27話目 食うか_?
キングスフォールの空は快晴だった。
マギテックギルドの白壁の建物へ向かったのは、カイ、インテゲル、そしてリベリスの三人。リベリスは、いつの間にかすっかり街歩きに馴染んでおり、言葉のやり取りも滑らかになっていた。とはいえ、周囲をきょろきょろと見渡しては、興味の種を見つけては小さく口を開ける。まだまだ目に映るものすべてが新鮮なのだろう。
教授──あの興奮しやすいマギテックの学者はあいにく講義中で不在だったが、係の者から封筒を渡された。きっちり封蝋されたそれは厚く、中には魔動機文明語で記された、劣化のない古代素材で作られたファイルが一冊と、簡潔な置き手紙が同封されていた。
カイが器用に封を切り、一読した後、インテゲルと顔を見合わせる。
『――先日は興奮のあまり、取り乱したことをお詫び申し上げます。
あなたが持ち帰ってくれたファイル、その価値と危険性について、ようやく私の中で整理がつきました。
あの文書は、魔動機文明語で書かれた記録であり、筆者はアーノルド・ヴァイツァー博士。
〈大破局〉が発生する約十年前に世を去ったとされる人物です。彼の名前を、私は以前にも目にしています。
魔動機文明末期の「対蛮族兵器」研究の第一人者。だが、正史にはその名がほとんど残されていません。おそらくは、意図的に抹消されたのでしょう。
彼の記述によれば――
頻発する地震や巨大な天候異常。
それは、いずれ訪れる天変地異の兆候にすぎない。
そして、蛮族の復活もまた、それに呼応する現象である。
私は理解している。彼らは滅んでなどいない。
ただ潜み、時を待っているだけだ。
だが、誰もこの危機に耳を貸そうとはしない。
彼らを“檻の中の猿”と嘲るばかりで、我々は己の無力を直視しない。
だからこそ私は、私の手で、世界を守る力を創る。
幾万の蛮族の軍勢をも一撃で葬る、“最終兵器”によって。
……以上の冒頭文だけで、博士の精神状態や信念の強さが伝わってくるようでした。
解析を進めた結果、この“最終兵器”とは、古代魔法文明時代に存在した封印級の存在――「魔神将(アークデーモン)」の一柱と、それに連なる魔神軍団を再稼働・制御する計画だった可能性があります。
ヴァイツァー博士は、魔神将を“制御した”と記しています。
しかし、具体的な制御方法については、複数の魔動機的演算式と符号化された魔法式が並ぶのみで、現段階の技術水準では解読不能です。
一点、気になるのはこの記述です。
「制御には、“生きた核”が必要だった」
「私は、それを見つけた。純粋で、無垢で、定義されていない意志――」
「この個体ならば、“彼女”ならば、魔神将すら従わせられる」
この“彼女”が誰なのかは、明記されていません。
ただし、文脈からして博士が人工的に造り出した存在であり、成長するルーンフォークのような“可変型人工生命体”である可能性が高いです。
あなたが保護している子と、何らかの関連性があるかもしれません。
記録の後半には、ルーンフォークの精神構造と、彼らに刻まれる“心核”の変質について、驚くべき考察が述べられていました。
曰く、「成長とは、心核が変調を起こし、自律的な意志を獲得する過程である」。
通常、ルーンフォークは決められた人格と命令に従う存在です。
しかし博士は、それを意図的に“変調”させ、自由意志を獲得させた個体を創り上げたようです。
それが「彼女」だとするならば――非常に危険な可能性と、同時に大きな希望でもあります。
私はこの件について、さらに調査を続けます。
あなたも、どうかその子を丁重に見守ってあげてください。
彼女は、私たちが想像もつかない力と可能性の狭間に、立たされているのかもしれません。
また進展がありましたら、すぐにご連絡差し上げます。
――マギテック協会
センドア』
インテゲルが鼻を鳴らした。
「まさか、魔神将を“制御”とは……正気じゃないな。けど、あの子の存在と関わるとなると、無視もできんか」
「私たちが見たあの遺跡と、そしてこのファイルの出処。どれも偶然とは思えないね」
カイは神妙な面持ちでファイルを抱え、懐へと収めた。
あっさりと資料を回収し、時間に余裕が出来た3人はその後、図書館へと足を運んだ。キングスフォールの図書館は、中央に天窓があり、自然光が柔らかく降り注ぐ開放的な建物だった。天井近くまで届く高い本棚が連なり、子ども向けの読み物から、魔動機文明期の原典資料まで幅広く揃っている。
リベリスはまるで吸い込まれるように、絵本と図鑑の棚へと向かった。
「……これ、かわいい」
指さしたのは、『夜寝ない子をさらうゴブリン』という童話だった。表紙には黒いフードをかぶった小柄な影が描かれている。
「ゴブリンって……怖いの?」
カイは苦笑して、表紙を見た。
「実際はね、こういうのよりもずっと泥臭くて、間抜けな連中さ。でも、人さらいの話は一理ある。油断してると攫われる、って警鐘だね。ローグや僕らは特別だから参考にはしないでね?」
インテゲルはその隣で別の本を手に取っていた。『ルーンフォークの人権と差別』。眉をひそめつつも、目は真剣だ。
「ここにも書いてある。ルーンフォークが“兵器”として扱われた時代……。誰かの道具だったってことか。だがリベリス、お前は違う。そうありたいと願う限りね」
リベリスはじっと彼の言葉を聞いていた。
他にも、『ドラゴンを退治する勇者』や、『働く乗り物』──魔動バイクや飛空船の仕組みを図解した図鑑など、どれも彼女の興味を強く惹いているようだった。
「あの……これ、読んで下さい。」
絵本を手に、恥ずかしげに差し出してきたリベリスに、カイは少し戸惑いながらも笑った。
「……いいよ。じゃあ、読もうか」
インテゲルは少し離れた席から、時折言葉の意味を補足しながら、それぞれの語彙や構造、魔法文明語の発音について簡単に教えていった。まるで三人だけの小さな授業のようだった。
日も天辺へ登ってきたころ、インテゲルの案内で、とある飲食店へと入る。
「ここだ。私の好物、香辛料がふんだんに盛り込まれた灼熱麻婆豆腐が美味しいそうだ。」
メニューを開いた瞬間、警告のように赤く囲まれた『灼熱牛と爆唐辛子のプレート』が目に飛び込んでくる。
カイは、大人しく甘酢あんかけのメニューを頼み、リベリスはゴマ団子を注文した。
インテゲルは、せっかく来たのに麻婆を頼まないのか?といった視線を向けるが無視をする。
「辛いものは心の洗濯だ。魂まで煮え立つような一皿こそ、人生のスパイスだぞ」
案の定、料理が届くや否や、店中に強烈な香辛料の香りが立ちこめた。湯気の向こうに赤く煮え立つ麻婆豆腐。唐辛子がこれでもかと散りばめられ、見た目からして明らかに“危険物”だった。
リベリスは、湯気を前にしてそっと鼻をすすり、目をぱちぱちと瞬かせた。
「……これ、炎のマジックアイテム?」
「いや、違う違う。……いや、違わないかも?」
カイが笑って答える。
「ほう、辛さの定義とは哲学的だな。だが、舌が痺れれば理屈はいらん」
インテゲルはスプーンを持ち上げ、豪快に麻婆豆腐を口へ運んだ。
――数秒後。
「がっ……!こ、これは……幸ッ……!」
だが、その手を止めることはない。
額に汗を滲ませながらも、水などいらぬ、一度手を止めれば二度とさじが動かぬわ、という修羅の如き気迫だ。
食べるスピードが尋常じゃない。
ラー油と唐辛子を100年煮込んだ地獄の窯の料理が本当に上手いのか???
カイが思わず見入っていると、視線が合う。
「─────食うか?」
「─────食うか!」
カイは全力で返事をした。
「ふむ......ではリベリス。あーん、だ。」
「あーん。」
「え?食べるのリベリス!? 本気!?!?」
カイの叫びもむなしく、インテゲルはスプーンに乗せた“灼熱麻婆”をリベリスの口元に運ぶ。リベリスはわずかに首をかしげつつも、素直に口を開け──
「あむ。」
次の瞬間。
「……………」
静寂。
リベリスの表情が固まる。真っ赤になっていく頬。小さく震える肩。
カイとインテゲルが固唾をのんで見守る中──
「…………おいしい、けど……からい……」
リベリスの目にうっすらと涙が浮かぶ。
「だ、だめだって! 初心者がそんなのいきなり食べたら!」
カイが慌てて牛乳を差し出すと、リベリスは小さく首を振り、ぐっと耐えた。
「だいじょうぶ……たぶん、がんばれる」
唇を震わせながらも、健気に言ってのけるその姿に、カイは思わず頭を抱えた。
「いや無理はよくない! 頑張る方向性が違う!」
一方でインテゲルはというと、どこか誇らしげにうなずいていた。
「……よし。根性、見せたな。ならばこれも試すといい。“追い唐辛子”だ。」
「追うな!! そこ追っちゃいけないやつだろ!!」
昼下がりの飲食店。どこか微笑ましい、三人のやりとりが店内の空気をほんのりと温めていた。
こうして、情報と記憶のかけらをたどる探索の一日が、少しばかりスパイシーな余韻を残して過ぎていった。
飲食店を後にした三人は、繁華街の中でも特に喧騒の激しい一角へと足を踏み入れた。鉄道で交易が盛んなこともあり、他国からの珍しい商品が露店に並んでいた。
石畳の小道には露店がひしめき、香辛料の匂いと人々の叫び声が入り交じる。特に目を引くのは、あちこちに吊るされた魔法道具の看板。空中に浮かぶホウキ、しゃべる水晶、目をぐるぐる動かす小箱——どれも、日常で使われる魔法の片鱗だ。
「こっちだこっち!前に来た時、この道の突き当たりに面白い店があったんだ!」
カイが嬉々として先導する。
彼の目当ては、魔法道具の“面白さ”だ。効果や効率より、どれだけおかしな動きをするかに注目している。
「……今回は変な物を買うな。必要なのは通話用のピアスと、翻訳機能のある耳飾りだけだ」
インテゲルの念押しにも、カイは鼻歌混じりでうなずくだけだった。
しばらくして、目当ての店が見えてきた。
「魔導工房バリオネール」
入口からして傾いているような建物で、店の上には〈自己修復式棚〉と書かれた棚が空中で回転していた。時々、上に乗った商品が落ちてくる。
「やあやあいらっしゃい!見かけないお顔ねえ。タビットさんに、グラスランナーさん、ルーンフォークに……んまぁ、カラフルなお客様だこと!」
現れたのは、色とりどりのスカーフを巻いた猫耳の中年女性。店主バリオネールは、商売上手な笑顔で三人を迎えた。
「探し物は?呪歌の人形楽団?全自動皮むき器?それとも……こーんな、くすぐったくなる靴下はいかが?」
「いらない」
インテゲルの即答に、店主は肩をすくめると注文を聞き、奥から通話用のピアスと、通辞の耳飾りを出してきた。
「これは音声範囲が広めの改良型。こっちは、意識を向けた相手の言語だけを翻訳する高性能モデル。普通のよりちょっとお高いけど、損はさせないわよ〜?」
「……値段は?」
「お代は——あら、ちょっと待って。そこのタビット君、触っちゃだめよそれは——」
「え、これ?ただの飾りじゃ——」
その瞬間、カイの指先が触れた小瓶が光を放ち、辺りにピンク色の煙が噴き出した。
「しゃっくりの香煙」だった。
「ヒック!?うわっ、ヒック、なんだこれ!ヒック!と、止まん、ヒック!」
「だから言ったのに……!」
バリオネールが頭を抱える横で、カイはしゃっくりが止まらず店内をぐるぐる走り回る。
リベリスは、あっけに取られてその様子を見ていた。
しゃっくり。意味は分かる。だが、こんなにも体が跳ね、声が乱れ、動きが滑稽になるものとは知らなかった。
それは、ほんの少し——面白かった。
「ヒック……っ!ぐはっ!ぼ、僕……笑われてない!?リベリス、今ちょっと口角上がってなかった!?」
「……すまない。否定は、できない」
「うわあああああああ!」
店主が笑いながら、香煙解除用の薬瓶を投げてよこす。インテゲルがそれをキャッチし、カイの口にねじ込むように飲ませた。
「っぷ……止まった。……ふう、生き返った……」
「まったく……」と呆れるインテゲルの横で、バリオネールが笑顔で言った。
「でもまあ、いいお客さんだわ。騒がしいくらいが街は元気になるもの。サービスしとくわよ。この通辞の耳飾りは、交易共通語とドーデン地方語、魔動機文明とリカント語が入って枠が四つ埋まっているの。一応未設定の枠は一個あるけど、交易共通語とドーデン地方語なんて使わないだろうし、2割引きでいかがかしら。」
「それは助かる。……あと、次は気をつけさせる」
リベリスはそっと、しゃっくりが止まったカイの顔を見た。
目が合うと、彼は何事もなかったかのようにウィンクしてみせた。
——こんな旅も、悪くない。
まだ言葉にはできない感情が、胸のどこかで、じわりと広がっていた。
夕刻。
空気は澄みきって、吐く息はすぐに白く凍りつく。灰色の雲が低く垂れこめ、風が頬を刺すように冷たい。森の木々は葉を落とし、凍てついた枝が風にさらされてカラカラと音を立てていた。
リベリスは、手袋もしていない小さな手で、霜の降りた草をそっと撫でている。
その指先が冷たさに震えても、彼女はまるで初めて触れるように、それをじっと見つめていた。
そのとき──
ざっ、と背後の林が動いた。
「伏せろッ!」
とっさにリベリスを庇い、地面に倒れこむ。直後、何かが風を裂きながら頭上をかすめ、木の幹に突き刺さった。鉄製のボルト。狙いは最初から、リベリスだった。
「囲め!ガキだけでいい!他は殺せ!」
複数の影が林の中から飛び出してくる。男たちは軽装の傭兵風、だがその動きは手慣れている。
煙玉が焚かれ、視界が一瞬にして白く曇った。
リベリスの手を掴み、インテゲルは即座に後方へと跳び退いていた。だが──囲まれている。視界を遮る煙。暗視も利かない。
インテゲルは冷静に銃を構え、呟くように詠唱する。
視界を遮られた....暗視も利かないか.....!!
「視界を確保して!!」
僕の言葉が聞こえたのか、即座にインテゲルの銃を構える音が聞こえ、魔動機文明語でコマンドを発する声が聞こえた。
「『
耳をつんざく轟音。複数の影が煙と共に吹き飛び、混乱が走る。
襲撃者の雑兵が幾人か倒れ二の足をするなか、すぐさま僕は魔化された粘土といくつかの鉱石を懐からを取り出し、地に叩きつけた。
「
魔力が唸り、土煙の中から無骨なゴーレムが立ち上がる。
僕は即座に魔導書を開き、記憶をたどるようにページをめくった。
「魔法拡大-数、
煙がはれ目が合った全員を睨め付けることで呪いのダメージを与える。
二人とも、もはや
煙の中から一人、手斧を構えた男が吼える。
「妖魔か……ちっ、でも構うかよ!千金だ!あの金髪のガキを捕まえれば──!」
相手が言い終わる前に、ゴーレムが男に拳を叩き込んだ。鈍い音と共に、男の顎に直撃させダメ押しとばかりに喉元に追撃をする
怒声を上げ、別の傭兵がカイへと肉薄する。だがその剣はゴーレムの腕に阻まれ、打ち払われた。
「クソがっ....!!!!」
僕は魔力を集中し、静かに詠唱する。
「終わりだよ。
|操、第七階位の呪。呪詛、流出、生命──
──魔法拡大威力確実化──ドレイン・タッチ!!」
男の肌に黒い紋が浮かび、力を奪われて崩れ落ちた。
──やがて静寂が戻る。
数人は逃げ去り、残ったのは気絶した者一人と、呻いている男がひとり。
その後、数度の発砲音と共に襲撃者は全滅した。
僕はその男の胸倉を掴み、地面に押し付けた。
「誰の指示だ。どこから来た」
「はっ、誰が言うかよ妖魔なんかによぉ!!!」
インテゲルは、ため息をひとつ漏らした。
「カイ、変われ。」
その声と同時に、足元の鉤縄を振り抜き、男の足の親指を正確に粉砕した。
「がっ……あああああッ!!」
「こういった尋問はレプティが得意なのだが、まぁ致し方あるまい。
全部の指を折っても構わんが、貴様が喋らなければ、他の捕虜を使うだけだ。……さて、あと十九本だな?」
その言葉に、男の心はあっけなく砕けた。
「し、知らねぇ……! 俺らはただ、頼まれただけだ……中継屋の紹介で……!」
「狙いはリベリス。理由は?」
「噂だよ……あの子を捕まえりゃ、屋敷が建つって……貴族連中か、研究所か、何か知らねぇけど……高く買うやつがいるって話だ!」
リベリスは、怯えるでもなく、ただじっとこちらを見ていた。
その目は冷え切った雪のように静かで、しかしどこか不安げだった。
「……わたし、どうして?」
答えは、まだ。
されど、彼女が自分の“意味”を問うたのは──初めてのことだった。
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