Éprouvette
正直、私はオカルトの類を全く信じていないんです。幽霊も絶対いないと思っていますし。まあ…こういう職業に就いているので、当たり前っちゃあ当たり前なんですけど。
あ、でもこの職業って、意外とスピリチュアルとかにコロッとやられる人も多いんですよ。まあその話は別の機会に…。
えっと、本題ですね。
こんな私ですが、人生で一回だけ奇妙な事象に遭遇したことがありまして。友達から高橋さんがそういう話を集めてるって聞いたんで、私の話も聞いてもらおうかな、と。
私がかつて住んでいた家の近所に、二階建てのアパートがあったんです。一階に四部屋、二階に四部屋。間取りは1LDK。
そのアパートのつくりが問題でした。各部屋の玄関のある方角が鬼門、玄関のちょうど反対側にあるベランダが裏鬼門だったんです。
このことは占いやオカルトに入れ込んでいる友達から、酒の席で教えてもらいました。
彼は引っ越しのために物件を漁っていたときに件のアパートの見取り図を見つけて震えあがったそうで。「あのアパートはヤバい、風水的に地雷も良いところだ」と苦い顔をしていたのをよく覚えています。
彼曰く、部屋の間取りは勿論、建てられている土地も何かが良くないようで。…正直あまり興味がない話だったし、変に深掘りすると話が長くなりそうだったので、詳しくは訊かなかったんですけど。
ただ、例のアパートは確かにかなり…不自然というか、唐突に思える場所に建っていたんですよね。あんまり特徴を言うと物件を特定できてしまうかもしれないので、詳細は伏せますが。
私自身は風水を気にしたことは殆ど無いんですが、建築の世界では風水の考え方を取り入れるのはそれなりに当たり前の事でもあるんですよね。
建築士の友人から、彼自身は私と同じくオカルト的なものごとに殆ど関心を持たない人間なのですが、とりわけ個人住宅を設計するときは風水の考え方をかなり重視している、という話を聞いてとても驚いたことがあります。
やはり気にする人はとことん気にするそうで…そういった「気にする」タイプの施工主とのトラブルを避けたい、という現実的な理由もあるようですが。
兎も角そのような話を知っていたんで、このアパートに関しても「設計士か施工主かのどちらかが風水に対してケアレスなんだろうな」というふうに考えていたんですけれども。
通勤時には件のアパートの前を必ず通っていたのですが、その際にアパートの様子を観察してみると、明らかに住人の入れ替わりが激しいことに気付いたんです。
数か月毎に必ずどこか一軒が空き部屋になっていて、そこが埋まったかと思ったら今度は別の部屋が空き部屋になる。そこが埋まったら今度はまた別の部屋が空き部屋になる。そしてそこが埋まったら今度はまた別の部屋が。
結局、私がその土地に住んでいた約七年間、ずっとこの繰り返しでした。
部屋の中に住人が入居しているかどうかについては窓にカーテンがかかっているか、ベランダに洗濯物が干してあるか、あと暗くなってから窓に灯りが点いているかの三点で判別していたのですが、どの時期に見ても、必ず一つ以上の部屋でこの三点が全部揃うんですよ。
明らかに更改前だろう、という間隔で空き部屋が増えることは当たり前で、同時期に空き部屋が複数発生することもままありました。
酷い時には八つある部屋のうち半数の四部屋が空き部屋になっていたこともあります。新築物件でもないのにカーテンも洗濯物もないがらんどうのベランダが何個も並んでいる風景は壮観でしたね。
流石にその状況が気になったので、物件サイトでそのアパートの家賃を調べてみたこともあります。
そしたら例のアパートの家賃が、近辺の同規模の物件より明らかに安かったんです。あまりにもベタな展開に思わず吹き出してしまったのをよく覚えていますよ。
ただ物件説明には告知事項有りの表記はなく、また事故物件をリストアップしたサイトにもそのアパートは登録されていませんでした。単なる資料不足・証言不足の可能性もあるので断言はできませんが、所謂「瑕疵物件」では無い可能性が比較的高いようです。
当然、私はそのアパートには住まなかったので、話はこれで終わりなのですが。
…やはり風水というものはあまり科学的ではない、しかしその一方でより快適な住環境を構築するための考え方ではあると思うんです。一部の東洋医学とかと一緒で、科学的な物事の説明を宗教的な観点を用いて行っている、そういう側面もあるんじゃないかと。
なので、そういう考え方を無視した建物のなかに長時間いると、何かしらの精神的影響を起こし得る…という可能性はあるのかな、とも思っています。
なのでこのアパートの存在を確認して以降、流石に本質を信仰するまではいかないけど、「風水」って意外と馬鹿にならないものなのかもしれないな、と考えるようになりましたね。
ただ…これは本当に何の根拠もない推測…というか、殆ど妄想なのですが。
歳を重ねるにつれて人間の悪意というものの奥行きの深さ、そして不可解さに直面することが幾度もありました。そういった人生経験を積んだ今、もしかしたらあのアパートは「わざとルールを破る形で建てられた」んじゃないかな、と思うことがあります。
例えば、住環境のルールを破った間取りに人を住まわせたらどうなるか、ということについて、科学者のような実験を行って実証を得たい、という野心…この場合は邪心かもしれませんが、とにかくそのような意思を持った人間がいたとします。そいつが、質の悪い土地にわざとルールを破った建物を建てて、入居した住人がどうなるかを観察しているとしたら…なかなかぞっとしない話ですよね。
しかも、間取り図を見た時点で意図に気付いた人間はその物件を避けるから、必然的に入居者は建物に込められた悪意に気付かない人間だけになる。住人は皆、日当たりが悪いけど安いから仕方ないか、程度にしか思わないわけです。
…ええ、勿論これは考え過ぎだとは思います。でも人間なんて何するか分からない生き物ですから、悪意の存在の可能性を否定できないのも事実ではあるな、とも考えていて。
その土地からいま住んでいる家に引越す際には、アパートの異常さに気付いた例のオカルト好きの友人に、引っ越し先の候補として選んだ物件の間取りを全部確認してもらいました。
いくらオカルトを信じていないとはいえ、悪意で建てられたかもしれない家に住むのは流石に嫌だったので。
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◆参考文献
この作品は以下の動画から着想を得て書き上げたものです。
オカルトエンタメ大学「【総集編】住めばもれなく体調不良。史上最凶の呪詛物件を公開(加門七海×響洋平)」 (youtube動画)
更新日:2025年4月2日
URL:https://www.youtube.com/watch?v=36Qlk3FrYp4
閲覧日:2025年4月15日
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