第86話 鉄の杖は罪獣の始まり




 催淫ガス(お香)が充満した地下。

 悪魔と化してしまった元冒険者達。

 明かされるアスが罪派だった事実。




 それがなんと……!

 今回に限り……!

 敵を一網打尽にして解決しちゃいました~!


 はい。


「おしまい」


 パンパンと手を叩き、埃を払う。


 あんだけ余裕ぶっこいていた罪派が床の上に転がる様を眺めるのはスカッとするぜ!


 ぶっちゃけよう。たいして強くなかった。

 罪派の強さなんてたかが知れているのだ。非人道的手段を取られた時が厄介なだけであり、強さとしては魔王軍の雑魚悪魔とどっこいどっこいぐらいである。


 大抵の敵は俺がドロンすれば何もできない訳よ。

 それに今は心強い仲間が三人も居る。


「こちとら元聖堂騎士団長が居るんじゃ。あの程度の戦力で倒せると思ってんじゃねーぞ」

「か、ぱはぁ……!」

「どうケジメつけてやろうか? そうだな……指を出せ。人差し指だ。今からてめえの両手の人差し指をやすりでえっっっぐい深爪にしてやる」


 深爪は不便だぞぉ?

 なんか、こう……ペリッと捲りたい時とかちょっと掻きたいとか、すっごい不便だぞぉ……?


 それはさておき、罪派教皇代理ことドミティアは、現在縄で縛りつけられた上で地面に転がっている。何故か声がガラガラである点が気になるが、このような空気の悪い場所で過ごしていれば喉の調子も悪くなるのも致し方ないね。


「あの人、思いっきり喉にチョップされてたよね」

「成人男性が出してはいけない声を出してたな」

「不意打ちで喉チョップは駄目ですよ……」


 後ろに居る仲間三人から不意打ち疑惑を掛けられた。

 そんな……俺はただ『なんかこいつの話長くなりそうだな』って思ったから、幻影を囮に喉笛に手刀バックスタブ決めただけなのに。


 あの時のドミティアは成人男性が声に出すべきではない高音域を発していた。

 『こ゜は゜ぁ゜!!?』みたいな悲鳴だったが……まあ大丈夫だろう。現に命に別状はない状態だ。


 しかし、そのように教皇代理が崩れ落ちる姿を見た途端、罪派共は動揺。

 その隙にさっさと罪派を無力化した後は、悪魔になってしまった冒険者達を何とか皆で相手にしていた。幸い魔人化した直後だった為、気絶さえしてしまえば魔人化の進行は収まる。アータンやベルゴ、それにアスの活躍もあってか、今では全員無事に元の姿へと戻っている。


 完全勝利だ。

 催淫のお香でムラムラしている以外はPerfectと言える状態である。


「おうおう罪派共、早うお縄につけい。こいつみてえに喉チョップを食らいてえか?」

「「「うわ……」」」

「やめてその反応。傷つくから」


 今の俺には戦闘よりも三人にドン引きされたダメージの方が大きかった。

 だって俺は回避タンクだからね。攻撃は避けてナンボである。けれど、言葉のナイフって奴はどうにも避けようがない。俺にとっちゃ生涯の天敵とも言えよう……ぐすん。


「ぐっ……貴方は……!」

「おっ、まだ喋れるのか」

「なるほど……得心しましたよ。貴方でしたか……3年前に我々を壊滅に追いやったのは……」


 隙間風のようなガラガラ声でドミティアは喋り始める。

 3年前というと、まだ俺が一人旅していなかった時期だな。言い換えれば、鉄仮面三人衆で罪派ぶっ潰し回っていた時期でもある。


「ほーん。俺のこと知ってんのか」

「ククッ……忘れはしませんよ。あれは我々にとって悪夢のような出来事でしたからね……」

「そいつはよかった」

「しかし、よろしいのですか? を放置しても」


 縛られたドミティアが視線で指し示す先には、アスが佇んでいる。

 先ほどは場の流れで普通に共闘していたものの、こいつらが言うには罪派……それも中々に重要な立ち位置にあるらしい。


「貴方達の反応……きっと彼は何も語らなかったのでしょう。己の過去を、何もかも」

「っ……そ、それは……!」

「他人の無知に付け込んだのでしょう。過去を隠し通したかったのでしょう……ですが無駄です! 過去は! 罪は! 消えない!」

「やめ──!」

「アデウス様、貴方こそ罪派の希望! 新たな教皇として我らを導く天が遣わした──」




「はーい、『聖人の断頭台』いきまーす」




「かぱあああ!!?」

「ライアーさん!!?」


 なんか長々と話しそうな雰囲気だったので、リーン直伝『聖人の断頭台』で物理的に黙らせる。

 リーンは太ももがムチムチしていて良い匂いだったけどな、俺は違うぜ? ただただ苦しいだけのプロレス技よ。ひかがみに食い込むグリーブの鋭角部位は痛かろう。ご褒美なんて期待するんじゃねーぞ。


「ワーン! ツー! スリー!」

「か、はぅあ……!!?」

「フォー! フォー! フォォオオオ!」

「進まぬ4のカウントダウン!? ライアーさんタンマ!! その人死んじゃいます!!」

「チッ。……アスに感謝しろよ」

「ごはぁ!!?」


 できればこのまま10カウントまで行きたかったが、お優しいアスがストップを掛けた為、渋々ドミティアの首元から足を退ける。

 ドミティアは窒息寸前でせき込んでいる為、すぐには話を再開することはできないだろう。狙い通りである。


「ったく、訊いてもねーことウダウダ喋りやがって」

「げほっ……!!?」

「こちとらあいつが罪派絡みで色々あったことぐらいは薄々察してんだよ。あのくらい気にしないのはわけねーよ」


 そうドミティアに言い切ってから、アスの方を向く。

 不安そうな眼差しは、じっと俺を見つめている。まるで判決を待つ罪人のように震えており、顔色は薄暗闇でも分かるくらい血の気を失っていた。



 ここからあいつにはちょっと酷な話になるだろう。

 だが、先にドミティアから過去を暴露されてしまった以上、これだけは言っておかねばなるまい。


「でも、『気にしない』ばかりじゃ何も解決しないんだ」


 そうだろ? と。

 うちの悩める子羊に向かって語り掛ける。


「仲間や友達としてやっていくなら無関心だけで済ましちゃ不誠実だと思うんだ。だから相談してほしい。苦悩も要望も、全部ひっくるめてな」

「ライアーさん……」

「けど、それを打ち明けるにも勇気が要るもんな」


 ニッと目を細めてアスに笑いかけてやった後、俺は再び足元に目を向ける。

 転がるドミティアが憎悪と憤怒に満ちた眼光を光らせてはいるが、手刀の構えを見せてやれば、すぐさま怯えたように身を縮こまらせた。


 フンッ、口ほどにもない奴め。

 それっぽっちの度胸しかないのなら、端から他人の過去なんて暴露するんじゃねえ。俺はそう声を高々にして叫びたい。


「あいつの過去はあいつだけのものだ。どうにかしていいのはあいつだけなんだよ」

「くっ……!」

「だからお前は横からあれこれ口を出すんじゃねえ──邪魔だ」


 鉄仮面でくぐもった低音が、暗い地下室に重く響き渡った。

 我ながら結構ドスの利いた声を出せたと思う。おかげで、どうにかしてアスを取り込もうとしていたドミティアの目に、明確な恐怖の色が滲んで見えた。

 どうやっても俺達とアスを敵対関係にはできないと悟ったのだろう。

 諦観──奴の表情を言い表すには、それが最も適当だった。


「ヘッ! 手間かけさせやがって」

「……ライアーさん」

「どうしたアス? 怪我でもしたか?」

「いえ。怪我とかは全然……」


 歩み寄ってきたアスは、何か言いたげにもじもじと両手の指を遊ばせていた。

 これが小さい女の子だったら『アラアラ、いじらしいわね……』で済むのだが、ご生憎様。こいつは男である。面と性別が合致してなくて未だに脳がバグってしまう。


 まあ、そういうとこもこいつのキャラだ。

 俺は好きである。


 と、呑気なことを考えていたらだ。


「えっと……わたしが罪派だったことなんですが……」

「事情があるんだろ? 気にしてない気にしてない」

「それは大変ありがたいんですが、こういうこともありましたし……一度ちゃんと皆さんにお話ししなくちゃと──」


 そこまでアスが口にした時だった。


 光が見えた。

 金属光沢のような閃きだった。

 それがアスの背後で瞬いた瞬間を。


「っ、伏せろ!」

「きゃあ!?」

「ヤダ、カワイイ悲鳴!」


 アスを庇えたのはほとんど反射だ。俺の飛天は今日も中々冴えてるぜ。

 しかし、どうやら思い違いがあったらしい。アスを狙ったとばかり思っていた飛来物は、アスではなく別の人間──。


「グッ!!?」


「えっ……ウソ!!?」

「罪派の男が!!?」


 直後、ドミティアの胸が貫かれた。

 アータンとベルゴが驚く一方で、当のドミティアは胸に鉄の杖を突き立てられてビクビクと痙攣し始めている。


 一見すると心臓を貫かれて手遅れの状態だ。

 しかしながら、俺が注目していたのはドミティアの方ではない。


は……!?」

「何か知ってるんですか!?」

「ヤベえヤベえヤベえ! 離れるぞ!」

「えっ、ちょ、ちょっとーーー!?」


 困惑するアスをお姫様抱っこで持ち上げ、全速力でドミティアから離れる。

 その時、背後からこんな声が聞こえた。


……貴方……!?」


 ドミティアの恨めしそうな声。

 何より飛び出た名前に、俺はすかさず辺りを見渡した。魔力知覚にも全神経を集中させれば……見つかった。

 逃れていくように、地下室の扉から飛び出していく一つの人影。アスに似た桜色の長髪を靡かせる修道女の後ろ姿が。


 けれど、もう間に合わない。


「全員! 俺の方に寄れぇー!」


 少し離れた場所の二人にも呼びかける。

 アータンは何が何だか分からないといった様子だが、俺と同様、事態を把握したベルゴは焦燥した面持ちで彼女を抱え、こちらに合流しようと駆け出した。


「ウ、ゥウ、オォオガアアァアーーー!!!」


 地下に咆哮が轟いた。

 人間の喉から迸っているとは思えぬ大音声。地下どころか地上の建物さえ揺らしかねん鳴動は、やがて地下全体へと波及していく。


 多かれ少なかれ、恐ろしい予感は誰もが感じていただろう。

 理解している人間も、そうでない人間もだ。


 間もなく、それは現実と化す。


「──〈嘘八百フル・オブ・ライズ〉!!」


 その前に俺は〈聖域〉を張った。

 俺達四人と気絶した冒険者を覆う帳のように。〈虚飾〉が生み出す幻影は耐久性にこそ難はあるが、多少の防壁ぐらいにはなるのだから張っていて損はない。


「な、何が起こるの……ねえ!!?」




「ギ、ギギギィリィャーーー!!」




「ひっ!!?」


 怯えるアータン。

 その瞳にはくっきりとドミティアの姿が映っている──が、しかし。


 異変が。

 異常が。

 異様が。


 渾然とした混沌が、ドミティアを貫く鉄の杖を中心に始まった。

 まずは鉄の杖が脈を打ち始めた。無機質な無機物が、まるで生き物であるかのように。それは程なくして粘菌の如く肉体を侵食し、全身を鉄の血管で覆い尽くした。


 そして始まる魔人化とは違う変異。

 肉体が木のような材質へと変化し、みるみるうちに異形へと変貌していく。これだけならばまだ魔人化の範疇だが、変異はまだまだ止まらない。


「あの姿……サソリですか!!?」

「でも大き過ぎるよ!!?」


 アスとアータンは、人型から大きく逸脱するドミティアに困惑していた。

 甲殻のように折り重なる樹皮は金属光沢に似た鈍い輝きを放ち、両腕はそこから鋏型に変形している。

 さらには根っこ状の下半身は、複雑に絡み合いながら後方へと伸びていく。さながら一本の尾と多脚──アスも言った通り、サソリを彷彿とさせる形状だ。

 しかし、尻尾の毒針に当たる部分には刺々しくも毒々しい花弁が咲き誇っている。あれは『蠍花』と呼ばれる有毒の植物だ。

 極めつけに、全身を覆う樹皮の甲殻が頭部にまで及ぶ。とうとう顔面も虫人族染みた風貌と化したが、肉体的には木人族の方が近いのだろう。


──植物型のサソリ人間。


 今のドミティアを総括するならば、それが最も適当であろう。


「これは……罪化、なの?」

「いいや、違う」

「ベルゴさん……?」


 何か知ってるの!? と叫ぶ少女に、ベルゴは一度、生唾を飲み込んだ。

 それから乾いた唇を一舐めした。これだけで現在の状況が切迫したものである事態だということは理解できよう。


「あの鉄の杖……恐らく、あれは罪器カドゥケウスだ!」

「罪器!? 罪冠具じゃなくて!?」

「半分正解だ! あれは罪器と罪冠具、両方の性質を持つとされる罪派の秘宝! 手にした者に神の威光を纏わせると聞いたことがあるが……まさか、魔獣そのものと化す道具だったとは!」




「ギシャアーーーッ!!!」




「ッ、不味い!」


 サソリ人間と化したドミティアの咆哮により、地下室の天井がパラパラと崩れ始める。咄嗟にベルゴが瓦礫を切り払って事なきを得るが、それも一時凌ぎだ。

 空洞のように伽藍洞なドミティアの兜の奥から、幽かな眼光がユラリと瞬く。

 次の瞬間だ。尻尾を掲げたかと思えば、全開となった花弁の中心から粉のようなもの──いわゆる花粉が撒き散らされる。


──あれはヤバい。


「全員息止めろぉ!」


 直後、瓦礫と共に花粉が舞い降りてくる。それは俺が展開した〈虚飾〉の〈聖域〉──に多少阻まれたが、全てを防ぐことは難しかった。

 俺も俺で若干吸った。

 しかし、これは口の中に忍ばせていた丸薬を噛み潰すことで事なきを得た。


「花粉吸った奴居るか!? 居たなら──」

「吸ってないよ゛ッ!!!」

「吸ってらっしゃるぅ~」


 ぷんすかたんなアータン、ぷんすかアータンが爆誕していた。

 未だかつて見たことがない大激怒である。その怒り様を前に思わず俺も委縮してしまった。


 怒っているアータン怖いよぅ……。


「アータンちゃん!? どうしたんですか!?」

「怒ってない!!!」

「いや、怒ってますって!?」

「怒ってないってッ!!!」

「怒ってるじゃないですかぁ!!」

「怒ってなぁいぃ~~~!!」


 でもちょっとカワイイ。

 イヤイヤ期の子供みたい。


 一方でアスはケロッとしており、このような有様のアータンを宥めていた。

 けれど、それではアータンの怒りを鎮めることは叶わずタジタジする。


 だが、そこへ助け船が一隻。


「落ち着け!」

「ベルゴさん、アータンちゃんは一体どうしてちゃって……!?」

「それは恐らく敵の力で怒りの感情を引き出されて……うん? オレは一体何を言おうと……」

「ベルゴさん!?」

「失礼だがお前は誰だ? いや、そもそもオレは一体……?」

「ベルゴさぁーーーんッ!!?」


 泥船だった。


 物忘れがひどいおじいちゃんみたいになっていたベルゴにアスが慟哭する。

 不味い、これは忘却状態だ。ゲームでは魔法や特技が使えなくなる状態異常だったのだが、現実だとこうなるのか。


 こんな有様からも分かる通り、二人は状態異常に掛かっている。

 ベルゴは今言った通り“忘却”に。アータンは特定の相手しか目に入らず指示を聞かないコマンドを受け付けない“激怒”を患っている。


「そうだ! 怒った相手に効く魔法があったぞ! えっと、たしか……」

「ベルゴさん? まさか思い出せないとか言いませんよね……?」

「待ってくれ。あと少ししたら思い出せる」

「ベルゴさん?」

「えーっと、あれだ……ビ……いや、『ビ』だったか?」

「フワフワじゃないですか!」




「フワフワなのはパンケーキだけで十分だよぉーーーッ!!!」




「「「ア、アータン……ッ!!?」」」


 記憶がフワフワなベルゴにアータンが我慢の限界を迎えた。

 このままでは一向に話が進まない為、アスに〈覚醒魔法ヴィギ〉を使うよう催促する。これで精神系の状態異常は一通り回復できる為、忘却も激怒も解除できるのだ。


「「すみませんでした……」」


 解除されて正気に戻った二人から陳謝された。


 大丈夫、気にしない。ただ俺のアルバムにそっとしまうだけだから♡

 ちなみにこのアルバムは酒の席で取り出されるぞ。


「それよりも全員聞け! あのドミティアって野郎、罪派の秘宝を使って魔獣に変化しやがった! ここまではいいな!?」

「う、うん!」

「あいつが変身したのは罪獣シンじゅう堕淫蠍スコルピウス! 限りなく〈色欲〉に近い〈罪〉の力を身に纏った魔獣だ!」


 罪派の秘宝──罪器カドゥケウスは七つある。

 どれもが各罪派の教皇が太古より継承してきた代物。時代によっては回収した教団の手によって破壊・破棄されたが、その度にどこからともなく製法を知った悪魔が、奴らに知恵を貸したとされている。


 問題はその強さだ。

 罪化が進行すれば魔力が増加し、魔人化が引き起こされる。これが体内にある魔の因子が活性化して引き起こされる事象であることは、以前にも説明しただろう。


 だが、カドゥケウスはここから活性化を飛び越え、

 結果、使用した人間は過剰活性した魔の因子によって人の形さえ保てなくなり、カドゥケウスに対応した魔獣の姿へと変貌する。


「俺も昔、あいつと戦ったがだいぶ苦戦した! それもこれも、あのヤバい花粉だ!」

「花粉!? って……具体的に何がヤバいの!?」

「症状だよ! 発情に麻痺、猛毒にその他諸々! 状態異常のオンパレードだ! ひと吸いでもしたら真面に立てなくなる!」


 だが、ゲームと違ってここは現実だ。

 やり直しが利かない以上、一発アウトの状態異常祭りなんて食らうわけにはいかない。しかもここは風通しの悪い地下だ。もしもの時の丸薬は渡していたとはいえ、回復した傍からおかわりなんて事態もありえない話ではない。


 つまりだ。


「一旦撤退するぞ!」


 少なくとも花粉の影響を受けぬ場所まで移動しなければ。

 それほどまでに奴が変身した罪獣とは、ただの悪魔や魔物とは一線を画した存在であるのだ。


 業腹だが……気絶している冒険者を守りながらでは、とても戦える相手ではない。

 今までもリーパの村やシルウァの村、それぞれで防衛戦染みた戦いはしてきたが、今回の難易度はそれらの数段上だ。


「でも、冒険者の人達が!?」

「後から救助する!」

「それじゃあ皆花粉を吸っちゃう! ……そうだ、私の〈海蛇神の大水魔槍レヴィアタン・オーラハスター〉で!」

「ダメだ! 地下が崩れる!」

「っ……!」


 

 たしかにそれだけなら、アータンやベルゴが最大級の攻撃で何とかなるかもしれない。しかしここは地下だ。迂闊な大技を放って地下が崩れ、俺達が生き埋めになる可能性だってあり得る。


 現状、最も全員が助かる見込みが高いのは、一旦スコルピウスを誘導してから即刻討伐。それから冒険者を救助することだ。


「俺の〈聖域〉も長くは持たない! 早くこの場から離れるぞ!」

「──花粉をどうにかできればいいんですよね?」

「……アス?」


 いよいよ〈聖域〉が崩れかけ、この場から逃げ出そうとした時だった。

 アスが愛用の棍を握り締め、俺の腕から飛び降りた。

 同時に、アスの掌から流し込まれる魔力に呼応し、棍には葉脈染みた魔力回路が発現する。


「それならわたしに任せてください」

「っ──任せる!」

「はい!」


 『任せてもいいのか?』とか。

 『信じてもいいのか?』とか。


 そんな野暮なことは訊かない。


 今必要だったのは、この状況を打破できるだけの手段。

 それを持っていた人物がアスだからといって、躊躇う理由など一ミリもありはしない。


 それはアータンとベルゴも同じだ。

 二人も一人の仲間に全幅の信頼を寄せたような眼差しを送っていた。


 何故ならば、誰もがそうだったから。




──皆を救いたい。




 この時、俺達四人の気持ちは一つになっていたのだ。




 ***




(お師様……ありがとうございます)


 わたしは今、亡き師に対し最大限の感謝を送っていた。

 別に今まで感謝していなかったわけではない。それでも今ばかりは彼の教えが生きているという事実に感謝せずにはいられなかった……ただそれだけのことだった。


(今ならお師様の言っていた“力”の意味、よ~く分かりますよ)


 クルクルと回す棍に魔力を込めれば、刻まれた魔法回路に魔力が奔った。続けて棍全体から淡い桜色の光が放たれ始める。


 大丈夫だ、何の不具合もありはしない。


(きっと、わたしの“力”はこの時の為にあった)


 倒すべき敵が居る。

 救うべき人が居る。

 そして、守りたい仲間が居る。


 そして、三つ全てをやり遂げる為の“力”が今の自分には備わっている。

 過去から現在に至るまで積み重ねてきた努力。それが報われる瞬間は、今を措いて他にない。


罪器ジンギ解放──ラーディクス」


 魔力を流した棍を地面に打ち付ける。

 すると、打ち付けた棍がドクドクと脈動を始める。それはまるで地面に張られる根のように、アスを中心にして地面に広がっていく。


「──告解します」


 根は魔法陣のように張り巡らされた。

 だが、それだけではまだ全員を救うには足りない。


「わたしの〈シン〉は〈色欲しきよく〉」


 故の告解。

 刹那、首輪チョーカーから首へと葉脈染みた魔力回路が広がっていく。

 桜色の魔力はやがてアスの全身から根へ流れ、やがて地下の晦冥を鮮やかな光で照らし上げるに至る。それでも尚有り余る魔力は根から噴き上がって燐光を撒き散らす。


 これをアヴァリー教国では桜吹雪と呼ぶらしい。


──そうだ、今度訪れる機会があれば皆で見に行こう。


 今と、そして、歩みたい未来を見据える。




 その為の力が──これだ。




「わたしは──〈色欲しきよくのアデウス〉!!」




 背負った十字架は重しなれど。

 時にその重さは力になり得る。


 それが〈罪〉。

 それこそが罪深き罪ギルティ・シン


 真に罪を悔いるのなら戦え。

 お前の背負った罪こそ最強の武器となる可能性を秘めているのだから。


 勇気を出して一歩踏み出せ。

 お前もまた勇者になる一人だ。




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