17話目 不気味な人形

冒険者たちは薄い氷の上をそろそろと渡る様な足取りで2階へ登っていく。2階にはメドゥーサと思わしき影が見えたため、今まで以上に慎重に、用心深く歩を進める必要があったのだ。


「サーマル、周囲の音に注意して。ペプシ、後ろを警戒して。プリマさんは私たちの真ん中にいて下さい。」


階段は古びた木製で、一歩踏み出すごとに軋む音が耳に響く。狭い壁際にはかすかな汚れや傷があり、過去の戦闘や時間の経過を感じさせた。レベッカは斧を手に持ちながら、周囲に目を光らせる。


「この上、大丈夫だろうな……?」


サーマルが低く呟く。ペプシは後方を守りながら、鼻をひくつかせて気配を探っていた。


「気を抜かないで。何かあればすぐに知らせて。」


プリマは一瞬立ち止まり、壁に手をついて息を整えた。上階からわずかに漂ってくる湿った空気と、どこか重苦しい雰囲気が、彼女の胸に不安を呼び起こしていた。


やがて一行は階段を登り切り、2階へ足を踏み入れた。


階段を慎重に登りきった冒険者たちの目に飛び込んできたのは、ただの倉庫であった。広々とした空間には、きっちりと区分けされた樽や木箱が整然と並んでおり、壁際には簡易的な机と椅子が置かれていた。机の上には、手記と古びた人形、マグカップがあり、その香りからはコーヒーの気配が漂っていた。


倉庫の内部は1階と同じで整然としていた。樽や木箱が用途ごとに分けられ、それぞれがきちんと積み重ねられている。木箱には乾燥した果実や硬いパンのほか、魔晶石やポーション、消魔の守護石、魔符などがきれいに整頓されて並べられていた。さらに奥の棚には、金属の光沢を放つ球体――魔動制御球マギスフィアがいくつも置かれており、特に目を引いたのは先端が捻じれた鮮やかな赤い色をした杖だった。


「……これ、イフリートの髭と呼ばれる杖じゃない?」


レベッカが呟きながら手を伸ばす。それは真言魔法ソーサラー炎球ファイアボールを使える杖で、回数制限があるものの強力な力を秘めていると言われる代物だった。


「こんなものが普通に保管されている……?ここは、もしかして上位蛮族に計画的に管理された補給基地? なら、基地が整然としてるのも、あの化け物みたいな亜竜やゴブリンがいるのも納得出来る……」


サーマルが小声でブツブツと呟く。ペプシは周囲の様子を見張りながら、何かが背後から忍び寄ってくるのではないかという疑念を抱いていた。


「気を抜かないで。この整然さが罠の一部かもしれない。」


レベッカが注意を促す。そんな彼女たちの視線を引いたのは、部屋の中央に鎮座している異様な物体だった。


「……なんだこれ。」


そこには、彼らの目の前で存在感を放つ骸骨が置かれていた。一見すると威圧的で異様なアンデッドに見えるが、よく観察すると、それは精巧に組み立てられた骨の標本であることがわかった。しかも、その骨はただの標本ではなく、様々な生き物の骨を組み合わせて作られていた。


頭部にはサーベルタイガーの鋭い牙が並ぶ骨が据え付けられ、その上にはドレイクの角が荒々しく突き出していた。胴体はミノタウロスの骨で構成され、分厚い肋骨ががっしりとした胸郭を形成している。右手には蛮族タンノズの蟹の様な鋏が用いられ、

アナコンダの骨で尾を形作っている。脚部は巨大な獣の骨を用い、全体的に異種の骨が異形感を醸し出しつつ上手く組み合わさっている。


「虎の骨っぽい部分もあるが……この右腕の鋏の異質感が凄いな?」


ペプシが怪訝そうに指差すと、サーマルが少し引き気味に頷いた。


「俺、子供の頃、最強生物を妄想したりしてたんスけど、そんな波長を感じるっス。動き出したりしないよな?」


「そんなことになったら困るけど……でも、なんでこんなものがここに?」


レベッカは眉をひそめながら骸骨を観察する。標本の足元には小さな銘板があり、そこには「禁忌の王」と記されていた。部屋の整然さに加え、この異様な標本の存在が、場違いな空気を一層強めていた。


部屋の隅には簡易的な机と椅子があり、その上には少々使い古された人形と、魔法文明語で書かれた手記、マグカップが置かれていた。カップから微かに香るコーヒーの匂いが、つい先ほどまで誰かがここにいたことを物語っている。プリマがカップに指を触れると、まだ暖かかった。


「……誰かが最近ここにいたみたい。逃げたか、どこかに隠れているのか……。」

(逃げてて欲しい!お願い!レプティまで出会ったら余計拗れる!!)


「この手記も気にはなるっスが俺は読めないっすね。」


「私も読めないわ。文字の形から魔法文明語の文字かしら。」


「とりあえず、何か情報を得れるかもしれないし、ギルドに提出っスね。」


「だなぁ。んあ?」


「どうしたのペプシ?」


「いや、この人形がこっちを見てる気がしてよ。」


「なんですかそれ、怖いんですが。」


「まぁ、この骸骨といいちょっと不気味っスからね、この部屋。」


「イフリートの髭や魔晶石とか目ぼしいもんだけ頂いて上に行こうぜ。」








冒険者たちは塔の螺旋階段を慎重に登っていた。冒険者の周囲を照らすのは、レベッカが携えた魔法の光球フラッシュライトのみ。2階に魔動制御球マギスフィアがあったので、それを拝借したのだ。


その青白い輝きが薄暗い壁に揺らめく影を生み出し、不気味な雰囲気をさらに強調していた。


「ここが3階ね。」


先頭を歩いていたレベッカが言い、足を止めた。彼女の後ろではサーマルが静かにうなずきながら矢筒に手を添える。


部屋の中に一歩足を踏み入れた途端、冒険者たちは鼻をつく奇妙な匂いに気づいた。それは甘いような、腐ったような、何とも言えない妖しい香りだった。部屋の中央には無数の薬瓶が整然と並び、それぞれにカラフルな液体が満たされている。鮮やかな赤、深い青、毒々しい緑。その一つひとつがまるで部屋全体の空気を支配するように存在感を放っていた。また、多数のゴーレムの試作品が隅には転がっており、その下手に人の姿に似ている無機質な姿が一層不安な感覚が呼び起こされる。


「なんだ、こりゃぁ……。」


ペプシの呟きに答えるように、サーマルが壁際の棚を指さした。


「どうやら実験室のようっスね。見てくれ、この道具の数々。」


棚には奇妙な形をしたガラス器具や、結晶の中身が蠢いているようなものが置かれていた。

レベッカは慎重に部屋の奥に歩を進めた。机の上にはいくつかの紙が広げられており、その上に無造作に置かれた小瓶があった。小瓶には薄紅色の液体が満ちており、何処かで嗅いだことがある香りだった。近くに置いている紙には細かい文字と不規則な図形がびっしりと記されていたが、どれも意味をなさない暗号のように見えた。サーマルがその紙に目を凝らしたが、「読めないな。」と肩をすくめた。


「ん? んん~~?? この匂いって.....昼に妖魔が集まっていた洞窟の壁に塗られてた奴じゃねぇか!?」


「果実や卵を肉と一緒にかき混ぜた変な臭い.....それに粘り気もあるわね。」


サーマルが紙を懐に入れてる間、鼻の良いペプシはこの臭いがどこで嗅いだか直ぐに気が付き、レベッカはその瓶を振る事で粘性を確かめていた。


「これは、持って帰って必ずギルドに報告しなきゃいけない代物っスね。蛮族を引き寄せる薬品をこんな上位蛮族が住んでそうな砦の中にあるってかなり厄ネタっス。」


(あああぁあぁぁぁ!! そう言えばカイってマジックアイテムの製作が軌道に乗ってるって言ってた!!! あれ?これかなりまずい感じ!?)

「はわっ!?はわわわわっ!?!?。」


「流石のプリマさんも焦ってるわね。男子二人とも、気合入れてプリマさんを守るわよ。私たちの生命線かつ切り札なんだから!」


「「応ッ!!」」


ふと、レベッカの目が部屋の隅にある人形を捉えた。それは、二階で見かけたものと全く同じ形状をしていた。古びた布でできたその人形は、床に無造作に放置されているように見える。しかし、その位置や角度にはどこか意図的なものを感じさせた。


「これ……2階にもあったわよね?」レベッカが低い声で言う。


サーマルが視線を向け、不快そうに顔をしかめる。「ああ、確かに同じだ。まるで誰かが置いたみたいだな。気味が悪い。」


その言葉に、部屋の異様な空気がさらに重く感じられる。人形はただの無機物のはずなのに、見ているだけで背筋が冷たくなるような錯覚を覚えた。



「早く探して脱出だな。ここまでいないのは不気味だが、そんなに大きな砦でもないし、見落としはないはずなんだがなぁ。」


「だとしたら、屋上か地下室があったか.....確かに1階は戦闘の後直ぐに移動しちゃったし、見逃してたかも」


「少し屋上を覗いて、もう一度1階の調査って感じっスね。」




扉を開けて屋上に足を踏み入れた瞬間、黒い影がふわりと動いた。カラスだ。冒険者たちの気配を察したのか、屋上の端から飛び立ち、空中で不自然に旋回してから離れていった。

そのカラスの動きに目を細めるサーマルだが、それ以上は何もせず、辺りを探索する。


屋上は見張りスペースとして利用されており、周囲の警戒に適した設備が整っていた。焚き火台や寝袋、簡易的な雨よけ、薬草が背中に生えている亀形のゴーレムなどだ。


その、ゴーレムに一同は武器を構えるが、相手は何をするでもなくじっとしていた。

そのゴーレムは、その甲羅の部分が直径1メートルほどの植木鉢のような形状をしており、救命草や魔香草が丁寧に育てられている。

遠目からでも土は湿っていることがわかり、背の薬草を育てるために作られたのがわかる。


「えぇっと、みなさん、このゴーレムは戦闘機能は持ってないみたいですよ?

ほら、あんなに重い土を背負って、手足も短いので戦闘用ではないですよ。」


「ちょ、だからってあんまり前に出ないで下さい! もうっ!!」


「でも、触っても反応しないんで本当に戦闘用ではないんスね。」


「流石プリ(ry」


この薬草たちは、冒険者たちの回復や治療に役立つ貴重な資源だ。

冒険者が薬草を摘んでもゴーレムは特に反応せず、まるで植物の世話だけを使命としているかのように静かに佇んでいる。その無害な姿は、見張り台の緊張感の中で一瞬の和らぎを与える存在となっていた。



落ち着いて屋上を見渡すと、見張りスペースとして利用されており、一時的に滞在したり、周囲を警戒するための設備が整っている。焚き火台や寝袋が配置され、見張りが交代で休息を取れるようになっていた。焚き火は煙が目立たないよう工夫されており、非常に乾燥した薪や枝が井の字型に組まれている。また、着火剤も備えられており、効率的高温の火を起こすことが可能であり、これも煙を出さない工夫がしてある。

屋根はどこかの船の帆を材料にしており、大雨でもない限りは雨風がしのげそうだ。


「この屋根とかは、最近になって作られたものみたいっスね。元々屋根はついてなくて後から付けられた見たいっス。支柱も新しいっスね。」


サーマルが簡易的な雨よけの柱を指さした。

その雨よけは、屋根の代わりとして風雨を防ぐだけでなく、雨水を効率的に集めるために設置されたもののようだ。この雨水であの亀形ゴーレムは薬草を育てているのだろう。


「この船の帆はグロッソ駅の魚船のもんだな。ここに銘柄が乗ってる。」


「ここ、キングスフォールから半日はかかる森の中の砦よ?海側のグロッソ駅までって、蛮族が街まで入り込んでいたってことになるじゃない。」


(その通りです。)


「ここは、こんなもんか。じゃあさっさと1階に.....マジかよ。」」


うげっ.....と顔をしかめるペプシの視線の先、4人が空けた扉のすぐ横に、またもや人形があったのだ。入ってくるときに、足元にあったか?見逃していただけか?ペプシは何やら背筋がゾッとする。


(あの人形ってカイのよね?同じ人形をこんなに持ってたかしら。それか人形があるいて私たちを追いかけて───あっ、まさか)


プリマは、この人形を操りカイがこっちの行動を見聞きしていたことを今更ながら気が付いた。そして、瞬時にカイと冒険者3人にどうにか言い訳を出来ないか考える。


(そうだ! この人形気に入ったとか言って回収して、小声でカイに助けを求めればいいんだ!!!)


「あ、あ~、みなさん、この人形なんですけど~.....」


「『魔動制御球マギスフィア起動 マナサーチ。』──えぇ、そういうことね。大丈夫、理解したわ。」


「え?何をですか?」


「サーマルッ!!」


「応ッ!!!」


二人は阿吽の呼吸で武器を構え攻撃した。

サーマルは即座に弓を構えた。鋭い音を立てて矢が放たれ、先ほどカラスは空中で羽を広げ、光となり消え去った。

レベッカは迷いなく斧を振り下ろし、人形を一撃で叩き割った。破片が床に散らばり、不気味な気配が消える。


(何でえええええええええええええええええええ!?!?!?)


「マナサーチでこの人形には魔法が掛けられているのが分かったわ。プリマさんは先に気が付いてたみたいだけど。」


「こっちもカラスの動きが奇妙だったっスから射りましたが、やっぱりファミリアだったっスね。普通、鳥は驚いて逃げたらまず距離をとるのに、一度旋回してたっスから。」


「ふぁみりあ?家族がどうした?」


真言魔術師ソーサラーは使い魔を生み出して、それをファミリアっていうらしいわ。使い魔はある程度以上の実力をもつ真言魔術師ソーサラーでないと使えないって聞いてたけど....。」


「それなりの魔法使いがいるって事か。だが、そこはプリマさんのバニッシュ狂乱で何とかなりそうだな。」


「ランダム性はあるっスが、敵を激高状態にして魔法を封じれるっスからね。」


「じゃあ、1階に戻って地下室を捜しましょう。プリマさん、あなたが私たちの生命線です。」


「ピィィイン.......」

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