14話目 ささやかな宴

その後、夕刻が迫る中、一行は一度解散し、それぞれ宿へと戻ることにした。


プリマが宿の一室に入ると、そこにはインテゲルとリベリスが既に戻っていた。二人とも小綺麗な服に身を包んでおり、インテゲルは武器の手入れを、リベリスは買ってもらった服や小物をベッドに広げ、じっと見つめている。その無表情ながらも、どこか嬉しそうな横顔に気づき、プリマは少し微笑んだ。


「遅かったな、プリマ。」

インテゲルが彼女に目を向けながら言う。


「ごめんなさい。換金に手間取っちゃって…。でも、品物の査定は思ったより良かったですよ。」

プリマは手元の袋を掲げてみせた。その中には換金したゴールドが収まっている。


「そっちはどうだったんですか?小人族グラスランナー用の服なんか着ちゃって。」

彼女が問いかけると、インテゲルは肩をすくめた。


「そっちこそ、高そうな服を着てるじゃないか。こっちは、リベリスに服を買った後、マギテック協会へ入る事には成功した。結構使ってしまったがな。」


「おお、でしたらリベリスの事、何か分かったんじゃないですか?」


「遺跡にあったファイルは、魔動機文明アル・メナス時代末期に活躍した、アーノルド・ヴァイツァー博士という変人が関わっているものらしい。1週間後には解読も終わるそうだ。」


「むぅ、もう週間ですか。どうします?1週間の間潜入し続けます?」


「いや、1時間おきに変装をし続けなければいけない私では1週間の長期滞在は厳しい。明日の早朝にはリベリスとアジト見張り砦に戻るつもりだ。」


「まぁ、しょうがないですね。インテゲルは肌も灰色だし、魔法を使えない小人族グラスランナー魔動制御球マギスフィアを持っている違和感もありますし。」


「ただ、戻るにしても一つ問題があってな......。金を使い過ぎた。予算の倍は使ったな。」


「え?私もグランドターミナル駅で買い物したのでお金ないですよ!?」

プリマは腰に下げた小さなポーチを指差す。中には購入したマジックアイテムやお土産が収まっていた。実は、量産品で買えば安く済ませられたのだが、その近くの冒険者ギルド夢の旅路亭に関わりたくない一心で一点物のアイテムや装飾品がきらびやかな物など高めの品物を買う羽目になっていたのだ。


その様子にインテゲルは小さく笑った。

「出費の多さで文句を言われるのは間違いないな。アジト見張り砦の奴らにどう言い訳したものか。」


その言葉に、プリマの表情が曇った。彼女は視線を外しながら、ぼそりと呟く。

「少し前の羊牧場の防衛で多少冒険者ギルドからはお金を受取っていますが、明かに赤字ですぅ。」


「あぁ、フッドを殺したという......。では、もう一度冒険者ギルドで呪歌で傀儡とした冒険者と冒険に出るというのはどうだ?金も出るし情報も手に入る。お得だ。」


「い、嫌ですよ!?そりゃ一緒に冒険した人達は好ましい人物ですけど、私たち冒険者たちとは敵対する立場ですよ。」


ストレスで死んじゃうぅうとお腹を抑えながらプリマは反論する。

ただでさえ、今日は死地買い物から帰って来たばかりだというのに、これ以上の命の危機は勘弁だった。


「そうか......ふむ。まあ、そんなに嫌なら無理にとは言わないが。」


インテゲルは軽い調子で言いながら魔動制御球マギスフィア起動し、銀色の球体をマナカメラにした。


「───話題は変わるが今日リベリスと服を買いに行った時の写真があるのだが、見るか?」


「見ます!!!」


プリマは反射的に叫び、その場にぐっと身を乗り出す。インテゲルが口元に笑みを浮かべながら、マナカメラを彼女に手渡した。

写真には、さまざまな服を着たリベリスの姿が写っていた。フリルやレースがたくさんついたロリータファッション、赤いポンポンがついたニット帽にシンプルなセーター姿、さらには小さなリボン付きのカジュアルなワンピースなど、どれも無表情ながらも不思議とその雰囲気に馴染んでいる。


「……これ、かわいい……。」


プリマは息を呑み、写真をじっと見つめる。その様子を見て、インテゲルは満足げに頷いた。わざわざ、教授とやらに渡したものとは別の魔動制御球マギスフィアで写真を撮った甲斐があるってものだ。


「だが、残念ながらリべリスの成長は不自然なほど早い。そうすると、また服がいる。」


「だ、だからといって私はもう冒険には出ませんよ。」


「リベリス、お前も色々な服を着たり食べ物を食べたりしたいよな?」


「服!しあわせ!」


リベリスは小さな手ぎゅっと握り、どこか輝くような声を上げた。 その言葉は、プリマの心を揺さぶるには十分すぎる威力だった。


「こ、こう言っているが?」


「り、リベリスを味方にするのは卑怯ですよ……!!」


「でも、プリマが、いやならいい。」


リベリスが小さく首をかしげながら、言葉を紡ぐ。その控えめな声に、プリマの表情が一瞬で乱れた。


「そんなわけないじゃないですか~~!」


プリマはその場にぐしゃっと崩れるようにして手に取り、勢い良く言い放った。

幸せをかき集めたような顔でリべリスを抱きしめている。


(......ちょろいな)


「では、プリマ。2人で夕食でも食べに行ってこい。私は武器の手入れと荷造りをしているんでな。」


「分かりました!ではリベリス、行きましょう!幸せタイムです!」


「しあわせ!」


プリマは、嬉しくて宙に浮いている気分の様な.....いや、実際に浮いているのだが、そんな気分でリべリスと共に街に向かうのだった。











夜の帳が降りたグランドターミナル駅周辺は、昼とは別の活気に包まれていた。高くそびえる城のような駅舎から伸びる大通りには、魔動機の街灯が等間隔に並び、道や建物を仄かに青く照らし、月の光と交錯して明るさにいくつもの濃淡がある。

観光客向けの食事処が立ち並び、店先の看板が鮮やかな光で照らされている。道を行き交う人々のざわめきや、路上パフォーマンスの音楽が混ざり合い、賑やかな夜の雰囲気を作り上げていた。


「観光地らしく、本当にすごい場所ですね。日が落ちても街がこんなに明るいなんて。」


プリマは目を輝かせながら辺りを見回した。

街の窓という窓から、人々が楽しそうに食事や飲み会を行っている人たちの灯影がこぼれ出している。

キングスフォールの東の入口たるグランドターミナル駅区であるからか、宿も多く食事処も豊富だ。特に飲み屋が多く、酒を含んだ人間と、しらふの者が、半分半分ほどの割合で周囲を歩いている。それがこの酔狂なさざめきとなっているのだろう。


「リベリスちゃん、何か食べたいものある?」


「あさの、あまいしあわせなのがたべたい、です。」


「ん~、それはデザートですねぇ.....ん?」


街中なので、交易共通語で話していたが、会話が出来てる......?


「あれ?リベリスちゃんいつの間に交易共通語を覚えたんですか!?」


「ここで、たくさんのひとを、みたので。」


少女は少し誇らしげに答え、プリマはますますこの少女の正体が分からなくなる。

が、まぁいいっかと気持ちを切り替え、食事処を捜す。

そういえばケバブが流行だと朝のパン屋で見た気がする。

味付けした細切れ肉を重ねて塊にし、回転させながら焼いて火が通った表面から少しずつ削ぎ取って供するドネルケバブというものらしい。

そうして、グランドターミナル駅区をうろうろと歩くと、見えない磁力に引き寄せられるかのように知った顔と会うわけで.....


「プリマさん!!」


振り返ると、ラフな格好のレベッカがこちらに歩み寄ってくるところだった。その後ろには顔の腫れが引き、人の顔の形になったペプシと一緒に買い物をした時のファーコートに身を包んでいるサーマルが続く。

男二人は、顎が落ち、瞬きすら忘れた眼で、リベリスの顔を眺めている。


「皆さん揃ってどうしたんです?確か、今日は解散とギルドで言ってましたよね。」


「アタシ達がギルドに紹介された宿屋がこの辺りで、ちょうど夕飯を食べようって話になったんです。で、もしかしたらプリマさんとも食べれるかなーって!」


レベッカは明るい笑みを浮かべ、腰に手を当てながら活発な様子で言った。

種族的に背が低く幼く見えることもあり、何だか妹の様に懐いてくれている気がする。


「それなら一緒にどう?」

プリマが提案すると、レベッカはにっと笑いながら嬉しそうに頷く。


「やった!サーマルと買い物してたって聞いて羨ましかったんですよ!

......ところで、そのルーンフォークの少女は?」


「この子はリベリス。うぅん.....なんといえばいいか.....ひょんなことから仲間と育てる事となった子供というのが正しいのでしょうか。」


「ルーンフォークの少女って初めて会いました。

こんばんわ、アタシはレベッカ=バルテレス。レベッカって呼んでね!」


少し膝を曲げ、リベリスと目を合わせながら白い歯が見える明るい笑顔で自己紹介をした。悪意のない顔に、いままで癖の強い人たちチンピラや教授としか会っていなくプリマの後ろに隠れていたリべリスもおずおずと前に出てくる。


「りべりす、です。よろしくおねがいします。」


「うん!よろしくね。」


自己紹介はしたものの、恥ずかしいからか別の感情か、リべリスはプリマの裾をギュッと握って後ろに隠れてしまった。


「恥ずかしがり屋なんスかね?」


「うぅ~ん、そんな様子は今まで無かったんですけど。昼間に出会ったマギテック協会の教授の癖が強い人だったらしくて、それで警戒してるみたい。」


「なるほど......ね、リべリスちゃんは何を食べたい?」


「とーすとと、おにくがいいです。」


「トーストは流石にこの時間は厳しそうっスね。パンと肉っていうなら、最近流行っていると噂のケバブなんてどうッスか?」


「ケバブ!いいですね、気になってたんです!出来ればそのあと甘いデザートが食べれる場所が好ましいです。」


「っていうと、ガグホーゲン&ホルン駅区での屋台を巡るのはどうでしょう?ケバブが流行ったのもあの区からって言いますし、何かデザートの屋台もあるでしょうし。」


「ガグホーゲン&ホルン駅区はペプシの地元っスね。ペプシさん、案内とかお願いできます?......ペプシさん?」


ペプシはまるで石化の呪いをくらったかのように固まり、動かない。


「ペプシ?ねぇ、ペプシ?」


レベッカが声をかけると、ようやく周りのざわめきに埋もれてしまうような、か細い声で零す。


「プリマさんは、人妻......?いや、そりゃそうかこんな素敵な女性男の影がなきゃおかしいってもんだし聖母の様な優しさも母のごとし優しさとなれば納得は出来るし出来る訳ねぇだろ誰だ夫は何でプリマさんをスラムの危ない場所に一人で行かせた服だって最初はボロボロだっただろうがあの神官プリースト贅沢はしないにしても可笑しいだろうし........」


と、壊れた魔動機具の様にブツブツと話し始めた。

目線や表情が一切動かないのでより不気味である。


「これ、リベリスちゃんがルーンフォークなの気が付いてないわね。」


「それどころか、と育ててるっていうのも聞いてないっスね。」


鎮静サニティでもかけた方がいいんですかね?」


「申し訳ないけど、お願いするっス。」


こんなことがありつつ、一行はグランドターミナル駅周辺を後にし、ペプシの案内でガグホーゲン&ホルン駅区へ向かうことになった。












「おお!ここが飲食店街 "香辛料と油の道" ね!!」


ガグホーゲン&ホルン駅区は、観光地であるグランドターミナル駅周辺とは異なり、飲み屋街の賑やか雰囲気を醸し出していた。石畳の道が続き、古い建物が軒を連ねている。そして今回やって来たのは、“香辛料と油の道”と呼ばれる街道だった。


駅から内円部と外円部へと続くこの街道沿いには、多数の飲食店が立ち並び、スパイスや油の香りがあたり一面に漂っている。道沿いには屋台も所狭しと並び、それぞれの屋台から異なる料理の匂いが立ち上る。通りは一本筋を変えるだけで異なる匂いとなる不思議な場所だ。いずれも、高級店とは言いづらい、いわば大衆グルメ店ではあるが、だからこそここでしか食べられないような創作料理も多くあるらしい。



「この爺ィが焼く肉は、他と一線を画していやす。ここの店ならケバブとやらの味も保証出来ますぜ。」


ペプシが指差したのは、特に人だかりができている大き目の屋台だった。鉄串に刺さった肉がじっくりと炙られており、その香ばしい香りが一行の食欲を刺激する。



「他の屋台に比べて、肉が回っているからか注目されているわね。」


屋台の店主は年老いたドワーフの爺ィだ。その体格はずんぐりとしているが、筋肉がぎっしり詰まった腕は力強さを物語っている。短く整えられた白髪交じりの髭は、飲食店の店主らしく清潔感が漂っている。鋭い目つきと深い皺が刻まれた顔は、長年にわたり火の前に立ち続けてきた証だ。丈夫な革のエプロンを着けた姿はまさに熟練職人そのものだ。


彼の手つきは無駄がなく、野菜を切り分ける動作一つ一つが洗練されている。野菜と肉を生地に入れる手つきは驚くほど器用で、そう言った作業音すら心地よいリズムを刻んでいる。その動きには、長年の経験に裏打ちされた確かな自信があった。


「店の移り変わりが激しいこの街道で昔からここでやってる名物親父なんです。子どもの頃、よく端っこの焦げた肉や余り物とかいって格安で売ってくれたもんで。」


まぁ、余りってのは嘘だったんだろうけどな、とペプシが懐かしそうに語る。

その様子にプリマが笑顔を浮かべながら屋台を見つめる。


「いい匂いね。期待しちゃうわ。」


「それはもう間違いないですぜ!新し物好きの爺ィならケバブにも手を出してると思ってましたぜ。」


「いいわね~。こういうのは地元の人間が知ってる店に限るわ。」


「しかし、店員はコボルトなんスね。や、他意はないっスけど。」


店員は壮年のコボルドで、器用な手つきで肉を切り分け、香辛料を振りかけている。

コボルドは身長1.2mほどの直立した犬の姿の妖魔であり、その力は弱く、蛮族の中では最底辺として扱われ、使い潰されるのが常の存在である。そうした存在が街へと逃げ込み、その器用な指先や忠誠心の高い習性から、彼らを利用する食堂も多く見かける。


「コボルドは蛮族社会の劣悪な環境で、どうにか食べれる食事を提供出来る様に香辛料を使った料理が上手くなりやすくなるってインテゲルさんが言ってましたね。」


「へぇ~そうなんだ。プリマさんは色んな知識を仕入れているのね。アタシも見習わなくっちゃ。」


「昔は弟子なんか取らんと言っていたのに、変わったなぁ。」


「人は変るものッスよ。良くも悪くもっスけど。だからペプシも変われるっスよ。」


「......おう。」



こうして彼らは屋台の前に並び、顔馴染みのペプシがケバブを注文した。


「爺ィ、ケバブ5つな。肉をたっぷり入れてくれ。」


「ほう?誰か思うたら路地裏のがんぼうじゃねぇか。どうした、仲間を連れてきて。冒険者になれたんか。」


「あぁ、ついこの間な。冒険者にやっと成れたわ。」


「ほうか。ぶちええ顔になりやがって。ほれ、ケバブ5つ毎度あり。ありがとの。」


「ああ。」


ペプシは紙袋を受け取り、適当に腰を掛けれるテーブルで食事を取る事にした。

大き目の円テーブルに全員分の椅子を集めペプシが紙袋を開けると、ケバブと一緒に見慣れた串焼きが数本入っていることに気づいた。


「あ?これって……」


ペプシが串焼きを手に取り、懐かしそうに眺める。


「あれ?間違って入れられたのかしら。みんなは先食べてて、私は店に返してくるわ。」


「いや......そうじゃねぇ。これはおまけだ。」


「ん?わかるんスか?」


「……ああ、昔を思い出すな。肉の端切れをミンチにして串に巻いたやつでな。1Gガメルで5本も貰えんだ。あの頃はよくこれで腹を満たしてたっけ。」


「ってことは、またお礼しに食べに行かなきゃですね。」


「あぁ.......そうですね。」


ペプシは微かに笑いながら串焼きを一口かじった。


「どう?味は変わってる?」レベッカが尋ねる。


「いや、変わらねぇよ。相変わらず旨い。」


ペプシのその言葉に、一同の間に暖かい空気が流れた。

そして、ケバブを各々の手に取り、食べ始める。

お肉がかなり詰まっているからか、見た目以上に重みがある。

香ばしい肉とスパイス、そして新鮮な野菜がたっぷり詰まった一品は、どれも絶品だった。


「これは本当においしい!」プリマが感嘆の声を上げる。

「シャキシャキの野菜が良い触感を出してますね。そのあと酸味のある爽やかなソースが口の中に広がりますぅ。」


レベッカは満足げに頷きつつ、「これだから都会って最高よね!!」と微笑み、

「村ではまず食えないからな。」とペプシも同調する。


「あぁ、うめぇな。うまいぜ。本当にな。」



「おいしい!しあわせ!!」リベリスも夢中になって食べながら叫ぶ。

ただ、ケバブは食べにくいのかボロボロと机と服に落ちている。

レベッカがハンカチを首周りに着けてなければ大惨事だっただろう。

レベッカとプリマが交互に口元を拭きながら食事の手助けを行ってる。


ペプシもその様子を見て静かに口角を上げる。食事を楽しむ一行の姿は、間違えなく仲間のような温かさがあった。

こうして、初めての冒険の宴は、思いがけず懐かしい味とともに幕を開けた。

この後、レベッカとサーマルの初めての飲酒やそれをねだるリベリスが居たりしたが...それはまた、別の話。


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