第83話 壁ドンは進展の始まり
「罪冠具?」
夕食を終えた後、四人が囲むテーブルには一つの指輪が置かれていた。
それは娼館で貰った代物。単にイメプレの一環というだけではなく、婚姻していない相手との性交を禁じられたスーリア教国において、穴と法の穴を突くのに必要な備品として機能する必需品だ。
しかし、刻み込まれた術式はまず間違いなく罪冠具として機能するというのが俺達の見解であった。
「これは大問題だぞ」
「何が問題なの? ベルゴさん」
「アータンは罪冠具を教団が厳格に管理していることは知っているか?」
アータンが首を横に振れば、元聖堂騎士団長でもあるベルゴが解説を始めた。
「罪冠具は〈罪〉によって人智を超えた力を我々人間に授ける……が、ひとたび罪を犯すことを厭わぬ人間が手に入れてしまえば、〈罪〉はその者の悪しきカルマに反応する」
「ということは……〈堕天〉?」
「そうだ」
一度、自身も〈堕天〉を促す罪冠具を嵌められた経験があることから、アータンはぶるりと身震いした。
同時に罪冠具が市井に流通するにあたって巻き起こる危険性も理解したのか、サッと彼女の顔は蒼褪めた。
「それって……町の人達が悪魔になる可能性があるってこと!?」
「……可能性としては、な」
「大変! 早く回収しないと!」
「待て、アータン」
「待ってなんかいられないよ! 町が火の海になるかもしれないっていうのに!」
「落ち着きなさい。〈罪〉は〈洗礼〉を行わない限り発現しない。それにいくら〈堕天〉を促す術式が刻まれていようが限界はある」
慌てふためくアータンに対し、ベルゴは終始冷静を保っていた。
そうした年長者の落ち着き払った態度を見て、自分の焦燥が逸ったものであると理解し、アータンはすごすごと席へと戻る。
「そっか……そうだよね。私だけ慌ててごめんなさい……」
「いいや、アータンの心配も尤もだ。何も対処しなければ、いつか町のど真ん中で悪魔が誕生する日が訪れる」
それだけは避けなくては、と。
強い語気でベルゴが言い放てば、場に張り詰めた空気が訪れる。
「……話を戻そう。〈罪〉は人を天使にも悪魔にも変える力を持つ。だから通常教団は罪冠具を授ける相手を厳正に審査する。聖堂騎士団に所属する騎士として罪冠具を与えられる者も全体から見ればほんの一部。人格や言動に問題がないと判断された一部の騎士だけだ」
「へー」
少女の脳裏に、かつて出会った騎士の姿が過る。
『ライアー様ぁーーー♡』
『あぁん、ライアー様ったら……♡』
『ライアー様♡ わたくしと熱いヴェーゼをぉーーー♡』
「……へー」
今のは正しくない例である。
自分にそう言い聞かせるアータンは、今目の前に座っている元聖堂騎士団長を好例として取り上げることにした。決して、あの嘘吐き鉄仮面崇拝教祖たる隻眼変態女騎士が悪例だと思ったわけではない。
ただ好例とは言い難いと判断しただけだ。
好例とは言い難いと判断しただけだ。
「……あれ? じゃあ私やライアーってどういう立場?」
「僕達は限りなく黒に近い灰色」
「そういう詩?」
詩的な返答をかましてきたライアー。しかしどうにも聞こえてきた内容は茶化すべきものではないように聞こえた。
「限りなく黒に近い灰色って、ほとんどアウトだよね!?」
「……闇医者だって人を救える事実に変わりはない──だろ?」
「良い感じに言ったところで駄目な事実は揺るぎないよ!」
「闇医者風に言うのなら闇罪使い、だな」
「灰が完全に黒と化した!!?」
仲良く言い合う闇罪使いの二人。
そこへ罪冠具事情に精通している
「ま、まあお前らのような一般の罪使いが居ないわけではない。今のオレのように元騎士などは特に多い」
「なるほど……」
「他には罪派の被害者」
「!」
「あとは
何故か最後の方は歯切れが悪かった。
しかし、わざわざ深掘りする必要もないとアータンは考える。なぜなら目下最大の問題は本来厳格に管理されるべき罪冠具が大量に流出していることだからだ。
「そもそも罪冠具の製法を知っているのは教団お抱えの専門彫金師だ。それに知っているからと言って勝手に作ることは許されていない」
「じゃないと管理できないもんね」
「そうなると一体誰が作っているかだが……」
「十中八九、罪派だろうな」
真面目な声色で断言するライアーに視線が集まる。
元はと言えば罪派に詳しいという理由で、今回の依頼を託された彼のことだ。罪派については一家言あると言ってもいい。
「奴らも息が長い組織だからな。独自の製法を確立してるのさ」
「じゃあこの罪冠具も……?」
「教団以外で罪冠具の製法を知っているのは罪派か悪魔だ。専門家なら術式を見てどこが作ったか分かるんだろうが……ま、悪魔が作る罪冠具が大量に流通するなんてまずありえない」
それこそ悪魔が罪冠具を融通する相手など利害が一致する罪派くらいのものだ。
つまり罪派と悪魔、どちらに転んだとしても原因は罪派にあると見るべきであった。
「ベルゴが言った通り〈洗礼〉をしない限り〈罪〉は発現しない……が、悠長にしている時間がねぇことも確かだ」
「……どうするの?」
「一先ずはギルドに報告。そっからこっちの教団に話を通すのが一番だろうな」
すなわちスーリア教国聖堂騎士団〈
罪冠具回収については彼らに任せるべきであるというのが、ライアーの判断であった。これについてベルゴも異論はないらしく頷いている。
一方、アータンは沈んだ面持ちで項垂れた。
「……なんだか大事になってきたね」
「そうだな。最悪町中で悪魔が大量発生からの血の海火の海大混乱だ」
「歴史でもそうそうない宗教テロになるだろう。それだけは避けねばならん」
神妙な面持ちで語るライアーとベルゴに、アータンの顔に影が差す。
だが、そんな彼女の眼前へそっとティーカップが差し出された。立ち昇る香気を含んだ湯気は、暗く落ち込んでいた気分をほんの少しばかりでも和らげる。
「アータンちゃん。これでも飲んでください」
「あ……ありがとうございます、アスさん」
「心配する気持ちは痛いほど分かります……けれど何も進展がないわけではありません」
微笑みを湛えながら、アスは胸の前でグッと拳を握ってみせる。
「こうして手掛かりは掴めたんです。むしろこれからが本番ですよ」
「たしかに……」
「わたし達の頑張りがこの町を救うんです! 明日からの調査、一緒に頑張りましょう!」
「はい! ちなみにこの罪冠具はどこで手に入れたんですか?」
「ぴぎょ」
「えっ、どういう声?」
手に入れた罪冠具の出所を問われた瞬間、アスは血反吐を吐いて固まった。
見れば紅潮した頬に滝のような汗が流れているではないか。
余りにも尋常でない様子だ。これにはアータンもごくりと唾を飲んだ。
「ア、アスさん……? 一体どこでこれを……」
「ライアーサンガ……知ッテマスヨ……」
「ライアー?」
「ベルゴなら知ってるよ」
「ゔっ!!?」
「ベルゴさん!!?」
躊躇いが一切介在せぬキラーパスを受け、ベルゴもアス同様に血反吐を吐いた。
なぜなら彼らが赴いたのは娼館だ。エッチなお姉さんとキャッキャウフフする大人のお店である。中でナニをしていたかは本人のみぞ知るところであるが、問題はヤったヤってないではなく娼館に赴いたという事実そのもの。
それを妹や娘に近しい相手から聞かれれば、言葉に詰まるのは必然だった。
彼らは幻滅必至の真実を口にはしまいと、強く、より強く唇を噛んでいた。流れる血潮は彼らの心の傷である。
「二人ともどうしちゃったの……!?」
「こいつらは手掛かりを得る為に、人としての尊厳を失ったんだ……そっとしておいてやれ」
「そ、そうなの……?」
真っすぐ見つめてくるライアーに、アータンは納得の色を見せる。
若干審議が必要である気がしないでもないが、時にははっきりとしないことも優しさだ。
そうてさりげなく自分を尊厳破壊組から除外したライアーを、ベルゴとアスの二人は射殺さんばかりの眼力で睨みつけているのであった。
「覚えておけよ、ライアー……!」
「貴方も共犯ですからね……!」
「舌唸らせてた奴と舌噛んでた奴と一括りにするな」
たしかにそうだ。
二人は膝を折った。
***
その日、四人は早めに就寝を取った。
罪冠具の件を報告するにしても夕方にはギルドが閉まっている。その為、明日の朝一に報告しようという形でその場がまとまったからだ。
「すぅ……すぅ……」
そして、相も変わらずアータンは一人部屋で寝泊まりしている。
本人としては相部屋でもいいと訴えているのだが、無駄に気配りする野郎共が『年頃の女の子と相部屋は……』と遠慮するが故の措置だ。
──じゃあアスはどうなんだ。
そう思う時期はあったものの、そう言えばあの人は男だったと思い出したことは一度や二度ではない。時折化粧などを教えてもらっている為尚更だ。女装している理由は聞いたことはないが、きっとやむにやまれぬ事情があるのだろうと聞かぬことにしている。アータンは気配り上手な女の子なのだ。
「すぅ……すぅ……」
アータンは柔らかなベッドに包まれ、健やかな寝息を立てている。
孤児院時代は黄ばんだ煎餅のようなベッドを利用していた為、宿泊客向けに用意された安ベッドと言えど、彼女にとっては高級宿屋のベッドに匹敵する。
しかし一番気持ち良かったのはリーパの村──もとい、アイベルが利用していた実家のベッドだ。ベッドの質もそうであるが、何よりも家族が居るという環境だ。あの安心感に勝るものはない。
「すぅ……んっ……」
だからと言うべきか、一人はちょっぴり心細い。
野宿ほどでないにせよフロールムの夜は騒がしい。表通りから離れた酒場や娼館などな日が落ちてからが本番だ。『不夜の町』とも称されるフロールムの喧騒は、たとえ夜になっても絶えることはない。
「んぅー……?」
それでも普段は朝までぐっすりのアータンが、今日ばかりは何故か目が覚めた。
今日は一日スラム地区の浮浪者に追い掛け回されて疲れた。体としてもしっかり休みたがっているし、熟睡中そうそう目が覚めることなどない──はずだった。
「……誰?」
身を起こしたアータンは、不意に扉の向こう側に人の気配を感じた。
扉には盗難防止用に小さな閂が掛けられている。就寝中でもコソ泥の侵入を防ぐ最低限の措置だ。
あれがある限り何人たりとも侵入はできない。
だのに、アータンは妙な胸騒ぎを覚えた。
「ライアー……?」
試しに仲間の名前を呼んでみる。
しかし、反応はない。
「ベルゴさん……アスさん……?」
他の仲間の名前を呼んでみるも、これにも反応はなかった。
だが、動きはあった。
──ガチャガチャ!
「ひっ……!?」
途端に激しく揺れる扉。
思わず飛び跳ねるようにベッドから立ち上がったアータンは、荷物の中から杖を取り出す。
「だ、誰ですか!?」
叫ぶように呼び掛ける。
もしかしたら宿屋の従業員かもしれない。そんな一縷の望みを託した呼びかけであったが……。
──ガチャガチャガチャガチャ!
「っ……!」
今度は叫び声も出なかった。
アータンは自身が顔面蒼白であるだろうと何となく予想が付いた。パニックになる思考の中で妙に冷静に導き出された見当がそれだ。
いや、そんなことはどうでもいい。
問題は今扉の向こう側に居る“ナニか”だ。
ガタガタと震える扉には未だ閂こそ掛かっているが、あくまで普遍的な宿屋備え付けの代物である。激しい揺れに耐えうるだけの厳重さなど当然のようになく、仄かな月明りの中、次第に閂が横にずれていっている光景が目に飛び込んできた。
(に、逃げなきゃ……!)
強盗か人攫いか定かではないが、とても穏やかな状況とは言い難い。
真っ先に退避の二文字が脳裏を過ったアータンは、すぐさま窓の方へと駆け寄った。
「──へっ」
だが、そこに広がっていたのは現実を疑う光景。
「人が……あんなに!!?」
『──』
『──』
『──』
「ひゃ……!!?」
眼下の街並みに屯する十数人ほどの人間。誰もが外套を羽織り、その顔を覗き見ることは叶わなかった。
次の瞬間、その中の一人がぐるりと眼球を上に向ける。
直後にぶつかる視線。血走った瞳を目が合ってしまったアータンは、思わずその場にへたり込み尻もちをついてしまった。
──ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!
「はっ……はっ……はっ……!!?」
こうしている間にも背後の扉は一層激しさを増していく。
よくよく注視してみれば、閂は外れる寸前の位置にある。あと数分も、いや、一分もしない内に閂は外れ、あの扉は開かれてしまうことだろう。
(ど、どうすればいいの……!!?)
仲間達は隣の部屋で眠っている。
この異常事態に勘付いているかは不明であるが、結局彼らが壁一枚隔てた場所に居ることは揺るぎない事実だ。
つまり、結局あの扉を経由しなければならぬというわけだ。
(そうだ! 窓の外からは……駄目! 遠くて届かない!)
一か八か窓から窓へ移動できないかとも考えたが、どう頑張ってもアータンの手足の長さでは届かぬ位置にあった。
飛天は──駄目だ。まだ扱いに慣れていないせいで、見当違いの場所へ飛んでいく可能性の方が高い。
(迎え撃つしか……ない!!)
とうとう腹を括ったアータンは、扉の方向に対峙する。
すると、それまでの動揺が嘘のように彼女は落ち着き払うではないか。この数週間、彼女はパーティーに加わったベルゴに騎士として、そして戦士としての立ち回りや心構えを学んだ。
元聖堂騎士団長の言葉は金言に等しい。それまでライアーのふわっとしたアドバイスとは打って変わって実体験を伴ったわかりやすい解説は、アータンを戦う者として一回りも二回りも成長させるに至った。
(私だって……やれる!)
そうだ、思い出すのだ。
今までの経験を──。
──『アータン。実は言ってなかったんだけどさ』
──『ん? なに~?』
──『今までアータンに倒させた討伐依頼、あれ全部銀等級向けの奴だわ』
──『
──『うぐふぅーーーっ!!?』
ロクでもない経験ばかりのとんだパワーレベリングである。
おかげで、銅等級以前に銀等級の魔物を殺す魔法使い……巷では〈
「私だって……!」
一人だってやれる。
一人では何も出来ない──そんな不安で塗り固められた固定観念の壁を破る時は今だ。
「どこからでも──来い!」
「壁をぬ゛ぅ゛う゛ん゛!!!」
「アータン無事かっ!!?」
「あっ、破片が顔に痛ァっ!!?」
「そこからは来いとは言ってないッ!!?」
壁は物理的に破られた。
ブチ破られた壁の破片は宙を舞い、その内一つが奇跡的に抜きかけていた閂の代わりにぶっ刺さる。心なしか扉の向こう側から『!?』と息を呑んだような声が聞こえた。
あと以前、ドゥウスにて壁を突き破ってくる人間が現れたら怖いかどうか小議論を交わしていた出来事を思い出す。
答えが出た。
恐ろしく怖い。
めっちゃ怖い。
すんごい怖い。
当たり前である。
「なんで!!? なんで壁から来たの!!? 心臓口から飛び出ちゃうかと思ったよぅ!!!」
「え? だって……外に人がたくさんいるし……」
「窓から来るとかあったでしょ!!?」
「……!」
「『あー、なるほど。それがあった』じゃないよ!!?」
ジェスチャーで語るライアーへ、アータンが怒りと涙の鉄拳を繰り出した。
甘んじて胸で受け止めるライアーからは『うっ!』とくぐもった声が飛び出る。だが文句は言わない。彼はアータンに甘々なのである。
一方で何かに反応したアスが『あな……?』と言いかけたが、これはベルゴに引っ叩かれて未遂に終わった。
「いやぁ、それにしても大変なことになってんなぁ~」
「そうだ、こんなことしてる場合じゃないよ! 何この状況!?」
「昔映画で見たゾンビパニックものがこんな感じだったけど……ハハッ、ウケる」
「ライアーから笑顔を奪うにはどうすればいい?」
「『笑ってる場合か』の変換が怖すぎるな」
状況が状況なだけに少女のツッコミも辛辣である。
そうこうしている間にも、予期せぬおかわり閂を貰った扉は二度目の突破をやり遂げようとしていた。
それはライアー達が寝泊まりしていた部屋も同様だ。
壁を破られて通々となってしまっている部屋には、今にも扉の奥から何者かが飛び込んできそうであった。
「早く逃げよう!! 普通じゃないよ、この状況!!」
「そうだな。……あっ」
「どうかした!?」
何かに気づいたライアーへアータンが問いかける。
するとライアーはじりじりと少女の方へと歩み寄る。
「えっ……な、なに? なんで無言で近寄ってくるの、ねえ!? 何とか言っ──!!」
***
──バタンッ!
長い格闘の末、部屋の閂が破壊されて扉は開かれる。
飛び込んできたのは複数人の人影。全員が全員、顔や体を覆い隠すような黒い外套に身を包んでいる。
「おい、部屋の人間はどこだ?」
「逃げたか?」
「馬鹿を言え。さっきの今だぞ」
「部屋のどこかに隠れているはずだ。探せ!」
一人の指示を皮切りに、不審な侵入者たちは一斉に部屋の中を捜索し始める。
すると程なくして、
「居たぞ!」
「……女か」
「縛られているな。仲間に見捨てられたか?」
それは布団やシーツで器用に手足を縛られた少女──もとい、アータンであった。
見つかるや否や呻き声を上げて藻掻く少女であるが、非力な膂力で拘束を外すことは叶わず、抵抗する暇もなく侵入者に担ぎ上げられることとなった。
「他の奴らも探し出せ」
「奴らは我々を嗅ぎまわっている……一人も逃がすんじゃないぞ」
「この女を尋問するんだ。仲間も居場所を知っているかもしれんからな」
「同志の下へ連れていけ」
そのようなやり取りを経て、アータンを担いだ不審者は宿屋を後にする。
これだけの騒ぎを起こしても尚、宿屋の従業員や宿泊客が出てくることもなければ、周囲の建物から野次馬が現れることもない。
なぜならそうした人間は全て虚ろな瞳を浮かべながら宿屋を囲んでいるのだから。
そして、それを少し離れた場所から見物する人影が四つ。
「おーおー、奴さん呑気に帰ってってるぜ~」
「自分が連れ去られる光景を見るの二回目だけど、やっぱり複雑……」
「えっ……二回目なんですか!!? なんて鬼畜な所業を!!?」
「いや、それはやむにやまれん事情があってだな……」
『今度説明する』と、ベルゴはアスを宥める。
このように四人はとうに宿屋から脱出していた。現在はライアーの魔法で身を隠しつつ、
現代ではハチの巣駆除では、巣の位置を特定する為にあえておびき寄せたハチを、目印をつけてから逃がす手法が取られている。今回はそれの人間版である。
「さてさて罪派さん♡ 貴方のおうちはどこですか~? っと」
ライアーが鉄仮面の裏側に笑みを作りながら言う。
「おい、ライアー」
「ん? どうしたベルゴ」
「お前、いつからこれを見越していた?」
睨みつけるような視線を差し向けるベルゴ。
そんな彼の問いに対し、嘘吐きはこう告げた。
「ハッ! ──最初からかもな」
彼の視線は真っすぐこちらを見据えていた。
***
薄暗闇が広がっている。
唯一の光源と言えば、怪しく燃える蝋燭の光のみ。ただしそれらは普通とは違う、鮮烈で、それでいて扇情的な桃色の火を灯していた。
ぐちゃり、と粘着質な音が響き渡る。
それが何かと周囲を見渡せば目撃するだろう。淡い光によって浮かび上がる人間の輪郭が。それも一人二人の話ではない。何十人と集まった人間、それも修道服をはだけさせたほとんど裸体の者達が、互いの番を求めては汗ばんだ体を密着させ、擦り合わせているのだ。
当然、これだけの人間が集まれば臭いも充満する。
だが、部屋の四隅で香が焚かれていた。嗅いだ途端に脳髄と理性が蕩けてしまいそうなくらい甘ったるい匂いだ。
ここでは誰もが正気を失っていた。
本能の赴くまま、性を求めて互いを貪っている。
一方で、そんな彼らに取り囲まれる者達も居た。
彼らは裸体を晒してこそいないが、周囲で繰り広げられる異様な光景に終始怯えた表情を浮かべている。
淫蕩と恐怖。
二つが綯い交ぜとなる酒池肉林と地獄の空間。
しかし、そこから少し離れた場所で気をやらずに対面する者達も居た。
「派手にやり過ぎでは?」
一人は修道服を身に纏う女だった。
肉欲に満ち満ちた空間には似つかわしくない格好の彼女。その苦々しい表情から言い放たれた言葉の意味は、この場のことか、はたまた──。
「ご心配には及びません。すでに手は打っておりますよ」
「彼らは罪冠具を身に着けていました。どこかの騎士団から潜入している可能性も……」
「だとしてもです」
女の問いに答える男はにこやかに笑いながら答えた。
「この町は我らの庭。余所者が易々と出し抜ける土地ではありません」
「……とはいえ」
「何をそこまで心配なさるのです? 今日この日まで我らが水面下で動けたのは、貴方の協力があってこそ」
男がそう言い放った瞬間、女は強張った自らの肩を抱いた。
恐怖か自責にでも苛まれているかのような反応。それを見た男の胡散臭い笑みはさらに濃くなった。
「貴方の協力さえあれば我らに恐れるものはございません」
「っ……脅しているくせに」
「はてさて、なんのことやら」
そこで男は『しかし』と続けた。
「気になりますねぇ……貴方に瓜二つの人間というのは」
「……心当たりでも?」
「ええ」
「……誰です?」
問われるや、男はある一枚の巨大な壁掛けに目を向けた。
その壁掛けに描かれていたのは心臓──あるいは子宮の形によく似た紋様。生々しい生命力を描いた一つの芸術は、彼らのシンボルであった。
そして、知る者が見れば気付くだろう。
その紋様は──。
「昔逃げ出した子羊に……ね」
ある者にとってはシンボル。
ある者にとっては邪教の印。
ある者にとっては──消せぬ過去そのもの。
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