第82話 転職は賢者の始まり
前回までのあらすじを簡潔に説明しよう。
フロールム到着。
行方不明者、娼館利用していた。
ので、娼館に聞き込み調査した。
「成果発表ぉ~~~~~!!!」
娼婦街での聞き込みを終え、俺達は適当な裏路地に移動した。
集まった人間は酒臭い者、美味しそうな匂いがする者、血生臭い者等々。各々の状態は三者三様だった。
いや、三様過ぎるだろうが。
「おい。なんなんだ、そのフレグランスは。色々混ざって事件の香りがするぞ」
「それはこちらの台詞だ、ライアー。お前酒臭いぞ」
「俺は飲んでない。むしろ飲ませてた側だ」
怪訝そうにするベルゴの為にも俺の手口を紹介しよう。
その名も『お酒をたくさん飲ませて口を軽くしよう作戦』だ。そのまんまだね。ありのままの俺を好きでいてほしい。
「軍資金なら山ほどあるし、いろんな酒をちゃんぽんさせて飲ませてみた。酔っぱらえば口が軽くなるのは万国共通だ」
「だからか。お前が酒臭いのは」
「おかげで虹を何度か見たけどな」
「それは意味がわからんがな」
「青空が眩しいぜ」
そうか……俺以外に自主規制された世界を認知することはできないか。
意外と便利だぜ? 全自動で汚物やわいせつ物を覆い隠す幻影魔法は。惜しむらくは戦闘に一切生かせないという点であるけども。
いや、それよりも。
「俺はまだわかるけどお前らはどういうこっちゃ。特にベルゴ。お前小料理屋にでも行った?」
「別に飯は食ってないぞ」
じゃあなんなんだよ。その実家の夕飯時に香るようなホッとする匂いは。
場違い過ぎて一瞬鼻を疑ったわ。
「ただ話を聞こうとした娘が随分痩せていてな。ちょうどベアティぐらいの歳の娘だったから、話を聞く内についつい親心でまかないを作ってしまっただけだ」
「お、おぉ……」
「意外と好評で他の娘達にも振舞う羽目になったのは想定外だったが……」
「胃袋を掴んでんじゃねえよ」
掴むべきは手掛かりなんだよ。
真っ先に胃袋を掴みに行っていいのは恋に恋する女の子だけだ。しかし世のお母さんが誰しも恋する少女時代を過ごした過去があるというのなら、彼女らにはたしかにその権利があるのかもしれない。
お前オッサンだけどな。
お前オッサンだけどな!
でもベルゴのそういうところ好きやねん。
「まあ手掛かりを掴めたんならいい。ところでさ、なんでアスは血生臭いの?」
「──はい?」
「アス~? 大丈夫? 瞳の焦点合ってる?」
「──いいじゃないですか、そんな些事は──」
「ヤったかコイツ?」
まさか転職したか?
僧侶から賢者へと転職しちまったのかい!?
その悟りを得た表情はそういう意味なのかい!?
「おい、アスぅ! お前は娼館で何をして……いや、ナニをどうされた!?」
「──いや、別に──何もされていませんが──」
「じゃあなんなんだよ!? その全てを悟ったような顔はぁ!!」
「──雑念を振り払おうと──舌を噛んでいました──」
「ヤダ、すんごいパワープレイ」
このローテンション、賢者になったんじゃなくて単に貧血なだけかよ。
〈
いや、なんでこんな表現を娼館帰りの聖職者に使わなきゃならねえんだ。
普通戦場から帰ってきた兵士とかに使うべきだろうが。
何はともあれアスは賢者へと転職していたわけではなかった。
ただただ内なる己との闘争を続けていた──それだけだ。
「……聞き込みをせいっ!」
回り道をしているようでならない二人へ向け、俺はありったけの声量で叫んでみせた。
どこかからシャウトラットの叫び声が聞こえる。あいつの声はどこでも、そして、いつだって変わらない。
不変の良さが、そこにはある。
閑話休題。
過程はともかくとして、二人も聞き込み自体はちゃんと行ってくれていた。なので、全員の調査結果を聞いた俺が集めた情報を一先ず取りまとめる。
「つまりだ。事前に町で聞き込みした通り、行方不明になった冒険者は娼館を利用していたってわけだ」
「だが、それ以降に利用した形跡はないと」
そこへ難しい顔をしたベルゴが口を出す。
そうなんだよねぇ……結局のところ、得られたものは現段階で確認できる最後の目撃情報のみ。娼館のお姉さん達も一度だけ相手した冒険者の覚えている内容など皆無に等しく、聞き出せた情報は大したものではなかった。
「うーん……これじゃあ振り出しですねぇ」
「いや、そうでもないぜ」
「え?」
困り顔を浮かべるアスに対し、俺は懐からそいつをいくつか取り出した。
「お前ら店を出る時、こいつを貰わなかったか?」
「指輪か? あぁ、たしかに貰ったな」
「わたしも……」
「やっぱりか」
俺に続く形で、ベルゴとアスも娼館で貰ったという指輪をどこからともなく取り出した。
指輪は指輪でも結婚指輪だ。娼館に入る時、前払いする料金と交換する形で手渡された代物である。
「こいつがどうかしたか?」
「おかしいとは思わないか?」
「……まあ、少しはな」
「?」
気に掛かる点があるベルゴとは裏腹に、アスは頭上に疑問符を浮かべていた。清々しいほどに何もわかっていない顔だ。それっぽい背景としてエリンギの幻影でも出してやろうか? 花言葉は『宇宙』だぜ。
「まあ俺もこういう店使うの初めてだからよく知らないけどよ、いくらサービスだからって指輪ホイホイ渡すか?」
「……言われてみれば、たしかに」
これが食い物とかだったらまだわかる。けど指輪だぜ?
いくらスーリア教の建前、利用客と店員が結婚するからと言って、いちいち指輪を客への贈り物にするだろうか。
現代日本と違って、鉄や銅でも加工するならばそれなりの手間賃が掛かる。そいつをわざわざ貸与ではなく贈与にしているのだ。
「俺が経営者だったらきっちり客から返してもらうけどな」
「うーん……その辺どうなんでしょうねぇ?」
本当にサービスであるのなら太っ腹だねーで済む話なのだが、どうにもきな臭い。
その証拠にだ。
「アス。この指輪に魔力を流してみるぞ」
「魔力を?」
「見てろよ~」
『テレレレレレ~ン』と古臭い手品のBGMみたいな鼻歌を歌いつつ、娼館で貰った指輪に魔力を流す。
すると次の瞬間、指輪には不可思議な紋様が浮かび上がり俺の体表──正確には魔力回路と繋がろうとする。
「これは……!?」
「──罪冠具だ」
完全に魔力回路が結合する寸前、指に力を込めて指輪を潰す。
ここまで変形すれば内部に刻まれた術式も無力化されるだろう。鉄や銅は一見頑丈だけれど、術式の維持という点では銀や金に劣る。元の形から大きく変形してしまえば、それまでだ。
だが、問題はそこではない。
罪冠具は本来教団が流通を厳しく制限している代物。そうホイホイと娼館なんぞで手に入れられる代物ではないはずだ。
流通する罪冠具の出所なんてものは限られる。
そもそも罪冠具の製法を知っているのは、七大聖教に所属している上層部や彫金師ぐらいだ。すれば必然的に出所はどちらかになるわけだが……。
「臭ってきたなぁ」
罪派。
世の中の悪党が手にしている罪冠具の出所は、たいてい奴らである。
魔王軍である可能性もゼロではないが、それにしてはやり方が迂遠だし、目的が不鮮明だ。人間に配るぐらいなら自軍の強化に用いる──悪魔だったらそういう考え方をする者が多いだろう。
「収穫としちゃあ上出来だ。あとはこいつがどっから流れてきたか、そこらへんを探るぞ」
「よし、一旦宿屋に戻るぞ」
「アータンちゃんも待ちくたびれているでしょうしね」
満場一致で宿屋を目指して歩き出す。
しかしその道中、俺達は違和感を覚えていた。
「……おい」
「見られているな」
その正体は、周囲から向けられる無数の視線。
ちらりと周囲を見渡せば、老若男女問わずヒソヒソ小声で話し合っている姿が見えた。内容までははっきりとわからないものの、十中八九俺達に関する話題であることは想像に難くない。
「……流石にシスター連れが娼館通いは不味かったか」
「えっ」
わたしのせいっ!? と、赤面するアスが声を荒げる。
まあ、実際半分はそうだ。
と言うのも、周囲の視線が当のアスに集まっていたからだ。内容の真偽はさておき、彼らが注目する理由がアスにあることは明白だ。
「おいアス。お前何か心当たりあるだろ」
「そんな……わたしに心当たりなんて……」
「自分の胸に聞いてみろ。答えはきっとお前の心の中にある」
そう諭してやれば、アスはハッとしたように面を上げた。
「わたしが……カワイイから?」
「よし。その自己肯定感の高さを大事にしていけ」
「えへへっ」
「今は否定すべきタイミングだがな」
俺達の導き出した答えは冷静に否定される。
これには自分を容姿端麗と信じて疑わなかったアスも肩を落とし、さめざめと涙を流していた。毎朝化粧を欠かさず、風呂上りにはお肌のケア、就寝前のストレッチを欠かさない彼だからこそ、己の容姿を認められぬ発言は許し難かったのだろう。
カワイイは作れるが、そこには並々ならぬ努力と自負が必要だというわけだ。
「まあそう気を落とすな」
「くっ……そうですよね。まだまだわたしは上を目指せるということですもんね」
「お前、実は全然ショック受けてないだろ」
「てへっ」
こいつの自己肯定感を舐めていた。その内の半分をアータンに分けてやりたいくらいである。
「あの……」
控えめに声を掛けられた。
しかし、俺達三人のものでもない。
一体誰だと声の方を向けば、そこには小さな少年がちょこんと立っていた。
互いに見つめ合う俺達。町に来てからの知り合いである可能性もあったが、どうやらその線もなさそうな反応だった。
けれども、分かっていることが一つだけ。
それは少年がアスに声をかけたという事実だった。
少年はアスの裾をギュッと掴んでいる。
どうしたものかとこちらを向くアス。それに対して俺は顎をしゃくり上げ、対応を促した。
こんな鉄仮面と強面が対応するよりもシスターさん(男)の方が話しやすいだろうからな。
そのような意図を汲んでくれたのか、アスは屈んで少年と目線を合わせた。
「わたしに何か用ですか?」
「聖女様ですか?」
「へ?」
飛び出してきたのは思わぬ単語。
だがしかし、ここに居るのは聖女ではない。
みっともねぇ壁尻を晒した挙句、ついには壁そのものをケツ圧で破壊せしめたおちんちんシスターである。聖女からは対極に位置する存在だ。
だのに、少年は赤面しつつ──さらにはもじもじとしながらアスの顔をじっと見つめていた。
「えっと……」
少年からの熱烈な視線を浴び、満更でもない様子のアス。
しかし、流石に聖女を詐称するわけにはいかないと理性が働いたのだろう。ブンブンと頭を振ったアスは、真っすぐな視線を少年へ向ける。
「すみません。わたしは聖女ではありません」
「え? だって……」
「わたしは男です」
少年は目が点になる。
それから数秒の沈黙。まるで時が止まったかのように微動だにしなかった少年は、やがて視線を落とす。
その幼い瞳は、アスの股間を視界に収めていた。
「わたしは、男です」
念を押すようにアスが再度告げる。
刹那、少年は落雷に打たれたかの如く跳ね上がり、そのまま尻もちをついた。呼吸は荒く、動悸が激しいようであり胸を押さえている。
「ぅあ……」
「大丈夫ですか!?」
「あ……」
「立てます? ほら、手を握って」
「!」
駆け寄るアスが差し伸ばす手を取り、少年はなんとか立ち上がる。
しかし、その後の少年もどこか様子がおかしい。息遣いは荒々しいままに、アスへと向ける視線は熱を帯びたものへと変わっていた。
けれども少年自身、己の内で燃える感覚の正体も行き場もわからず、ただただその場で内股を擦ることしかできないようだった。
「よしよし。立てましたね」
微笑みを向けるアスに対し、コクリと頷く少年。
音が聞こえた気がした。
あの少年の大切な何かが壊れる音が。
その後、ゆっくりと、それでいてぎこちない足取りのまま帰っていく少年を俺達は見届けた。少年は最後まで若干前屈みだった。
「ふぅ……わたしを聖女だなんて可愛いことを言う子も居るものですね」
「若者の
「何も壊していませんが!!?」
などと宣うアスに対し、俺とベルゴの二人は責めるような視線を浴びせかける。
何故ならばあの少年はこれから面の良いシスター(男)に焼かれた思い出を抱えたまま生きていくことになるのだ。
なんて残酷なことを……!
「お前のチンチンはある一人の少年の性癖を歪めた。その十字架は他でもないお前が……いや、お前のチンチンが背負え」
「わたしの局部に!!? いや、勝手に背負わせないでくださいよ!!」
「うるせえ。十字架チンチンが」
「十字架チンチン!!?」
罪深きチンチンをぶら下げるシスター(男)に判決を下したところで、俺達は宿屋に向かって再び歩を進め始めた。
「ああ。ちなみに余罪は後で追及するからな」
「余罪も!!?」
だって絶対初犯じゃないだろ、こいつ。
***
一方その頃。
「……迷っちゃった」
アータンはどことも知れぬ場所に立ち尽くしていた。
──落ち着け、私。まだ慌てる時間じゃあない。
アータンはそう自分に言い聞かせ、ここまでの経緯を思い返す。
始まりはライアー達が自分を置いて調査に向かったことだ。
当初はアータンも同行しようとしたものの、今日に限って彼らは自分の同行を拒否した。まるで付いてこられては困るといった歯切れの悪い説明だったことが記憶に新しい。
アータンはちょっぴりショックだった。
今日まで自分はパーティーの仲間として頑張っていた。だのに、ああも同行を拒否されるとは思ってもみなかった。
だから見返そうとしたのだ。
自分一人だけでも調査を進め、皆の役に立とう! と。
──その結果が、このザマであった。
「ここどこぉ……?」
紛れもない迷子だった。
齢18にして迷子になってしまった事実に涙を流すアータン。控えめに言ってガチ泣きであった。情けなさと寂しさで溢れ出す涙は大粒。頬を伝い口の端より滑り込む塩味は塩っ辛かった。
おぉんおん、おぉんおん。
怨霊の呻き声にも似た鳴き声は、浮浪者が屯するスラム地区に寂しく響き渡っていた。物陰から眺めている浮浪児の視線にも憐憫の情がにじみ出ている。
今言ったように、ここはフロールムにあるスラム地区だ。周囲にはボロボロな装いの浮浪者がたむろし、ジロジロと見慣れぬ来訪者に怪訝な視線を向けている。
そして、当然ながらスラムは治安が悪い。事実、アータンはここに来るまでに何度か浮浪者に財布をスラれそうになった。
何とか財布は死守できたものの、そういった浮浪者から逃げ切った代償が、この状況だ。
「ライアぁ~……ベルゴさぁん……アスさぁん……」
試しに野郎三人衆の名を呼んでみたはいいものの、当然の如く彼らは現れない。
こんなことなら大人しく宿屋で待機しているべきだった。今になって後悔するアータンは、唇を噛み締めながら面を上げた。
「ぐすん……屋根上ろっ」
しかし意外っ!
彼女は見た目に反してアクティブだった!
現在位置が分からない──ならば高い場所から周囲を見渡そう。
田舎育ちのメンタルが、いや、野生児魔法使いこと〈嫉妬のアイベル〉の姿を傍らで見つめていた妹だからこそ至る常軌を逸した行動だ。
馬鹿と煙は高いところに上るとは言う。
今の彼女はもちろん前者。アンポンタンなアータン、アンポンアータンであった。
「ここなら上りやすいかなぁ?」
「あのぉ……」
「へ?」
いざクライミング! と、まさに上り始めようとした矢先だった。
背後から聞こえた声に振り向けば、そこには見慣れた顔があった。ウィンプルから零れる桜色の髪に、日光を受け鮮やかに輝く空色の瞳。女から見ても端正だと言える顔立ちはまさしく──。
「アスさん!」
「人違いでは?」
「すみませんでした」
刹那の訂正だった。
「ちなみに生き別れたお兄さんとかは?」
「居ませんが?」
「すみませんでした」
アータンは顔を真っ赤にしながら、見間違えたアスと瓜二つのシスターに、深々と頭を下げた。腰が描く見事なまでの45°は、彼女の謝意の表れである。
これには間違えられたシスターも苦笑するしかない。
「お……お気になさらず……」
「人に間違えられる辛さはわかっていたはずなのに……私ったら!」
「そ、そうなんですか……あっ、ちょ! もう頭を下げないでいいですから! そんな滑らかな挙動で!?」
シームレスに土下座へと移行しようとするアータンを、シスターは必死になって止める。聖職者相手に土下座しようとする真っすぐな心根は褒められるべきものではあるが、流石に相手にも外聞というものがあるのだ。当然の結果だ。
「すみません、お騒がせして……」
「い、いえ……」
「そう言えば私に何か?」
「あっ、そうでした」
まるで直前に自分の用事さえも忘れてしまう出来事でもあったかのような口振りだ。
一体誰のせいだろうか……アータンは神妙な面持ちで顎に手を添えた。
それはさておき。
「さっき、貴方が泣いている姿を見かけて……もしかして迷ってしまいましたか?」
「ギクッ」
「よろしければ表通りまでは案内しますよ?」
「私は……私は──! 18にもなって迷子になる役立たずです……!」
「今の自分を省みられるのは素晴らしいことだと思いますよ」
『でももう少し自分に優しくして』と見知らぬシスターの温かなフォローを受け、本日二度目の涙を流すアータンであった。
「すみません……お礼は必ず」
「いえいえ。困っている方を手助けするのは当然ですから」
「……ありがとうございます」
シスターの言葉に感銘を受けた時、アータンはふと自分の育った孤児院を思い出した。
特にお世話になったマザー──彼女の貞潔で熱心な姿と、目の前のシスターの言動が重なる。住んでいる土地や信じる神は違っても、人に対する親切心というものは案外変わらないらしい。
その事実に胸がポッと温かくなる。
同時に自然と口元は綻んでいた。
「えへへっ……じゃあ、あとで教団か孤児院に寄付しておきますね」
「まあ! そんなつもりじゃありませんでしたのに」
「いいんです。私が好きでやりたいことなので」
恵まれぬ孤児の為と言われればシスターも拒否できない。
今度はシスターが深々と頭を下げる番だ。しかし、その所作が実に丁寧で、思わずアータンも感嘆の息を漏らしてしまった。
良家、はたまた貴族の出ではないかと勘繰らせるほどの洗練された動きだ。
「あのぉ、ちなみにお名前を伺っても?」
「名前? 私は……サラと言います」
「サラさんですね!」
サラと名乗ったシスターに、アータンはにかっと笑みを浮かべた。
人畜無害で純真無垢な笑顔だ。大半の人間はこれを見ただけで警戒心が吹き飛ぶ、アータンのリーサルウェポンでもある(ライアー談)。
「私、アータンって言います!」
「アータンさんですね。フフッ、可愛らしい名前です」
「あ、ありがとうございます……サラさんも綺麗な名前だと思います!」
名前を褒められて照れるアータン。
お世辞でも嬉しい彼女もお返しにと名前を褒めてみたが、サラは余裕を湛えた微笑みを浮かべるばかりだ。
これが大人の余裕というものか──若干の敗北感を感じつつも、アータンは『そうだ』と当初の目的を思い出す。
「サラさん、一つお伺いしてもいいですか?」
「ええ。私に答えられることでしたら」
「行方不明の冒険者についてなんですけれど……」
「は、はぁ……?」
サラは突拍子のない質問に困惑気味だ。
けれども、アータンは構わず話を進める。
「最近スーリア教国で冒険者がたくさん行方不明になってるみたいで。それについて何か知っていることがあったら教えてほしいなぁー、って……」
「……すみません。存じ上げなくて……お力にはなれそうにありません」
「い、いえ! こちらこそごめんなさい。急に変な話振っちゃって!」
申し訳なさそうにするサラへ、今度はアータンが謝罪を制止する番だった。
よくよく考えなくても、行方不明冒険者の情報を一シスターが持っているはずもない。功を急いておかしな質問をしてしまったと少女は反省し、項垂れた。
それを見ていたサラは一拍置いてから口を開いた。
「アータンさんは、その行方不明者を探してるのでしょうか?」
「はい……まあ、でも進捗は芳しくないというか……」
「居なくなられた方達の中にはご知り合いが?」
「そういうわけじゃないんですけど──」
唇を尖らせていた少女は直後、強い意志の光を宿した双眸を前へと向ける。
「きっとその人の帰りを待っている誰かが居るから」
「──」
「たとえ私に関係なかったとしても、そう考えたら居てもたっても居られなくて」
そこまで口にしてから、アータンはポッと頬を紅潮させた。
自分で言って恥ずかしくなってきたのだろう。
「ご、ごめんなさい! 急になんかクサいこと言っちゃって……訳分からないですよね」
「……いえ。その気持ち、よく分かりますよ」
「サラさん?」
しかし、思わぬ返事が返ってくる。
アータンは咄嗟にサラの方を向く。すると目に飛び込んできたのは寂寥感が滲み出た、得も言われぬ表情であった。
「掛け替えのないただ一人を待つ……その辛さはよく分かります」
「っ……」
「っと、すみません。知ったかぶったようなことを言っちゃって」
「私はそう思いません」
「……アータンさん?」
強い語気で告げられた断言。
サラは目を丸くし、こちらを見据えるアータンから目を離せずにいた。
「私はサラさんが知ったかぶってるなんて、思いません」
「……どうして、」
「……えへへっ、なんでなんでしょ?」
問い返されたアータンは困ったような笑みを浮かべる。
彼女自身、サラが嘘を言っていないと確信した理由は分からなかった。強いて言えば、言語化できない漠然とした感覚。それだけが自身の中にある確信を決定づけた証拠であった。
そして、寄り添いたいと思った。
これも理由は分からない。
けれども、いつの間にかアータンはサラの手を握っていた。
「私はサラさんのこと何も知らないけど……でも、いつかサラさんが大切な人に会えるよう祈ってます!」
「……じゃあ、私はまず貴方を表通りまで案内しなくてはいけませんね」
「そうだった!」
だがしかし、どんなにカッコつけたところでアータンが迷子である事実は揺るがない。むしろ迷子であることを加味した途端、前述の内容はカッコいいカッコ悪いを通り越して虚しい発言と化すのだった。
アータンは自身の顔を空いた片手で覆う。
恥ずかしい。
今なら顔から火が──いや、〈
──そう言えば先日、この状況に相応しい言葉を教えてもらった。
「
「恐らく誤用ですよ、それ」
あの鉄仮面は後でシバく。
アータンはそう心に固く誓った。
すると、噂をすればなんとやらだ。
スラム地区から随分と歩いた頃、活気づく表通りに見慣れた三人の後ろ姿を見つけた。
「あっ!」
「あれがアータンさんのお仲間でしょうか?」
「はい! ほら、あのシスターさん……アスさんって言うんですけれど、サラさんにとっても似てるんですよ!」
「──へぇ」
「おーい、みんなー!」
はしゃぐアータンは、駆け足で三人の下まで駆け寄っていく。
途中、ポテポテと足音を鳴らすアータンの気配を察したのか、いの一番にライアーが振り返ってきた。
「お、なんだなんだぁ? アータンったら、もしかして寂しくて俺達のこと迎えに来ちゃ──」
「よくも嘘を教えてくれたぁーーー!!!」
「
軽やかに地面を蹴って飛び込むアータンのドロップキックが、鉄仮面──もとい、ライアーの顔面に突き刺さった。会心の一撃である。
「ライアーさぁーーーん!!? ──自業自得です」
「声の温度差で風邪引くわ」
倒れたライアーを抱き上げたアスも、落ち着いた声で彼を突き放した。この場に彼を味方する者は誰も居ない。
「で、アータンはなしてここに居るわけ?」
「あっ、それなんだけどね。私も一人で聞き込み調査をしようと思ったんだけど道に迷っちゃって。でも、あの人が案内してくれたんだ!」
「あの人ってどの人?」
「あれ?」
疑問符を浮かべるライアーの様子に振り返れば、すでにそこにサラの姿はなかった。
「あ、あれ? おかしいな……さっきまで確かに一緒に……」
「おいおい。心の弱さが見せる幻覚でも見たか?」
「前にも聞いたことあるフレーズを!? ち、違うもん! ちゃんと実在したもん! アスさんにそっくりなシスターさん!」
アータンが言うと『えっ、わたし?』と、アスが素っ頓狂な声を漏らす。
それを聞いたライアーは思考を開始する。
「その人、まさかアスの……」
「もしかして知ってる人?」
「──ドッペルゲンガーだろう」
「ドッペ……って、なぁに?」
「見たら死ぬ人間」
「主文だけ!!?」
詳細を省いた結果、まるで死神のような説明になってしまった。
自分自身とそっくりな幻覚。死の前兆とも言い伝えられる、自己像幻視──それがドッペルゲンガーだ。
ただし、自分と瓜二つの人間に出会ったところで即死ぬはずもない。科学的根拠などないことは明らかだ。
しかし、
『──あれが仲間、ね』
これが的を射た推察であることを唯一知るのは……この鉄仮面の剣士だけであった。
影は確実に、彼らの足元へと忍び寄っている。
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