Compréhension
幽霊が出たとかそういう話じゃないんですけど。
肝試しに行ったんですよ、サークルのみんなで。行ったのは”包丁の家”って呼ばれてる心霊スポットなんですけど。
ただ、”包丁の家”の情報って、本当に噂話しかなかったんですよ。どこにあるのかとか、なんでそこが心霊スポットになったのかとか、そういう細かいことが全然わからなくて。
唯一言われてたのが、「家の至るところに包丁が落ちてるらしい」って話で。
仲間内で「そんなヤバそうなところ、本当にあるなら行ってみたいね」ってよく話してたんですけど、まあ、噂だけで存在しないんだろうな…となんとなく思ってたんです。
ところが、サークルで「心霊くん」ってアダ名だったオカルト好きの奴が、「先輩の知り合いの、更に友達って人から”包丁の家”の場所を聞き出した」って言い出したんです。じゃあそこにドライブがてら行ってみようぜ、って話になったんですね。
正直、半信半疑ではあったんですが、そいつはオカルト好きではあったけど、かといって変な嘘付く奴でもないから、一回信じてみるか、ってなって。まあ本当じゃなくてもそれはそれで、っていう。本気で追及してたわけじゃないし。
山奥にある、二階建ての一軒家の廃墟でした。なんでこんなところにポツンと家が建ってんの、みたいな感じで。…あー、ちょうどそんなタイトルの番組やってるじゃないですか、今。あの番組に出てくるような家でしたよ。
家のデザインとか、あと蔦の絡まり具合とかで、これもう何年も人住んでないんだろうな、って一発で分かる感じでしたね。
まあ異様でそれなりに怖い雰囲気ではあったけど、それ以上に「これだけ古いと床が腐ってて踏んだら抜けるんじゃねーのか」ってことが心配でしたね。なんせサークルメンバー五人ぐらいで行ってるんで、それだけの人数が入って耐えられるかどうか、っていう。肝試しだからって理由で陽が落ちてから行ったんで、余計に「怖い怖くない以前にここは危険なんじゃないか」ってことの方が気になってました。
懐中電灯付けて中に入ったら、外見よりは朽ちてなくて。
それで安心したのは良いんですけど…全然包丁が落ちてなかったんですね。いやどこにも包丁なんてねえじゃねえか、本当にここなのかよ、って話になって。
そしたら例の心霊くんも「うわあ、これガセ掴まされたかなあ」ってしょんぼりしてたんです。ものすごい落ち込んでたんで、これ、こいつを責めるのも酷だな、って雰囲気になりはじめた。
だから「まあ、けっこう物も残ってて雰囲気あるから、ここが”包丁の家”かどうかは別として色々探索してみようぜ」って話をして、みんなで一通り見て回ったんですよ。何年も前のカレンダーとか、ボロボロの家族写真とか、そういう割と怖いものが残ってたんでみんなのテンションも戻ってきて、じゃあ二階も見てみようぜ!ってなって。
二階に上がったら、短い廊下に沿ってドアが三つぐらいあって、全部閉まってたんです。
じゃあ、この一番手前の部屋から見てみようぜ、ってなって階段から一番近い位置にあったドアを開けて、中を懐中電灯で照らした瞬間、全員の体が固まって。
壁に赤い…たぶん油性マジックで書いたんだと思うんですけど、でっかい文字が書いてあったんです。
「ここで人が包丁でさされた」
って。
…だから、”包丁の家”ってそこで合ってたんですよ。噂話は嘘だったけど、”包丁の家”自体は本当にあったわけです。
大したことないじゃん、って思うでしょ?正直。それがねえ、これ本当に怖かったんですよ。こんな子供じみた落書きひとつでこんなに怖い気持ちにさせられるのか、って思って。なんでそんな恐怖を感じるのかは全く分かんないんだけど、その理由のわからなさも本当に怖かった。
あと、この落書きがマジだとしたら、さっき一階で見た家族写真の中の誰かが刺されたのか?とか考えちゃって、そういうトコもめちゃくちゃイヤでしたね。
よく考えたら、あの文字以外の落書きが無かったですね、あの家。それも今思うとキモいなあ。
で、俺らは壁の文字を見てすっかり意気消沈しちゃって。もう車に戻ろう、ってなったんです。
口数も少なくなって、車を停めた場所まで獣道みたいな道をとぼとぼ歩いて、車に乗って。エンジンかけて車を出した辺りで雰囲気が和らいで、みんなで「怖かったな」って話で盛り上がって。
「いや、家中に包丁が落ちてるよりもこっちのが全然怖いじゃん!」「嘘付いたの誰だよ!許せね~!」みたいな…そういう感じの話をしてたんです。
そしたら、助手席にいた奴が、その話に混ざる感じのノリで不意に
「にしてもさあ、滅多刺しされた方はたまったもんじゃないよね。酷い話だよな」
って言い出して。
いやもう…みんな、シーン、ですよ。え、こいつ何言ってんの?ってなって。誰も何も言い出せなくなってたら、その…沈黙を気にする感じもなく、
「でもさあ、そんな何回も刺すなんて、刺してる方も嫌じゃないのかね?」
ってまた追い打ちをかけるように言ってきて。
いよいよ車の中がヤバい空気になってきたんです。当日の面子の中に一人だけいた女の子…例の心霊くんと付き合ってた子がいたんですけど、その子がもう涙目になってんですよ、怖さで。それ見た心霊くんが、キレ気味に「お前何言ってんだよ、そういうふざけ方は良くないって」って言ったら、そいつ
「違えって!そういう酷いことは許されないってことだよ!わかんねえのか!?人として当たり前の事だろう!」
って急に大声出したんですよ…めちゃくちゃ怒ってる感じで。
そこからはもう、誰も何も言いませんでした。俺たちが会話をしたら、また助手席のやつが怖いこと言い出すんじゃないか…っていう緊張感が物凄くて、誰も何も言えなくなっちゃった。
車ん中、ものすごい空気でしたよ。あの空気は本当にヤバかった。
ともかく、街に戻って助手席のやつを家まで送って車から降ろして、そこでやっと緊張状態が解けて、そこでやっとあいつは大丈夫だったのかって話題が出たんですけど。
結論としては…大丈夫ではありました。翌日以降も普通に元気で、変なことを言い出すとかもない。あの帰り道の様子が嘘だったみたいに、本当に何ともなかった。
でも…なんか細かいところは本人に聞いても教えてくれなかったんでよく分からないけど、本人的にこの肝試しの経験が物凄い嫌な記憶になっちゃったらしくて。
みんなの顔を見てるとあの肝試しの夜を思い出す、って理由ですぐにサークルを辞めちゃったし、俺らともあんまり関わらなくなったんですよね。
それ以降も大学の中ではよく見かけてたし、普通に卒業も就職もしたみたいですけど。
あー…。
怖くて調べられないんですよね、あの家のこと。…怖いじゃないですか、本当に刺されてたら。
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