21話目 生還報告

夜闇の中をひたすら駆けた。

あの恐ろしい妖魔から逃げた後も、追手を引き寄せる忌まわしい余臭のせいで、何度も戦闘を強いられた。息を整える間もなく、ただ走り、武器を振るい、また走る。靴底は擦り切れ、肺は焼けるように痛んだ。


 ペプシは特に酷かった。服に染み付いた妖魔の匂いが抜けず、ついには着ていたものを脱ぎ捨て、パンツ一丁の姿で夜道を疾走する羽目になった。それでも奴らは嗅ぎつけてくる。まるで死の影が執拗にまとわりつくようだった。

ようやく街の門が見えたとき、誰もが限界だった。

門番の視線に気づくと同時に、全員の糸が切れ、 誰からともなく膝をつき、そのまま地面に崩れ落ちる。

夜風がひんやりと火照った身体を撫で、意識は闇へと溶けていった。





 城門の門番たちは、倒れた冒険者たちを見て顔を見合わせた。すぐさま数人が駆け寄り、彼らの状態を確認する。


「生きてるな……相当疲弊してるが。」

「何で下着なんだこのリカント。」

「こりゃひどい。この紋章は.....〈軌上の鉄獣〉か。誰かギルドに連絡を!」


「.....むにゃ?れぷてぃ?みん?」


 手際よく運ばれた彼らは、ギルドの医療室へと寝かされた。手足には戦闘の傷が残り、泥と血にまみれた身体は痛々しかった。薬師が手当てを施し、毛布をかけると、全員は微動だにせず眠り続けた。




翌日夕方。

冒険者ギルドの救護室。


広々とした部屋には、簡素ながら清潔なベッドが並び、窓から差し込む夕陽が柔らかく床を照らしていた。空気には薬草の香りが漂い、冒険者たちは柔らかな寝具に包まれていた。全員の顔には疲労が色濃く残りながらも、意識ははっきりとしていた。


彼らの正面には、ギルドの上層部にあたるエルフの調査官とドワーフのギルド長が、静かに彼らを見つめていた。エルフの調査官は長身で、淡い金髪を肩口まで流し、冷静な碧眼を細めていた。彼の纏う白銀の衣服はシンプルながらも端正で、知的な雰囲気を醸し出している。


ドワーフのギルド長は対照的だった。がっしりとした体躯に、黒い色の立派な髭を蓄え、深々と刻まれた皺が歴戦の証を物語る。彼はどっしりと腕を組み、冒険者たちを見下ろすように立っていたが、その目は厳しさだけでなく、どこか温かみを含んでいた。ギルド長は腕を解き、冒険者の無事を喜ぶように話し始めた。


「……昨晩、門番から連絡を受け、君たちをギルドに運び込ませた。まずは無事で何よりだ。」


「申し訳ありませんが、あなた方の戦利品や押収品は先にこちらで調べさせて頂きました。そして、今回の依頼であったことをあなた方全員に改めて詳しく聞きたくて伺いました。」


ギルド長と調査官が静かに語りかけた。その声には落ち着いた響きがあり、疲れ切った冒険者たちの耳に優しく届く。


「えぇっと、放浪者ヴァグランツの私とリベリスまでベッドに運んで治療までして頂き、ありがとうございます。」

プリマが少し気恥ずかしそうに礼を述べる。


「いえ、無辜の人々を守るために冒険者ギルドはあるのですから。」

「それに、うちの冒険者をサポートしていたのは君だと聞いていたのでな。あぁ、ルーンフォークの少女は今は別室で他の職員と遊ばせているよ。大人気で受付嬢が甲斐甲斐しく世話をしているから安心すると良い。」


調査官はそう言いながら微かに微笑み、ギルド長も不器用な笑みを浮かべながら言葉を続けた。その表情には、任務を全うした彼らへの信頼と、次に続く質疑への真剣さが滲んでいた。


「さて、当初の依頼の森の調査の方は何も問題は無かったようだな。マッピングも丁寧で良い地図だ。」


「ですが、大量の戦利品と、リベリスさんという少女。この魔法文明語で書かれた手記と薬品のマニュアル。これらがかなり問題なのです。ペプシさんの下着から検出された液体はまだ検査中ですが、マニュアルから妖魔を引き寄せる物の可能性が高いものとしています。」


(え? 俺パンツまで変えられてたの!?!? しかも調べられてる!?!?)


下着まで引っぺがされて、更にそれを大真面目に検査させられている様子を想像し、何とも言えない顔になるペプシ。しかし、ギルドの方は真剣のようでギルド長の低い声が響く。それは威圧的ではなく、むしろ彼らの言葉を真剣に待つ、信頼の込められたものだった。


「君たちに、何があったかを教えてくれるかい?」


「わかりました。その手記らは、地図の右下の箇所にある線路付近の見張り砦に巣くっていた蛮族のものです。アタシ達は依頼の調査中、見張り砦にフッドがリベリスちゃんを運んでいる現場を目撃しました。」


「リベリスは、今回保護したルーンフォークの少女で、プリマさんが世話をしている子というのを先日の食事会で聞いていたッス。砦内の影からはメドゥーサの存在が確認できましたが、引き返す時間はないと判断し砦へ突撃しました。」


「んだが、その砦には化け物しかいなかった。戦ったら勝てないって直感でわかる亜竜が外で飼いならされていた。プリマ様のおかげで戦闘にはならなかったが、内部に入った時にであった〈はいごぶりん〉ってのがマジでやばかった。」


「ハイゴブリン....中級冒険者でも苦戦する蛮族だな。」


「そのゴブリンは大きな盾と金属鎧を身に着けていて、アタシの全力の攻撃でも顔を少ししかめる程度でした。盾を剥がしたのに、です。その場面もプリマさんの狂乱バニッシュが効いたおかげで危機を脱することが出来ました。」


「ハイゴブリンに魔法を通したのですか!?しかも鎧となると恐らくハイゴブリンファナティック.....危険度10Lvに当たる魔物です。対魔呪紋といった全身に浮かび上がる紋様で、魔法に対し高い抵抗力を持つはず。並みの魔法では精神効果を通せない抵抗力+4はずです......!」


「えぇっとぉ......何故か私の事を戦力に数えて無くて眼中に無かったのでぇ.......そのせいですかねぇ???」


「ん?対魔呪紋?.....なぁ、サーマル。んなものあったか?」


「いや.......無かったはずっス。」


「二の腕とかは見たけどそんな紋様は無かったはずですよ。普通のゴブリンを二回り大きくして筋骨隆々したって感じでした。」


「ハイゴブリンは対魔呪紋の他に、蒼白い肌と巨大な赤い目が特徴的なはずだ。もしかしたらゴブリンの変異種かもしれん。....とりあえず、続きを聞こうか。」


驚愕する調査官であったが、冒険者達はあの異様なゴブリンの事を思い出し、首をかしげる。その様子にギルド長はハイゴブリンではない可能性も踏まえて続きを促す。レベッカはわずかに眉を寄せ、重くなった口を開いた。



「その金属鎧ゴブリンが逃げ去った後、アタシ達は2階・3階・屋上へと順に上がりました。多少散らかってはいましたが、妖魔がアジトにしているとは思えないほど整頓された部屋ばかりで、気味の悪さを覚え上位蛮族がいるのではと思っていました。」


「2階は倉庫で消耗品やらが多く保管されてたな。あと不気味な骸骨の標本もあった。蛮族と動物が混ぜ合わせたキメラの様な標本で〈禁忌の王〉って題名だった。その臭いのマニュアルと、小瓶があったのは3階で、事前に森で妖魔が臭いにつられていたから重要品だと思って持って帰って来たぜ。」


「屋上は見張りに必要な品や、薬草を育てるゴーレムがいたっス。そこで2回からつけていた人形と、監視をしていたファミリアを撃破。リべリスの姿が無い為地下室を捜すことにしたっス。」


「中には簡易的な儀式台とその上に寝かされたリベリスちゃん。そして1階で出会った金属鎧ゴブリンを水晶で従えた邪教の司祭が現れました。なんでもドレイク?からハイゴブリンの製造方法を奪い妖魔を強化する術を手に入れたらしく、まだ不完全な技術を精錬させるために多くの妖魔を必要としていたと本人は語ってました。」


「人質と手記・小瓶を交換したが、案の定司祭は裏切りゾンビを2体生み出した。だが塵滅イクソシズムでプリマ様が滅ぼ瞬殺したんだ。んで、それが予想外だったのか動きが止まってる隙に水晶と手記・小瓶を奪え返し逃走を図ったな。」


「その後、焦った司祭は召異魔術デーモンルーラーを使うメドゥーサをどこからか呼び出し戦闘。レベッカが応戦しましたが舞の様に身軽に避けられ、毒霧や呪いで消耗させられたっス。しかし、またどこからか魔導技師マギテックのフッドが現れ仲間割れを起こし始め司祭を仕留めたので隙を突き逃走したッス。───あ、そうそうあの時司祭がグレムリンに見えた気がしたっスけど皆はみた?」


「アタシは走るので必死で見てないわ。」「俺もだ、退路の確保でみれてなかった。」「さぁ~~?? 気のせいじゃないですか?」


「見間違えッスかね。話の腰を折って申し訳ないッス。えぇっと、その後地下の抜け道から街道に向かって走ったんスが途中で亜竜に乗った砦の妖魔に追いつかれ、水晶と小瓶を魔導技師マギテックのフッドに撃ち抜かれました。その時周囲の野良妖魔が暴走、スタンピートがおきた隙にまた死に物狂いで逃げた感じです。」



一通りの話を聞き、ギルド長は腕を組み難しい顔をして虚空を睨み付けている。調査官も、んー……、と思案声を漏らして顎に手を当てている。


「どう思う?」


「不自然な個所が多いですね。まず、誘拐さえれた状況ですが、わざわざ街にいる人物を狙い誘拐犯が残虐性の高いフッド1体であったというのがおかしな話です。次に邪教との行動が不可解です。話では妖魔らをハイゴブリンの様ににすることが目的との事ですが、使い魔ファミリアで君たちの様子を地下でみていたにしては行動が悠長すぎる気がします。小瓶は司祭の作戦の要な筈です。フッドにも裏切られているようですが、街道では協力している点を考えると、これは慢心であった.....で片付けられるかもですが。」


「やはり、あの手記の内容が正しいのであろうな.....。」


「あの~、手記って全部読んだんですか......?」


「あぁ、もう解読チームが内容を抑えてある。なんでもかなり古い言い回しな文章であったらしい。内容は───」


かくしてレプティの手記は語られる。それは天上天下唯我独尊と言わんばかりの豪胆な内容でありながら、そのものの知性を感じるものであった。全員が真剣な顔で内容を聞く中、プリマはこの手記を書いた人物に心の中で思いっきり叫ぶのであった。


(レ、レプティさんごめぇん!!!!)

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