第53話 再出発は明日の始まり
ベアティを救出した翌日の朝。
シルウァの村に一角に佇むベルゴの家。そこには今、五人の人間が集まっていた。
「まずは俺ぇ!」
「誰に対する自己紹介?」
虚空に向かって叫んだ俺と、それに対して冷静にツッコむアータン。
そして、そのやり取りを冷ややかに眺めるリーンとシャックスだ。
……え? 合計四人じゃないかって?
「済まない、遅れた」
「ちょっとぉ~、遅刻よぉ~」
「どうして女口調なのだ……まあいい。口に合うかどうか分からないが、朝食にパンケーキを作ってやったぞ」
「ありがたくいただきやすっ!!!」
「お、おぉ……そんな頭を下げなくてもいいんだがな」
皿にパンケーキを乗せてきたベルゴ(エプロン姿)が参戦。可愛いお花の刺繍が施されたエプロンも随分様になっているぜ。
これでぴったり五人である。
さて、どうしてこの面子が集まったのか理由を説明するとなると……。
──グォ~。
「……ごめんなさい」
「お腹減った? ごはん食べる?」
「う、うん」
お腹の虫が雄叫びを上げたアータンは瞬く間に赤面する。
分かるよ、アータン……一晩中歩き通しだったもんな。そりゃ腹の虫も泣き叫びますわ。
「いただきます!」
辛抱堪らんといった様子で、早速アータンはパンケーキに手を付ける。
ナイフの刃を立てればスッと滑らかに生地が切れていく。それと同時に小麦の香ばしい匂いが湯気と共に立ち上ってくる。
加えてたっぷりと掛けられたベリーソースの香りもまた食欲をそそる。
口の端から涎を垂らすアータンは、目を輝かせながらベルゴ特製パンケーキにかぶりついた。
もぐもぐ……ごくんっ。
咀嚼は二回。
それほどまでに柔らかかった生地を飲み込んだアータンは、再び感動に目を爛々と輝かせる。
「ふわふわぁ……!」
「たんと食べなさい。おかわりならいくらでも作ってやるからな」
「い、いえ! お構いなく……!」
そうは言うものの、シェフ顔負けのパンケーキはアータンの胃袋にあっという間に収まってしまう。
「……すみません、おかわりいただいてもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
食欲を前に圧倒的敗北を喫するアータンがおかわりを要求する。
ベルゴはそれに満面の笑顔で応じ、再びキッチンに立った。いや、食べ盛りの子供を見て喜ぶオカンかよ。
「……旨いなこれ」
「ブランデーを掛けても良さそうだな」
傍らで静かに食べ進めていたシャックスとリーンも、ベルゴのパンケーキの仕上がりにはおおむね高評価を出していた。
「へっ、何をパンケーキ如きで……こちとら故郷で舌の肥えた人間ですぞぉ? ヒョ~ッヒョッヒョ!」
「変な評論家出てきたな」
「こんな田舎の男が作ったパンケーキなんぞたかが知れておりまヒョウ! どれ……なっ、なんという柔らかさ……まるで雲のようなこの感触は!?」
「流れが変わったな」
「し、しかし、結局は味! どれ……びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛!」
「なんだ、その声」
余りの旨さに感動する俺に対し、シャックスが冷静なツッコミを返した。
ちなみにアータンはただいま二枚目のパンケーキを一心不乱に食している。それもすでに半分は胃の中だ。
しかしアータンよ、いくら夜通し歩いたからって食べすぎでは?
「おかわり!」
「どんどん食べな。シェフ、パンケーキ一丁ぉ!」
「誰がシェフだ」
だが、この笑顔を見ておかわりを止められる奴が居たとしたら、そいつは鬼だ。
事実、おかわりを要求されたベルゴはこれっぽっちも嫌がる様子を見せず、新たなパンケーキ作りに勤しんでいた。
「気に入ってくれたようで何よりだ」
「わぁい! ありがとうございます、ベルゴさん!」
「ああ、たくさん食べてくれ」
このままでは一枚焼いたところですぐ完食されると考えたのか、ベルゴは手際良く五枚ほどパンケーキを増産してアータンの前に差し出した。
しかも、味変に野イチゴ、山葡萄、蜂蜜等の各種ソースも用意されていた。
至れり尽くせりここに極まれりだな。
山盛りのパンケーキを前に若干アータンの言動が幼児退行しているような気がするが、この花丸を付けてあげたい満点の笑顔を前にすれば些末な問題だ。
「さて、腹も膨れたことだし」
本題に入るとしよう。
今回設けた話し合いの場で、最も中心となるのは目の前の悪魔──シャックスだ。今、この場で一番現状に把握しているのはこいつだろう。
「で? 姉ちゃんが魔都に取っ捕まってるんだって?」
「……あぁ」
重苦しい声色でシャックスは語り出す。
「今現在魔都を支配するのは魔王軍大幹部──〈六魔柱〉のネビロスだ」
「ネビロス、か」
「奴はなんでも地獄でも名うての死霊術師だったらしい。魔都の中には屍兵や死霊がわんさか溢れかえっている」
これに沈痛な面持ちを浮かべるベルゴ。
それも仕方のないことだ。かつて、彼自身が率いる聖堂騎士団が守れなかった聖都が、アンデッドの溜まり場となっているのだから。
そこに溢れているアンデッドとやらも、きっとかつての住民だったに違いない。
「……進めてくれ」
「あ、あぁ。なんでも奴は以前から死体や生きた人間を欲していてな。それで姉貴も……」
「戦力の拡充、か」
ベルゴの言葉に、今度はシャックスが暗い表情を浮かべる番だった。
死霊術師が死体や人間を求める=使役するアンデッドを増やす、と見て間違いないだろう。絶対にこれが正解という確証はないが遠くはない答えのはずだ。
「……知っての通り、魔都ドゥウスは魔王軍の地上侵攻の一大拠点だ。今までにそこが陥落していない理由は単純だ。保有している戦力が多すぎて、聖堂騎士団も迂闊に手を出せないからだ」
「返り討ちに遭えばそのまま奴らの制圧範囲を広げてしまう……ままならねえもんだな」
「まったくだ」
半端な戦力で攻め落とそうとすれば、逆に魔王軍側に兵を磨り潰され、奴らの侵攻を許す事態に発展してしまう。
それ故に今までディア教国──その聖堂騎士団である〈灰かぶり〉も攻めあぐねていたのだろう。
「つーと、真面に正面からお邪魔する作戦はダメか……」
「ダメに決まってんだろ! 相手何人いると思ってんだ!?」
「1000万ぐらい?」
「え、いや……知ってる範囲だと1万とかぐらいだが……」
「あ……うん……」
「釈然としねえ顔してんじゃねえよ! てめえがアホみてえに数字盛った所為だろうが!」
俺は声を荒げるシャックスに揺さぶられる。
後頭部が鉄仮面の内側にガンガン当たって痛い。ので、アイコンタクトでアータンに助けを求めるが、彼女はリーンに甲斐甲斐しくパンケーキで餌付けされていた。
あーんしたのか……俺以外のヤツと……。
そんな感じで揺さぶられる俺を横目に、タンポポ茶で一息吐いたリーンが口を開く。
「正面突破は現実的じゃない。となると、やはり潜入になるな」
全員が頷く。
無双ゲーでもないのだから1万の軍勢相手に五人で戦うなんて無謀も過ぎる。
ギルシンシリーズでも大軍勢を真面に相手できるのは、それこそ〈嫉妬の勇者〉リヴァイぐらいなものだ。
偶然にもここには〈嫉妬〉の〈罪〉を持つアータンが居るものの、それでもリヴァイには遠く及ばない力しかない。
勝っている点と言えば可愛さと可愛さと……可愛さか。
カワイイという点でしか今のところリヴァイには勝てないか。十分だな。
それは冗談として。
「まあ、とりあえず敵に見つからない侵入経路を見つけるところから始めるか」
「それなら私にイイ案がある」
「おっ! リーン、ぜひとも聞かせてくれ」
「目撃者を全員殺せばいい。大将首は私が獲る」
「ストロングアサシンが出てきたな……」
戦意……いや、殺意を漲らせるリーンが力強く宣言する。
うん、とても良いと思う。何事も
「いや、良くねえよ」
ここで冷静なシャックスのツッコミが入り、話は最初に戻る。
するとここでベルゴがスッと手を上げた。
「オレに考えがある。ドゥウスには地下水路が張り巡らされていてな、都の外まで続いていたんだ。そこを通れば奴らの目に付かず都の中に潜入できるかもしれん」
「そう言やぁベルゴはそこから聖都を脱出したんだったな。イイ案かもな」
「そして中枢に潜入した後、ネビロスを倒す!」
「ストロングアサシンが出てきたな……」
ネビロスへの怒りに燃えるベルゴも力強く宣言する。
うん、良いよ良いよ。押すまでもなく殺る気スイッチが入っていて素晴らしいね。
「いや、良くねえよ」
しかし再びシャックスのツッコミが入る。
こいつのツッコミも中々板についてきたな。
彼としては姉の救助を優先したい以上、ネビロスを倒す方面に話が進んでいることに待ったを掛けるのは当然の話だろう。
だが、そうすると話がいくらか後退してしまう。
「仕方ない……ここは俺の魔法で姿を消す方法で行くか」
「おっ、イイ案あるじゃねえか。初めからそれを言えよ」
「姿を消し、闇に紛れ、悪魔共の寝首を掻き……そしてネビロスをぶっ倒す。これで行くぞ」
「ストロングアサシンは引っ込んでろ!」
「そもそもストロングアサシンって何?」
いい加減業を煮やすシャックスの一方で、アータンは淡々とストロングアサシンの存在について問いかけてきた。
ストロングアサシンはな……ストロングアサシンなんだよ。
そんな感じに説明したらアータンが『何言ってんだこいつ』的な視線を投げかけてきた。
俺は泣いた。
「と、ともかく……ここまでの話をまとめると、俺の魔法を併用して過去にベルゴが利用した地下水路から潜入する。これが一番現実的だな」
「だが一つ問題があってだな」
「どうした?」
「姉貴がどこに捕まってるのか分からねえんだ」
「Oh……」
それは大問題だ。
俺も思わず頭を抱えて唸る。
捕まっている人間の救出なんてものは、対象がどこに居るか分かっていることに越したことはない。
ましてや極力敵に見つからない方がいい潜入作戦だ。
無駄な危険を増やさない為にも、場所の特定は必須事項である。
「お前ら、捕まえた女を引き渡してるんじゃないのか?」
「それはそうなんだが、大抵外で引き渡したらそれっきりだったから……」
「にゃあるほどぉ……」
下っ端は辛いね。
でも、これじゃあ結局シャックスのお姉ちゃんの居場所が分からないままだ。
「どうしたもんだか……」
「他の者達の後をつけるのはどうだ?」
「たまたま引き渡しに来る悪魔のか? 偶然に任せるにゃ、ちっとばかしリスクが高いな。俺の魔力だって無限じゃないから身を隠すにも限界がある」
「うぅむ……難しいか……」
「せめて捕まった女の役をやってくれる人間が居たら……」
そう言って俺はリーンの方を見た──けれども、そのまま目を逸らした。
「おい」
だが、視線に気が付いたリーンにすぐさま肩を掴まれた。
ものすごいパワーだ。ストロングアサシンはここに居た。
「イダダダダッ!!? 肩に指が食い込んでるッ!! 肩甲骨が健康じゃなくなっちゃう!!?」
「安心しろ、今掴んでるのは肩峰だ。それよりもなんで私を候補から外した?」
「俺達が求めてるのは悪魔に捕らわれたか弱い女の子なんだよ!! お前みたいな『今から貴様ら皆殺し♡』みたいな殺気ビンビンな女が捕まって来ても怪しまれるだろ!!」
「……否定はできんな」
殺意を認めるな。
見てごらんなさい。そこに座っているシャックス君が滝のような汗を流して怯えているでしょうが。可哀想に手に持っているティーカップからもお茶がダバダバ零れている。
しかし、いざという時のことを考えるとリーンのような戦える人間に囮役を任せた方がいいのも事実だ。
「でも、そこらの人間に『悪魔がうじゃうじゃいるとこに捕まってください!』っていうのも無理だしなぁ……」
「──それなら私がやる」
「……アータン?」
話が停滞しかけたその時、目が据わったアータンが自ら手を挙げた。
「……いいのか?」
「それがシャックスさんのお姉ちゃんを救う一番の近道なんでしょ?」
「それはそうだが」
威勢よく手を挙げはしたものの、その小さな手は小刻みに震えていた。
それも当然だ。わざわざ悪魔が巣食う都に自ら捕まりに行くというのだ。
万が一にはネビロスが使役するアンデッド軍団の一員になる可能性がある以上、その恐怖は計り知れない。
それでもアータンが立候補した事実に、他でもないシャックスが最も驚いていた。
「アンタ……どうしてそこまで……?」
「家族を救いたい人は見過ごせないから」
生き別れの姉を探す身としては、囚われの姉を救いたいと願うシャックスは見捨てられないのだろう。
彼女の決意の固さを肌で感じ取ったのか、シャックスは目尻に感涙にむせぶ。
「すまねぇ……すまねえっ……!」
「な、泣かないでください! あくまで私のお節介だから……!」
「それでも……ありがとう……!」
子供のように涙を流すシャックスを、アータンは隣で優しく宥める。
きっと本来シャックスも純粋な子供だったのだろう。それが聖都が陥落し、生活が苦しくなったことで人の道を外れざるを得なくなっただけ。行った所業は許されないとしても、こうして涙を流す姿を見ていると複雑な気分になってくる。
「いや……やっぱり魔王軍が一番悪いな。許せねえ、やっぱネビロスぶっ倒そうぜ」
「「賛成だ」」
「待て、ストロングアサシンズ! お前らの気持ちは嬉しいが、一旦剣を鞘から抜き差しするのはやめてくれ!」
逸る気持ちの余りベルゴやリーンと共に剣を自家発電の如く高速で抜き差ししていたら、見かねたシャックスに制止されてしまった。
俺とリーンは大人しく剣を収めたが、ベルゴだけはどうやら納得がいっていないらしく、扱きの早さが遅くなるだけだった。
「ベルゴ……ネビロスを倒したいのは分かるが、流石にこの戦力じゃ無謀だろ」
「……それは分かっている」
「分かってない顔して言うんじゃないよ……と、アータンが言いたげにしている」
「私に擦り付けた!? ま、まあたしかに無謀が過ぎるとは思うけど……」
「それよりもリーン。お前行く気満々っぽいけど、元々この村の護衛やってんだろ? そこんとこどうすんだ?」
「──話は聞かせてもらったよ」
俺が疑問を呈した時、不意に扉が開いた。
全員の視線が集まった先に佇んでいた一つの人影。それは全身を鎧に身を包んだ重厚な肉体を持つ存在であり、俺達も良く知る人物のものだった。
「この声は──!」
「ボ《b》《xbig》『『『クマッスル!!!』』』《/xbig》《/b》待って」
「キンニクマ!」
「触れるべきはそっちじゃないよ!!?」
「え? でも……キンニクマだよ?」
「見て、ビュートさんを!! すっごい落ち込んでるから!!?」
キンニクマの盛大な邪魔が入り肩を落とす全身鎧の騎士──またの名を『Butter-Fly』オーナー・ビュートが玄関の入り口で黄昏ていた。
そう、あのビュートだ。
たけのこ派の奴である。
リーパの村で復興活動に勤しんでいた奴がこの場に来ていたのである。
そう! きのこ派とたけのこ派が一堂に会してしまったのだ!
「せ、戦争じゃあ……! のこのこ大戦争じゃあ……!」
「よし、私とビュートで組むぞ」
「オーケー」
「あ、俺一人な感じ? 待って待って待って、それじゃあ俺は何の子になればいいの?」
「「へのこ」」
「誰が金玉だ」
俺! 総勢1名参陣!
だがタッグを組みやがったリーンとビュートには勝てず、前後からラリアットを喰らわせられ即敗北を喫した。とても痛い。
思わぬ人物。そして見知らぬ人物の登場に場は騒然とする。
だが、知っている俺達からすればこの上なく心強い味方の登場だ。玄関の奥でポージングするキンニクマ達には退いてもらい、ビュートを話し合いの席に着かせる。
「お早い到着だな、ビュート」
「ああ。リーパの村の復興が九割がた終わってね。あとは部下に任せてきたよ」
「本当ですか!?」
驚異的な復興速度にアータンは驚嘆の声を上げる。驚嘆アータンだ。
「そういう訳でリーンが居るって聞いた村に来てみたんだが……色々あったようだね」
外の村を一瞥してきたであろうビュートが言う。
素人目から見ても荒れた村の被害状況を見れば、ただならぬ事件が起こったことは察しが付く。
ただし、ビュートは悪魔被害の復興に手を貸す慈善事業者でもある。奴の目からすれば被害を見れば何の被害か一目瞭然といったとこか。
「で、ドゥウスに攻め込むんだって? ネビロスを討つ為に」
「こいつのお姉ちゃん救うついでにな。でも、流石に敵の拠点のド真ん中で大将首討とうってのは無謀が過ぎるだろ?」
「たしかにね……だが、そんなキミ達に朗報がある。実は──」
「粗茶です」
「あっ、どうも。こちらもつまらないものですが……」
「これはこれは」
「常識人共がよぉ……」
お茶と手土産の話は後にしろと思いつつ、無駄に律儀なベルゴとビュートのやり取りをしばし眺める。
俺達は一体何を見せられてるんだ?
「ズズッ……それで朗報の件だが、近々ディア教国が他国と連合軍を編成し、ドゥウスを奪還するらしい」
「……情報の出どころは?」
「噂っていうのは馬鹿に出来ないよ。ましてや、口が軽くなる酒の席じゃあね」
それに、とビュートは情報が確固たるものだと証明するように補足する。
「人や物の流れを隠すにも限界がある。その数が多ければ多いほど、ね」
「なるほどな」
「人はともかく、兵糧なんかは腐る前に消費するだろう? ボクの見立てじゃあ、聖都奪還作戦はひと月以内に敢行されると見た」
ティーカップを置いたビュートは、兜の奥に佇む紅の瞳を妖しく輝かせた。
「……これは地上侵攻を目論む魔王軍を押し返せるか否か、その分水嶺となる作戦だ。投入される戦力はそれこそ百や千じゃ収まりが付かないだろうね」
「乗じるなら、まさにそれしかないと」
「ああ」
ビュートが頷くのを見て、俺は指を鳴らした。
「御膳立ては済んでるってことか──なら乗るしかねえよなぁ!? このビッグウェーブによぉ!」
「……ネビロスを討つ好機ということか」
「そういう訳だ」
俺を含めた
「お、おい! マジでネビロスをやるつもりかよ!?」
ネビロスの恐ろしさを良く知るシャックスは恐れおののいているが、ここまで好条件が揃っているのだ。
敵の大将首を獲った方が、後の世の為というやつだ。
「リーンが行くならボクはこの村に残る。この状態じゃあ、村の復興にも人手が居るだろうしね」
「ああ、頼んだ。リーンに復興なんて器用な真似はできないからな」
「売られた喧嘩なら買うぞ」
「ごめ~んちゃい☆」
「
許されなかった。
俺は背後から密着された状態で首を絞められる。何か首にポヨポヨと柔らかいものが当たっている気がするが、それ以上に鉄仮面がメキメキと悲鳴を上げている。
やめて、これ俺の罪冠具だから。
万が一にも壊れたら泣いちゃうから。
「ア、アータン……ヘルプミ~……!」
「つ~ん……」
「アータンッ!? アータンッ!! ア゛ーダン゛ッ゛!!」
なぜか不貞腐れるアータンがそっぽを向き、俺を見捨てた。
ビュートにも助けを求めたが、凝視されるばかりで救いの手は差し伸べられなかった。
何もかもに見放された俺は間もなく死んだ。
そして、三秒後には復活した。
「とりあえず救出とネビロスを倒す目途は立ったな。細かいところは追々詰めるとして、大まかな段取りはこれでいいな?」
全員が頷く。
というより、これ以上の好条件がない以上頷かざるを得ないだろう。
「それじゃあ早いところ村を発って、その連合軍とやらに便乗しようぜ。たしかドゥウスってのは……」
「アッシドより北東にある。一度、アッシドで準備を整えた方が賢明だろう」
「決まりだな。ベルゴ、いつ出発できる?」
「明朝にでも」
「そんなに早くていいのか? ベアティとかに色々……」
「いや、大丈夫だ」
強引に話を断ち切るベルゴは、自嘲するような笑みを浮かべる。
「ベアティとは喧嘩中でな。昨日から口を利いてもらえていない」
「それは……ご愁傷様で」
知っての通りベアティは結婚を控えた身だ。にも拘わらず、直前に父親が死地へと赴くなんて口走ろうものなら全力で止めに掛かるだろう。
しかし、ベルゴの意志は固かった。
それで喧嘩して今に至る──という経緯は想像に難くない。
これには事の発端となったシャックスも死にそうな顔を浮かべ、アータンも胃が痛そうにしている。
「でもなぁ……万が一もあるし、書き置きぐらい……」
「いいんだ。ベアティも馬鹿じゃない。ああは言っているが分かってくれているはずだ」
「本当かぁ?」
「そうじゃなかったら帰ってから頭を下げるさ。生きて帰る理由が増える」
「後で死ぬほど怒られそうなやつだな」
「はははっ、たしかにな」
怖い怖い、とベルゴは軽口を叩いた。
そこには廃城でレイエルを前にし、刃を受け入れようとした男の姿はなかった。倒すべき敵を見つけ、必ずや討ち取らんとする闘志に満ち溢れた剣鬼は、何度殺しても死ななそうな覇気を身に纏っている。
「……ま、本人がいいならいいんだけどよ」
万が一の事態があったら俺が何とかするし。
「よし、じゃあ出発は明日の朝。まずはアッシドに立ち寄って準備を整える。オーケー?」
否定は、ない。
そこで声を上げたのはビュートだった。
「なら、今日は英気を養う為にボクがごちそうするよ」
「お、マジ? やったな、アータン! 旨い料理が食えるぞ! なあ、アータン!」
「えっ、私!? いや、嬉しいけども……」
「成長期はたくさん食べないとダメだからね。いっぱいお食べ」
「私子供だと思われてる?」
ビュートにも幼女だと思われているアータンが、胸に手を置きながら愕然としていた。
「そうだぞ、食事は体の資本だからな」
「余ったパンケーキも食べていいぞ?」
ベルゴとリーンにも同様の扱いをされ、アータンは唇を噛んで震える。
「扱いが……扱いが末妹……!」
「ドンマイ末妹」
「韻踏まないで!」
ラッパーよろしく食器を擦って音を奏でたら、アータンからお叱りの言葉を受けた。
ぴえん。
***
明くる日、シルウァの村を発つ準備を済ませた俺達は村の門近くに立っていた。
「ビュート、村は頼んだぞ」
「任せておいてくれ」
本来村の護衛に就いているリーンが発つ以上、代理の護衛を立てなければならないところを、今回はビュートに任せている。
壊された建物の再建等も考慮すれば、彼以上の適任はこの場に居ないだろう。戦力としても十分すぎるぐらいだ。
そのようなビュートwithキンニクマに見送られながら、俺達は村に背を向けた。
多少見送りに来た人間は居るが、ほとんどは物珍しさで見に来た見物人だ。住民の大半は村の復興に出張っているのだから、それもやむなしだろう。
「……」
そして、見送りに来た人間の中にベアティも居ない。
ベルゴは『仕方ない』とでも言わんばかりの表情で息を吐く。
昨日から今日にかけて猶予はあっただろうに、どうやら仲直りはまだできていない様子だ。
「いいんだな?」
「……ああ、行こう。時間は無駄に出来ない」
「ったく、結婚式をブッチしようなんざ悪い親父だぜ」
「まったくだな……」
「自覚があるなら今からでも謝りに──」
「お父さん!」
と、その時だった。
村の奥よりパタパタと足音を立てて人影が近づいてくる。
「……ベアティ?」
「はぁ……はぁ……お父さんの馬鹿!」
「うぉ!?」
近づくや否や、ベルゴに怒鳴り声を上げる娘・ベアティは、涙目を浮かべて父親の胸の中へと飛び込んだ。
「馬鹿……馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、本当に馬鹿! あたしの気も知らないで……!」
「ベアティ……すまん。だが、オレは──」
「……分かってる。それでも行くんでしょう?」
そう言って胸元から顔を上げたベアティは、泣き腫らした顔で父親の顔を見上げた。
愛する娘の泣き顔を前に、ベルゴは思わずたじたじとなる。父が娘に弱いのは万国共通ということだろう。
引き剥がそうにも引き剥がせない。
ギュッと抱きしめてくる娘に、どうしたものかと頭を掻くベルゴであったが、一頻り父と抱擁を交わしたベアティは懐から何かを取り出した。
「お父さん、これ……」
「……これは?」
「お守り。神父様に頼んで祝福をしてもらったの」
そう言ってベアティが差し出したのは、木彫りのお守りだった。
ディア教の守り神たる不死鳥が彫られたお守りは、つい最近にでも作ったかのように真新しかった。
「(きっと昨日彫ってたんだろうな)」
「(みたいだね)」
俺とアータンは納得したように頷く。
なんだ、心配して損した。
結局彼らは親子だったということだろう。
「ねえ、お父さん……」
「なんだい?」
「ウェディングケーキはお父さんが作ってくれた奴がいいな」
「そうかい? だが……」
「お父さんが作ってくれたのが一番おいしいんだもん!」
「……そう、か」
わかったよ、と今度はベルゴの方から抱擁を交わす。
そして、そのまま泣き出した愛娘の頭をあやすように撫で始めた。手慣れた手つきは、これまでに何度も子供をあやしてきた経験が為せる動きだろう。
「ぐすっ……!」
「……ベアティ、オレから一つ約束していいかい?」
「うん? なぁに?」
「オレが帰ってくるまでの間、きちんとご飯は食べること。ちゃんと睡眠もとりなさい。体が元気じゃないと、心まで弱ってしまうからね」
その優しい声音は、まさしく親そのものだった。
これを聞いたベアティは、涙を拭いながら力強く頷く。
「うんっ……分かった!」
「よし、良い子だ」
「約束、絶対守るから! だからお父さんも絶対約束を守ってね」
「ああ、お父さんに任せろ!」
ベルゴは白い歯を覗かせて笑い、巨木のような腕に力こぶを作った。
うっほ、太過ぎ。遠目でこちらを眺めていたキンニクマ達も思わず反応してしまった筋肉だ。遠くから『クマッスル!』と雄叫びが木霊してくる。
それについては華麗にスルーしたベアティは、今度は俺達の方へと顔を向けた。
「ライアーさん、アータンちゃん。お父さん……父を、お願いします。もし無茶をしそうになったら、引っ叩いてでも連れ戻してください」
「おう、任せなさい。娘公認を得たからにはたとえ何があっても連れ戻してきてやらぁ」
「……妙に含みのある言い方だな。オレはそんな無茶など……無茶など……」
言葉が詰まってるぞ、お父さん。
しかし、そんなお父さんを力尽くで連れ戻す許可は得られた以上、何が何でも連れ戻すことは確定的だ。
でも、ブランクがあるとはいえベルゴは元聖堂騎士団長。
そんじょそこらの金等級冒険者なんぞより、よっぽど腕が立つ実力者だ。むしろ俺達が足手まといにならないかの方が不安である。
「絶対無茶しちゃダメだからねっ!」
「う、うむ」
「絶対! 絶対だからね!?」
「わ、分かった分かった」
「分かったは一回!」
「わ……分かった」
いや、これベアティの方が強いわ。
ベアティ>ベルゴ>金等級である。
世の中のお父さん並びに金等級の皆様、いつもお疲れ様です。
「お願いだよ? お父さんが帰ってきてくれなきゃ、いつまで経っても結婚式挙げられないんだから……」
「……分かっているよ」
最後にもう一度抱きしめ合う親子。
名残惜しむように長い抱擁を経たベアティは、ようやく満足したのか柔和な微笑みを湛えながらベルゴから離れる。
「それじゃあ……行ってらっしゃい」
「ああ、行ってきます」
別れであり、再会を誓う言葉を送るベアティ。
その言葉を受けて歩み出すベルゴの足取りには、もはや微塵の迷いもなかった。
力強く、一歩ずつしっかりと地面を踏みしめる。
道に残る足跡は、紛れもなく彼の人生の軌跡であり、帰路への道しるべであった。
目指すは魔都ドゥウス。
打倒すべきは〈
かつての聖都を死と怨念が覆い尽くす大悪魔を討たねば、奴らの凶刃はいずれ多くの民草に尽きぬ悲しみをもたらすであろう。
だからこそ、討つ。
あるいは家族の為に。
あるいは親友の為に。
あるいは世界の為に。
各々の思いを胸に抱えながら、俺達は進む。
時間は待ってくれない。
だが、背中に迫る悲劇に追いつかれぬ為には進まなければならないのだから。
***
「ネビロス様」
「……なんだぁ……?」
「〈灰かぶり〉に動きが見られます。近々、ここに攻め入ってくる可能性が高いかと」
「そうかぁ……」
血と黴の臭いが入り混じった悪臭の漂う部屋の中、ネビロスは一つの台座の前に立っていた。同時に何かを弄るように手を動かしている。
「……ようやく攻め込んでくるかぁ」
「先手を打ちましょうか?」
「いや……いぃ。奴らは都の中で迎え撃つぅ……」
グチュ、と生々しい水音が鳴り響いた後、ネビロスは血まみれの顔で振り返った。
「わざわざ材料が向こうから来てくれるんだぁ……利用しない手はなぃ」
「しかし、まだあれの材料は揃っていなかったのでは?」
「……いや、いぃ」
「と、言いますと?」
「材料なら……十分揃っているぅ」
同時におもむろに暗闇に包まれていた部屋が、ポゥ、と青い光に包まれた。壁に掛けられた燭台に炎が灯ったのだ。
しかし、目を引く部分はそこではなかった。
部屋の中央──先ほどまでネビロスが向かっていた台座の上には、一人の女が横たわっていた。
見目麗しい女だった。
生きてさえいれば引く手数多であっただろう女は一糸纏わぬ姿で台座の上に転がされ、全身に何かを縫い付けたような痕が残っていた。
まるで何かを継ぎ接ぎにした痕。千切れたぬいぐるみを直した、そのような印象を与えられる。
「魂と器は切っても切り離せない関係にあるぅ。もっとも相性が良いのは元の器になる訳だが……魂に合う器さえ見繕えば十分だぁ」
ネビロスは台座の傍に置いてあった心臓を手に掲げながら続ける。
「髪、肌、目、筋肉、内臓、血液、骨に至るまでぇ……できる限り本人に近しい器を用意するのが死霊術のコツだぁ……切り貼りだろうと関係なぃ」
「実に冒涜的ですね」
「機能や芸術とはぁ……常に倫理を超えた先にあるぅ……フ、フフ、フ」
薄ら笑いを浮かべ、ネビロスは脈動する心臓を目の前の女の胸へと詰め込んだ。
それから糸と針を用いてチクチクと縫い合わせれば、女の胸の穴はすっかりと塞がった。
「さてぇ……」
ネビロスは台座に向かい、呪文を唱え始める。
先端に手が付いた杖を振るいながら詠唱が紡がれれば、台座の周りには青白い光が広がり、魔法陣が浮かび上がった。
すると、それまで沈黙を保っていた女がビクビクと痙攣し始める。
「あ゛っ……がっ……!?」
ビクンッ! と一際大きく女が跳び上がれば、苦しそうに呻く女の継ぎ目からはドス黒い血が溢れだす。
血が通い出したのか、次第に体は血の気が戻っていく。
死人の如き青白い肌から、生者の如き明るい肌色へと。
「……よしぃ」
しばし、流血の時を経てネビロスが呟いた。
眼前の女の胸に手を当てた後、何かを確認した彼の口元には薄ら寒い笑みが浮かぶ。
「これでお前はぁ……おれの物だぁ……」
胸に当てられていた指先を滑らせ、女の頬に手を添えるネビロス。
そのまま今度は金糸のような髪を掬い上げ、彼は青玉を埋め込んだような双眸に瞳を落とす。
「お前は今日からアニエルだぁ……いいなぁ?」
「──はい」
血涙を流す青白い肌が引き攣るように動けば、死体同然だった女の口が動いた。
それを見たネビロスの笑みはさらに深まる。
夜の闇のように暗く、暗く。
暗澹と輝く笑みを前に、アニエルと呼ばれた女の目尻からはもう一度血が溢れた。
頬を伝う赤い軌跡は、まるで涙の痕だった。
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