25話 爆誕!アウトサイダー!!!

 スラム街の外れにある古びた倉庫。そこが、彼らの新たな拠点だった。


 外観こそ廃れたままだが、内部は整理され、用途に応じた空間が確保されている。倉庫の奥には簡素な階段があり、その先には大きな一部屋が設けられ、妖魔たちの住居として利用されていた。


 1階部分は広く、半分はカイが商売の場として使っている。彼は以前から商人の仕事に興味があり、簡素な木の棚や机を並べて商品を並べていた。ここでは、食料や道具のやり取りが行われ、密かな市場として機能しつつあった。


 それでも余る広さは、七暗器の少年少女たちの訓練場として活用されている。床には簡単な緩衝材が敷かれ、木製の訓練用武器が並べられている。彼らは日々戦闘技術を磨き、来るべき戦いに備えていた。


 この倉庫は、ただの隠れ家ではなく、彼らがそれぞれの目的を果たすための拠点となっていた。




 そんな拠点にプリマとリベリスが合流した誘拐された後、レプティ、カイ、ローグ、そしてインテゲルは既に簡素な机を囲んで座っていた。彼らは情報を共有し合うべく、険しい表情を浮かべていた。


「シャロウアビスの発生頻度が上がっている……?」

 プリマの問いにレプティが頷く。


「ここ数ヶ月で急に増えたわね。それだけじゃない、魔人と手を組む蛮族をよく見かけるようになったわ。どこかの勢力が動いている可能性が高いわね。」


「ふむぅ……ギルドのほうでも、何か陰謀が渦巻いているかもって言ってましたね。

先月の妖魔の大暴走には手を焼いていたようで、私達がその先兵隊かもとか言われてました。」


「え?マジで?何々どゆこと?」


「いやぁ......レプティさんの手記があったじゃないですか.....。あれを読んだギルドの方々が凄っごく警戒してまして.....。特に魔法文明デュランディル時代の詳細や魔神に対しての記述、貴族への強い敵愾心等の事らでちょっと......」


「あぁ、なるほど。まぁ、魔法文明デュランディル時代の知恵を持っている魔法使いは警戒対象か。それも魔神の知識と来たものだ。」


「格好付けテ、偉そうナ事も影響しテそうダナ。」


「それで、皆は二つ名の集団名で呼ばれており、討伐すると報酬額と名声が得られるそうです.....。」


「な、な、何ですって~~~!?!??」


 レプティが勢いよく立ち上がった。顔が引きつり、目は見開かれたまま白目を剥いて、血の気が引いたように蒼白になっていく。そんなレプティを傍目にカイが手元の紙をめくりながら続けた。


「えーっと妖魔小隊アウトサイド……レプティ、君は……8,000G。」

「高ッ!!??うそ、何これ!? 私そんな危険人物!??」


「ローグは……6,000G。生半可な物理ダメージは期待できず、魔法やガンでの攻撃が有効かと思われるが、ハイゴブリンの可能性がある。」

「……もっト上ガルと思ッテいタが、まァいいか。ハイゴブリンは取り消セ。」


「インテゲルは……5,500G。素早い動きと、魔動機術による高火力、範囲攻撃、鉤縄の捕縛などが厄介。」

「妥当だな。」


「僕は……3,500Gか。薬開発の脅威はありつつも戦闘能力は低いだろう....ねぇ。

ま、僕の額はどうでもいいけど、これって相当やばいんじゃない?」


「これだけの額がかかってるってことは、私たちを狙う奴らがわんさか湧いてくるぞ。」


「こんなの……絶対面倒なことになるじゃない……!!」

 レプティは顔を覆いながら呻いた。


「み、皆さん....頑張って下さい!皆さんなら大丈夫ですよ!「オイ元凶。」

....ピィイイン。」


「まぁ、なっちゃったもんは仕様がないわね。そういえばプリマ、妖魔の大暴走スタンピートに対応した戦力は中から見てどうだった?」


「ある程度は、祭りに行かない冒険者たちが総出で対処していた。だけど、特に鉄道卿の私兵が目立っていたね。彼らの規模も、思っていたより大きい。組織化されているし、装備も揃っている。」


「鉄道卿の私兵か……まぁ、私達が軍と事を構える事はないだろう。大群や治安維持が役目だろうしな。」


「街中デ正体バレでも無い限リ、鉄道卿の私兵ハ考エ無くていイナ。冒険者位か、気ヲ付けルノハ。」


室内にはしばし沈黙が訪れた。蝋燭の炎が揺れ、わずかに軋む木材の音が響く。

そして、誰ともなくため息をつくと、話はひとまずの区切りを迎えた。


「さて、次はリベリスの事ね。大きくなって、おめかししてかわいくなっちゃって。胸に付いてた魔動制御球マギスフィアも取れたのね。」


「いつの間にかへその緒が取れたってことか。子供の成長は早いねぇ。」


「早すギルけドな。」


 今度は、人間で言えば十歳ぐらいだろうか。身長は背の低いカイやインテゲルを追い越し、その分面長になった顔立ちは、幼さが減って美しさが増している。

 プリマが一度宿に帰り、綺麗な大きめの寝間着を着せていた。プリマもどこまで成長するかわからないからか大き目の物を買ったらしく、さすがにかなりダブついていたが、中性的な顔立ちのせいか、広く開いた首回り──そこから覗く鎖骨が、妙に艶っぽい。


「──私の成長ですか?」


コテンと首を傾げつつ、リベリスは質問する。なにより一番大きな変化は、機械と繋がっていた管が、胸の金属板から外れていたことだ。プリマも最初は壊れたのかと思って驚きもしたが、特に問題はなかったの事。


「そうね。聞くところ天誅祭の後にグッと成長したみたいだし、何がきっかけなのかしら。」


「わかりません…。ですが、少し思い出した事があります。みんなにはそれを手伝って欲しいのです。」


そんなリベリスは妖魔の面々にお願いをし始めた。

妖魔が軽く驚いた点があるとすれば、その瞳に、よりはっきりと知性の光が感じられたからだ。

妖魔の記憶にある舌っ足らずではない、かなりはっきりした口調で、リベリスは言った。

相変わらず、表情は乏しい。しかし、妖魔達はそこから真剣さを感じた。


「……思い出したこと?」


「私といっしょに、とても大切な物が保管されていたと思います。それがなんなのかまでは思い出せないのですが……私にとって、なくてはならないものみたいです」


「大切な物……? そんなのあったっの?」


カイも首を傾げ、遺跡探索をした面々を見る。


「ファイルか?」とインテゲルが告げるも、リベリスは首を振る。


「あとは魔動部品と……台座ぐらいじゃなかったっけ?」


「あァ、ソうイヤ空箱も見ツけたタナ。」


「それ…かもしれません。」


「空箱が大切な物なの?」


「その中身じゃない? 君たちが遺跡に入る前に、誰かが持ち去ったんだろうね。」


「そっか! だから箱は空だったわけね。」


プリマは合点がいったと頷く。

箱自体は無価値だったので、売りも捨てもせず、部屋に置いたままにしていたところだろう。 ローグはガサゴソと積み荷を探し空箱を取り出す。一応取っておいて正解だった。


「コレの中身カ?」


「たぶん……そうだと思います」


「だとすると、そんなに大きなものではないわね。細長い、手で握れるぐらいの大きさかしら。」


箱の中に詰められていたクッション材とそのへこみを見て、レプティは判断する。


「だが……誰が持っていったかなど、わかるのか? あの遺跡は三百年以上前に作られたもののはずだが……?」


「いや……入り口が見つかったのは、最近の地震の影響だよ。そして、その箱は入ってすぐの場所にあったってローグは言ってたよね。つまり──」


「私達の前に、誰か遺跡を見つけてた者がいたって事ね。」


「ですが、冒険者にとっては未知の遺跡は一攫千金の宝箱とギルドで聞きました。慎重な冒険者ならともかくそんな巨万の富を前に引くでしょうか?」


「もう少し情報が必要ね…。それこそ冒険者ならそういった遺跡に詳しいだろうし、プリマには引き続きあの冒険者仲間と接触して情報を引き出して貰おうかしら。」


「それじゃあ今回はリベリスは僕とインテゲルで、街で情報収集しようかな!! 2人レプティとローグは交易共通語を話せ無いし適任でしょ?」


「私は構わん。プリマの言っていた市場の武器も気になるしな」


「そウ言っテお前ラ観光シたいダケだロ。」


「えへぇ、バレちった!」


「…まぁ、いいわよ。ある程度纏まったお金も出して上げるから、良いアイテムがあったら買ってらっしゃい。通辞の耳飾りでもあったら私たちも言葉は分かるようになるしね。」


テヘッと舌を出すカイに、レプティはため息をつきながらもそれなりの小銭が入った袋をカイとプリマに渡す。


「あれっ?私もですか?」


「情報収集にはお金がかかるでしょ? 新米冒険者といるなら、そこまでお金にゆとりがある訳でもないだろうし…流石に3人よりは少なめだけど、とって置きなさい。」


「え?本当にいいんですか?私、砦の品とか売って多少はありますよ?」


「いいじゃんいいじゃん!病気と借金以外は貰っとけってレプティもよく言ってるし!!」


「そういうことであれば…ありがたく使わせて頂きます!」


そうして会議を終えた妖魔たちは、レプティとローグを見張りとして残し、静かに就寝の準備を始めた。宿の薄明かりの中、二人の姿がわずかに見え隠れする。プリマとリベリスは、宿を借りていることを告げると、何事もないように早々に帰ることを決めた。外の冷たい風が、少しだけ彼らの間に緊張をもたらしていたが、それでも大事にならないよう気をつけながら一歩一歩、宿へと向かう。


「明日から、今まで通りギルドで調査か。」


プリマは軽く呟き、リベリスを見守るようにして歩く。

リベリスは少し考え込みながらも、頷く。


「そうですね。私は久しぶりにカイとインテゲルと一緒に入れるみたいでしあわせ....嬉しいです。」


「そうね、楽しみね。」

プリマはその言葉に、どこか力強さを込めて微笑んだ。


二人はしばらく無言で歩きながら、それぞれの心の中で、明日から始まる調査に向けた不安と期待を抱えつつ、静かに宿へと歩を進めた。







深夜、冷たい風が吹き抜ける屋上で、レプティは厚着をしてコーヒーをすすりながら見張りをしていた。周囲の暗闇とスラムの空気が絡み合う中、彼女の表情は静かであった。果実をナイフで皮を削り、鼻歌を歌う。切り終わり、手にしたコーヒーカップは暖かく、どこか優雅さを感じさせる。


「おイ、レプティ。」


背後からローグの声が響き、彼女はその声に反応して、ゆっくりと振り向いた。


「交代だゼ。」


レプティは静かに頷くと、コーヒーを一口すすりながら言った。


「ありがとう、ローグ。お疲れ様。」


ローグは隣に腰を下ろし、目の前に広がるスラムの街の景色を眺めながら、ふと視線をレプティに向けた。


「なア、お前、プリマに甘くネェか?」


レプティは一瞬、言葉を選ぶように黙っていたが、すぐに少し困った表情で答える。


「甘い....かしらね? まぁ、私と同じ元人間だし....それにあの子は私達ほどまだ強くないから気になっちゃって?」


ローグは眉をひそめ、

「弱イ? まァ、戦闘能力ハねェけどヨォ....。」と聞き返す。


「弱いっていうのは、違くて....何ていうか、まだ迷いがあるのよ。」


レプティはローグを見つめながら、少しだけ表情を崩す。彼女は深く息をついてから、静かに語り始めた。


「プリマは、ただの蛮族じゃない。彼女には、人間だった頃の記憶がまだ残っている。10歳のとき、村が邪神に乗っ取られて命を落とし、それから儀式によってセイレーンとして生まれ変わった。彼女の心の中には、すごく強い葛藤がある。」


「葛藤...ネェ?」ローグは肩をすくめながら聞いた。


「彼女は、蛮族としての価値観を受け入れられなかった。人族としての人格がまだ残っているから、蛮族の非情な部分にどうしても馴染めない。信仰していた神慈愛と復讐の女神ミリッツァの声を聞いた事で、人間としての人格を残してもらえたからこそ、今でも人族に帰りたいって思ってるかもしれない。でも、今の私達の仲間としての立場を捨てることが出来ないでいる。」


ローグは少し黙ってその言葉を聞いていたが、やがて理解したように頷いた。


「なル程ナぁ。でモオ前、そンなにプリマの事を気ニ掛ケテどうスるンダ?」


レプティはコーヒーカップを持つ手をわずかに握りしめる。


「私は、プリマがどういう選択をするにせよ、納得できるものであって欲しいと思ってるだけ。だからこそ、今は様々な価値観に触れて、成長して欲しいと思うの。彼女がどこに属すべきかは、最終的には彼女自身が決めることだけど、今はその選択をするために、少しでも多くの経験をして欲しい。」


レプティの魔法文明時代には、成長することなく死んでいった連中が多かった。選ぶことすらできず、ただ命令に身を任せるしかなかった連中がほとんどだった。そんな時代に「選ぶ」ってこと自体が、ある意味、奇跡みたいなものであったのだ。出来るか出来ないかで悩むやつはみんな棺桶に消えていった。できるかなんて分からない。でも、私たちは、自分の死に方くらいは自分で決めようと必死に足掻いてた。でも、時代は移り変わったようで、今はそんな時代じゃない。平和ってわけじゃないが、少なくとも悩んで選ぶ時間くらいは残ってる。


「フーん、成長か。」


ローグは軽く肩をすくめ、レプテイが剥いた果実を口にする。


「プリマにスパイをやらせた時ね、いい機会だと思ったの。たった一人で、自分で考えて、自分の決断をして、その責任を負う。そうして一人前になるものでしょ?

まぁ、砦に冒険者と来た時は流石に鞍替えするのが早くない? とは思ったけど。」


「....もシ、本当ニ裏切っテ鞍替エしてタラ、どうスルつもりダッたンダ?」


「.....聞きたい?」


レプティは果実を剥いていたナイフを手の平でクルクル回しながら口角を吊り上げる。


「..........いヤ、やめトくワ。」


レプティはその言葉に微笑みを浮かべ、「冗談よ。まぁ、ケジメはつけさせるつもりだったけどね。」と笑う。


「誰かを思う気持ちって、簡単なものじゃないの。特にプリマみたいに、繊細な過去を抱えている者には、普通では無い私たちの助言だけじゃ足りないわ。だからこそ、私は彼女をサポートしたい。無理に強制はしないけれど、少なくとも今は多くの価値観に触れて、心の中で整理できるようになってほしい。」


ローグはそれを聞いて、少し納得したような表情を見せた。


「なル程な…。オ前、ソうヤッてプリマを見守っテルんだナ。まァ、そこまデ考エてるナラ、口は出さネェヨ。」


レプティは再びコーヒーを一口飲みながら、夜空を見上げる。


「それが私の選択よ。魔法文明デュランディル時代のやり方は通用しないみたいだしね。私はプリマが最終的に、どんな選択をしても後悔しないような形で成長してほしい。ただ、それだけ。」


ローグは軽く笑ってから、彼女を見た。「オ前、結構面倒くさイ女ダナ。」と冗談っぽく言う。


レプティは微笑みながら答えた。「そうかしら。でも、誰かを思うことは面倒なことだって、私は知ってるわ。」


その後、二人はしばらく静かな夜の空気の中で、見張りの役目を続けた。ローグはレプティの心の奥にある強い思いを理解したような気がし、少しだけその意図を尊重することにした。彼女の言葉の裏にある深い感情に気づきながら、夜は静かに過ぎていった。

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