第84話 追跡は積悪の始まり




「あれだけ騒いだのに誰も起きてこないんだね……」




 分身を連れ帰る不審者──もとい、罪派を追跡すること数分。

 違和感を覚えていたアータンがとうとう疑問を口にする。


 言われてみれば、それはたしかにまっとうな疑問。

 十数人が宿屋を取り囲み、壁をブチ破り、果てには部屋へ突入して人間一人を連れ攫ったのだ。いくら深夜と言えど誰も起きてこないのは不自然である。


 ……なんだって? 壁ブチ破ったのお前らだろ?

 いや、俺はブチ破ってない。ぬ゛ぅ゛う゛ん゛したのはベルゴだ。けして俺のせいじゃないので請求先はベルゴにお願いします……あっ、小遣い全員で共有してるんだったわ。結局連帯責任だ。


「……おそらく魔法だな。〈睡眠魔法ソムヌ〉がここら一帯に掛けられているんだろう」


 ベルゴの分析は以上の通りである。

 〈睡眠魔法〉──文字通り相手を眠らせる状態異常魔法の一つだ。上位互換として効果範囲の広い〈大睡眠魔法ソムヌス〉があるが、大体効果は似たようなものである。

 一定時間の睡眠を強いるこの魔法は強制する拘束時間こそ短いものの効果は強力だ。そのせいで誰も起きてこないのだろう。


「……あれ? じゃあどうして皆は起きてこれたの?」

「唯一耐性があったベルゴがケツ引っ叩いて起こしてくれたからだ」

「お尻が破裂するかと思いましたよね」

「私が起きれたのその物音のおかげ!!?」


 多分そう。

 恐らくそう。

 メイビーそう。


 ほとんど爆発音だったからね。熟睡してたのにお目目パッチリよ。おかげで俺とアスのお尻は現在荼毘に服している。尻が焼けるように痛いよぅ。


 そんな俺達に対しアータンは同情の眼差しを向けてくれる。優しい。いっぱいちゅき。


「でも、なんでベルゴさんだけ……?」

「〈罪〉の系譜だな。〈怠惰〉系列は〈睡眠魔法〉に耐性があるんだよ」

「そういうのがあるの?」

「アータンも〈毒魔法ヴェネ〉は得意だろ? そいつは〈嫉妬〉の〈罪〉の恩恵があるからだ」


 驚くアータンに俺はそう付け加えた。

 これはゲーム的観点から説明すると分かりやすいだろうか。


 ギルシンにおいて〈罪〉は七つの大罪が源流にある。

 つまり発現する〈罪〉も、〈傲慢〉〈嫉妬〉〈憤怒〉〈怠惰〉〈強欲〉〈暴食〉〈色欲〉の七つが大本にあるというわけだ。

 じゃあ魔法の属性とか状態異常耐性とか、それぞれに割り振ったらよくね? という感じで、ギルシンでは大罪に対応した恩恵を設定している。


 たとえば〈嫉妬〉。

 こいつの堕天は〈水魔法〉と〈毒魔法〉系列のが向上する。

 対して、昇天は〈水魔法〉と〈毒魔法〉系列のが向上する。

 要は堕天が攻撃面、昇天が防御面において対応した属性の恩恵に与れるのだ。


 だがまあ現実だとそこまでわかりやすいものではない。

 何せ大罪持ちなんて希少だからね。セパルの〈悋気〉なんかも、あれは〈嫉妬〉八割、〈色欲〉二割といった割合の〈罪〉である。

 このように通常〈罪〉はそれぞれの七つの大罪の割合がごっちゃになっているケースがほとんど。したがって与れる恩恵も『威力up(小)』や『耐性(小)』みたいなのが色んな種類あることが多い。


 これを利点と見るか欠点と見るかは人それぞれだ。大罪は耐性のある状態異常以外には弱いし、それ以外の〈罪〉は突き抜けた耐性がない、それだけなのだから。


「ちなみに俺の〈虚飾〉は〈傲慢〉系列だから、〈暗示魔法ゲス〉に耐性がある。催眠なら任しとけ」

「不潔です!!!」

「待って待って待ってアスくん。今真面目な話してるから」


 エッチセンサーがビンビンのアスが反応してしまった。寝起きだってのに元気な奴だ。去勢してやろうか。


「──全員止まれ」


 怒られたかと思い立ち反射的に立ち止まる。

 しかし、ベルゴが制止を掛けた理由はそこではない。彼が顎をしゃくり上げた先では、アータンの分身を抱える罪派が建物に入っていった。


「へっ、裏口から入らねえとは迂闊だなぁ」

「だいぶ長いこと追いかけてきましたね……」

「随分デカいな……この建物は一体」


 そう呟きながら五階建てはありそうな館を見上げる俺達。

 一方でアータンは看板の方へと視線をやり、書かれた文字を読み上げる。


「えーっと何々、『愛の巣』……? 何のお店だろ……あっ、これかな?」

「見ちゃ駄目ぇーーーっ!!!」

「わああああ!!? 何々!!?」


 何の店か確認しようとしたアータンの視界を両手で覆う。

 あ、危なかった……あとちょっとでアータンが『結婚相談所』って文字を読み上げてしまうところだった。

 俺達は知っている。スーリア教国の結婚相談所って大人のお店だ。つまりエッチなお店である。


「ふっ……ふけっ……ふ、ふぅ゛ーッ!!!」

「不味い!!? アスのエッチセンサーが限界を超えて爆発しそうになっている!!?」

「逆に訊くが何が爆発するというのだ?」

「……ナニ?」

「不潔です!!!」

「ッ痛ァーーーイッ!!?」


 溜まったアスの蹴りが俺の尻に炸裂する。身構えていても痛かった。いや、知ってたけども。狙ってた節もあるけども。


「眠気覚ましにゃちょうどいいぜぇ……!!!」

「わたしをお尻蹴る魔物か何かだと思ってる節ありません?」

「自覚があるなら結構だ。よし、突入するぞ」

「今否定しませんでしたね」

「てめえの胸に聞いてみな」


 そう言ってやればアスは内省の後、猛省を重ねていく。

 苦心に歪んだ顔は今まで俺の尻を蹴ってきた場面が何十個と過っていることだろう。過ごした時間は数週間ぐらいなのにね。俺って蹴られ過ぎ……?


「どこから潜入します? 裏口を探しますか?」

「いや、最短距離で行く。ベルゴ、いけるな?」

「ああ」


 俺の意図を汲んだベルゴは、罪冠具に魔力を込める。

 狙いは罪化に伴う魔人化によって得られる性質だ。ベルゴの場合、熊に等しい嗅覚が挙げられる。これで娼館の中へと連れ込まれたアータン(分身)の臭いを追えるはずだ。


「よし、先導頼んだ」

「ああ。任された」

「全員俺とベルゴから離れるなよ」


「「はーい」」


 全員電車ごっこみたいに縦列で歩き始める。

 ドゥウスでもそうだったが俺の魔力にも限界はある。無制限に魔法で身を隠すことができない以上、可能な限り魔法を展開する範囲が狭いのに越したことはない。


 固まって最短距離で追いかける。

 現状の最適解はこれだった。


「よっしゃ。アータンの匂いを追うんだ、ベルゴ!」

「オレを犬みたいに言うんじゃない」

「……」

「どうしました? アータンちゃん」

「……私どんな匂いするのかなって」

「大丈夫ですよ。アータンちゃんはいい香りがしますから」

「アス。それセクハラになるぞ」

「……竿を切って詫びましょう」

「詫びなくていいですから!?」

「静かになさい」


「「「はーい」」」


 お父さんベルゴに叱られて子供おれ達は口を閉じる。

 さて、それから娼館の中へと突入したわけではあるが、内装は意外にも普通であった。燭台代わりに掲げられた蓄光する石は、淡く妖しい光で暗い通路を官能的に照らし上げている。


 通路の両隣には無数に扉が並んでいた。

 耳を澄ませてみれば、どこからともなく艶めかしい息遣いと声が聞こえてくる。


『あんっ……あんっ……』


「……アス」

「了解しました」

「わっ、なになになに!? 何も聞こえないよ!?」


 皆まで言う間もなく、アスは前を歩むアータンの耳を両手で覆う。

 突然耳を塞がれたアータンは驚くものの、彼女の問いに答えられる者は居ない。というより、答えたところで聞こえないと言った方が正しいだろうか。


 この館は18禁よ! ……いや、アータンもう18歳だったわ。

 じゃあ……二十歳になってからよ! よし、これだ。


「……どうやら表向きにはちゃんと営業中のようだな」

「罪派の資金源ってわけか」

「笑いごとじゃ済みませんね……」


 気まずそうに呟くベルゴに対し、俺とアスもそれとなく相槌を返す。

 罪派も大なり小なり人が集まった組織だ。組織を存続させるには金が要る。大抵そういった資金は、罪派の方を信仰する者達からの支援があったりするわけであるが、それ以外にもヤクザのフロント企業みたいに真っ当な商売をして稼いでいる場合もある。


 そういうのを摘発するのが聖堂騎士団の仕事みたいなところもあるが……まあ、こんなご時世だ。魔王軍にリソースを割く分、罪派の方に手が回っていないんだろう。

 だから、俺達のような善良な冒険者や賞金稼ぎが率先して罪派をひっ捕らえるのだ。教団に引き渡せばお金ももらえて一石二鳥である。金策としてたんまり稼がしてもらいましたわ、ゲヘヘヘヘッ。


「いやぁ、懐かしいな。リーンとビュートと一緒に各地の罪派をぶっ潰して回った日々は」

「ギルドマスターさんがお話ししていた内容ですか?」

「おうとも。たしかあの時ゃ、スーリア教国にも……」


「──ライアー。思い出話は後だ」


「おん?」


 アスを相手にした思い出話も、不意に立ち止まったベルゴを前に断たれた。

 俺達は眼前の大きな背中を避けるように横へ身を乗り出す。


「壁だな」

「壁だね」

「壁ですね」


 壁の三段活用かな?


「匂いはこの先に続いている」

「ほほ~ん? ……ストロングアサシンの出番か」

「知らない概念が出てきたっ……!?」


 そう言って驚くアスにストロングアサシンが何たるかを見せつけるべく前へ出た──が、前方からのベルゴの肘鉄、後方からのアータンの貫手を貰い、俺はあえなくその場に崩れ落ちた。


 大した連携だ。歴戦のストロングアサシンであるこの俺に膝を突かせるとは……!


「な、なぜ二人して俺を止める……!?」

「ストロングアサシンが出動してどうするつもりだ?」

「壁を壊すだけだが?」

「謹慎でもしておけ」


 まんまと釘を刺されて俺は絶望した。

 ちくしょう、味方は居ないのか……!


「ちょっとアスくん。今の聞いてどう思います?」

「えっ? 謹慎してしかるべきだと……」

「でぃあ~」


 ただ一人の味方も得られず、俺も思わず鹿の声真似をしてしまった。鹿の鳴き声知らんけど。


「しかし困ったな。匂いがこの先に続いている以上、どうにかしてここを通っていったわけだが……」

「う~ん、上にも下にもそれっぽい通り道はないね」

「つまり壁をどうにかして先に進んだわけだ。よし、任せろ」


 先へ進む方法を模索するベルゴとアータンを退かせ、俺は壁に背を付けた。

 そして──。


「フンッ!」

「「「……」」」

「フンッ! ……フンッ!」

「「「……」」」

「フンッ! フ~~~ン!? フゥン!」

「「「……」」」

「フゥン……」


 忍者屋敷の回転扉をイメージして手に力を込めたものの、うんともすんとも言わない。

 なるほどな……大体理解できたぜ。


「これ駄目だわ☆」


「期待させおって」

「時間返して」

「人の心を弄ぶのがそんなに楽しいですか」


「ごめ~~~ん」


 皆から割と本気で怒られ、俺はガチ泣きした。

 いや、全部が全部ふざけてたわけじゃないんだって。そう必死にベソをかきながら弁明すれば『しょうがいないなぁ』とアータンは慰めてくれた。好き。結婚して。


「うむ……こうなってくるといよいよストロングアサシンが選択に入ってくるぞ」

「ベルゴさん。壁を破ることをストロングアサシンって言うのやめよう?」

「どうしたもんだか。あんまり騒ぎにゃしたかなんだが……うん?」


 三人でうんうん唸っていると、不意にアスが壁の方へと歩み寄っていく。

 何か考えでもあるのだろうか? 分かるぜ、その気持ち。他人が家具の組み立てとかで悩んでいるのを見ていると、横から手を出したくなる奴だろ。


 そんなノリで壁の装飾を弄るアスを見守っているとだ。


「あっ……開きました」

「「「えっ?」」」


 予想外の言葉と共に呆けた声を上げれば、行き止まりだったはずの壁がゴゴゴと上に吊り上げられ、地下へと続く階段が現れた。


「お前まさか……?」

「っ!? いえ、これは……!」

「智天使の輪」

「それはやってないですけど」


 本人は失言したのだと思っているのだろう。自分で言ってからアスは『はっ!?』と口を覆った。

 しかし俺はさらりとスルーし階段の方へと向かう。ちなみに智天使の輪とは、ギルシン世界で言う知恵の輪だ。シリーズ恒例の謎解き要素であり、時折それを模した知育玩具が町でも売られたりしている。


「よし、智天使の輪マスターのおかげで道が拓けたぜ。野郎共、続けぇ!」

「ウム。助かったぞアス」

「すごい! どうやって開けたんですか!?」

「い、いえ……それは……」


 しどろもどろになるアスに詰め寄るアータン。

 しかし何やら言いにくそうな反応を見せている為、助け船を出すことにした。


「おーい、お二方。早くしないと追えなくなるぜ?」


 そう言ってやればアータンは『それもそっか』と納得した。

 ホッと胸を撫でおろすアス。そんな彼に対し、俺はそっと口を耳元に近づけて言う。


「(話は後だ。いいな?)」

「(ッ……! ……はい)」


 強張ったようにアスは肩を竦める。

 表情もあからさまに緊張しているが、きっと敵の本拠地に潜り込んでいるからというだけの理由ではなさそうだ。


──ま、大体予想はついてるがな。


 再びベルゴ先導の下、開かれた壁の先に現れた階段を下りていく。

 随分長い階段だった。体感十分程度。その間ずっと段差を下りていた俺達の太ももはパンパンになっていた。


「ひ、ひぃ……太ももが太くなっちゃう……!」

「これ以上太くなったら内腿が擦れちゃいますぅ……!」

「切実だね、乙女の悩みは」

「ナチュラルに乙女カウントなのだな」


 はて、なんのことやら。


 ベルゴの指摘にも惚けつつ、さらに深淵を目指す。

 追加で五分。そこまでしてようやく段差ではない地面が見えてきた。


「うっ……何この匂い……?」

「お香、か?」


 それまで微かにしか感じられなかった匂いも、“溜まり”に着けば話は違う。

 濃厚な乳と花を混ぜたような香りと言えばいいだろうか。とにかく甘ったるい。油断しているとポーッと意識が蕩けてしまいそうだった。


「しっかりしてください!」

「は!? あ、危ねえ……うっかりトリップしちまうところだった」

「大丈夫ですか? お尻蹴ります?」

「いや、大丈夫だ。うん。とりあえずアスくん、その構えた脚を下ろそうか」

「そうですか……分かりました」


 危うく気付けに一発貰いかけたが何とかそれは回避できた。

 すでに今日だけでベルゴやアスから何発ももらっているのだ。俺のお尻は今、ニホンザルのように真っ赤っ赤だよ。どんぶらこと川を流れていたらお婆さんに桃に間違われちゃうほどだ。


「この匂い……〈魅了魔法ファス〉と同じ効果があるみたいだな」


 〈魅了魔法〉とは文字通り相手を魅了し、行動不能にする状態異常魔法だ。

 ゲームシステム的に説明すれば、魅了した相手から自分を対象に取れなくさせるといった効果である。


 のだが、実際に受けてみるとなぁ……。


「なんだか体がポカポカしてきた……ふぅ」


 パタパタと襟を上下させ、体表に風を送るアータン。

 赤面し、汗を流しながらそれを行う少女の姿が、今だけは酷く扇情的に思えて仕方がない。


「こいつは魅了ってより……」

「……ムラムラしてきました」

「おいコラ」


 どうして俺が言い澱んだか、みっちり朝まで説明してやろうか?


「つーか、お前の聖痕はこういう効果に耐性があんだろうがよぉ~?」

「よ、よくご存じで……」

「じゃあなんだ? 耐性を貫通されてるってのか?」

「いや、別に魔法とかお香の効果ではなくてですね……単純に雰囲気に当てられて、こう、ムラッと……」

「十割十分お前の問題じゃねーか」


 魔法でやられたとかではなく、ただただアスがドスケベなだけだった。初めからか。


「しかし、こうも匂いがキツイとなるとな……」


 だが、こうしている間にも別問題が発生していた。


「匂いが分からない?」

「ああ。済まんが……」

「仕方ねえよ、こんな匂いの中じゃ」


 嗅覚だけ熊仕様になっていたベルゴが顔を顰めるほどの臭気の濃さだ。

 今までのように匂いで追うことは不可能。自分達の足で姿の消えた罪派を探さなくてはならなくなったわけだ。


 しかし、それはあくまで『アータンの匂いは』という話。


「じゃあこの匂いの濃い方に進むか」


 辿るのはアータンではなくお香の匂い。

 周囲を確認しても、匂いの発生源らしき道具は見当たらない。つまり、お香が焚かれている場所はこことは別にあるという意味だ。


「でもこの匂いって危なくないの?」

「魔法と違って即効性じゃないしな。けど油断は禁物だ。今〈魅了魔法〉喰らったら普段より効きやすいと思うぞ」

「なるほど、そういう感じなんだぁ……」


 ふにゃふにゃになったアータンがそう答える。

 うん、目が虚ろだ。どうやら俺が想像していた以上にアータンは〈魅了魔法〉に掛かりやすいらしい。


 止むを得ん。


「アス、〈覚醒魔法ヴィギ〉使えたよな?」

「できますよ。そ~れっ」

「はわっ!? ……あっ、頭がスッキリしたかも」


 俺の合図でアスが魔法を出す。

 するとどうでしょう。先ほどまで魅了効果のあるお香で意識が朦朧としていたアータンが覚醒したではありませんか。


 これが〈覚醒魔法〉。一部の精神系状態異常を回復する効果がある。

 本来、こういう場所に突入するのなら状態異常耐性のある魔道具を装備するのがいいのだが──あんなものをホイホイと入手できるのはあくまでゲームの中だけの話。


 つまりだね、今は持ってない。


「ふえぇ……どうしよう……」

「……一度戻って立て直すか?」

「俺、人数分の各種状態異常治す丸薬しか持ってないよぅ……」

「逆にそれで何を恐れた?」

「不透明な将来」

「永遠の課題だな」


 ってなわけで、あらかじめ用意していた丸薬を全員に渡した。

 準備が良すぎる? 馬鹿言え。一人旅をしていて状態異常にでもなったら、そのまま誰にも治療してもらえず死ぬかもしれないのだ。


 周到に用意してこそソロプレイが捗るってモンよ……ぐすんっ。


 しかし、これで何かしらの状態異常に陥ったとしても、一旦回復して逃げ出すことくらいはできるはずだ。


「準備はできたな」


 行くぞ、と俺は呼びかける。

 三人はそれに頷いて、共に先へ進むことを良しとしてくれた。


 そうして歩むこと数分。


──重い。


 鼻腔を抜け、肺に満ちていく空気。目に見えぬはずのそれが、異様に密度を増しているようでならない感覚……いや、錯覚が頭を苛ませる。

 それは俺以外も同様らしく、全員が全員、この甘ったるく湿った空気を前にげんなりとした面持ちを湛えていた。


──近い。


 歩を進めるにつれて濃くなる匂いは、いよいよ目前まで迫っていた。

 その証拠に、俺達の眼前には一つの巨大な扉が待ち構えていた。鉄枠に木の板を張り付けた、こんな地下空間にはもったいない立派な造りの代物だ。


「……ここか」

「アータン。魔力の気配は?」

「ちょっと待ってね」


 ベルゴに訊かれるや、アータンは瞼を閉じて精神統一を始める。

 この世界において五感に並ぶ第六の感覚、魔力知覚。魔力知覚に優れた者は、たとえ失明し、世界から光が消え失せたとしても、健常者同然に世界を視ることができる。


「……50人、ぐらいかな。でも……」

「どうかしたのか?」

「……危ない」


 まるで思い当たる節があるように顔を蒼褪めさせる少女は、俺達全員の顔を見渡した。


「人が悪魔になりかけてる時みたいな、そんな魔力の感じがするのっ……!」

「! ……まさか」

「おっ始まってたか──突入するぞ!」

「は、はい!」


 嫌な予感を覚え、俺達は扉を蹴り破る。

 すると次の瞬間、蹴り破った扉の奥からムワッと濃密な匂い……いや、が溢れ出す。血と汗と、その他諸々の体液が入り混じった形容し難い悪臭だった。

 近い臭いを挙げるとするならば、以前ベアティが悪魔に連れて行かれた廃城の地下室だ。しかし今回はお香の匂いも混ざっている分、それ以上に生理的な不快感と吐き気を催す。


 何をどうすれば生まれる臭いなのか?


 答えは……まさに目の前に広がっていた。


「こ、これは……!」


 ベルゴは絶句する。

 広大な地下室の床に転がっていたのは人、人、人……不気味な光を放つ石像を囲む裸体の人間は数十人に及んでおり、誰も彼もが虚ろな瞳で虚空を見つめ、恍惚とした表情を浮かべていた。


 官能的と呼ぶにはあまりに歪。

 扇情的と呼ぶにもあまりに不気味。


 まさしく邪教の集会──魔宴サバトと呼ぶに相応しい光景が、眼前には広がっていた。


「──やあやあやあ! ようこそおいでになりました!」


 その時、ふと暗闇より人影が現れ出でた。

 おかっぱ頭で糸目。そして鎖の付いた眼鏡を掛けた、胡散臭いが人の形をしたような修道服の男が。


「お前が主犯か?」

「主犯? おやおやおや、その言いぶりだとまるで私が罪人のようだ」

「トボけんな。こんな風通しの悪い場所に地下室なんてもん作りやがって。建築基準法違反で摘発してやろうか? おぉん?」


 後ろに居る三人から『なんだそれ』と言いたげな視線が突き刺さる。

 なんだ、建築基準法じゃ不満か? だったら他にもネタがあるぞ。風営法とか大麻取締法とか。まあ現代日本の法だけれども。


「おっと、それは盲点……てっきり私は別件かとばかり」

「おう、話が早ぇじゃねえか。だったらさっさとお縄に……」

「まあまあまあ、そう焦らず! まずは自己紹介からでもどうでしょう?」


 ペコリと。

 修道服の男は恭しく一礼する。


「私はスーリア教司教ドミティア。僭越ながらを務めさせていただいております」

、だろ?」

「おお、ご存じでしたか!」


 ドミティアと名乗った男は『これは失敬』と謝る──ものの、謝罪の意とかは一切感じられない。実際に慇懃無礼を体で表せばああなるのだろう。しっかり敬意を持った上で殺しに来るサンディークを見習ってほしいものである。やっぱ見習うな。


「おっしゃられた通り、私は貴方達が言うところの罪派と呼ばれる宗派……誠に不本意ではありますが、現在スーリア教国民の大多数が誤って信奉している主流派とは袂を分かった者達の集まりです」

「で? そんな少数派の集まりがこんなところで何する気だったんだ?」

「革命、でしょうか」


 電流が奔るような感覚。

 ドミティアが口走った言葉に、空気が張り詰めた。

 特にベルゴの表情は凄まじく、鬼のような形相でドミティアを睨みつけながら、すでに右手がコナトゥスの柄に掛けられているではないか。


 革命、すなわち反逆。


 いつの時代であろうと国家に対する反逆は重罪だ。それが圧政に対する反抗とかならまだしも、罪派が計画する反逆なんぞロクでもないに決まっている。


 眼前に広がる光景こそ、それを物語る証左に他ならない。


「おっとっと、そう怖い顔をなさらずに。どうやら貴方方は誤解されているようだ」

「誤解ぃ? ハッ、お国の喉に刃を突き付けてなぁ~にが誤解だ」

「これ全ては愛が故! 堕落してしまった教徒を天国へと導くのに必要なことなのでぇす!」


 法悦の笑みを湛え、ドミティアは天井を仰ぐ。

 ああヤバい、目ぇ決まっちゃってるよ。これはサンディークとは別方面でヤバい人間だわ。俺の中のヤバい奴センサーがビンビン反応している。


「かつてスーリア教国はこの大陸において最も強き国でありました! 強固で! 強健で! そして強力! それも全てはスーリア教祖・デウスが魔人の血を人々に取り込んだからこそ!」


 うん、知ってる。

 ギルシン初代の純愛メスケモハーレム異種姦のことだろう?


 しかし、ドミティアが訴えたいのは別部分のことらしかった。


「しかし今の有様はどうです!? 純潔や貞潔を守れなどと宣う国は時代を重ねるにつれて衰退……かつてスーリア教一強だった時代は見る影もなく、異教の神を崇める国が6つも並び立ってしまった! これは由々しき事態です! 愛によって生まれた国が、時の流れによりその愛が薄れていってしまったが故に起こった悲劇!」


 嘆かわしい! と顔を覆うドミティア。

 ああ……なんか話が見えてきたぞ。


 心底──本当に──クソったれな目的の全貌が。


「故に我々は──」

「魔人の国でも作るつもりか?」

「いかにも!」


 やはりだ。


 奴の狙いは魔人の血を取り込むことによる人類の魔人化だ。

 基本的に魔人は人間よりも優れた力を有している。だからこそ、初代ギルシン直後のスーリア教国は、数多の魔人との混血を保有する最強の大国として君臨した。


 現代の人間は魔の因子が少ないが為、罪化した上で魔力をブーストしなければ、魔人になることはできない。

 しかし、片親が魔人の混血ともなれば保有する魔の因子は膨大。罪化しなくとも魔人の姿として生を受けるだろう。


 それをこいつは、あろうことかこの時代に再現しようというのだ。


「何をほざくと思やぁ……はぁ~、馬鹿馬鹿しい」

「ああ……我々の愛を理解できぬとは、なんと嘆かわしい!」

「愛だぁ?」

「そうです! 色欲の魔王デウスは愛をもってこの地に大いなる力を授けてくださった! それすなわち魔人の力! 魔王デウスの愛があったからこそ、この国は繫栄することが叶った!」


 だのに! とドミティアは口角泡を飛ばす。


「それを理解しない現体制は魔人を排斥するばかりで、彼らと手を取り合おうともしない!」

な。それに魔王軍相手に仲良しこよししろってのが無理な話だろ」

「いいえ、違います! 戦っているからこそ、我らは彼らに迎合すべきなのです!」


 拳を握り、熱く語るドミティア。

 その熱さが狂気や、それに近しい類であるということを奴は理解していないだろう。だからここまで堂々宣える。


「共に矮小な人間という種を脱しましょう! これはその為の儀式……愛の洗礼なのでぇえええす!」


 右手を掲げるドミティアが指を鳴らす。

 すると暗がりで見えなかった場所より外套を着込んだ者達が現れた。奴らもまた罪派の一員なのだろう。


 しかし、それでも十数人。リーパの村やシルウァの村の時と比べれば、なんてことはない数である。


「はっ。その人数で俺達をやるつもりか?」

「いえいえ。貴方達を侮っていたならば、わざわざここへ誘き寄せたりはしませんよ」


 ドミティアは手を打ち鳴らした。

 地下空間一杯に反響する音。きっと合図だったのだろう。途端に俺達を囲んだ罪派達がブツブツと何かを唱え始めた。


 魔法か──そう身構えたが、異変はすぐに訪れる。


「う゛、あぁあ……!?」

「ぐぅ……!?」

「きゃあああ!?」


 床に転がっていた人々が、途端に悲鳴を上げ始める。

 その時、ようやくは視界に映り込んだ。鉄や銅、それに銀。果てには金色にも輝く細長い金属の板──識別票のようなタグ。

 脱ぎ捨てられた衣服と一緒に床に転がっていたのは、紛れもない冒険者の識別タグであった。


 それが意味するところは、


「──しまった」


 どうして俺は見逃していたんだ。


 行方不明になった冒険者の多くは娼館を利用していた。

 そして、スーリア教国領の方に触れぬように上辺だけの婚姻を結ぶという段取りを踏む。


 では、その時に〈洗礼〉を済ませたという可能性は?


 次の瞬間、暗闇に無数の光が噴き上がる。

 それらは罪冠具を身に着けた冒険者より溢れる魔力の光。裏を返せば、カルマに呼応して露わとなる罪の深さである。


「伏せろッ!」


 暴力的な光が膨れ上がる寸前、ベルゴの一喝が轟いた。

 コナトゥスを盾状に変形させるベルゴを前に、俺はアータンとアスの肩を押さえてその場に伏せる。


 直後、地下全体を震わせる衝撃が辺りに波及した。

 ビリビリと震える空気に鼓膜は痛む。

 だが、そんなものとは比べ物にならぬ事態が、すでに眼前で引き起こされていた。


「チッ! この為の魔宴サバトかよ」


 光が止み、元の仄暗い光景が目の前に広がる。

 しかし、すでにそこには人々の姿はなかった。代わりに立ち並ぶは人のナリから外れた異形の数々。


 動物や植物に変化した肉体に生まれ変わった元冒険者らは、全員が全員正気はなく、しかし敵意に満ちた瞳でこちらを見据えていた。恐らくは〈魅了魔法〉や〈暗示魔法〉で精神操作しているのだろう。


「これが……これが本当にお前らのやりたいことなのか、あぁ!?」

「そうとも! そしてこれはその先駆け!」

?」

「知りたいですか? ならば改宗し、我々の同志となりなさぁーい!」

「ヤだね!」


 ハッキリすっぱり断って、俺は剣を抜いた。

 突きつける鋩の先は──当然、クソったれの罪派ドミティアだ。


「生憎と俺が信じる神様は別に居るんでね。改宗なんざ天地がひっくり返ってもありゃしねえよ」

「それは残念ですね。しかし困りました……その豪胆さ、余程自分の腕に自信がおありのようだ」

「降参するか?」

「いえいえ」


 バクルスを握るドミティアは、その杖先をこちらに向ける。

 魔法か何かかと身構えるものの、どうにも魔力は感じられない。そのことを怪訝に思えば、ドミティアは薄ら笑いを顔に張り付けたまま、裂くように口を開いた。


「よくぞ彼らをここへ導いてくださりました」


 ドミティアの言葉に、誰かが息を呑んだ。

 気付けば俺達は導かれるように杖が指す方向を辿っていた。


 そこに居たのは一人のシスターだ。

 祈るように、あるいは怯えるように手を組んで震えている。噴き出した汗は顔中をじっとりと濡らし、エラを隠すように伸ばしたもみあげも頬に張り付いてしまっていた。


「……アスさん?」


 呼びかけられたアスの肩が跳ね上がる。

 瞳は、逃げ場を探すように右往左往していた。


 しかし、彼が逃げ道を塞ぐようにドミティアは告げる。


「っ!!」

「さあ、こちらにお帰りなさい」


 まるで上に立つ人間を敬うような口振りで。




「我らが同胞──〈色欲〉を美徳とせし新たなる罪派の導き手よ」




 ***




 時折、嫌というほど思い知らされる。


(ああ、わたしは──)


 偽って、偽って、偽って。

 そうしてやっと逃げ着いた居場所でも、が消え去ることは決してない。

 影は死ぬまで張り付いたままなのだ。はきっと影と同じ。だから、永遠に逃げ切ることなど叶わない。


 キュッと下腹が痛む。

 刻まれた聖痕が叫んでいるのだ。


──お前は罪人だ。

──お前は異教徒だ。


(そんなの分かってるんです)


 自分が罪人であることなど。

 自分が異教徒であることなど。


 だから逃げ続けてきた──だのに。


(やっぱりわたしは……誰とも一緒に居られないんですね)


 それは10年以上前まで遡る。


 これは彼の過去。




 決して消えぬ──罪の話である。




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