26話 悪だくみ

「まぁ、真面目な話はこのくらいにして....ねぇローグ、ちょっと悪い事しない?」


レプティが肘をつきながら、唇の端を持ち上げる。その琥珀色の瞳には、いたずら好きの猫が鼠を弄ぶような光が宿っていた。


「ほォ、面白レぇ。何をスルんダ?」


ローグは椅子の背もたれに肘をかけながら、金属の籠手を鳴らす。その瞳には野生の獣じみた笑みが浮かんでいた。


「今、私たちプリマ以外は賞金首になったわよね。でも、妖魔って数が多すぎて、まともに判断なんてできないはず。だったら、適当なゴブリンに金属鎧でも着せるだけでも賞金が出るかもだし、調べさせる労力が掛かる。嫌がらせができそうじゃない?」


「そンなコトしても、俺ラ自身が賞金首なんだから換金できねェゾ?」


「違う違う、情報を売るのよ。」


レプティは指を一本立てて、まるで秘密を囁くように続けた。


「私たちの賞金首はまだ新しくて有名じゃないってプリマが言ってたわ。それなら、妖魔を狩れるくらいのここスラムのチンピラに『雑魚の妖魔を倒すだけで金がもらえる』って話を流せばいいのよ。」


「なるほどナ。インテゲルは乗っテ来そウダ。」


ローグは腕を組みながら、牙を剥くような笑みを浮かべる。


「俺ラが動かずトモ金も入ッて情報ヲ錯綜させれルナ。だガ、すぐニ情報は売レなくナリそうだガ?」


「そうね。情報は拡散するモンだし、チンピラ共は勝手に独り占めしようと動く。

でもそれでいいの。欲をかいた連中は、いずれ力の弱い者を押さえつけて、もしくは手駒にして自分たちの利益を優先し始める。」


レプティは肩をすくめ、余裕たっぷりに続けた。


「面白れェが、バレたらプリマが五月蠅ソうダゼ? 弱肉強食ツっても納得しねェダロ。」


「だから、プリマみたいに助けてあげるのよ。」



「.....マさか、ソレを俺達が助ケて、取り込ム気カ?」


一瞬怪訝な顔をしたローグも、直ぐにレプティの意図に気が付き、楽しそうに嗤う。レプティがニヤッと嗤い、ローグの目が鋭く光る。


「その通り。」


レプティは指をくるくると回しながら言った。


「私たちの影響力が大きくなれば、ヒスウも簡単には手を出せなくなるし、やれる手段が増えるわ。ちょうどカイも店を開きたいって言ってたし、商品が足りないとも言ってた。だったら、そういう連中を労働力として使えばいいのよ。」


「弱者の支持を集めルってワケか。」


ローグは小さく笑う。その笑みは、深い闇を孕んでいた。


「そう。それに、子供に仕事を与えるところまで進めば、プリマは簡単にごまかせるわよ。」


レプティの口元が不敵に歪む。


「オ前も悪ヨのォ。」

「いやいや、人間様程ではありませぬ。」


「「ケヒヒヒヒヒヒッ!!!!!!」」


お互い顔を見合わせ邪悪な笑みで嗤い、ここには2人を止める人物はいない。

もしこの場にインテゲルとカイがいたとしても、こういった悪巧みにはノリノリで参加するだろう。唯一止められるであろうプリマはレプティにお小遣いを与えられ、暫く帰ってこない。


風が吹き抜け、蝋燭の炎が揺らめく。二人の影がスラム街に映し出され、悪巧みマッチポンプが裏で始まった。









 プリマは、フォージアヘッドのペプシと共に空箱の中身を知る為ギルドに相談をしに行っていた。リべリスが普通のルーンフォークの少女ではないことは気が付いており、捜索に快く参加してくれたのだ。

サーマルとレベッカは流派を学び己を鍛えている最中であったので、声を掛けにくく、プリマが困っていると目ざとく嗅ぎ付けたペプシが同行すると申し出てくれた。

2人で冒険者ギルドに向かい、朝の依頼発行が終わり少し仕事が落ち着いたギルド嬢に相談をする。


「遺跡の入り口にあった空箱....その中身を持ってそうな人物ですか....。

遺跡の詳細や場所を詳しく教えていただけますか?」


「えぇっと、私が直接潜ったわけではないのですが、魔動機文明アル・メナス時代の遺跡です。内部の写真と地図は持ってきたので、確認お願いします。あとは、遺跡内でファイルを見つけたのですが、マギテック協会の方に解析をお願いしてて結果を取りに行ってなくて.....すいません。」


「うぅん....最近の地震で見つかった遺跡かぁ....?」


地図屋カートグラファー探索家エクスプローラーに通ずる探し屋の方々なら何かを知っている可能性が高いですね。こちらでも、一度遺跡の発見情報がないか探してみます。」


なお、探し屋が見つけた遺跡やダンジョンの入り口付近で手頃なお宝を持ち帰ることはよくあり、タブーではない。最初に遺跡を見つけた者の当然の権利であるが、それ以上危険に足を踏み入れず冒険者ギルドに情報を売るのが探し屋という仕事だった。


「ありがとうございます。ギルド所属でもない放浪者ヴァグランツの私のお願いを聞いて頂き。」


「プリマさんのギルドの貢献は大きいですし、この程度問題はないですよ。

まぁ、ギルドに所属してくれた方が嬉しいのは確かですけどね。」


受付嬢はいたずらっ子のようにウインクをしながら勧誘をするが、プリマは愛想笑いしか出来ない。そのような反応になるのは予想してたのか、これ以上の勧誘はせずギルド嬢も引き下がる。サラサラとメモを取ったかと思うと、「では、調べてまいりますので1時間ほどお待ちください。」と言い奥の書類室まで去っていった。



2階の酒場で、遅めの朝食を食べ、受付嬢のもとに戻るとちょうど調べ終わったのか受付嬢が話し始める。


「現状調べた範囲ですと、探し屋のドーソン様がこの遺跡を発見し冒険者に探索依頼を出していました。探索にでた冒険者様は、遺跡は漁られていた後と記録が残っています。」


「私の仲間ですね。何だか申し訳ないです。」


「そんなことねぇぜプリマ様。遺跡っていうのは基本早い者勝ちだしな。」


「遺跡探索依頼を受理した後に、他の冒険者様が先に遺跡に潜りアイテムを独占をする等は違反ですが....今回のケースには当てはまらないので安心してください。」


そう補足すると受付嬢は、簡単な地図と共に住所を教えてくれその外見も教えてくれた。


「30代半ばの人間で、小柄。髪は薄く、猫背で右耳が刀傷で裂けている....か。あんがとよ。早速行ってみるぜ。」


「ありがとうございました。失礼します。」


「えぇ、頑張って下さいね。」


二人は受付嬢に感謝を伝えると、地図の場所まで向かう。

ドーソンは、いわゆる下町に居を構えており、裕福ではない人々が多く暮らす場所だった。

路は狭く家は互いにに寄り添い、猥雑でとても上品とは言えない雰囲気の場所である。とはいえ、それは珍しい事では無くごく普通の住宅街の風景であった。

行き交う人々の数も多く、肉体労働者や職人、またはその家族らしき人が目立つ。


「こういう下町は軽い迷路のようなものなんで俺から離れないで下さい。」


「詳しいですねぇ。ペプシさんもこのような住宅街出身なのですか?」


「....まぁ、はい。とはいえ、いい思い出は無ぇですが。」


そんなことを話していると、二人は路地の先に見える目的の建物に近づいた。

ドーソンが住む場所は、下町の中でもそれなりに活気のある場所だったが、その建物は少し目立っていた。周りの家々は何だかんだで賑やかさが感じられ、商人や職人たちの声がひびいていた。しかし、この家は違った。玄関に着くと、まず目に入ったのは重くかかっている軽く錆びた鉄の鍵だった。ノックをしてみたが、暫くたっても返事はない。


「留守か.....鍵がかかっていやがりますね。」


ペプシがノックしても返事がないからか、ドアノブを回してみる

周囲の喧騒が一層耳に響く中で、家の中からは何の音も聞こえてこない。普段なら、窓から見える生活感が、少しでも人の気配を感じさせるものだが、この家は違っていた。


窓ガラスは曇っており、外から見る限り、部屋の中がよく見えない。それでも見える範囲では、長らく掃除もされていないようで、木枠の部分にほこりがたまっている。


(なんだか....きな臭ぇな)とペプシは内心眉をひそめながら呟く。


周囲を見回すと、普段なら見逃してしまうような細かな違和感を感じ取ることができた。小道を歩いていても、この家の周囲だけはどこかしら寂れた空気をまとっている。その寂しさは、時間が経つごとに静かに染み込んでいった。


(埃の積もりようから1ヶ月半ってところか。土跡が玄関前にあるって事は全く帰ってない訳でもなさそうだが....。)


普段、この家には家族が住んでいるはずだが、その家族の気配も全く感じられない。何かが違う。直感的に、ここに何かがおかしくなっていることを感じ取った。


「あ~....プリマ様。俺ちょっと用事を思い出しまして。すいませんちょっとだけ失礼してもいいですか?」


「あら、用事ですか。ドーソンさんも留守の様ですししょうがないですね。

では、私はその間に聞き込みをしてますね。」


「すいません。15分ほどで戻って来るんで、失礼しやす。」



ペプシは愛想笑いでプリマを見送ると、素早く通りに視線を走らせ、通行人がいないことを確認すると、ピッキング用のツールを取り出した。あまり泥棒を警戒していないのか、簡単な鍵だ。最近盗賊ギルドに通って斥候スカウトを齧った甲斐があった。


そのまま流れるように、するりと家の中に入る。

部屋は雑然としていた。男ひとりが住むのにちょうどいい狭さだ。小さなキッチンと食卓、物が乱雑に積み上がった寝室。 ペプシは躊躇することなく奥へ踏み込み、めぼしい物がないか探して回る。


「……ここにはなさそうだな」


机の引き出しや棚、散乱する箱などを一通り確認してそう結論する。

軽く嘆息しつつ、それでも探すこと10分、ドーソンが遺跡などをの情報を書きまとめたメモ帳を見つけた。

最近の記述を読むと、「地震で崩落した遺跡を発見。入り口付近でちょっとしたお宝を見つけた。魔法のクリスタルだ。不思議な光を宿している。高く売れるといいが」

とあった。


「プリマ様が潜った遺跡の記録だな。クリスタルの四角い棒を持ち帰ったとある。」


最初は目的の手がかりを見つけほくそ笑んだペプシだが、続く記述を読んで表情が曇る。 そこには、最初こそ「高く売れそうだ」などとメモされているが、「なにか変な声が聞こえる」「これは手放してはいけない気がする」「声が、ずっと聞こえる……」と、だんだん妙な内容に変わっている。


「──リベリスが探している大切なクリスタルとやらは、一体なんなんだ?」


ペプシは、空箱の中身クリスタルの四角い棒がないとわかると、躊躇なくドーソンの部屋を後にする。 急に、胸の奥に危険な予感めいたものが渦巻くのを感じながら。





プリマはドーソンの家から離れ、聞き込みをするため通りを歩いていた。プリマは周囲の騒音にまぎれながら、足音を軽く刻んで近くで昼休憩をしていた労働者の前に立ち止まった。長い髪を肩に流し、優雅で繊細な雰囲気を漂わせていたが、その奥には冷徹で計算された知性が隠れていた。


「あの……失礼いたします。」


中年の男性が顔を覗かせた。その目に一瞬、驚きの色が浮かぶ。しかし、すぐにそれを隠し、微笑みながら応じた。


「あぁ、どうしたんだ?」


プリマはその瞬間、優雅に微笑んだ。その微笑みは、まるで飾られた花のように美しく、自然と男性の心を引き寄せた。彼女の上目づかいに気づいた男性は、思わず視線を落とした。


「実は、少しお伺いしたいことがあって。あちらに住んでいらっしゃるドーソンさんのことをお聞きしたいんです。」


男性は、少し警戒しつつも、無意識に彼女の魅力に引き込まれたようだ。


「ドーソンか……そうだな、ちょうど1か月ほど前に遺跡を見つけて、お宝を見つけたと喜んでいたな。けれど日に日に表情が暗くなってたぁ。最近は、なんだか元気がないんだ。家を出るときも暗い顔をして、ぶつぶつ言いながら歩いていることが多かった。」


彼の口調は少し遠慮がちで、プリマの鋭い観察力を気づかせた。


「ドーソンさんに用があるのですが、立ち寄りそうな場所って分かりますか?」


プリマはさらに声を柔らかくして、相手の話を引き出す。微かな仕草で、彼女のセイレーンとしての能力が静かに発揮された。男性の目が一瞬、うっとりとした表情を浮かべるのを見逃さなかった。


「昼食も夕食も、下町の酒場〈労働者の憩い亭〉に行っていることが多いな。

もしよければ一緒に行かないか?」


「あはは、ごめんなさい遠慮しますありがとうございましたーーー!!」


彼女は深々と頭を下げ、そそくさとその場を後にした。あっという間に足音が遠ざかり、職人はその場に立ち尽くしていた。彼の目にはまだ、プリマの姿が鮮明に残っているようだったが、彼女が残したのは、わずかな甘い香りと、心地よい余韻だけだった。






プリマとペプシが〈労働者の憩い亭〉に到着したのは、昼下がりのことだった。店内は煙草の煙と油の匂いで満ちており、無骨な労働者たちが仕事の合間に一杯を楽しんでいる。プリマはその中からドーソンを見つけ、目を細めた。


ドーソンは酒場の片隅で、やや乱れた姿勢でグラスを傾けていた。顔色は悪く、どこか疲れ切った様子が伺える。彼が本当に欲しているのは酒だけではなく、何か他のもの——おそらく、誰かに聞いて欲しいことだろう。そう思いながら、プリマはペプシに目で合図を送った。


「行こうか。」プリマがさりげなく言うと、ペプシは無言で頷き、二人はドーソンのテーブルに向かって歩き出した。



「初めまして。」プリマは穏やかな笑顔を浮かべながら、軽く席に着いた。

「私たち、ドーソンさんを探していました。」


ドーソンは一瞬、目を丸くしたが、すぐに疑いの表情を浮かべた。


「俺を?なんで?」


「情報を探しているんです。お話を少し聞かせてもらえませんか?」


「おい、定員。こっちにも酒を頼む。エールのボトル1本も頼まぁ。」


プリマは柔らかい声で言いペプシは酒を注文した。そしてペプシは黙ってテーブルの向こう側に座り、何も言わずにただ目を合わせていた。彼の存在感は、それだけで圧力を感じさせる。


「さささ、ぐいーーっと。」


プリマが注いだ酒をドーソンは少しためらいながらも飲み干し、アルコールのせいで心が少しだけ緩んだのか、最終的に頷いた。


「まあ、話くらいなら。」


「ありがとうございます。」


プリマは微笑みながらグラスを手に取り、ドーソンに軽く目線を向けた。


「それで、最近変わったことがあったとか、何か気になることがあったんですか?」


ドーソンは少し沈黙してから、グラスに手を伸ばして酒を口に含んだ。


「気のせいかもしれないけど……ときどき変な声が聞こえるようになったんだ。でも、よく思い出せない。怖くて、すまないけど、これ以上は思い出したくないんだ。」


彼の言葉には、どこか自分の心の中で処理しきれないものを抱えているような、微かな苦しみが滲んでいた。

プリマは黙って頷き、ゆっくりと話を続けさせるように促す。


「そうですか…でも、少しでも思い出せることがあれば、教えてください。何か手助けできるかもしれません。」


ドーソンは少し目を伏せ、しばらく黙っていた。ペプシが圧を掛けようかとプリマを見るが軽く首を振って止めさせた。

しばらくしたのち、ようやく気を許したのか、ふっとため息をついて話し始めた。



「クリスタルは売ったよ。鉄道卿のクルーク家の後継者候補らしい。鉄道事業をやってる家だ。後継者候補は、長男と長男の孫、それに次男がいる。売ったのは次男のバンションって男だ。」


ドーソンはその後、どこか遠くを見つめるように言葉を紡ぐ。

プリマはその言葉に興味深く耳を傾けながら、質問を続けた。


「そのバンションさん、どんな人物ですか?」


「金使いが荒くて、権力を振りかざすような奴だ。でも、珍しいものには目がない。」ドーソンはさらに続けた。「まぁ、あれは芸術っていうよりも、飾り立てるための装飾品だ。そんな風にしか見えないんだ。」


「それで、売ったときの気持ちはどうだったんだ?」とペプシも質問を投げかけた。


ドーソンはしばらく無言でグラスを見つめた後、低い声で言った。


「売った時はすごく後ろ髪を引かれたけど、同時にほっとしたんだ。」


プリマはその言葉を聞いて、ゆっくりとグラスを置き、軽く微笑んだ。「ありがとうございます、ドーソンさん。お話を聞けてよかったです。」彼女の言葉には、ただの礼儀正しさだけでなく、何かしらの思惑が含まれていることを感じさせるものがあった。


ペプシは静かに立ち上がり、ドーソンに向けて一瞥をくれた。言葉は発さないが、その目には何かを計算しているような冷徹さが浮かんでいた。


(鉄道卿の家系か....。厄介ですねぇ......。)

(絶対クリスタルっての呪いの品かなにかだろ......。)

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