第37話 catfight
「ふふ……寝顔は相変わらず可愛いなぁ……」
演奏を終えた私達はリビングに戻ってきた。少しダラダラしていると生駒君は眠ってしまった。
「……そうだね……」
生駒君はよく眠っていた。今日は朝早くから浜木まで行ったし、今日まで寝れない日も多かったのかもしれない。
「なんか……あっという間だったね」
「そうだね。浜木に行って戻ってきて演奏して……」
「あっ、うん。それもそうなんだけど、愛依と出会ってから今日まで」
「そっちね。確かにあっという間だったね……」
「2カ月もしか経っていないなんて信じられないよ」
「そう言われると……短かったね……」
「ありがとうね」
「何が?」
「何がって言われると……難しいなぁ……。全部だよ。全部。愛依がいなかったら私達いつか共倒れになってたから」
「…………今の状況は共倒れじゃないっていうの?莉紗は転校して、生駒君は大きな精神ダメージを受けたことが?」
「うん。共倒れじゃないよ。だって2人とも倒れていないもん。私は転校することになったけど、次の学校では莉紗として通う。幸一君は今は傷ついてるけど、きっと立ち直れる」
「っ……!!」
どこか他人事のように話す莉紗に私は怒りを隠せない。
「ちょっと場所変えない?」
「……いいよ」
私と莉紗は再び地下室に戻る。暖房は一度切ったため、少し寒かった。私は暖房を入れ莉紗と向き合う。
「何その言い方?何でそんなに客観的に見れるの?生駒君を傷つけたのは莉紗だよ」
「……わかってる。でも、状況によってはもっと傷ついていた。たぶん立ち直れないくらいに」
「それって莉紗が莉愛として通っていることがバレて、退学して家に引きこもるとかのこと?」
「うん。そんな感じでもっと傷つく状況があった。生駒君を傷つけてしまったことは本当に申し訳ないけど……これが一番ベターな結果なはず」
「ふざけないでっ!!こんな結果、生駒君は望んでいなかった」
「……………」
「生駒君はっ……莉紗が莉愛として学園生活を終えることを目指してたっ!!」
「そうだね……。わかってる……」
「なのにどうしてっ……」
言葉が一瞬詰まる。それは私の予想の話だ。間違っているかもしれない。でも、今言わないと一生言えないかもしれない。
「どうしてっ……自分から偽名で通ってるって噂を流したのっ……?」
「……気づいていたんだ」
「!!」
私の根拠のない予想は当たってしまった。
「やっぱり……莉紗だったのね……」
「……うん。学園に匿名メールで偽名で通っていると聞いたってメールしたのとSNSに噂を書き込んだのは私。どうしてわかったの?」
「学園に送ったメールはわからなかったけど、SNSは一度投稿したらそれ以降そのアカウントからは投稿されていなかった。莉紗を潰そうとするならもっとしつこくするだろうし、おかしいと思ったんだ」
「そっか……」
莉紗は冷静だった。バレたからといって焦っていることもなかった。
「一番おかしいと思ったのがあのタイミング。三峰さんに幽霊だと疑われたタイミングでSNSを動かし始めるのはおかしいよ」
「……なるほど。でも、私も予想外だったんだよ。新しく作ったアカウントにつぶやいたことが1日で学園に知られるなんて」
「意味……わかんない」
「私の計画としてはね……冬休みにもちょくちょく投稿して3学期になって噂になり、3学期の真ん中くらいで学園を退学する予定だったんだ」
「退学……?」
そういえば莉紗は両親と学園が決めていた転校の話を知らなかった。
「……退学するつもりだったの?」
「うん」
莉紗ははっきりと答えた。
「愛依にバレた時点で偽名で通うことは終わりだったんだよ。私は完璧に隠してきたつもりだったけど、甘かった。この先1年以上こんな幸運が続くわけがないって思った。我ながらよく1年半もったものだと思うよ」
「私のせいにするつもり……?」
「ゴメン。言い方が悪かったね。愛依にバレたっていうのはきっかけってだけ。いずれ誰かにバレて同じことになっていただろうね。愛依にバレたのはまだ運が良かったと思ってる。私の秘密を知った人が愛依みたいに協力的とは限らないし。遅かれ早かれ同じことになってた」
「何で……そんなこと誰も望んでないっ……!!」
「退学は望まれていなかったことかもしれないけど、けど偽名で学園に通うことを望んでいる人もいなかったでしょ?」
「それは……そうだけど……」
「私ね、幸一君の本音を聞いて自分がどこか甘く考えていたことを知ったんだ。私が想像していた以上に幸一君は辛かったんだ。お互い言いたいことを言って少しは状況が良くなったかもしれないけど、生駒君の苦しみをゼロにすることはできないよ」
「そんなことないっ……!!」
「絶対にそうだよ。だって生駒君が一番苦痛だったのは……莉愛として生活する私を見ることだから。私がやっていることは生駒君にとって莉愛を穢している行為なんだよ。だから、私が莉愛として学園に通うってことはこの苦しみを生駒君に与えることなんだ。私にはそんなこと……とてもできなかった」
「だから……生駒君と離れることを選んだの?」
「うん。それにね、私は同級生を騙してきた。学園にも迷惑をかけた。その罪を償わなければいけない」
「償い方が退学ってこと?」
「退学するだけで許されることじゃないんだけどね。でも、それが私にできる唯一のことだったから」
「……莉紗はっ……!!自分勝手すぎるっ……!!」
「それ、この前に幸一君にも言われたな……。でも、その通りだよ。私は自分勝手な女だよ。自分の精神安定のために幼馴染の進学先を変えさせ、死んだ姉の恋人のポジションを奪う……酷い女だよ」
「っ!!」
気が付けば右手で莉紗の頬を平手打ちしていた。
「…………痛いね……。平手打ちって……」
莉紗はそれが当然のように受け入れていた。それがさらに私の怒りを加速させる。
「何それ……。莉紗がやってることって逃げだよ。自分だけ助かろうとしてるだけじゃない」
「……そうかもね……」
「生駒君はあんたとなら退学でも地獄でも付き合う覚悟で信賀学園に入学したんだよっ……!!そのあんたが先に逃げ出してどうすんのよっ……!!しかも、自分だけエスケープルート用意して助かるなんて卑怯だよ。裏切りだよ」
その時だった。莉紗からさっきの平手打ちのお返しとばかりに平手打ちが飛んでくる。
「ぃっ……!!」
思わぬ反撃に私も怯む。
「私だって……助かるつもりはなかった。私だけ助かるつもりなんて微塵もなかった。私の気も知らないで勝手なこと言わないでっ……!!」
「どうせあんたは知ろうとしたことなかったでしょ?」
「っ……!!」
「学園と両親が何か条件をつけてそうだと感じていながらも聞かなかったんでしょ?自分だけがエスケープルートがあると知るのが怖かったんでしょ?この卑怯者っ!!」
さらにもう一発私に平手打ちが飛んでくる。喧嘩慣れしていない私はモロにくらってしまう。
「卑怯者はどっちよ。嘘とはいえ彼女である私に何も言わずに、幸一君を何泊も連れ込んでたくせにっ!!愛依って幸一君のこと結構早い段階で好きになってたでしょ?なのに自分の気持ちに蓋をして、男として見てないですよーって顔してさ。幸一君がいないとステージに立てないとか臆病者のくせに」
「くっ……」
痛いところを突かれ、私は感情任せに莉紗の頬をぶつ。全く関係ない話をぶち込んできたところを見ると莉紗に余裕はないのだろう。それはこちらも同じことだったが。
「そうだよ。だいぶ早い段階で好きになってたよ。でも、いいじゃない。結果的にあんたは生駒君の彼女じゃなかったんだし。そうそう、生駒君は全然私の家に来ることに抵抗なかったよ。可愛い偽名の彼女がいるのに。私思ったもん。これ、上手くいってないなって。どうせエッチもしてないんじゃない?」
「……この泥棒猫がっ……!!」
「その通り。私、泥棒猫だよ」
「は?」
「だって私、生駒君とエッチしたもん」
「……っ……!!」
莉紗はここで一番の怒りを見せた。頬だと思って覚悟していたら、腹にグーパンチが飛んでくる。
「ゔっ……!!」
死にかけのカエルのような声を出して私は倒れ込む。
「卑怯者卑怯者卑怯者卑怯者卑怯者卑怯者卑怯者卑怯者卑怯者」
聞いたことのない早口で卑怯者と連呼する莉紗に驚く。私はゆらりと立ち上がる。
「エッチしたかったんだ。そりゃそっか。ずっと好きだったもんね」
「悪い?」
「別に。好きな人とエッチしたいっていうのは普通のことだし。抱いてくださいって言えば良かったのに」
「言えるわけっ……ないでしょっ!!」
再び感情任せの平手が飛んでくる。私は躱すことはしない。
「もう義冥じゃなくて泥棒猫にでも名前を変えて動画配信すればいいんじゃないの?金髪のかつらなんか被って……。それにあのダッサイ漢字。中二病じゃん」
「何で知って……?」
「声でわかるに決まってるじゃない。どれだけ聞いたと思ってるのよ」
「………………」
義冥であることがバレていたことを知り私は赤面する。
「このっ……おおおぉぉ……」
私は立ち上がり、莉愛に頭突きを入れる。
「いたっ……ぁぁ……」
しかし、莉紗は怯まずに私を睨む。
「「この性悪女っ……!!」」
その後も醜いキャットファイトは続いた。この部屋が本当に防音で良かったと思う。しかし、こんな醜いキャットファイトをしたからだろうか。私は本当の意味で莉紗と分かり合えた気がした。
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