第38話 別れ
「ん……」
目を覚ますとカーテンから朝日が差し込んでいた。
「いけねっ……!!」
俺は起き上がる。
「うおっ……もうこんな時間だ」
時計を見ると莉紗が空港に行かなければいけない時間が迫っていた。莉紗の家の引っ越しはすでに終わっていて、両親もすでに北陸に行っている。莉紗は一人でこっちにいるのだ。
「あれ……?誰もいない……」
リビングを見渡すと莉紗も葛城もいなくなっていた。
「どこいってるんだろ……?シャワーとか?」
俺はリビングを出て、洗面所に向かう。
「……前はやらかしたからな……」
以前下着姿の葛城と鉢合わせしたことを思い出した。俺は大きく2回ノックをする。しかし、返事は返ってこない。
「莉紗ー、葛城ー、いるのかー?」
声を出しても返事はなかった。
「…………開けてみるか……」
恐る恐る洗面所を開けるがそこには誰もいなかった。
「あれ……?どこいったんだろ?」
俺は2人を探す。玄関に靴はあったし、外に出ていないことは間違いない。
「他に2人が行きそうな場所……。地下室か……。朝から歌ってんのか?」
疑問を感じながらも俺は地下への階段を下る。
「…………ハズレか?」
念のためにノックをするが返事はなかった。
「入ってみるか……」
俺は地下室のドアを開ける。
「え……」
目の前の光景に俺は驚く。ぐちゃぐちゃに散らばった楽譜、倒れたギターなど酷い有様だった。酔っ払いが暴れたと言われても納得してしまう。
「……え、えっ……」
一番驚いたのはボロボロの2人が力尽きて寝ていることだった。頬は腫れていたし、腕にはいくつも擦り傷があった。
「何があったんだよ……」
しかし、そんなボロボロの2人の身体と対照的に寝顔は満足そうだった。
「ったく……何してんだか……」
2人を起こさなければいけないのはわかっていたが、俺は起こせなかった。
「とりあえず写真でも撮るか……」
結局俺が2人を起こしたのは30分後だった。
◇
「もー……何で起こしてくれなかったの?」
「あーーー……悪い。俺が全面的に悪かった」
「まあまあ2人とも間に合いそうだからいいじゃん」
11時前俺達は空港でゲートに向かって走っていた。俺が2人を起こしてからは大忙しだった。シャワーを浴びて着替えて、とにかく急ピッチで準備した。
「というか、2人だって寝坊したじゃないか」
「それは……そうなんだけど……」
「昨日2人で何をしてたんだ?部屋も滅茶苦茶だったし……」
「秘密」
「うん。言えないね」
「何だよ……それ。というか仲いいな……」
「「いや、それはない」」
2人は息ピッタリで否定する。
「……ははっ……」
よくわからないが笑いが込み上げてくる。
「ははっ」
「あははははっ……」
ボロボロな女性2人と俺が笑いながら走る姿は周りから見ればさぞ不気味だっただろう。しかし、俺達はそんなこと気にせず笑った。
(ま……泣きながら別れるよりはいいか……)
莉紗の転校に納得がいったかといえば、間違いなくノーだった。莉紗へ言いたいことは言ったが、それで何かが解決したわけではない。それに3学期学園が始まれば、俺は皆に責められるだろう。きっと想像を超えた苦しい生活が待っている。なんてことをして逃げてくれたんだと小一時間ほど怒りをぶつけたい気持ちもあった。そして、莉紗にも楽ではない生活が待っているはずだ。未知の土地で暮らすのは簡単なことではない。人間関係が上手くいかなくても家族以外に助けてくれる人はいないのだ。
しかし、今は莉紗がこうやって笑っている。彼女が笑えて生きていられるのであれば、文句など言えるはずもなかった。
「ここ?」
「えっと……うん。このゲートだね」
そして俺達の別れの時がやってきた。
「じゃあな。莉紗。元気でな」
「うん。幸一君も。また連絡する」
「ああ。待ってる」
俺と莉紗は言葉を交わす。
「愛依には……言葉はいらないかな……」
「だね。昨日だいぶ語り合ったもんね。拳で」
「…………喧嘩してたのかよ……」
さらっと明らかになった事実に俺は呆れる。薄々察してはいたが、実際に真実を知ってしまうと頭を抱える。
「最後の夜に何やってんだよ……」
「最後の夜だからでしょ?」
「え?」
「だね。しばらくは会わないからこそ滅茶苦茶できるんだよ」
「ひっでえ……。少年漫画じゃないんだから……」
「拳を交えたからこそ、私達親友になれたんだもんね」
「そうだね……」
2人は笑う。2人の間には俺の知らない絆が生まれていた。
「あっ……」
莉紗の乗る便に乗車できるという放送が流れる。
「行くね」
「ああ」
「バイバイ」
莉紗は一度俺達に背を向けるが、すぐに俺達に向き合う。
「どうかしたか?」
「本当にごめんなさい」
「……俺の方こそごめん。莉紗を3年間……信賀学園に通わせられなかった」
「幸一君のせいじゃないよ。全部私が悪いんだから」
「なあ……最後に1つ聞いてもいいか?」
「うん」
「信賀学園での1年半ちょっと……楽しかったか?」
「うん。楽しかったよ。私が楽しく通えたのは間違いなく幸一君のおかげだよ」
「そうか……。良かった……」
「私、行くね」
「……ああ」
「愛依」
「何?」
「幸一君のことお願いね」
「うん。任せて。言い方は気に入らないけど。私はずっと生駒君の味方でいるから」
「…………うん」
それだけ言うと莉紗は行ってしまった。
「…………………………」
俺は姿が見えなくなってもその場を動けなかった。
「外から飛行機が飛んでいくところ、見よっか」
「……そうだな……」
なかなか足が動かない俺に葛城は声をかける。
「行こう……か」
俺達は飛行機が見える場所に移動する。
「寒いね……」
「ああ……。寒いな……」
年末ということもあり外の冷え込みは相当のものだった。
「雪……降りそうだね……」
「……ああ」
空はどんよりとしていた。
「あっ……」
そんなことを言っていると本当に雪が降ってきた。
「雪だ……」
「本当だ」
俺達は空を見上げる。しばらくすると莉紗が乗っている飛行機のフライト時刻になる。
「行っちゃうね……」
「…………ああ」
しばらくすると莉紗の乗った飛行機がゆっくりと走り出す。
「「…………………………」」
俺達はその様子を黙って眺めた。当然のことではあるが飛行機は止まることなく飛び立ってしまう。
「…………行っちゃったね……」
「……ああ」
「中に入ろうよ。外は寒いし」
葛城は空港の中に入ろうと声をかける。
「……ああ」
俺は短く返事をする。しかし、俺の足は動かない。
「なあ……」
「ん?」
「俺達……どうすれば良かったのかな……?俺は結局莉紗を守れなかった。どうせ離れることになるなら……最初からそうしておけば良かったのかな?」
葛城に背を向けたまま葛城に問いかける。今でも俺は信賀学園に入学したのが正解かどうかわからなかった。
「……正解なんてわかんないよ。今は……。間違いに思えることでも何年か経てば正解になっていることもあると思う。だから、今は正しいと思えることをするしかないよ。未来なんて誰にもわからないんだし」
「そう……だな……」
限界だった。堪えていた涙が溢れる。俺は莉愛を莉紗として3年間学園に通わすことができなかった。
「俺が……もっと上手くやれていれば……莉紗は莉愛として学園に通えていたのかな……?」
「生駒君はそれで良かったの?きっと生駒君はその分、苦しまないといけなかったよ」
「…………もう……わかんないや……。ただ……今は……自分が無力で情けなくて……」
その時、葛城が俺を後ろから抱きしめる。
「そんなことはないよ。生駒君は……莉紗を十分に救ったよ」
「…………」
「だって……最後は笑顔で別れられた。それが全てだよ」
「……だと……いいな……」
雪が俺の髪に落ちる。それはとても……とても冷たかった。
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