第39話 answer

 彼の背中はとても冷たかった。きっと心が弱っているのだ。だから、私はできるだけ彼を温められるように彼を強く抱きしめる。彼を中に動かせれば一番話が早かったけど、きっと彼は動こうとしないだろう。だって彼は罰を求めているのだから。莉紗を救えなかったという罪の罰を。

 私は彼に莉紗を救えたと言った。これは本心だ。だって彼は莉紗を立ち直らせた。きっと莉紗だって救われたと思っている。しかし、彼はそれを認めないだろう。本当に強情で馬鹿だと思う。ある意味、彼らしいとも言えるけど。

 これ以上話しても仕方ないと思ったから、私はもう言葉を発するのを止めた。彼に空港の中に入ってもらうのはこれが一番効率がいいだろう。泣き落とし?違う。彼に私にこれ以上付き合わせるわけにはいかないと思わせるのだ。彼は真面目で優しいから。

 だが、時間はもう少しかかりそうだ。だから、私も心の中で思っていることを言おうと思う。



『私の存在って必要だった?』



 今になって思う。生駒君と莉紗の関係は共依存といういびつな形であったが、完成していた。負のスパイラルという最悪な形ではあったが。しかし、最悪な形ではあるがゆえに誰も干渉できなかった。

 もしも私が2人と干渉しなかったらどうなっていたのだろうか?私が信賀学園に転校して来なかったら、私が生駒君のギターを弾くところを目撃しなければ、私が生駒君をバンドに誘わなければ……私が2人と深い関係にならない可能性は無限にあった。

 あくまで予想でしかないが、莉紗は莉愛として信賀学園を卒業できていたのではないかと思う。根拠はないが、きっと生駒君はやりきるだろう。彼にはそれだけの覚悟があった。そして、信賀学園在学中に莉紗は立ち直り、卒業後は2人とも同じ大学に進学する。莉紗は莉愛としてではなく莉紗として大学に通っていたという結果だけ見れば最高という可能性もあったのではないかと思う。

 2人の心はボロボロかもしれない。しかし、現状は2人の心はボロボロだ。それに加えて莉紗は転校してしまった。


 要するに私の存在は必要なかった……むしろ、邪魔だったのではないかと思うのだ。


 もしかしたらという未来は存在しないことはわかってはいる。しかし、私が2人に干渉してしまったせいで状況を悪化させてしまったのではということが頭から離れないのだ。私がいなくても2人は時間の経過という最強の技で自力で問題を解決していたのではないかとも思うのだ。

 むしろ私が干渉してしまったせいで、莉紗は転校することになり、生駒君は莉紗を裏切ることになってしまった。少なくとも生駒君に莉紗を裏切るように唆したのは間違いなく私だ。そのせいで彼には莉紗を裏切って私と肉体関係を結んだという事実が残ってしまった。


 彼に私の存在はいらなかったかと聞けば、彼は必ずそんなことはない、絶対に必要だったという答えが返ってくることは予想できる。2人の心を多少は救えたのは事実かもしれないが、現状が最高の結果であったとはとても思えないのだ。

 どうすれば良かったのかという彼の問いは私も持っていた。いったいどうすれば現状よりも良くなったのか。きっとこの答えは永遠にでることはないだろう。しかし、人間は答えの出ない問いを質問しがちだ。きっとこの問いは私達に一生付きまとうだろう。


 ここで少し私のもしものことを考えてみようと思う。もしも2人と一緒にバンドをすることがなかったらというIFだ。

 まず言えるのは間違いなくつまらない学園生活を送ることになるということだ。1人で学園祭のバンドをして大失敗するだろう。もしかしたらその失敗で学園に行かなくなるかもしれない。仮に成功しても、私は自分に酔うばかりで1人で義冥の活動をより積極的に行うようになるだろう。どちらにしても孤独だ。

 私は2人に出会ったことはとても幸運なことだったと思っている。少なくとも学園祭が終わるまでは後悔は一切なかったし、失敗も含めて最高の時間を過ごせたと思っている。

 そんな楽しすぎる時間を過ごしてしまったからこそ、私には試練が与えられてしまったのかもしれない。莉紗の定期を拾ってしまうという試練が。定期の名前を見なかったことにしたら、少しはマシなことになったのだろうか。いや、きっと私はできない。だってその頃には生駒君のことを好きになっていたから。

 つまり2人に干渉してしまった時点でこの現状は決まってしまっていたのだ。だからこそ2人とバンドをやらなかったらというIFを考えてしまう。

 現在一番傷ついているのは生駒君だ。だからこそ謝罪をしたいと思う。



『ごめんなさい。私が2人に関わったばかりに事態を悪化させてしまいました』



 こう言えたらどれだけ楽だろう。しかし、私が関わってしまったばかりに起きてしまったことがある以上、この謝罪は許されるものではない。これは余計に彼を苦しめるものになる。呪いと言ってもいい。

 これは私が背負わなければいけない罪だ。少なくとも彼の心の傷が癒えるまでは。だからこそ問いたいことがある。



『これから……どうすればいいの?』



 答えは出なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ギメイでも愛してくれますか? りんご飴 @apple81

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画