15話目 そうして巡り合う

ささやかな宴の翌日、4人は冒険者ギルドで調査依頼を受けた。内容は、突如消えた奈落の魔域シャロウアビスと、その付近ので蛮族の死体が多数確認される原因解明だ。なんでも、先日オーロラが出現したものの、そのオーロラの先に奈落の魔域シャロウアビスの反応が見当たらないのだという。


北の空にオーロラが浮かび上がり、其処からオーロラが空を走って行き、奈落の魔域シャロウアビスを示すとされ、導きの星神"ハルーラ"の啓示だと言われている。


だが、オーロラの目撃情報は多々あり、奈落の魔域シャロウアビスが無いということは、未だ未発見か、何者かに攻略されたかのどちらかだろう。そして、その付近の線路には最近蛮族の死体が確認されているのだという。まだ、ギルドまで情報が上がって来てない通りすがりの冒険者ならいいが、強力な蛮族の誕生の不安もある為、その調査だ。



「しっかし......ないわねぇ、奈落の魔域シャロウアビス。」


「地下に埋まってたという過去の事例はギルドで聞いたが、オーロラの啓示がないと探すのは不可能に近ぇだろぉなぁ。」


「まぁ、この依頼の主目的は森の調査っスしね。とりあえず、広くマッピングしてみるっスよ。」


「はぁ、はぁ.....ちゅ、つらいぃ.....足が痛いですぅ~.....。」


「大丈夫ですかいプリマ様!ささ、俺の背でよければ何時でもどうぞ!!!!」


「あんたが担いだら戦闘どうすんのよ、このアホチンタン。でもまぁ、そろそろ休憩しましょうか。」


「荷物は、ライダーギルドから借りたこのロバに全部置いて、プリマさんは次はこの杖でも使って下さいっス。」


「あり、がとう。そうさせて、貰いますぅ。」


「そのまま横になっちゃダメよプリマさん。体温を奪われるから。」


前回の依頼で、プリマの体力の無さは全員が知ってたので、予めロバを借り、荷物を持たせることで体力の温存を図っていたのだ。ただ、そんな対策も虚しくなるほど体力の無かった歩きなれて無いだけなのだ。元々野山を駆け巡り育ったレベッカとサーマルは、森を歩きなれているのでスイスイ進んでしまい、結果プリマはお荷物となった。



「しっかしよぉ、この鉄道の線路に近づくにつれ、罠が増えてねぇか?。」


「トリップ・ワイヤーやらの基礎的な罠ばかりだし、あまり手入れをしてないのか発見は簡単だけどね。」


「丁度、ペプシさんも斥候スカウトに興味があると昨日言ってたっスよね?練習には持って来いかもしれないっスよ。」


「こんな慎重に歩けば俺でも見つかる罠がか?」


「それは罠の更新をしてないからよ。長い間しならせて木が弾力を失ってたり、葉が落ちて蔓が見えたりしてるからね。きっと、仕掛けたっきり見周りには来てないんじゃない?」


「ただ、転んだ先に杭が撃ち込まれたり、丸太が上に仕掛けられたりと結構考えられているんで、罠を知るって面では勉強になるっスね。」


「罠の高さが妖魔とかの小型蛮族の身長に合わせて作られてるし、冒険者の誰かが設置してそのままにしたってところかしら。」


「あぁ、なるほど。転ばせるトラップは、確かに転んだら杭がちょうど頭の辺りか。首吊りワイヤーの位置もだいぶ低かったしな。」


「そゆこと。ただ、気がかりなのがあの蛮族の死体よね。」


「土の色がおかしくて掘り起こしたあれか。それなりの数があったしな。」


「問題は、その死体、剥ぎ取りが行われていた点っスよ。獣じゃないって事っス。」


「んじゃぁ、やっぱ冒険者ってことじゃねぇのか?」


「それが一番濃厚なんスが.....どうも違和感があるんスよね。言語化は出来ないっスけど。」


「まだ情報が足りないわね。さ、プリマさん行きますよ?......寝てる。」


「どんだけ疲れてたんスかね.....。」


「寝顔もお美しい!!!」


そんなことを10分ほど語りつつ、一行はマッピングを開始した。

プリマを励ましつつ、足を進めると、突然サーマルが【止まれ】と合図した。

ペプシが疑念の目を向けると、その先の崖には少し開けた箇所があった。その崖の側溝にくぼみがあり、妖魔の群れが休んでいたのだ。


「この距離で見つけられたのは幸運っスね。しっかし、どうすべきか。」


「ロバはここに置いておくとして....奇襲出来れば好ましいわね。」


「だが、グレムリンとゴブリンが見張りをしてるな。」


グレムリンは、獣毛に覆われた幼児の様な身体に、蝙蝠の様な羽をもつ魔物。

ゴブリンは粗暴で愚かな上に怠惰なことで知られており、一度戦闘をしたというのもあり、2体同時に襲いかかられてもまず勝てるだろう。


「ゴブリンだけならいくつか案がありますが、グレムリンですとちょっと厄介ですね。翼と魔法がありますし。」


プリマは難しい表情を浮かべた。この4人にとってゴブリンやグレムリンはまず勝てる。だが、相手は見張りであり、大声や逃げ出されると残りの数も分からない奥の敵奇襲が難しくなる。ある程度隠密して近づいたとして、そこから見張りのいる場所までは駆け足二十歩ほど。身軽なペプシや弓使いのサーマルなら問題なく攻撃は出来るが、どちらも一手で倒し切らねばならず、少々火力が心もとない。では、レベッカはというと.....


「何考えてるか分かるわよプリマさん。四肢の短い私ドワーフじゃゴブリンも厳しいし。」


でもね、といいレベッカは得意げな顔で腰に下げてた獲物を取り出す。

3人はそれを見ると納得した表情になり、全員同時にうなづいた。

そして、ロバを近くの太枝に繋ぎ、姿が隠れるギリギリまで近づき、全員が頷くと、ペプシは木陰から駆け出した。


見張りの妖魔は、身を隠していたペプシにまるで気が付いていなかった為、反応が遅れる。ペプシはあっという間にゴブリンとの間合いを詰め、連続攻撃を叩き込む態勢に入る。しかし、そんなペプシの半分以下の走力しかないレベッカは、ペプシが攻撃に移ろうとした瞬間でも十歩ほど離れた場所にいた。

サーマルとプリマは身を隠した場所で、弓を引き、神への祈りを唱える。

不意打ちと気が付いたグレムリンは当然の如くゴブリンを見捨て、翼で羽ばたき内部へ逃げようとする。


そんなグレムリンの背に真っすぐ突き刺さるものがあった。

それはまだ、十歩も離れた箇所を駆けていたレベッカの手から放たれた手斧ハンドアックスだったのだ。激痛に顔を歪ませつつ内部へ助けを求めようとグレムリンは口を開けるが、出てきたのは首を貫通した矢じりのみであった。


同時にペプシも、ゴブリンへ連続攻撃を三度叩き込み、プリマの聖弾フォースによってとどめを刺した。


「足が遅くとも、投げられる武器エモノがあれば、いくらかってね。お父さんの受け売りよ。」


グレムリンから手斧ハンドアックスを引き抜きつつ、レベッカが得意げな顔でそう言った。前回の戦いでは両手斧グレートアックスを振っていたが、投擲したり狭い空間での戦闘に備え手斧を購入したそうだ。

その用意周到さに全員が感心しつつ、奥へと向かっていった。


奥には、ゴブリンにフッド、そしてボルグがいたものの、その上位種を屠った4人は、大きな苦戦も無く、無事勝利を収めることが出来た。



奥の敵をすべて討伐し、一息ついた4人は剥ぎ取りを行いつつ探索を始めた。 サーマルが眉を顰め、くぼんだ地面を観察しながらつぶやく。その方向には、鋭利な道具で掘削されたような傷が、崖内壁や床に見受けられた。


「誰かが、ここを掘削して整地した....?でも、何のために......?」


「おい、サーマル。壁に薄紅色の変な液体があったぜ。何か果実や卵を肉と一緒にかき混ぜたみてぇな変な臭いで、触ったが粘り気があったぜぇ。」


「ん~、何だが無性に気になる香りですねぇ。こう、いい香りとかではなく本能に訴えられる香りというか。」


「えぇ?アタシは全然そんな気にならないけど.....ペプシと同じで変な臭いだねって感じるだけだわ。」


「妖魔のこの匂いが気になったって事っスかね?では、これは蛮族に仕掛けた罠?」


「一応少し採取はしておきましょ。ギルドに報告すればきっと何かわかるでしょうし。」








そうして日が傾き始め、森のマッピングもほぼ終わったころ、一行は森の終わりで思わぬ光景に遭遇した。 薄暗がりの中、線路の辺りに建つ見張り塔が、夕陽に赤く染まりながらぼんやりと明かりを灯している。 この場所は、もう廃棄される久しいはずの施設だそれにもかかわらず、今は人の気配すら感じさせる。


「ここ、廃墟のはずっスよね。なのに、人のいる気配がするっス。蛮族か野盗が住み着いているのかもしれないッス。」


「アイヤ~、ココハ誰も居ないと思うデスー。サ、早くギルドに帰リマショー!!」


「え?マジっすか。入らずとも人がいるかわかる神聖魔法でもあるってわけか。」


「ど、どうしたのプリマさん!?明らかに動揺した顔してるけど!?」


「なんか昨日もこんな顔見た気がするっスねぇ。」


(私の馬鹿ぁああああああ!?ここ、皆の拠点じゃん!?なれない山道を歩くのに必死で全然周り見て無かったぁあああ!!!???)


「実は私もう疲れちゃってぇ... 全然動けなくてェ......。」


「突然のイヤイヤ期でも来ました?」


「ダダのコネ方が幼児ッスよ?」


「大丈夫ですかいプリマ様!ささ、俺の背でよければ何時でもどうぞ!!!!」


「あんたは黙ってなさいこのアホチンタンタワケが!!」


そんなやりとりをしていると、窓の付近に人型の影が浮かび上がった。人の様な体型で人の様な大きさだが、その影は人間とは決定的に違う箇所があった。


頭が奇妙だった。まるで無数の蛇が絡みつき、這い回っているかのように蠢っているのだ。影が微かに動くたびに、蛇のような形のものも揺れ、かすかな音を立てているような気がした。不気味な影が静かに窓辺から離れ、闇の中から消えるまで、誰もその場を動けなかった。


「メドゥーサっスね。あの髪....まず間違いないわな。」


「ってことは、手下に妖魔を従えてる可能性は高いわね。砦の大きさ的にもそこまで大規模では無いはずだけど.....。」


「罠だってこの辺りは不自然なほど少なかったなぁ。この砦のめどぅーさ?の仕業かもしれねぇ。証拠を掴めば依頼成功だぜ!」


「ピイィィ........」


「確かにそうっスけど、今日は引くのがベターと思うっス。もうすぐ日も暮れますし、そうすれば俺とプリマさんは闇を見通せないッス。」


「内部構造も分からないわけだし....面倒だけど一度ギルドに中間報告でもいいかしら。」


「だが、そうすれば依頼金も貰えない可能性もあるし、元が取れないかもしれねぇんだぜ?」


「ギルドに行けばこの見張り砦の構造図も手に入るかもしれないわ。」


「流石に慎重過ぎないか?俺らはボルグヘビーアームも倒したんだぜ?」


「それは罠や奇襲をしたからっスよ。正面からだと今なら倒せるでしょうが、もし奇襲をされたら勝てないと思うっス。」


「う~~ん、まぁ、そこまで言うなら............ん?あれは......」


「どうしたのよ、ペプシ......な、子供!?」


暗視を持っているレベッカは、見張り砦の入り口に向かう人影をみた。すぐさまペプシも頭部をハイエナの顔に変貌させ、人影を目で追う。

そこには、灰色の肌でフードを被った魔物が金髪の少女を担いで砦に入ろうとしていた光景だ。その少女は怪我でもしているのだろうか、ボロボロの服が赤黒く染まり目を閉じたままぐったりしていた。砦に近ずくにつれ、砦の明かりで暗視の無い二人もその姿をとらえることが出来た。


「あれは.....リベリスちゃん!?」

(あぁ!?そう言えば昨日の夜帰るって言ってたわ!?もうとっくに砦には着いていると思ってたのに!!!)


「うわ.....マジっすか。確かに服は違えど、首元の金属部を確認出来ました。」


「何であのガk....子供がここに!?あのフッドに誘拐されたか?」


「服は血だらけだけど、呼吸は安定しているっぽいわ。今は、大きな怪我はなさそうだけど、フッドが担いでいるのよね.....まずいわね。」


「あぁ、いつ奴らの気まぐれで殺さるかわかったもんじゃないな。」


「やべぇじゃねぇか!? プリマ様、どうします!?フッドくらいなら俺らなら行けやすよ!」


「これは、ギルドに戻るとか悠長な事は言ってられないわね。」


「少しでも日があるうちに助けてここから離れる....これしか無いっスね。」


「プリマさん、ここはあの砦の中に突撃しましょう。幸いあの砦の中は明かりがあるようです。暗闇で追いかけられるより明るい箇所で仕留めましょう。」


「暗闇で追われると暗視の無い俺は使えなくなるっスからね。レベッカの意見に賛成だ。」


「プリマ様預かりの子供の命が掛かってんだ。俺ら4人なら妖魔くらいならどうにかなるはずだ。なに、やばけりゃ逃げればいい。」


引き返す気など毛頭ない3人に、プリマはか細い悲鳴を上げる事しかできないのであった。こうして、プリマは砦へと帰宅した。武器を持った冒険者と共に。

人族と蛮族の両方の顔を持つゆえの悲劇といえよう。プリマは、その様な意図はないのに人属側として仲間のねぐらを襲う。




ダブルクロス、それは裏切りを意味する言葉なのだ。

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