20話目 スタンピート

脱出口から飛び出した冒険者たちは、息を切らせながら森の中を駆け抜けた。太陽は既に没し、暗く冷たい風が頬を叩く。

黒々とした山の影が辺りを覆い月光だけがかすかに地面を照らしている。しかし、ドワーフの暗視があるレベッカの目には昼間とさほど変わらない景色であり、リカントのペプシも顔をハイエナに変貌させ暗視を得る。


『ロバはあそこだ!!さっさと回収するぞ!!!』


 喉の奥から低い獣の唸りが響く。ペプシは口を開いて何かを言おうとしたが、出てきたのは粗雑なリカント語だった。それは低い肉食獣の唸りに似た音であり、言葉として成り立ってはいるが、サーマルやレベッカには理解できない。


「ペプシさんは『ロバの方に急げ』って言ってます!」


だが、リカントの語が解るプリマが間に入る事でスムーズに会話を繋げる。ジェスチャーを交えればなんとか意思疎通は可能だが、今の様な緊急時だとそのような余裕はないので賢者セージ吟遊詩人バードはありがたい存在だ。


「「了解!」」


サーマルが前のめりになって走る。だが、彼の視界は漆黒に近い。木の根に足を取られ、バランスを崩しそうになる。しかしよろけたサーマルの腕をレベッカが引き、共に駆ける。


「サーマル、こっち!」


「悪い、明かりをくれ。この暗闇を明かり無しで駆けるのは無理だ。」


「わかった。『魔動制御球マギスフィア起動。発光フラッシュライト』」


『プリマ様ァ、リベリスは俺が背負う。暗視もあるし足も速いからな』


「わかった、お願いね。それといと慈悲深いきミリッツァ様、どうかこの者らに加護を────『祝福ブレス』」


レベッカが呪文を唱え、魔動制御球を発光させ辺りを照らし、プリマは神聖魔法で自身を含む4人の敏捷を上げる。その間にサーマルは急いでロバの手綱を掴み、荷台に戦利品を手早く載せながら叫ぶ。


「よし、積込みは終えたッス。やつらが追ってくる前に行きましょう!」


「相手は暗視持ちだろうし、こっちには目立つ明かりもあるから見つかるのは時間の問題だしね!!」


『奴らはどこまで本気かわからんが、気配がやばい!───この餓鬼も凄ぇな起きる気配が微塵もねぇ!!?』


ペプシはリベリスを背負いながら、追跡者たちの影を感じ取っていた。

冒険者たちはロバの手綱を引いて並走しながら全力で走る。ロバの蹄が獣道を叩きつけ、耳障りな音が闇夜に響いた。

素早く拳を乱打するペプシは両手を塞がれ、サーマルは明かりの無い範囲は見通せず弓矢のリーチが生かせない。レベッカは足手纏いにならぬよう武器は背にしまい必死に腕を振り、プリマは言わずもがな犬が舌を出して喘ぐような荒い息で死にかけである。

この状態で追いつかれたらひとたまりもない。冒険者たちは、闇の中をひたすら街へ向かって走っていく。


しばらくして、ようやく街道が見えてきた。冒険者達は暗視が無いものがいる中で森で戦闘は何としても避けねばならないと思っていたが、街道に出たなら速度も出せるし他の人々に助けを求められるかもしれない。そんな淡い期待が沸き上がる直後、何かの話し声が後方遠くから聞こえた。


「ᛏᛖᛗᛖᚴᛟᚱᚪᛒᛟᚴᛖᚴᛟᚱᚪᚪᚪᚪᚪᚪᚪᚪ!!!」

「AGGYAAAAAAAAAAA!!」


追いついて来ているのであろう、追跡者の騒々しい音が静かな街道に響き渡る。

暗視持ちが目を凝らすと、そこには漆黒の影を引き裂くように猛進する亜竜がいた。

その鱗は月明かりを鈍く反射し、裂けた口からは湿った息が漏れ、獲物の匂いを嗅ぎ取るかのように鼻を鳴らしている。


その背にはあのハイゴブリンが跨り、鈍く光った黄色い瞳でこちらを射抜いていた。歯の隙間から覗く鋭い牙が、にたりと笑うように光る。後方にはガタガタと不気味な音を立てながら荷車が揺れ、まるで無機質な怪物が餌を求めて追いすがるように迫って来ていた。













『おっシャ、いたゼあいつら。もう街道ニ出てるな、街に近くづかれる前に撮り返さネェと厄介ダゼ。』


 亜竜アルムアルムの背に跨ったローグが前方を見据え、鋭い牙を剥き出しながら笑った。暗闇に紛れて逃げれのは無理と判断し、ライトを付けながら走ったのだろう、悪くない判断ではある。実際暗視持ちのローグはロバを引きながら慌ただしく逃げる冒険者たちの姿が、くっきりと視界に捉えられていた。

だが、アルムが引く荷車の中ではまるで緊張感のない声が響く。


『なぁ、もう少し揺れを少なく走れないか。これじゃ寝れん。』


『いや、寝ないでよインテゲル。滅茶苦茶眠そうなのは伝わるけど……というか今から何をするのかの説明覚えてる?』


荷車に寝そべるインテゲルが、半ば夢の中に足を突っ込みながら呟き、カイが呆れたように問いかける。だがインテゲルは無気力に頭を上げるだけで、欠伸を噛み殺しながら言った。


『あぁ、レプティの手記と……あと、……Zzz』


『あ、ダメねコレ。全く、あの冒険者がプリマとフッドを倒した仲間と聞いて一気にやる気なくしちゃったし。』


 荷車に揺られながらレプティが肩を竦める。彼の腕には、森に仕掛けた罠の設計図が握られていた。どれも確実に相手を捕えるためのものだったが、今の彼らには活用する暇もない。


『インテゲルは連れてこない方がよかったかな?』


 カイがぼそりと呟くと、ローグが鼻を鳴らしながら笑った。


『いヤ、こいつのせいデ逃げらレたんだカラその分の仕事はして貰わねェト。』


 亜竜が鼻息を荒くし、地面を蹴るたびに鋭い爪が土をえぐる。荷車の車輪がガタガタと音を立て、周囲の空気が徐々に緊迫したものへと変わっていく。


『あと、この辺の罠、ローグとインテゲルが作ってたから一応と思ったんだけど、これは無理そうね。』


 レプティが肩を竦める。罠に引っかかる暇もなく、冒険者たちはすでに街道へと出ている。ここからは、純粋な追跡戦になるしかない。


『フン、なら単純な話ダ。こっちの足ガ速けりャいいだけのコト。』


 ローグが馬の手綱を引くように、亜竜の首筋を軽く叩き指示を与える。鱗に覆われた獣は低く唸り、速度を上げる。夜風が荒れ狂い、追う者と追われる者の距離が徐々に縮まっていく——。










冒険者たちは全力で駆け抜けた。


背後では妖魔たちが怒号を上げ、亜竜が土煙を巻き上げながら追いかけてくる。ハイゴブリンが不敵に笑い、メドゥーサは冷静に指示を飛ばしている。一瞬でも足を止めれば、確実に命を落とす。


しかし、前方に視線を向けた瞬間、ペプシの目に飛び込んできたのは、暗闇に潜むいくつもの影だった。


「まずい、前にも蛮族と!? 挟まれた!!!!!」


レベッカが低く唸り、プリマが息をのむ。敵の気配を察知したサーマルも臨戦態勢に入る。しかし、彼らの心を締め付けるのは、それが単なるフッドの集団ではないことだった。


松明の灯りが揺れ、巨大な影が浮かび上がる。レッサーオーガたちに従い、とゴブリンがずらりと並んでいた。

その中心にいたのは、一体のオーガ。


生半可な敵ではないのだろう事はわかる。そして、それは後ろから迫る妖魔が追い付いてしまう事と同義であり、冒険者は絶望した。

だが、プリマだけはこの状況をチャンスと捉え、深く息を吸い込み思いっきり叫んだ。


「フッドだあああああああ!!!ここにフッドがいますぅ!!! もうおしまいですうううう!!!」


「プリマ様!?また発作が?」


そんな乙女の絹を裂くような心地よい悲鳴を聞きオーガはニヤリと笑い、喉を鳴らした。


『ほう……これはいい心臓が来た』


このオーガは人族に化けて潜入することで、スラム街の下水道から街の内円部に蛮族が通れる道を発見し、部下を引き連れ下水道に所であった。通常街は「守りの剣」という強い穢れを持つ蛮族、アンデッドなどが近寄れない結界を生み出す魔剣があるのだが、その抜け道を見つけたのだ。

彼は人間の心臓を食らうことで人に化けることができる。そして、運よくこの場に逃げ込んできた冒険者たちの心臓は、格好の獲物だった。


『こいつらの心臓を食えば、次の変身は楽になるな……』


オーガは一歩踏み出し、冒険者たちに向かって棍棒を振り上げた。


だが、その瞬間だった。


『フッドォオオオオオッ!!!』


まるで雷が落ちたかのような咆哮と共に、後方で寝ていたはずのインテゲルが跳ね起きた。彼の瞳は燃えるようにぎらつき、怒りの炎をたたえていた。


『貴様らが、貴様らがいる限り……絶対に許さん!! まずは指揮官!! 貴様だ死ね!!!!!』


次の瞬間、狙撃体制に入ったインテゲルの銃口が火を噴いた。

闇を切り裂く弾丸がオーガの眉間を寸分狂わず撃ち抜き、鮮血が飛び散る。彼女の動きに迷いはなかった。敵対する存在がそこにいる、それだけで彼女にとっては十分だった。


先手必勝ファストアクション魔動制御球マギスフィア起動炸裂弾グレネード。汚ねぇ花火だなぁ!!!! ナァ!!!!!!』


「ちょ、インテゲル! インテゲルさん!? 今はそれどころじゃなくない?!」


「おまッ、インテゲル! お前、今はフッドじゃなクテ手記やらが先だろうガ!」


カイが叫ぶが、インテゲルの耳には届かない。フッドどもを見つけた彼女は、仲間の制止も聞かず、まさに皆殺しに向かって突撃していこうと身を乗り出す。

ローグが必死に呼び止めるが、止まる気配はなかった。弾丸と爆炎はオーガを地に伏させ、次々とフッドの頭や胸を貫き、混乱状態の敵の陣形は一瞬にして崩壊する。

更にレプティも荷車の中にある手頃な魔晶石で冒険者に一矢報いようと魔法を唱えるレッサーオーガに止めをさす。


『──フッ!! やっぱり石って安価でコスパ最高の武器よね。』


『なんでレプティも支援してるの? 僕もやっていい?』


『チィッ、MPが足らん!!! チェインボール!!!! お前も行けアルム!!』


「ギャ? アギャッハアアアアアアア!!!!」


『オ前勝手ニ指示出すナ暴走するだろうガァ!!!! 手助けするなヤ逃げられるダロうがァアアアアア!!!』


『手助け? 私が? そんなつもりはない!』


『それじゃ、目的だけ果たしてくれる? あの手記とかが冒険者ギルドに渡るのはまずいし、その後でこいつら殺りましょ。』


だが、その間に冒険者たちは一瞬の隙を突いて動いた。ペプシは息を切らしながら走り、恐らくレプティの手記と小瓶が入っているであろう不自然に大きな腰の袋をしっかりと握りしめながら逃げる。このままだとギルドに渡るだろう。

しかし、インテゲルはそのことを見逃さなかった。


『了解した。ギルドに渡らない様にすればいいんだな?』


即座に荷車の上に昇り、アルムが蛮族に突撃するタイミングに合わせ鉤縄を投擲する。それは寸分狂わず、ペプシの腰元へと吸い込まれる。ペプシは避けようとするが両手をリベリスで塞がれており上手く動けず───そして腰袋が引き裂かれ中身がぶちまけられた。


瞬間、辺りに水晶の破片とが広がり周囲の妖魔たちの動きが凍りつく。


『ねぇ、待って……まさか……嘘でしょぉッ!?!?!?』


カイが愕然とし、涙を浮かべる暇もなく、妖魔たちの瞳がぎらついた。


それは、理性の喪失。


「やばい、みんな逃げろ!!」


ペプシの叫びと同時に、妖魔たちが狂乱の雄叫びを上げた。まさにスタンピードが始まろうとしていた……!





『テメェ何シテくれとんじゃボケぇえエエ!!!』


『すまん、手記は破壊出来なかった!!!』


『そうじゃない!!! そうではないのよインテゲル!!!! あなたやっぱり話聞いてなかったのね!?!!!!?』


『皆今はそれどころではない!!!何故かこの特殊な臭いで周囲の妖魔が近寄って来ているみたいだ!!! フッドを殺さなくてはッ!!!!!!』


『何故の答えは全てインテゲルのせいだよ!!!僕もう逃げていい???』


「アギャッハッァアアアアアアアアア!!!!!」

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