦うのも限度はある。

 以前は空中爆撃──もとい、空中から魔法をズカパカぶち込めたからいいものの、ここはそれほど高度も取れない。


「……アス。〈聖域〉が完成するのにどのくらいかかる?」

「この地下全体だと5分……いえ、3分でやります!」

「分かった」


 活路は見えた。

 と、同時に腹も括る。


 俺はヌルリと〈聖域〉の外に乗り出し、迫りくるスコルピウスに対峙する。


「ライアーさん!?」

「ちょっくらあいつの視線を釘付けにしてくらぁ」

「危険です! 〈聖域〉の外じゃあ花粉も防げません!」

「任せろって。──告解する」


 そう言って俺は罪化する。

 鉄仮面から広がる罪紋は瞬く間に全身へと広がる。俺のマント──罪器シムラクルムは一対の黒翼と化し、辺りに羽根を撒き散らす。

 すれば、アスが生み出す〈聖域〉が幻影の中に消え入る。これでしばらく敵の目は誤魔化せる。


「地下っつっても飛べないわけじゃない。空中に留まれば花粉を吸う心配も少なくて済む」

「ですけど……!」

「アータン! 〈火魔法イグニ〉は使えるよな?」

「私? うん、練習したから使えるよ!」

「あいつが花粉出したら〈火魔法〉で燃やしてくれ! いいな!?」


 アータンに確認を取れば、元気のいい返事が返ってきた。

 花粉が怖い? それなら〈火魔法〉で焼き尽くしてしまえばいいじゃない。


 というわけで、アータンには〈聖域〉が完成するまで俺の援護に回ってもらうことにした。


「ライアー、オレの手は要りそうか?」

「いや……」


 刹那、鈍い音が地下中に響き渡った。

 分厚い鉄板を殴りつけたような重低音。皆には突然スコルピウスの目の前に俺が現れたように見えただろう。


 そうだ、奴の喉元にイリテュムを振り抜いたのはこの俺よ。


「ギ、チギッ……!」

「どうだ? 二度目のチョップの味はよぉ」

「ギチギチギチッ!」

「っと、危ねぇ!」


 しかし、致命傷にはなりえない。

 頑丈な甲殻に守られたスコルピウスの防御力は一級品だ。たとえ罪度Ⅲになったとはいえ、一撃で倒せるほどヤワな相手ではない。


 だが、これで完全に奴のヘイトは俺に向いた。

 お返しの鋏も完全に俺狙いだ。


 でも残念でした~、当たりませ~ん。

 罪魔法で生成した分身に惑わされるのどんな気持ち? ねえどんな気持ち?


 火蓋は切られた。攪乱開始である。

 敵の注意を引くのは俺のお家芸よ。


「今は下手に標的分散させるよりこっちの方がいい」

「……一理あるな。分かった、こっちの守りは任せろ!」

「おう! 二人にかすり傷負わせんじゃねえぞ!」


 男子たるもの女子を傷物にすることは許されない。

 ベルゴには最終防衛ラインとして、存分に盾として働いてもらおうではないか。それはそれとして三人と冒険者を囲う〈聖域〉は魔法で隠しておく。


「さて……二人っきりね♡」

「ギチギチッ……!」


 ほら、スコルピウスも喜んでいる。

 俺と二人っきりになれて喜ぶなんて、まるでサンディークみたいだ。全くもって嬉しくない。


「んだよ。男子が女子に言われて嬉しい台詞だぞ? 気の利いた返しは出来ないもんかね」

「ギギギ、ゴギ……!」

「そーかいそーかい。ならいいわ」


 それはそれとして、スコルピウスは俺しか眼中にないらしい。

 〈聖域〉を警戒しているなら真っ先にそちらを優先しそうなものだが……どうやらオツムの方は完全に獣と化している。

 以前戦った罪獣は変身者の意識が残っていた。その所為で中々に苦戦を強いられたが、今回はそこまで考えなくて良さそうだ。


「それなら俺だけでも倒せちゃうかもなんつってな」

「ギチッ──!」

「あ、ごめんなさい無理です許して」


 そんな甘い考えを許してはくれない罪獣さんである。

 超速の鋏と尻尾の猛攻撃を前に、出来たら尻尾斬り落とせればな~等という俺の楽観は一瞬にして消し飛んだ。


 流石は実質的な罪派勢力最強兵器。ギルシンシリーズでも大ボスを任されたこともある経歴は伊達ではない。

 真面に戦えば反撃の隙さえ与えてはくれなさそうだ。


「きゃ~、たすけて~」


 まあ真面に戦う必要もないんだけどな。

 いつぞやのマーライオンとの戦いを思い出す光景だ。

 ちょっと離れた場所から幻影を生み出し、来たるべきタイミングまでジッと身を隠す。これこそ俺の必勝パターンよ。現状最優先事項が〈聖域〉の完成なのだから、無理して攻撃を仕掛ける必要はないのだ。


 勝ったな、風呂入ってくる。


「ギチッ……?」

「あ、ヤベ」


 不味った、風呂入れねえわ。


 数十秒もすれば、理性のない獣と言えど違和感は覚えるらしい。

 クソッ。マーライオンみたいな遠距離タイプだったら騙せるのに。無駄に奴が近距離格闘タイプだったせいで、幻影の手ごたえのなさに気付かれてしまったようだ。


 でも、ワンチャンこのまま気付かずに居てくれたらな~。


 なんて思った矢先だ。

 俺を探している様子のスコルピウスは、真っ先にアス達が居る〈聖域〉へと近寄っていく。おいおい、誰か変なフェロモンでも出してるんじゃねえだろうな!?


「俺を見ろぉーーー!」

「ギチィ!」

「やっぱ見ないでぇーーー!?」


 ヘイトを集めようと〈魔弾マギ〉を後頭部にぶつけてやれば効果は覿面だった。ブチ切れたスコルピウスが足音を轟かせながら俺へと迫って来る。ヤダ、熱烈過ぎるわこのファン。


「チッ、やっぱり騒ぎながらちょっかいかけるのが正解か」


 楽はできない。

 これ、人生の真理である。


「ギチギチギチィ……!」

「ヤベ、花粉くる! アータァーーーン!」


「うん!」


 スコルピウスが花粉を噴射する予備動作を見せた為、全力で援護要請を出す。

 すれば、どこからともなく吹いてきた〈火魔法〉が噴射された花粉を燃やし尽くしてくれた。やっぱアータンは最高だぜ。


 けれど、燃やすにも限度はある。

 燃やし過ぎれば地下の酸素がなくなるし、最悪花粉の密度が高まれば粒子粉塵爆発の危険性だって高まる。水車小屋の粉挽屋なら小屋が爆散するだけで済むかもしれないが、ここは地下だ。天井が崩れては目も当てられない。


 しかし、だからと言って攻勢を譲れば花粉が増す一方。


 そこでだ。


「──〈二枚舌デュエット〉」


 とあるを済ませてから掌を前に突き出す。


「主よ 引かせたまえ」

「我が主の、道を歩まん。御旨ならば、我厭わじ」

「委ね祀り、正しく行かん。我と道を、選びとらじ」

「選び取りて、授けたまえ。飲むべき、我が杯」


 鉄仮面の内より響く二人分の詠唱。

 どちらも俺の声ではあるが、不自然に重なる詠唱は聞く者に否が応でも違和感を覚えさせるであろう。


「「〈大魔砲弾グランマギア〉!」」


 爆速で詠唱を終わらせた魔法が、スコルピウスの顔面に直撃する。

 流石に罪獣相手では上級魔法でも威力が心許ないが、地下室を壊さず、尚且つ時間稼ぎに徹するならばちょうどいい威力だ。


「よ~し! この調子でバカスカ撃ってやらぁ!」

「主よ 引かせたまえ──」

「あっ、ちょ、待って。まだ俺準備できてない」

「るっせえ! 早く唱えろ!」

「そんな怒鳴らないでよぅ……」


 己に生まれたから容赦ない罵倒を貰う。俺って俺に容赦ないのな。


 〈二枚舌デュエット〉──〈もう一人の自分アルター・エゴ〉で口だけ複製して詠唱を補助し、高速詠唱・高威力を両立するエクセレント(自称)な応用技である。

 俺がもっと魔法職寄りなステータスだったら大活躍だったろうに。世の中世知辛いわね。


 けれども今に限っては十分有用だ。

 詠唱作業分担に伴う強化された魔法の連射。スコルピウスにはてんで効きゃあしねえ威力だろうと、釘付けにする程度の迫力は兼ね備えている。


「そぉらそらそら! 悔しかったらここまでおいでぇ!」

「ギチッ……!」

「どうしたよぉ!? まさかビビッて近づけねえとか抜かさねえよなぁ~~~!?」


 〈大魔砲弾〉の爆発音にも負けぬ勢いで煽り倒す俺。

 我ながらよくもまあこんなに口が回るものだ。おかげさまで伽藍堂な兜にポトリと落とされた幽玄な眼光が、あからさまに怒りに燃えていた。


「……そろそろ完成してくれるとありがたいんだが!?」


 ちらちらとアスの居る方を一瞥しつつ、魔法の連射を続ける。

 正直、俺は今無理をしている。というのも、本来俺は罪魔法で姿を隠して不意打ちバックスタブを決めるのが基本戦術だ。


 これもねぇ……魔力量が低いのがねぇ……。

 いや、別に低くはないんだわ。凡も凡、平凡よ。

 だからこそ世界の上澄みに居座る化け物共相手には劣ってしまう。ステータスは正義だ。個人の努力の限界を思い知っちゃうわ。


 一応罪度Ⅲになっている分、魔力量は増幅されてはいる。

 それにしたってこのままバカスカ撃ち続けていれば、そう遠くない未来に魔力は底を突いてしまうだろう。


 根っこは……もうそろか!


「ギチチッ!」

「あ、」


 あとちょっとで完成する。

 そう思った矢先、スコルピウスの尻尾から無数の毒針が発射される。

 辛うじて紙一重で回避……したはいいものの、突き刺さった毒針からはこれまたどこかで見たことがある毒々しい花が咲き乱れた。


「マジぃ?」


 信じ難い光景に俺の中のギャルが溢れ出てしまった。

 スギ花粉がブワッと撒き散らされる光景を見たことがあるだろうか? 見るだけで目と鼻が痒くなってきそうなアレだ。


 今、目の前で広がる光景がそれに似ていた。


 四方八方だ。

 吸えば間もなく死を誘う花粉。そいつを鬼のように撒き散らす毒花が、壁やら天井やらにウジャウジャと。まるで犇めき合う虫の大群のように揺れていた。


 〈火魔法〉で飛ばす?

 いや、これだけの量だ。それこそ粉塵がドカンよ。


 逃げ場は皆無。



「ど~しよっか──なぁん!!?」



 最悪な状況だ。

 顔面が引き攣るのも致し方なし。しかし、そこへ豆鉄砲ならぬ水鉄砲が目の前を横切った。


「ライアー息を止めて!」

「え」


 それは……死ねって意味かい……?


 冗談だ。いや、冗談じゃ済まない状況だけども。

 結局息を止めなきゃ死ぬ状況だ。言われるがまま息を止めれば、間もなく放たれた〈水魔法オーラ〉の軌跡を追うように冷気がやってくる。


 なるほど、〈氷魔法ラキエ〉か。

 花粉が飛散する前に凍らせる。中々に力技ではあるものの、それをできるマンパワーがあれば十分有効な手立てだ。


 問題は、いつまで俺が息を止められるかってとこだけど。


「っ~……!」

「待ってねライアー! 今どうにかするから!」

「~~~!」


 周囲が極寒に包まれる中、俺は息止め我慢大会を開催する運びとなった。

 参加者は俺一人。優勝賞品はなしである。

 死に物狂いで我慢していれば、間もなくもっと大量の〈氷魔法〉がこちらに放たれた。


 しかし、これだけの〈氷魔法〉はアータンが繰り出せるものではない。

 おや? と思い振り返って見てみれば、そこには彼女のみならず複数人の魔法使いらしき姿が目に入った。


「とにかく、ありったけ凍らせてください!」

「分かった!」

「貴方達には助けられたもの! このくらい……!」


 彼らは先ほどまで悪魔と化していた冒険者達。

 そう言えば行方不明になった面子には〈蒼の狼〉も居た。金等級ともなれば〈氷魔法〉を使える魔法使いだって揃えているはずだ。


 おかげで徐々に壁面や天井の毒花が凍り付いていく。

 同時に形成された氷の壁が俺の周囲を覆う。かまくらみたいだ。物理的に花粉を遮断するシェルターまで即興で作るとは、やはり魔法使いとは頼りになる。


「ギチッ!?」


 そして、さらなる応援がスコルピウスに一撃を加えた。

 伽藍堂な甲冑のような風貌の騎士がサソリ人間に連撃を叩きこんでいる。猛毒の花粉に物怖じせずああもガンガン攻めていける存在が居るとすれば──。


「コナトゥスか!」


 〈独立せし意志コナトゥス・レケデンディ〉。

 ベルゴの罪器コナトゥスの自動戦闘形態だ。

 『意思を与える』という〈怠惰〉の権能を宿した大剣にとって、生物の肉体に作用する猛毒は通用しない。噴射式の溶解液さえ気を付ければいい。


 稼働時間が弱点の〈独立せし意志コナトゥス・レケデンディ〉の発動、それすなわち踏ん張りどころという意味だろう。


 さらにそれだけではなかった。


「ッ──ギィイ!?」


「次!」

「はい!」


 高速で戦場を横切った矢がスコルピウスに突き刺さる。

 あの頑強な外殻をどうやってと思ったが、どうやら外殻と外殻の隙間──筋線維の代わりに蠢く植物繊維目掛けて射られたらしい。


 正確無比な矢は次々に蠍の関節に突き刺さり、物理的に関節の動きを阻害する。

 だが、注目すべきは突き刺さった矢の動きだ。矢は直撃後、不自然に変形してスコルピウスの内部を抉っていく。


「ギィイイイシャアアア!!」

「おーおー。ベルゴもえげつないことするでやんの……!」


 こんな芸当ができる者はこの場にただ一人。

 意志の付与を権能とする〈怠惰〉を宿せし元聖堂騎士団長ベルゴだ。そして矢の不自然な変形、罪器であるコナトゥスとは違いあくまで一時的な意志を付与する罪魔法〈自律せし意志コナトゥス・アド・モートゥム〉に他ならない。


 しかし、あくまで〈自律せし意志〉は物体の変形まで。

 正確無比な狙いはベルゴの狙撃技術に依るものだ……うん? おかしくない?

 他人の弓矢を借りて百発百中なんて武芸百般かよ。普段使わないだけで槍術や弓術も会得したとは言っていたが、まさかここまでとは思わなんだ。


「次!」

「す、すみません! もう矢の残りはなくて……」

「ム……そうか、すまん。矢の代金は今度必ず弁償する」

「そんな! うちは少しでも役に立ちたくて……」

「ああ、助かった。君の意志は無駄にはせん」


 弓を借りた冒険者に謝られるも、むしろベルゴはフォローする。出来た大人が。大好きかよ。


 しかし、これで援護射撃は打ち止めか……なんて思っていたらだ。


「俺の武器も使ってやってくれ」

「ッ……いいのか?」

「構やしねえ! このまま何も出来なきゃ〈蒼の狼〉の名折れだ!」

「アタシのもできるか!?」

「壊れたっていい! 役立ててくれ!」


「──恩に着る!」


 魔法使いや弓使いとは別に目覚めていた冒険者──主に戦士職の面々であった。彼らは次々にベルゴへと自前の武器を手渡している。

 それを受け取ったベルゴは、あろうことか武器を弓に番えて射出するではないか。これも武器変形を可能とする〈自律せし意志〉あってこそ。


 本命たるコナトゥスへと繋ぐべく、矢と化した剣や槍は硬い甲殻を貫いていく。

 そしてコナトゥスの刃腕が閃いた。堅牢なスコルピウスの甲殻に深い刀傷が刻まれれば、スコルピウスも絶叫染みた悲鳴を地下空間に響かせる。


「助かるぜ、ベルゴ!」


 実に痒い所に手が届くムーブだ。流石は元聖堂騎士団長、周りをよく見てくれている。こんな状況でなければ名誉オカンの称号を授けたいところだ。


「これでやり遂げられなきゃ、俺は無能だな……!」


 俺は自分を奮い立たせるように独り言つ。


 アータンの魔法。

 ベルゴの援護。

 アスの聖域。

 そして、冒険者の援護。


 全員が全員、己の役割を全うしてくれている。

 一人だけで戦っていたならば、こうも上手く事は進んでいなかった。


 やはり味方は──仲間は偉大だ。

 今になってそいつを実感していた。


 するとだ。


「ギィイイイ!」


 武器達と魔法の猛攻を受けていたスコルピウスは悲鳴を上げた。

 耳を劈く大音響に攻撃を仕掛けていた者は耳を塞ぐ。


 その一瞬の隙を衝く形でスコルピウスは突進を始めた。鋭い脚の爪を石畳に突き刺しながら向かう先は──そう、アス達が居る方向だ。


「あの野郎、なりふり構わねえってか!」


 それを見た俺は迷わずスコルピウスの下へ飛翔する。

 瞬間、幻影で隠匿された〈聖域〉が色めき立つ。そりゃあ傍から見れば接近=死の相手に突っ込んでいるのだから動揺するのも無理な話だ。

 だが、スコルピウスはすでに鋏を振り翳している。

 如何に堅牢な〈聖域〉と言え、その根幹を成す根を直接破壊されては形無しだ。


「踏ん張りどころだ……なぁ! イリテュム!」


 罪器解放。

 〈虚飾〉の権能が宿った剣が一際強く輝けば、それは見るからに重厚な一振りの槌を化した。


「──『地磁ちじつち』」


 槌に魔力を注ぐ。

 すると俄かに鈍い光を放った槌に向かって、散らばった武器の破片が一斉に集まる。『地磁の槌』は込めた魔力に比例して磁力を生み出す魔道具。その力は素材に由来する為、イリテュムでも模倣は可能だ。


 スコルピウスを前に散っていた武器は、今一度色欲の罪獣に一矢報いるべく、地磁の槌に結集。刺々しい金属の刃や棘を生やした凶器へと変貌した。


 そいつを罪度Ⅲになった俺が振るってやれば、だ。


「そぉ……らっ!」

「ギッ──!?」


 大質量と遠心力、そして俺の膂力が生み出すパワーは壮絶の一言に尽きた。

 けたたましい激突音が地下に木霊すれば、スコルピウスの鋏はバラバラに砕け散る。


 しかし、それが奴の怒りに火を注いだ。

 致命の毒針が俺の方に振り返る。花弁の中で無数に揺れる葯は、今にも爆発しそうなくらい膨れ上がっていた。


 罪獣の眼光が光る。狙いを澄ませているのだろう。

 鋏を砕いた下手人──俺へと。


「ハッ」


 だが、俺は鼻で笑った。

 別にスコルピウスの攻撃を侮っているわけではない。奴の攻撃はどれも致命的で、どうしようもなく危険な代物だ。



──この〈聖域〉がなければ、の話だが。


 刹那、俄かに地面が輝き出した。

 突然の発光にスコルピウスが硬直する。頭部の甲殻から覗く眼光は、心なしか動揺に揺れているように見えた。


 けれど、それが奴にとって致命の隙だ。


「ギッ!!?」


 虚空より伸びてきた棒がその顔面に突き刺さる。

 狙い澄ましたかのような一撃だった。棒はものの見事に甲殻に覆われていない目元部分に入り込んでいる。


「ギッ、チッ」


 それだけではない。

 急速生長を始める棒──否、根だ。みるみるうちに直径を膨れ上がらせていく根は、スコルピウスの甲殻を圧迫する。


「ギッ、ギィイイイ!!?」


 そして、圧砕。

 膨張する根の圧力に耐えかねた甲殻を無理やり剥がされ、スコルピウスは絶叫した。瑞々しい植物繊維が詰まった断面からは、血のように得体のしれぬ体液がダラダラと溢れ出している。


 あちゃあ。あれは痛いわ~。


「──お待たせしました、ライアーさん」

「よっ、待ってました!」


 嬉々として振り返ればアスが立っていた。

伸長したラーディクスをちょうどいいところで折り、元の長さくらいに調整しているところだった。


 折るて……縮められない如意棒かよ。

 だが普通の〈聖域〉と違い、魔力回路となる物体が残ることは大いにメリットだ。


「これでようやく舞台が整ったってとこか?」

「はい!」


 根は床全体広がっている。

 この根の範囲が〈聖域〉だ。スコルピウスの厄介な状態異常攻撃を無力化する、まさに奴と戦う為だけの舞台。


 そして、舞台が整ったなら役者も必要だ。


「お前ら、準備はいいか?」

「もちろん!」

「冷や冷やさせおって! 待ちくたびれたぞ!」


 罪器ウェルテクスを解放するアータン。

 その横ではベルゴがコナトゥスを手元に戻し、背後に巨大な聖霊を顕現させる。相も変わらず迫力満点だ。今に限ってはこっちの方が怖いわ。


 それにしても壮観だ。

 〈嫉妬〉の魔女。

 〈怠惰〉の騎士。

 〈色欲〉の僧侶。

 ついでに〈虚飾〉の勇者──偽物だけどな。


 曲がりなりにも王道勇者パーティーが出来上がったわけだ。

 そして、対峙するは伝説の魔獣。

 この並びとシチュエーションには俺も思わず感極まる。夢にまで見た光景だ……一度やってみたかったんだよなぁ。


「なんか……ありがとうな、アス」

「えっ!? な、なにがですか……?」

「男のロマンの話だよ」


 だからこそ感じる。

 これは根拠のない確信だ。

 それでもは俺に勇気を与えてくれる。




「今なら……誰にも負ける気がしねえ!」




 前半戦は終わりだ。

 後半戦……反撃開始と行こうじゃないか。




 ***




 林檎を齧り、宵闇に佇む影があった。


「……ここか。“杖”のある場所ってのは」


 月影に照らされて浮かび上がる人影は、芯だけとなった林檎を捨て、獰猛に笑った。

 まるで獣。口角が吊り上がった途端、鋭い犬歯が剥き出しになる。


「この魔力……さてはドンパチしてやがるなぁ?」


 それはまさしく彼の闘争心そのもの。

 短絡的で一触即発な彼の気性の表れと言い換えてもよかろう。


「ハハッ、ハハハ、ハハハハハハ!」


 哄笑を響かせながら、彼は

 数十メートルもの高さから地表まで、ほとんどタイムラグなく移動してみせたのだ。そこには何の揺らぎもない。

 無音。そして無風。

 あり得ない光景だった。

 そして、あり得ぬ光景を生み出した男は立ち上がる。外套のフードを脱げば瞳が露わとなる。寒い日の月のような瞳だった。暗い空に浮かぶ青い月とも言える。




「俺様も交ぜろよ」




 男は独り歩む。

 その後ろに付いていく者は誰も居なかった。


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