第54話 食事は準備の始まり
新聖都アッシド。
10年前、魔王軍の手によって陥落した旧聖都ドゥウスに代わり、ディア教国の中枢として機能している都市の名だ。
元々ドゥウスに次いで巨大な都市であったことから、アッシドを新たなる中心として置くことに反対する者は居なかった。
あるいは反対するだけの余裕などなかったと言うべきか。
それはディア教国聖堂騎士団〈
彼らもかつての拠点より追いやられ、今日に至るまでアッシドに腰を据えていた。
(だが、それも直に終わる)
聖堂騎士団拠点の一室。
広いながらも簡素な内装の一室より外を眺める女性は、青々と晴れ渡る空を見上げながら内心独白した。
彼女は眩い夕焼け色の長髪をポニーテールにまとめる騎士だった。
右目を覆うように広がる火傷痕と、灰色の鎧より覗く素肌に残る傷痕が痛々しい。しかし、細いながらもパツンと張りつめた筋肉が、傷痕の痛々しさよりも騎士としての勇壮さを印象付けてくる。
(あれから10年か……長かった)
灰色の目を伏せ、女騎士は懐古する。
脳裏に過るのは、まだ平穏だとも思えた懐かしき日々。頼れる上官や尊敬する先輩、そして大勢の仲間に囲まれた温かな思い出だ。
けれども、それはある日全て奪われた。
(レイエル様……アニエル様……そして、ベルゴ団長)
誰もが生きるべき尊い人間だった。
少なくとも自分なんぞが生き延びるよりも、彼らが生き延びていた方がもっとずっと世界は良くなっていたはずだ。
しかし、現実はそうはいかなかった。
生きるべき人間は去り、自分のような無力な新兵だけが生き残ってしまった。
あれから10年もの時が経ち、新兵だった自分はいつしか団長の座に就いた。
力不足だ、と言ってしまえればどれだけ気楽だったろう。
だが、ディア教国はドゥウスを攻め落とされてからというもの、魔王軍の襲来が頻発する人類と悪魔の戦争の最前線。泣き言を言っている暇などなかった。
(皆様……どうか私に勇気を)
「エレミア団長、失礼します」
扉がノックされ、一人の青年が部屋の中へと入ってくる。
白磁色の髪をした清潔感のある容姿だ。加えて鎧には炎より蘇る不死鳥が銀色で描かれていた。
「ハアイヤか。首尾はどうだ?」
「問題ありません。作戦に必要な人と物は滞りなく集まっています」
「……彼らもか?」
ハアイヤは首肯した。
「事前協議通り動いているとのことです」
「そうか」
「ただ……」
「ただ?」
言いにくそうに目を逸らすハアイヤに、エレミアは訝しげに眉尻を下げた。
「どうしたのだ、言ってみろ」
「作戦の最終確認の為に出向いていただいたスペルビ教国の団長ですが、『町に女の子を探しに行ってくる』と言ったきり帰ってこず……」
「あ~~~のスケコマシがぁ!! プルガトリアを守る一大作戦って言ってるでしょおがぁ~~~!!」
副官の報告を受けたエレミアの怒りは一瞬にして頂点に達した。
「なにが女の子だ!! 常日頃散々脇に女を侍らせている癖に!!」
「団長、その辺で……」
「女の子ならここに居るでしょおがぁ!!」
「団長、良い歳している癖に女の子とか自称しないでください」
「ぐふぅ!!?」
ハアイヤの遠慮ない物言いに致命傷を受けるエレミア。
そのまま高級そうな絨毯の上に倒れた彼女は、ガクガクと痙攣しながら涙を呑んでいた。
「ぐすんっ、分かってるもん……10年前はピチピチの二十歳だった私も今や三十路。国や騎士団を建て直す為に費やした二十代の日々はもう戻ってこないのよ……!」
「ご立派だと思います」
「だったら私と結婚してよぉ!!」
「自分は許嫁が居りますので」
「チクショー!!」
再び滂沱の涙を流すエレミアは、絨毯に拳を振り落とした。
ボフッ、と音を立てる絨毯からは埃が舞い上がり、ただでさえ嗚咽を漏らしていたエレミアは『ぶえっくしょい!』と涙やら鼻水やら色んな体液をまき散らした。
「うぅ……私、この作戦が終わったら絶対結婚するんだ……」
「やめてください。そんな前振りになりそうなセリフは?」
「結婚できるって前振りよね?」
「生涯未婚で死ぬ前振りですね」
「無慈悲な宣告ッ!!」
鼻水を垂らす団長の姿を見て『だからこの人は結婚できないんだなぁ』と失礼なことを考える副団長・ハアイヤ。
そんな彼は何かを思い出したかのように声を上げた。
「ああ、そう言えば」
「なに? まだ何かあるの?」
「インヴィー教国の団長も『愛しい御方の気配がしますわぁ~!』と、さっき宿舎を飛び出ていきました」
「どいつもこいつもあいつもそいつもぉ~~~!!」
──チクショーーーッ!!
団長の慟哭は騎士団詰所全体に響き渡る。
それを聞いた団員達は『またか』と日常の風景にいつも通り過ごすのだった。
一方その頃、ライアー達は──。
***
「はっ!?」
「えっ? 何々?」
「いや……ちょっと背筋に悪寒を覚えてな」
「風邪? 熱ない?」
「アータン? 鉄仮面に額当てても熱は分からないぞ?」
「あ、そっか」
天然をかますアータンを引き剥がし、俺は再び目の前の食事にありつく。
俺達──『シャックスの姉貴を救出してネビロスをぶっ殺し隊』は、潜入前の準備を整える為に新聖都アッシドに立ち寄っていた。
そして、メシを食べるとなればやはり冒険者ギルドに限る。
高い競争率を乗り越えてギルド内に出店した酒場の出す料理、これがまた旨いこと旨いこと。
とりあえずメシを食べるならば冒険者ギルドに行けば間違いない。
皆も覚えておくと良い。
「おい、これバレてねえよな……?」
と、俺やアータンが料理を堪能する一方で、シャックスがビクビクと怯えていた。
「こんな鎧で誤魔化せるのかよ……逆に目立たねえか?」
「安心しろ。お前の両隣を見てみろ」
「……なるほど」
「そういうことだ」
「どういう意味だ」
不安そうにするシャックスを宥めたら、背後からリーンに首を絞められた。くるぢい。
それはそれとして純粋な魔人族が居なくなり、魔人と言えば悪魔しか存在しなくなった現代、シャックスのような異形は一目で悪魔と捉えられてしまう。
しかし、今のシャックスはベルゴのおさがりの鎧を身に纏った状態。
傍から見ればただのフルプレートアーマーを着た人間だ。これなら鎧を外さない限りバレることはない。
普段からフルプレートアーマーなんて着込んでいる人間など早々居ないが、すでに二人ほど鎧を着込んでいる奴らが居るのだ。一人増えたところで疑問に思う者など居ない。
ちなみに代案として、俺の魔法で美少女に変化するかシャックスに聞いたら、全力で拒否られてしまった。悲しい。
一緒に美少女の肉体を受肉しようと思ったのに……。
だが、この案はリーンにこう言われてしまった。
「お前の罪魔法は見た目だけじゃなく魔力の偽装もお手の物だが、魔力を消費するから長時間の変装には向かないだろうが」
ぐうの音も出なかったぜ。ぐう。
「まあいいや! ワーッハッハッハ! 乾杯!」
「呑気な野郎が……」
「まあまあ、今のうちに飲めるもん飲んどけよ」
「別に酒なんか──麦茶じゃねえか!」
「麦のジュースにゃ変わりないだろ?」
シャックスにノンアルコールの炭酸抜きビールを飲ませたところで、俺は一息吐いて辺りを見渡す。
酒場は普段通りの盛況。
一大作戦を前にすれば、民間人であってもピリピリするものだと思っていたが、案外そうでもないらしい。
的なことを言えば、湯冷まし水を含んでいたベルゴがこう言った。
「それはそうだろう。軍事作戦を知られては奇襲を掛けようにも掛けられまい」
「たしかに」
「むしろ、お前の知り合いがどうやって知ったかの方が気になるぞ」
あいつは……ほら。
多方面にコネクションのある社長さんみたいなものだから。
「情報も武器とか言って涙ぐましく集めてるんだろう」
「それで極秘の作戦がバレてしまっては元も子もないのだが……」
「しゃーないしゃーない」
人の口に戸は立てられぬとは誰が言ったか。
見てごらんなさいよ、横に居るアータンを。山盛りのチャーハンを頬いっぱいに詰め込んでるもの。ハムスターみたいでカワイイね。ウーロン茶飲む?
「あいあー、ほほのほはんほいひいへ!」
「うん、なんて?」
「ごくんっ……ここのご飯美味しいね!」
「よかったねぇ」
満面の笑みでチャーハンを完食するアータン。
これから囚われのお姫様役に殉ずるとは思えない肝の太さだ。いや、肝が太いからできるというべきだろうか。
だが、緊張しすぎて何も食べられないよりはずっと良い。
ここぞという時に動けるのは、やはりメシを食べられる者なのだ。
ご飯 is パワー。
OK?
「ねえ、ライアー。他に何か頼んでいい?」
「まだ食うと申すか?」
しかし、俺はアータンの食欲を見誤っていた。
奴の胃袋はまるで底なし沼。一旦触れた底が終わりとは限らないのだ。
「大丈夫? そんなに食べてお腹壊さない?」
「まだ大丈夫だと思うけど……や、やっぱりいいや。今日はこのくらいに……」
俺の心配する声に赤面するアータンは、途端に恥ずかしくなってきたのか、すごすごと引き下がっていく。
──が、そこへ差し伸べられる一皿。
敷かれたレタスの上にいくつか置かれた鶏のから揚げ。未だ熱気を放つアツアツの一品を目の前に、一旦は引き下がったアータンが瞳を輝かせる。
「わぁ! 美味しそう……!」
「食べてもいいぞ。オレはもう十分食べたからな」
「ありがとう、ベルゴさん!」
ベルゴに譲られたから揚げに、アータンが大喜びで飛びつく。
サクッと歯触りの良い衣を嚙み切れば、中からは黄金に輝く肉汁がじゅわりと溢れ出してくる。
「おいひぃ~!」
「……そうか、良かった」
「いいのか、ベルゴ? 自分のから揚げ他人に譲ってよ」
から揚げはそこそこ残っていた。
それを他人に譲るとは中々に太っ腹だ。年齢を重ねて渋みが出始めた中年男性としては紳士としてこの上ない挙動であるが、寂しそうなベルゴの微笑みが妙に気になった。
「鶏のから揚げに思い出でもあるのか?」
「……新兵の頃、仕事終わりにレイと大皿を頼んで争うように食らっていたのを思い出してな」
「そいつは──」
「それが今やこうも脂っこいものを受け付けんとは……不覚だった」
「おじさぁん……」
親友との懐かしき一ページかと思いきや、中年男性の胃袋事情だった。
よくよく見てみればベルゴの唇はテッカテカに光り輝いていた。だが具合を悪そうにしているところを見るに、きっと二、三個食べたぐらいから油がきつくなってきてギブアップしたのだろう。
その証拠に、今はサラダやらピクルスやらさっぱりしたものを摘まんでいた。
「見とうなかったよ、そんな悲しいおじさんの姿」
「お、おじさんとか言うな! オレはまだまだイケるぞ!」
「まだまだイケる奴は若者に譲らないでもう一皿頼むんだよ」
「ぐっ……ぐぅの音も出ん。だが、これだけは覚えておけ。いずれお前も同じ道を辿ることになると……!」
「世界の汚い部分を知ってしまった系悪役ムーブやめろ」
お前だとシャレにならないんだよ。
「おいひぃ~!」
……なんて考えてもいたが、実に幸せそうにから揚げを頬張るアータンを見たら、そんなことがどうでも良くなってきた。
「アータン、春巻きも食べるか?」
「えっ、いいのぉ!?」
「野菜も食べなさい。このサラダなんか旨いぞ」
「うん、ありがとう!」
「おい、アータン。ダンプリングが一つ余ったから食ってもいいぞ」
「本当ですか!? やったぁ!」
続々とアータンの目の前に料理が集まっていく。
それを満面の笑みで頬張っていく少女の姿に、俺達は自然と笑みを浮かべていた。
これはあれだ。
どっちかっていうと、末っ子が美味しそうにご飯を食べるのを眺める家族だわ。
「あぁ~、美味しかった!」
「お腹いっぱい?」
「あっ、最後にデザート頼んでもいい?」
「嘘だろおい」
「だ、ダメだった?」
底なしの食欲に畏怖しながらも、俺はアータンの注文する手を止められなかった。
ガキが……お腹いっぱい食えよ。
***
「あぁ~、お腹いっぱい!」
「でしょうねぇ」
プティングも食べたアータンは、実に幸せそうにお腹を擦っていた。
この小さな体のどこに料理が詰め込まれているのか甚だ疑問ではあるが、平坦な体と魔力に満ち溢れている姿を見れば、否応なしにどこへ栄養が向かっているのかが分かってしまう。
「なんかすっごい失礼な目線を向けられた気がする……」
「気のせいさ」
「……じゃあ気のせいってことにしてあげる」
危うく裁判長に断罪されるところだったが、間一髪で許された。
「ふぅ、これがリーンだったら手が出てたぜ」
「なるほど、私をそういう風に見ている訳だな」
「当てつけのような蹴りが俺に突き刺さるッ!!?」
墓穴を掘った結果、リーンの鋭い蹴りが俺の膝裏を襲った。
こ、こいつ……的確に装甲のない部分を狙いやがって……!
「どうでもいいけどよぉ、早く準備を整えようぜ?」
俺達がじゃれ合っている間、浮足立つシャックスが準備を促してくる。
まあ、こうしている間にも姉貴がどうなっているのか分からない以上、彼の気持ちも分からなくはないが。
「まあ待てよ。こういうのは心の余裕が大切なんだぜ?」
「言い分は分かるけどよぉ……」
「だからお前も美少女にならないか?」
「脈絡どっから飛んできた?」
「彼方より」
「
再度女体化の提案をしたものの断られてしまった。
どうしてだ……男は皆美少女になりたい願望を持っているんじゃないのか?
「美少女のロマンが分からないとは……いいぞぉ、美少女は? 心に余裕が生まれる」
「生成方法が無法過ぎるだろうが」
「無法じゃない、魔法だ」
「何が違うってんだ」
「いつか解けてしまう儚い夢ってことさ」
「分かってんじゃねえか」
こいつもこいつでツッコミにキレがあるな。
悪態がある分、アータンよりも鋭く突き刺さってくる感じだ。
「てめえ、ぶっ刺されてえか!!?」
「そうそう、もっと刺してくるように」
「ライアー、誰に反応してるの?」
「ん?」
返事をしたら、どうやらパーティーの誰の声でもなかったらしい。
では誰か? ということで周囲を見渡してみれば、街道のド真ん中で言い争っている二人の男が居た。
一人はいかにも荒くれと言った風貌の大男。
もう一人は艶のある金髪を後ろに流す長身の美青年だった。均整の取れた肉体はスラッとした印象を与えながらも、服の合間から覗く筋肉はみっしりと引き締まっている。
「ほぉ~ん……」
「その女は俺のツレだっつってんだろ!!? いいからさっさと寄越せ!!」
「ツレ? 冗談にウィットが足りないよ。エスコートでも会話は楽しくなければね」
「舐めてんのか、てめぇ……!!」
飄々としていながらも大男を言い負かす美青年。
彼の背後には涙目を浮かべる若い女性が震えていた。はた目から見ても正義の味方は美青年の方だと見て取れる。
周囲も美青年の方に賛同してか『そうだそうだ!』と声を上げ、大男に野次を飛ばしていた。これには大男も一瞬たじたじと後退る。
が、
「もういい!! こうなったら力尽くでも連れていく!!」
「きゃあ!?」
「おい、あいつ武器取り出したぞ!」
「衛兵呼んで来い!」
我慢の限界に達した大男が自前の武器を取り出し、切っ先を美青年の方へと向けた。
「へっ、どうだ!! ビビったか!!? 泣いて謝るなら今の内だぜ……?」
「子猫ちゃん。きみは危ないから少し離れておいで?」
「こね……? あっ……は、はい!」
「おい、無視してんじゃねえ!!」
美青年に逃がされる女性を見て、大男が声を荒げる。
しかし次の瞬間だった。
「おっ……おおおおおっ!!?」
武器を構えていた大男が、その場の宙で一回転する。
何が起こったのかも分からず回転する大男は、ロクな受け身も取れずに背中から地面に叩きつけられ、苦悶の表情で喘ぎ始めた。
「げ、げほぉ!!? な、何しやがった……てめぇ……!!?」
「やれやれ……強者は弱者の為に力を揮うことこそ美徳。きみのような振る舞いは感心できないな。横暴や横柄とは巡り巡って更なる強者の目に留まると覚えた方がいい……ぼくのような、ね?」
「ひぃ!!?」
柔和な笑みを浮かべる美青年。
だが、その微笑みに底知れぬ怪物を垣間見た大男は、先ほどまでの威勢はどこへやら、小動物のように涙目で震え始めてしまったではないか。
ただそれもあくまで大男の視点から見た話。
観衆にしてみれば、見目麗しい美青年が一瞬にして悪漢を制圧した大立ち回りを目撃した訳だ。すぐに周囲からは万雷のような拍手と、黄色い歓声が上がり始めた。
「おーおー、すげー手際」
「わぁ。何したのか全然分からなかったよ……」
「……〈
俺とアータンが呑気に感心する一方、リーンが淡々と告げた。
〈飛天〉とは魔力を用いた移動術全般を指す言葉。魔力による単純な肉体強化に留まらず、足元から魔力を放出する移動方法もこれに当てはまる。
さらには放出する魔力に属性を付与して、水属性なら足元の流水を操って滑るように、火属性なら足元を爆破して跳躍するような移動も可能だ。
「さっきまで居た地面が全く壊れていない……相当の手練れだな」
注意深く観察していたベルゴが、美青年の〈飛天〉の練度に感心していた。
俺も時たま〈飛天〉は使ってはいるが、あれは肉体強化とか魔力の放出具合をミスると、踏み込んだ地面が陥没してしまう土木作業員泣かせの技なのでもある。
それ故に、体得している者でも基本的に町での使用はご法度。うっかり使用して石畳を壊そうものなら衛兵やら色んなところから雷が落ちてしまう。
ちなみに俺は通算3回ほど敗北している。
しかし、あの美青年はその〈飛天〉を事もなげに使用したにも関わらず、一切足元を破壊することなく大男に肉迫してみせた。
これだけで彼が余程魔力の扱いに慣れた強者であると分かる……って言ったら、なんか俺も出来る側に見えてカッコよくない?
違う?
そうかぁ……。
「熱烈な視線をありがとう」
「きゃあ!?」
ボーっと喝采を浴びる美青年を見ていたら、音もなく眼前まで近づいていた美青年が、アータンの手を握っていた。
「麗しい子猫ちゃん。ぜひともあなたのお名前を教えていただいてもらってもよろしいでしょうか?」
「子猫……ちゃ……?」
「この後時間があれば紅茶でもどうですか? どうやらぼくはあなたに恋をしてしまったようだ」
「え……無理です」
「ぐふっ!」
お茶に誘った美青年。
だがしかし、あまりにも真っすぐな瞳と言葉で拒絶するアータンを前に、不沈と思われた艦はあえなく撃沈された。美青年も血反吐を吐いて具合を悪そうにする。
「ま、まさか断られるだなんて。ぼくの誘いに喜ばない女の子なんて、今まで一人たりとも存在しなかったのに……」
「傲慢だな。この子は心が強ェ女なのさ。悔しいならもう一回心の強さでリトライしてみろ」
「なるほど、心得た。それでは改めて──ぼくと一緒に紅茶でもいかがですか?」
「変なこと心得させないで!!? いや、だから嫌ですけど……」
「ざくっ!」
再び断られた青年が血反吐を吐いて蹲る。
それを見た俺は呆れるように吐き捨てた。
「言わんこっちゃねぇ」
「嗾けたのライアーだよね!!? 要らない追い打ちかけさせたよね!!?」
「でもアータンだって嫌なんだろ?」
「それはそうだけど」
「げるぐぐっ!」
今日のアータンは切れたナイフだぜ。
口から飛び出す言葉のナイフは、言い寄って来た美青年のメンタルをメッタメタのタルタルステーキにしていた。無慈悲な細切れである。
純粋な拒絶ってこんなにも切れ味鋭いのな。
聞いているこっちの胃がキリキリとしてきた。
「くっ……ここまで拒むということは心に決めた相手が居るんだろう。それならぼくも、きみの想い人に免じて引き下がらざるを得ない」
「ち、違いますから! ちょっと言動が生理的に無理だっただけで……」
「ぎゃん! ……構わない。誰が誰を愛すかは当人の問題だからね」
そう言って血まみれの口を拭う美青年は、晴れ晴れとした顔で俺達を見渡した。
「それにしても面白い面子だ。冒険者かい?」
「まあな。今から山菜取りに行ってくる」
「ふむふむ。これでもぼくは人を見る目には自信があってね、初対面でも相手がどのような人間なのかは見当がついてしまうんだよ」
「そいつは大層な特技で」
「だから──」
ズイ、と美青年が詰め寄った相手は、
「悪い人間に騙されていないかとか気になってしまうんだ」
「お──俺……?」
「見えるな」
シャックスが。
極彩色に彩られた猛獣の如き瞳に見据えられた瞬間、途端に引き攣った顔を浮かべた。
「マジかよ」
思わず俺も口をついて心の声が出てしまった。
あ、もしかしてこれヤバい奴?
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