Anniversaire

 有名なコピペで、マンションの屋上から望遠鏡で街を覗いていたら、坂の上からなんか変な奴がこっちにバーッて走ってきて…ってやつ、あるじゃないですか?

 あれ読むと必ず思い出す話があって。いや、あんな怖い目には遭ってないんですけど…。


 …中学生の頃、双眼鏡で窓の外を見るのが寝る前の習慣だったんです。

 私の実家、マンションの結構高めの階の部屋で。だから、子供部屋として与えられてた部屋の窓からけっこう良い景色が見えてたんですよね。

 持っていた双眼鏡っていうのが、野鳥の観察を趣味にしている叔父さんからのお下がりで。小学六年生ぐらいのときに叔父さんの家に遊びに行ったら、「新しい双眼鏡買ったから、なんか遊びにでも使う?」ってくれたんです。野鳥観察に使うような双眼鏡だから、倍率も結構高いし像もくっきり見えたんですよ。

 それで家に帰って、窓の外を見てみたらすごく面白くて。普段は小さくてよく見えない、道を歩いている通行人とか他人の家を大きく見ることができる、というのが子供心にすごい新鮮で。

 で、何回か双眼鏡を覗く遊びを繰り返しているうちに、夜の方が面白いな、ってなったんです。けっこう窓にカーテン付けてない家とかあって、そういう家に住んでる人が何やってるか見えたり、あと通行人も酔っぱらってるサラリーマンとかがいたり。そういう人の生活をのぞき見するのが…いま思うとちょっと背徳感もあって、すごい楽しかったですね。

 だから、自然と寝る前に窓の外を双眼鏡で見てから寝る、っていうのが習慣になって。


 なんだかんだでそういう生活を…二、三年続けてたのかな。この体験をしたのが確か中学二年の時だから、少なくとも三年ぐらいは寝る前に双眼鏡を覗く生活を続けていたことになりますよね。


 その日も双眼鏡を覗いていたんです。千鳥足で歩いてるサラリーマンとか、自動販売機で飲み物を買おうとしている人とか、どこかのマンションの窓とかをぼんやりと眺めてて。

 それでなんとなく視点を動かしたときに、なんか小さい、明るいものが一瞬視界に入って。なんだろう?って思ったんですよ。

 で、そっちに双眼鏡を動かしたら。


 一軒家の庭だったんですけれど。

 そこで家族が誕生日パーティをやってるんです。

 ケーキに立てられた蝋燭の灯りに照らされて、家族っぽい人たちが座っているのが見えて。

 あと、その家の近くに電柱が立ってて、その電柱に付いている街灯に庭がうっすら照らされてたんで、庭の全体像がなんとなく見えました。

 キャンプで使うような屋外用のテーブルがあって、簡素な椅子が置かれていて、机の上の誕生日ケーキの周りには紙皿が置いてあって…小さなオードブルもあったかな。


 え?ってなって思わず双眼鏡から顔を離して部屋の時計を確認したら、もう二十三時に近い時間だったんです。流石にそんな時間に外で誕生日パーティをやるか?ってなって。それでも、まあそういうこともあるかな、と思ってもう一回双眼鏡を覗いたんですけど。

 …やっぱおかしいんですよ。まず、ケーキの前に子供が座ってるんですけど、その子供がどう見ても小学生に進級しているかしていないかぐらいの女の子なんです。その日は確か週の真ん中ぐらいで、翌日も普通に学校とか会社とかがあるはずで。そんな日に子供をわざわざ夜更かしさせるかな?って思って。

 しかも、その家族がケーキを見つめたまま微動だにしないんです。

 普通、誕生日パーティって何かを食べたり楽しそうに話したりしているじゃないですか。そういうものが全く無くて、座ったまま無表情で、ただひたすらケーキをじーっと見ていて。


 え、なんか気持ち悪いかも、と思いながら見てたら。

 座っているのはたぶん三人家族で、私から見て正面にあたる場所に女の子が座ってて、その両脇にお父さんとお母さんが座ってて、って感じだったんですけど。

 女の子が座っている席の対角線上にもう一つ、誰も座っていない椅子が置かれていたんです。

 それ見た瞬間に、何の理由もないんですけど「あ、これめちゃくちゃ怖いな」ってなって…すぐ双眼鏡覗くのをやめて、カーテン閉めて、さっさと寝たんです。


 まあ、そのときはそれだけで終わりで。

 窓叩かれたりとか変な声が聞こえたりとか、金縛り…みたいな怪談めいたことも一切なかったんですけど。


 …ただ、どうしても気になったんで、あの時見えた周りの風景から推測して、双眼鏡で覗いていた家に行ってみたんです。数日後の学校の帰りに、ちょっと寄り道して。

 そこ、廃墟だったんですよね。一軒家の。

 もう人が住まなくなって何年経っているのかもわからないぐらいボロボロの廃屋が、そこに建ってて。最初は間違えたのかな?とも思ったんですけど、電柱と庭の位置関係とか、生け垣の感じとか、どう見てもそこで間違いないんですよ。

 脇に回り込んで庭を覗き込んでみたんですけれど、あんなふうに机を用意してパーティをやって、っていうことを、…無理すれば出来るかもしれないけど、普通だったらやろうとは思わないよな、ってぐらい雑草がぼうぼうに伸びきっていて。


 それ以来、双眼鏡を覗くことがすごい苦手になっちゃって。

 観光地とか景勝地で百円玉を入れて覗くタイプの双眼鏡、あるじゃないですか?ああいうのも一切無理になっちゃったんです。

 …全く根拠はないんだけど、あの家族は今もどこかでああやって誕生日ケーキを囲んでいて、誰も座っていない椅子に誰かが座るのを待っているんじゃないかな、って思うようになっちゃって。

 もし双眼鏡を覗いてどこかにまたあの家族が見えたら嫌だし、もう一回あの家族を見たら、何かすごい良くないことが起こるんじゃないかな、って怖くなっちゃって…双眼鏡で遠くを見る、ってのがダメになっちゃったんですよね。

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