第60話 到着は全面戦争の始まり




 前回までのあらすじ。


 アータンはアータンではなかった!

 な、なんだってー!?


 ……はい、俺の〈もう一人の自分アルター・エゴ〉だ。

 俺の分身に〈もう一人の自分アルター・エゴ〉を使わせ、アータンの分身を作ってもらっていたのである。

 俺一人につき作れる〈もう一人の自分アルター・エゴ〉は一体だが、生み出した分身にも使用権は一回分ある為、そいつを利用した囮作戦だ。


 俺が本物のアータンを囮にするとでも思ったか!

 うちのアータンには指一本触れさせないわよ!


 そういうわけで本物には俺の罪器シムラクルムで隠遁してもらい、囚われた人達の場所を確認してもらっていた。同行した俺の分身は有事の保険だが、さっきの爆音を聞く限り“仕事”はこなしてくれたと見た。


 “仕事”というのは、対ネビロスにおける布石だ。


 魔王軍大幹部、〈六魔柱〉の一柱・ネビロス。

 『ギルティ・シン外伝 悲嘆の贖罪者スケープゴート』で奴と対峙するのは、ストーリーも後半に差し掛かったところだ。


 それまで魔王軍幹部と戦う機会は何度か存在する。

 大幹部級ともなると後半に戦うというのは、まあ考えてみれば当然かもしれない。


 だが、このネビロスというボス。

 中々のクソ──いや、強ボスであるのだ。


 理由は主に二つ。


 一つ。魔都ドゥウスがシンプルに難しいマップであること。

 何せアンデッド系や幽霊系の魔物がウジャウジャと徘徊しており、事あるごとに強制戦闘も間に挟まってくる。

 戦闘に次ぐ戦闘。体力やら魔力が切れかけた状態でボス戦へと突入し、泣きを見たプレイヤーはきっと俺だけではない。


 そしてもう一つの理由こそ、このネビロスをクソボスたらしめる要因だった。


 たまに居るじゃん?

 ボスが生きている限り永遠に蘇ってくる系の敵モンスターって。


 そう、察しのいいゲーマーならもうお気付きのことだろう。

 ネビロスの場合、レイエルとアニエルがそれに該当するのだ。


 レイエルと! アニエルが!

 元聖騎士! 元聖女!

 加減しろ、お馬鹿!(通算33敗)


 いかに死霊術で操られた死体とはいえ、当然攻撃力はその辺の雑魚とは比べ物にならない。パーティーをロクに育てず進めてきたプレイヤーにとっては、この二人は悪夢と言うべき存在と化す。


 それどころか当のネビロスはと言えば、右手に持つ罪器シニスターによって、プレイヤーキャラの行動を高頻度で阻害してくるのだ。クソが。カスが。ボケカスが。


 ボスが阻害し、両隣の超火力聖騎士と超火力聖女が襲い掛かってくる。

 控え目に言って地獄かな?


 しかし、そこは長寿シリーズのギルシンだ。

 長年培ってきたゲームバランスを元に、プレイヤーには救済措置が用意されていた。

 それは魔都ドゥウスを探索中、ある場面で特定の行動を選択すると、レイエルとアニエルの残機が一つだけとなり、一度倒せば二度と復活しなくなる。


 その特定行動こそ魔都ドゥウスにて中ボスとして登場するベルゴを倒すことだ。

 何の脈絡もなくね? と思ったそこの貴方。俺も最初はそうでした。


 だが、重要なのは倒したベルゴが起こした“ある行動”だ。

 倒されたベルゴは何か大切なことを思い出し、儀式の間へと駆け出す。

 その後、最後の力を振り絞った彼は無数に作られたレイエルとアニエルの“器”を壊して回る。


 斯くして二人の残機はゼロになり、一度倒せば復活しなくなる。

 これがプレイヤーに用意された救済措置の大まかな概要だ。


 うん……あの……うん。

 辛い(辛い)。


 ゲームを遊んでいて、ベルゴの背景とかを知るにはあちこちのアーカイブを収集しなくてはならないのだが、それを知った上だと本当に胸が痛くなる。

 たとえ肉体を操られようとも、親友と初恋の相手を好きにはさせない……そんな男としての矜持を感じられる場面だ。


 まあ実際のところ、そんな事情は先っちょの部分だけなんだけど。


 閑話休題。


 兎も角ネビロスをぶっ倒すと決めた以上、無限残機のレイエルとアニエルとの戦闘は避けなくてはならなかった。

 だから、俺の分身にはレイエルとアニエルの器になりうる肉体の破壊任務を与えていた。

 さっきの〈魔神の弾丸デウス・エクス・マギア〉を見る限り、魂の入っていない肉体は木っ端微塵と化していることだろう。


 ハッハッハ、ザマぁ見やがれ陰険骸骨野郎。

 俺は正規プレイも大好きだが、知っている裏技はついついやってみたくなっちゃう性質なんだよぉ!


──そして二度と帰れぬ謎の場所へ(通算4敗)。


「あの頃は俺も若かったよ……」

「何の話?」

「若さ故に過ちを繰り返してしまったって話さ」

「そういう時期も大切だぞ」


 アータンの問いにふざけて答えたら、やけに真剣な声音でベルゴが返してくれた。

 いや、真面目か。


「あっ……ここだよ!」


 そんなこんなでアータンに案内された俺達は、異様な雰囲気を漂わせている階段を下りていく。


「この先に囚われた人が?」

「うん。小さな部屋に何人か詰め込まれたような感じで……」

「この先は……なるほど、地下倉庫か」


 大聖堂の間取りは熟知しているであろうベルゴが、この先に本来あるべき部屋を思い出し、苦々しく唇を噛んだ。


 ……地下倉庫ねぇ。


「まるで『お前らは道具』って言われてるみたいだな」

「いい気持ちはせん……いや、甚だ不快だ」

「クソッ! ネビロスの野郎、そんなところに姉貴を……!」


 俺の言葉を受け、ベルゴとシャックスが怒りを露わにする。

 たしかに大事な身内を道具同然に扱われて気持ちいいはずもない。彼らの怒りは至極まっとうなものだ。


「落ち着けよ。ここで怒ってもしゃーねーだろ」

「……うむ、たしかにな」

「折角ならネビロスの面を拝んでからブチ切れてやろうぜ」

「あぁ……!」


 まあ、多分今頃ネビロスの方が俺にブチ切れてるだろうけど。

 でも先に怒らせたのはお前だぞ、ネビロス。二重の意味でな。


「……見張りが居るな」


 階段を降り、一番下の段までたどり着いたベルゴが囁くように報せる。

 人が閉じ込められているであろう小部屋の前の通路には、何体か悪魔が巡回していた。


「よし──ストロングアサシン、出動ッ!」

「「応ッ!」」

「待て待て! あっ、こいつら仕事が早ぇ!? クソっ!」


 本日n度目の出動。

 シャックスが止める間もなく動き出したストロングアサシンは、慣れた手際で見張りの悪魔を次々に絞めたり殴ったりで気絶させていく。騒ぎを起こすことなく無力化した俺達はまさにベテランだ。


「俺達の才能が怖いね……フッ☆」

「お前ら初犯じゃねえだろ」


 『素人の動きじゃねえぞ』とシャックスは青筋を立てる。

 正直に言わせてもらう。すまん。


「まあまあ。今は急いでるし許してくれ」

「そうだな。……む、鍵が掛かっているな。見張りの誰かが鍵を持っていないか──」

「探す時間がもったいないので貫手でぬ゛ぅ゛ん゛っ゛!!!」

「一応言っておくが教団の物だぞ?」

「ごめん」


 そうは言ってももう扉を貫いちまったんだ。

 あとは錠前部分を抉り取っちまえば開錠よ。どんなもんだい。


 そんな感じで開いた扉の奥を見れば、怯えた様子でこちらを見上げる女性達が居た。

 うん、そうだよね。俺でも野太い雄叫び上げながら貫手で扉突き破ってきた奴が現れたらビビるわ。


「思っていたより少ないな。他の部屋にも居そうだな」

「そうみたいだな。やはりここは鍵を──」


「ぬ゛ぅ゛ん゛っ゛!!!」


「リーン!?」


 提案しかけた瞬間、貫手で錠前を貫く女が一人。

 リーン・アタス、お前もか。


 いや、お前なんでわざわざ硬い鉄の部分貫いてんの?

 んでもって、なんだそのドヤ顔は。『私の貫手の方が凄いが?』じゃないんだよ。


 そんな感じで対抗意識を燃やした黒騎士の行動には、流石のベルゴもカンカンに怒り始める。


「だから教団の物だと言っているだろうに!」

「時間の無駄だ。物は直せるが人の命は直せんぞ。鍵を探す時間を費やすくらいならさっさと壊して助けてやった方がいいだろうに」

「ならばオレもぬ゛ぅ゛ん゛っ゛!!!」


「ベルゴさん!!?」


 とうとうやけっぱちになったベルゴもぬ゛ぅ゛ん゛っ゛し始めた。

 どうしよう、収集がつかねえ。俺が撒いた種なんだけど。


 しかし俺の心配も杞憂だった。

 その後も滞りなく地下牢の開錠は進めば、閉じ込められていた人々がぞろぞろと出てくる。


 だが、


「……居ねぇ」


 シャックスの声に、心なしか空気が重くなった。


 彼の視線は迷子のように当てもなく彷徨っている。

 けれども、最終的に視線は薄汚れた石畳の上へと向かった。


「姉貴……姉貴はどこだ……?」

「おい、本当にお前の姉──イノはここに居ないのか? よく探してみろ!」

「分かってる……分かってるよっ……!」


 ベルゴは必死に問いかける。

 その声を受けて今一度視線を走らせるシャックスだが、やはり出揃った顔ぶれの中に、実姉の姿はなかったらしい。


 がくりとシャックスの肩が落ちるのが見えた。

 肩だけではない。

 彼の中から、何か大切なものが零れ落ちてしまったような後ろ姿を見て、俺の隣に立っていたアータンも口を覆って立ち尽くすばかりだった。


「あ、あの」


 その時、救出した女性の一人が恐る恐る手を挙げた。


「イノって人……私知ってるかも……」

『!』

「ホ、ホントか!? どこだ!? 姉貴は今どこに居る!?」


 思わぬ申し出、僥倖だった。

 これにはシャックスも鼻息を荒くし、女性へと詰め寄る。

 そんな彼を皆で引き剥がす一方、唯一真面な見た目のアータンが女性に質問を投げかける。


「すみません。その人について知っていることを何でもいいから教えてください。家族の方が探してるんです」


 簡潔。

 だからこそ伝わる本気の感触に、女性は言いにくそうにしていた口をゆっくりと開いた。


「……昨日、私が牢から連れ出されそうになった時、その人が『代わりに』って名乗り出て」

「なっ……!?」

「たしか、連れ出した悪魔が“実験場”がどうとか……」

「“実験場”……!?」


 その単語を聞いたシャックスがあからさまにたじろいだ。

 ……“実験場”ね。俺も頭の片隅に追いやっていた嫌な記憶が、俄かに蘇ってくる感覚を覚えた。


「そんな……姉貴が“実験場”に……!?」

「おい、シャックス。“実験場”とはなんだ? オレにも分かるように説明してくれ」

「……文字通りの意味さ」


 暗い声でシャックスは紡ぐ。


「“実験場”ってのはネビロスのだ。奴の研究の為に、連日趣味の悪い実験が行われてるって話だ……」

「実験とは? ──まさか!」

「……捕まえた、人間を……」


 それ以上シャックスは言葉を続けられなかった。

 一方でベルゴは激情に駆られた表情で拳を握る。あまりの握力に彼が嵌めていた皮手袋も、今にも千切れんばかりに軋む音を鳴らしていた。


「その“実験場”とやらはどこにあるのだ!?」

「いや……もう、いい」

「……何?」


 信じられぬものを見るような視線がシャックスを射抜いた。

 しかし、当のシャックスは項垂れたまま両手で顔を覆い隠してしまっていた。


「もういいんだ……これ以上は、もう……」

「馬鹿を言うな! お前が諦めてどうする!?」

「お、女共は助けたし……そ、そうだよ、先に逃がした方がいいだろ? これ以上は俺の我儘だ……だから、いいんだ」

「ええい!」


 痺れを切らしたベルゴは、項垂れたシャックスの胸ぐらを掴み上げる。

 強引にシャックスの表情が暴かれる。想像に違わず悲嘆と諦観に溢れた見るに堪えない面持ちだった。見ているこっちの方が胸を締め付けられる気分になってくる。

 だが、そのような空気を払拭せんとベルゴは吼えるように訴えた。


「今ここで諦める方がお前の我儘だ! その実験場とやらに向かってお前の姉を探すぞ!」

「……って」

「む?」

「いいって……言ってるだろッ!」


 詰め寄るベルゴの顔面に、怒鳴るシャックスの頭突きが炸裂する。

 きゃあ! とアータンの悲鳴が地下牢獄の通路に響き渡った。


 けれども、ベルゴは微動だにしていない。

 魔人の全力の頭突きを受けても尚、ピクリとも仰け反らぬまま、眼前で涙を流しながら歯を食い縛るシャックスと睨み合っていた。


「あんたは分かってねえようだがな、“実験場”ってのは捕まった人間の“墓場”なんだ。生きて帰って来られた人間は居ねぇって噂だぜ」

「それがどうした」

「悪魔共が言ってたよ! 生きたままバラバラにされて、臓腑を抉られ、魔物と体をくっ付けられて! それで散々弄繰り回された後に出来上がるのは、人と呼べねえ肉の塊だってさ!」


 叫び倒す内に目を背けようとしていた最悪の想像を直視せざるを得なくなり、次第に一人の弟の声は涙に震えていく。


「あんたは……お前は! そんなもんになった姉を俺に見せてえってのかよ!?」

「だが、無事に生きている可能性もある!」

「無ぇから言ってんだよ! 分かれよッ!」

「行ってみなければ分からん! たとえ可能性が0より低かろうと誰かがその目で確かめるべきだ!」


 両者は譲らない。

 今にも殴り合いそうな剣呑な空気にオロオロと狼狽えるアータンを、俺は両肩を掴んでジッとさせる。まあ落ち着いてみてなさい。


「ざっけんなッ……誰がそんな……!」

「お前が行かぬというなら俺が行く! それなら文句はないだろう!?」

「なんであんたが──!」

「──オレは戦場で見捨てるしかできなかった親友が、死体となって襲い掛かってきた」

「……は?」


 突然の告白。

 そして、予想外の内容にシャックスの怒気も一瞬にして霧散した。


「……つい先日の出来事だ。だが、10年前にも同じことがあった。聖都が陥落したあの日だ」

「……」

「大切な者の体が弄ばれた挙句、それに面と向かわなければならなくなった時……その恐怖はオレにもよく分かる」


 だがな、とベルゴは穏やかな声音で説いた。


「……弄ばれたまま誰にも供養されねば、その者の尊厳はどうなる? 肉体をいいように操られて汚名を被せられるなど……それこそ悲しいではないか」

「っ……でも!」

「オレは娘の死に目にも会えなかった。今でも、あの日見た焼け焦げた人形が自分の娘なのかはっきりせん」


 今度こそ息を呑んだシャックスは、大粒の涙を目尻に浮かべたまま、柔和な笑みを湛えるベルゴとおそるおそる目を合わせる。


「お、おれは……こわい……こわいよっ。姉貴が──姉ちゃんが死んでたらって思うと、こ怖くて確かめになんか行けねえよっ!」

「当然だ」


──大切な家族ならば、なおさら。


 静かに、しかし、実感を伴った重い声色がズシリと腹の底に伸し掛かる。


「……切り捨てるのは簡単だけどよ」


 代わりに言葉を続けるように、今度は俺が口を開いた。


「可能性が0じゃないんなら賭けてみる価値はある。っつーか、家族の命はプライスレスだろ。価値があろうがなかろうが確かめてみるのは賛成だ」

「……ライアー」

「切り上げてこうぜ! 今からでもさっさと動きゃあ、可能性が1%ぐらいには上がるだろ! そうなりゃあ今日の運勢最高の俺様の力でお前の姉貴は助かったも同然よ!」


 わざとらしく明るく振舞ってはみたが、それまでの喧騒が嘘みたいな静寂が訪れた。

 ヤベ……セリフ間違えたか?


 なんて思っていたら、ポツリと。

 天井から滴る雫が地下牢獄の床を打つ。


「……たい」


 再び、ポツリと。

 今度はシャックスより滴る雫が石畳を濡らした。


「姉ちゃんに……会いたいよっ……!」

「うむ」

「会って……『今までごめんなさい』って言いたい……っ!」

「感謝の言葉も忘れてやるな」

「ゔんっ……!」


 いつしかベルゴと抱き合うような形でシャックスは泣きじゃくる。


 今だけ彼は少年だった。

 いや、シャックスだけではない。

 ベルゴの心もまた10年前へと立ち戻っていた。過ぎ去った日々の重さを互いに噛み締め合う二人は、決心を固めたように頷いた。


「悪い……手間を掛けさせたな。その上で改めて頼む。俺と一緒に姉貴を探してくれ!」

「無論だ」


 力強くベルゴは答えた。

 そうだな、今更引き返すなんてナンセンスよ。


「しかし、このまま行動ってわけにもいかないな」

「一先ず助けた人は都の外まで送り届けなくてはな」

「アータン、リーンのお守りと護衛頼めるか?」


「えっ、お守り?」


 アータンは驚くが、実際大人数を引き連れてあちこち動くわけにもいかない。

 しかし、誰かしらは救出した人の護衛と案内は必要だ。そう考えた時、実験場に赴く気満々のベルゴとシャックス、そして隠密役の俺を除いた二名が護衛に回るのは自然だろう。


「重大任務だぞ。こいつの手綱を上手く握ってくれ」

「握れったって……私なんかが握るまでもないと思うけど」

「とんでもねえ。さっきの奇行を思い出せ。鉄の錠を貫手で壊す女だぞ」

「あっ、うん。分かった」


 俺の言葉で瞬時に納得したアータンが頷いた。

 それを見たリーンが『おい』とドスの利いた声を発するが、アータンの可哀そうなものを見る眼差しに変わりはない。

 ハッハッハ、どうだリーン。貴様も俺と同じ変なことをやらかす人間の枠に入れられたぞ。どうだ。あっ、待って。ひかがみ蹴らないで。そこに装甲ないんだから。痛い痛い痛い。


「よし、じゃあリーンとアータンは救出した人達と一緒に地下水路から撤退。俺達『馬鹿阿呆間抜けトリオ』は実験場に向かう」

「おい、誰が馬鹿と阿呆と間抜けだ」

「馬鹿が俺、阿呆が俺、間抜けも俺」

「こ、こいつ……業を一身に背負いやがった……!?」

「とりあえず地下水路までは一緒に行こう。別行動はそれからだ」


 慄くシャックスを後目に、早速俺達は救出した人達を連れて地下水路へと向かう。幸いにも地下とだけあって牢獄から水路までそう遠くなく、すぐにでもチェックポイントである中央区画まで辿り着いた。


 が、しかし俺達は忘れていた。


「きゃあああ、犬の魔物よ!!」

「か、怪物……頭が三つも!!」

「もうだめだぁー! 食べられるぅー!」


 ヤベッ、ケルベロス待機させてたの忘れてた。

 見上げんばかりの巨大な三つ首ワンちゃんを目撃し、付いてきていた女性達は皆揃って悲鳴を上げていた。うん、こればっかりは本当にごめんなさい。

 しかし、そんな彼女たちの気も知らぬリーンはお座りしていたソドムとゴモラ、そしてペロの三つ首を順繰り撫でまわしていく。


「よしよし、よく待てたな。ご褒美にクッキーをやろう」

「……」

「どうした? アータン」

「いや……えっと……」


 数歩下がった場所から眺めていたアータン。

 彼女の熱烈な視線はどうにも二頭(六つ首)の間に挟まれる小さな──それでも普通の犬と比べれば成犬サイズの幼獣へと向けられていた。


「「「クゥ~ン」」」


「……カワイイ」

「見る目があるな、アータン。あの小さい三つ首も私の従魔だ」

「へぇ~、名前とかあるんですか?」

「サウザンド・ヘッド・インフェルノ・ハウンドだ」

「残りの997個は?」

「略してペロだ」

「残りも投げ捨てた!?」


 アータンが悟った顔でこちらに振り返ってくる。

 分かったか、そいつがお前の手綱を握らなければならない狂犬だ。




 だからそんなギンギンに決まった目で見つめないで。

 夢に出るから。




 ***




 魔都ドゥウス城門前。

 聖都を簒奪してから10年、一度たりとも人間に破られたことのない巨大な門の前には今、かつてないほど緊張した空気が漂っていた。


「あれはまさか……!?」

「人間の……大軍!?」

「すぐにネビロス様に報せろ!」


 慌ただしく動き出す門番の悪魔達。

 彼らの視線の先には数多の人間の姿があった。

 人、人、人……地上だけでなく空も覆い尽くしかねない大軍。


 それらは全て騎士だった。

 剣を、魔法を、誇りを。

 ありとあらゆる武器を携えて立ち上がった人類の勇者達だ。


 その先頭に立つのは眩い夕焼け色のポニーテールを靡かせる女。

 炎の中で翼を広げる不死鳥の団章を金色に輝かせる、勇壮な雰囲気を纏った騎士の長だった。


 数千にも上る騎士を引き連れてきた彼女は、視界に聖都を収めるや、剣を抜いて空へと掲げる。


「皆、聞けぇ!」


 シンッ……、と。

 一瞬にして辺りが静寂に包まれた。


「今日、我々は再生の日を迎える!!」


 遠方にまで響き渡る大音声。

 ビリビリと震える空気は次第に熱を帯びていく。熱源はこの場に佇む数千の騎士。団長の鼓舞に耳を傾ける彼らは全員が全員、瞳に炎を宿していた。


 脈々と受け継がれた反撃の意思という名の炎を。


「国を、家族を、友を焼かれたあの日!! 我々は多くを失った!! 故郷を捨て、泥水を啜り、灰を喰らい生き永らえた10年……我々は一日たりともその屈辱を忘れたことはない!!」


 炎は燃える、猛々しく。


「なればこそ!! 我々はこの雪辱を果たさなければならない!! 悪魔の手より聖都を!! そして、あの日死んだ我々の誇りを再びこの手に収めるのだッ!!」


 その火勢は天を衝かん勢いとなり、そして。


「──『我ら、灰より蘇る不死鳥が如く』!! 主神ディアの使徒よ!! 往くぞ!!」

『おおおおおっ!!』

「全軍突撃ィーッ!!」


 切っ先をかつての聖都へ向ける。

 それが聖戦の皮切りだった。

灰かぶりシンデレラ〉団長・エレミアの掛け声により、景色を埋め尽くさんばかりだった騎士の大軍が一斉にドゥウスに目掛けて動き出す。


 それを見ていた門番も本腰を入れて防衛の構えを取った。


「チッ! 思い上がった人間共が……ここで返り討ちにしてやるわ!」

「騎士団長をれば大手柄だぜ!」

「所詮敗走した負け犬共の長だ! 大した強さじゃ──」


 そこまで言いかけた門番。

 しかし、彼らは違和感を覚えた。


「おい、団長の女は──」

「待て、なんだか体に力が──」


 次の瞬間、門番の巨体が激震を起こすように前のめりに倒れた。

 何故ならば彼らの首は宙を舞い、すでに肉体の方が絶命していたからだ。


 その光景を傍から見ていた悪魔は戦慄する。


「エ……エレミアだ!! 〈灰かぶりシンデレラ〉の団長がもう城門の目の前まで、」


 恐怖に引き攣る声を上げた悪魔の首もまた飛んだ。

 血の尾を引く白刃を閃かせる女騎士が、城門の前に立っている。そのままブツブツと何かを唱えているかと思えば、刃に付着していた悪魔の血は、燃え上がる炎によって一瞬にして燃え上がった。


「──〈大火魔剣マグナ・イグニディウス〉」


 エレミアの握る剣に炎が宿る。

 炎は瞬く間に数メートルにも伸び、巨大な城門のサイズを軽々と越えていく。


 そして、


「おおおおおっ!!」


 一喝。そして、両断。

 鉄の枠も魔法の防御も意味をなさなかった。


 ただただ純粋な火力で刃に触れた物を焼き切り、エレミアはドゥウスへと続く道を文字通り切り拓いてみせたのだ。


 しかし、城門を開いたとはいえ目の前には無数の悪魔が並んでいる。

 どいつもこいつも血に飢えた獣のような醜悪な笑みを湛えていた。


 それを見たエレミアは屑や塵を見るように冷めた瞳を向ける。


「……聖都を踏み荒らす悪魔共が」


 彼女が剣を構え直す間に襲い掛かる悪魔が居たが、彼女の隣を通って飛来する魔法が次々に悪魔を蹴散らす。

 間もなく残りの騎士がエレミアに追いつく。

 それを見たエレミアはここぞとばかりに再び声を上げた。


「一匹たりとも討ち漏らすな!! そして、この地を支配する大悪魔ネビロスを倒す!!」

『おぉーッ!!』

「全速前進だ!! 私に続けぇ!!」


 大挙して押しかける騎士団。

 その先頭を行くエレミアは剣の一振りで悪魔を数体切り裂きながら、魔都と化した悪魔の都の中枢へと向かう。


 既に狼煙は上がった。

 不屈の騎士団と不死の軍団。

 どちらかが絶えるまで、この地に灯った炎は消えない。




 ***




 地上の騎士団がドゥウスへと攻め込むのと同時刻。

 太陽の光が届かぬ地面の下──ドゥウスの下に張り巡らされた地下水路に、複数の人影が在った。


「……悪魔の気配がありません。どうやらほとんど地上の部隊が気を引いてくれたようですね」

「それなら重畳。ならばわたくし達も務めを果たしに行きましょう」

「では、案内致します」


 先導するのは〈灰かぶり〉の団章を鎧に刻んだ騎士。

 しかし、彼の後ろに付いていくのはまた違った団章を掲げた者達であった。


「ん? この匂いは……」


 特に一際目立つ金色の団章を掲げた女性が、くんくんと鼻を動かし、恍惚とした表情を浮かべる。


「これはまさか……ライアー様の匂い!?」

「こんな時に何を寝ぼけたことを言ってるんですか、団長。ビンタしますよ?」

「暴力は最終手段よ?」


 金春色の髪の美女は大いに恐れ慄いた。

 何故ならば今こうしている間にも副官がバキボキと拳を鳴らしているからだ。


 しかし、副官も副官で情状酌量の余地はあろう。

 ここは悪魔が蔓延る都。天地がひっくり返ったところで彼女の想い人が居る可能性は──。


「……まさか、本当に?」

「わたくしのライアー様センサーを甘く見ないでちょうだい」

「そのドヤ顔をやめてください。ビンタしますね」

「決定事項? ねえ、もう決定事項なの?」

「歯ぁ食い縛ってください」


 いよいよ平手を構えた副官。

 団長と呼ばれた美女は『待ってちょうだい!?』と壁際に逃げるも、間もなく地下水路中に破裂音が響き渡った。


「あのぉ、先に進みたいのですが……」


 こんなところでふざけている場合ではないと案内役の騎士が口を開く。

 副官の女は白目を剥いて口から魂が抜けかけている団長を背負い、歩くことにした。これから地下から潜入して奇襲を仕掛けようとは思えない光景だ。


 だが、とある一人の男が関わった時はこちらの方がずっと早い。


 甚だ不本意であるが。

 甚だ不本意であるが(二回目)。


(それにしても神出鬼没ですね……いくらなんでもこんなところにまで来ますかね)


 半ばが来ていること自体は確定事項であるかのように、副官は考えを巡らせる。


(だとすると、彼らは──)


「……ん?」


 不意に視界に入り込んでくる物に目が付いた。

 それは地下水路の流れに乗って運ばれてくる木箱。随分と中身が重いのか、全体の八割が沈んでいるような状態でプカプカと浮いている。


「……」


 そこはかとない邪気は感じられる。

 けれども、敵意や殺意のような明確な意思の気配は感じ取れない。


 きっと開けてはならぬ呪物のようなものだと割り切ったところで、副官の女は大人しく案内役の騎士の後ろに付いていく。


 だがしかし、また一つ、木箱が流れてくる。


「……」


 周期的に流れてくる木箱を見送りながら、騎士達は進む。

 まさかその中に絶賛緊縛プレイ中の悪魔が詰められているなど、露知らず……。

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