第36話 最後の演奏
莉紗の転校が決まってからは早いものだった。テスト週間からテスト、三者面談と目まぐるしく時間は経っていった。莉紗は編入試験を受けるなど転校の手続きで学校を休むことが多かった。転校することは3学期が始まったら、土井先生が発表することになっている。そんなこんなでもうクリスマスになってしまった。
「久しぶりだなー。浜木に行くの」
「けっこう行くのか?」
「あれ、言ってなかった?私、前の学校は浜木の学校だよ」
「え、初耳なんだけど……」
「言ってたよ。転校初日の挨拶で」
「そうだったかな……」
俺と莉紗と葛城は電車に乗っていた。目的は例の事故の現場に行くためだ。莉紗は明日には向こうへ行ってしまう。今日が俺達に残された最後の時間なのだ。
「あの事故以来2人は行ってなかったの?」
「ああ。行けなかった」
浜木市は電車で3時間と遠いのだ。そうやすやすと行けなかった。いや、これは言い訳だろう。行きたくなかったのだ。行ってしまうと莉愛の死を認めてしまうような気がして行けなかったのだ。しかし、莉紗が北陸という離れた場所に行ってしまうため一度行っておきたかったのだ。
「そうだね……。お父さんとお母さんは毎年行ってたみたいだけど」
「そっか……」
今日は事故現場に行ってから、すぐに葛城の家に戻りクリスマスパーティーをすることになっている。
「クリスマスに行く場所じゃないな……」
「駅前だからツリーくらいあるんじゃないかな?」
「確かあったはずだよ。毎年大きなツリーを置いて観光スポットになってた」
「せっかくのクリスマスなんだから楽しまないとな」
「そうだね」
そんな感じで話していると浜木駅に到着する。
「…………」
思わず干渉に浸ってしまう。そして、あの日のことを思い出す。莉愛が事故に巻き込まれたと聞いた俺は急いで電車を降り、事故現場に向かった。事故現場を見た時あまりにも悲惨な状況に驚くよりも現実感がないという感情の方が先に来たのを覚えている。
「ここだ……」
事故現場には小さな石碑があった。それ以外は事故の面影はない。
(2年以上経ってるんだ……。当然だよな……)
あまりにも面影が無さ過ぎてあの事故は幻だったのではないかと思ってしまう。
「……事故の面影……ないね……」
莉紗は周りを見渡して寂しそうに話す。クリスマスということもあってカップルや家族が楽しそうに歩いている。
「だな……。2年って長いからな……」
俺だって自分が関係していない2年前の事故のニュースを思い出せと言われても思い出せない。人間というのは忘れる生き物なのだ。
「あの日から……俺達の時間は止まったよな……」
「……そうだね……。でも、いつまでも止まったままじゃいけない」
「…………ああ」
そう俺達はようやく前に進みだした。俺と莉紗の道は分かれることになったが、それでも前進には間違いない。そう信じたい。
「莉愛は……喜んでくれるかな?」
「きっと喜んでくれるよ。自分のせいで私達が足を止めることなんてきっと莉愛は望んでいない」
「…………だったら……いいな……」
俺は空を眺める。空には雲一つなかった。
「さ、花を買いに行こっか」
「そうだね……」
俺達は一度花を買いにその場を離れる。
「えっ……」
「どうかした?」
急に振り向いた俺に葛城が声をかける。
「……いや……何でもない……」
そう言ったが俺は小さな石碑から目を離せない。
(今……一瞬だけど……莉愛の声がした……?)
死人は言葉を発しない。それは当然のことだ。俺は霊感はないし、今まで幽霊らしきものを見た経験もない。しかし、今一瞬莉愛の声が聞こえたのだ。確かにありがとうと聞こえたのだ。
「…………ありがとう」
本当に小さな声で俺はお礼を言った。幻聴かもしれない、空耳かもしれない。けれどそれで良かった。
(……さよなら……莉愛……)
その後俺達は花屋で花を買い、小さな石碑に備えて帰路に着いた。誰もゆっくりしていくことを提案しなかった。
「私……来れて良かった」
「俺もだ」
今日来たことは大きな意味があった。それは間違いない。どんな意味があったかと聞かれると上手くは説明できない。それでも意味があったと俺は声を大にして言うだろう。
(またな……。莉愛)
俺はいつかここに再び来ることを誓った。
◇
「「「カンパーイ」」」
葛城の家に到着した俺達はクリスマスパーティーを始めた。チキンにポテトなどクリスマスっぽいものを買ってきて行う。高校生らしいパーティーだ。
「ツリーとか用意すれば良かったかなー」
「いや、いいよ。用意するの面倒だし」
「確かに……」
「大きさにもよると思うけど安くないと思うし、私もなくていいと思う」
俺達はワイワイと楽しく話す。まるで明日からも俺達はずっと一緒みたいなテンションだ。事前に決めたわけではないが、転校のことは誰も口にしなかった。それはきっと口に出してしまえばこの楽しい時間が終わりを迎えてしまうと理解しているからだろう。
「今年は楽しかったなー」
「うん。私、この2ヶ月を一生忘れないと思う」
「俺もだ」
葛城が転校してきてからの2ヶ月は俺の人生においての宝になった。
「バンド楽しかったね」
「最高だった」
「一時はどうなるかと思ったけど、良かったよ」
「ホントだよ。俺がいなかった2人はどうなってたか……」
「偉そうに言うけど、生駒君も一度心折れたよね?」
「ゔ……」
「えっ、そうなの?知らないんだけど」
「実はテスト週間が終わった後に生駒君、私にバンド辞めたいって言ったんだよ」
「本当に?信じられない」
「ね?」
葛城はからかうように俺を見る。
「…………」
嫌なことを引っ張り出されたものだ。
「じ……事実です」
「大した努力もしてないのに楽しくないから辞めたいって泣き言を言ってきたんだよ。あの時の情けない顔ったら……」
「止めてくれよ……」
「じゃあ、愛依がバンド解散の危機を救ったんだね」
「そういうこと」
「事実だから口出しできねぇ……」
「ね。この後、地下で久しぶりにやらない」
「いいね」
「え、ギター持ってきてないぞ」
「私の貸すからさ」
「じゃあ、問題ないか」
俺達は食事を片付けた後に地下室に向かう。
「久しぶりだなー」
「ね」
2ヶ月ほど来ていないだけでずいぶんと懐かしく思えてしまう。
「何からやる?」
「もう一度学園祭のステージをしようよ」
「あの4曲をするってこと?」
「そうそう。観客は誰もいないけど……もう一度やりたいんだ」
「……いいぜ。やろう」
「うん。断る理由はないね」
俺は葛城からギターを借り、音を鳴らす。
「上手く弾けるかな……?」
「弾いてないの?」
「気分転換に弾くけど、弾いても30分くらいだ」
学園祭のステージ練習中は毎日10時間弾いていたのだ。腕は間違いなく落ちているだろう。
「じゃあ、音源流すねー」
「おいっ……ちょっと練習させろって……」
「はははっ、頑張れー」
「くっそっ……やってやるさっ……」
「あははっ……」
俺達3人は笑っていた。きっと3人ともステージ前日のことを思い出しているんだろう。そしてホワイトウィークが始まった。
◇
「弾けてるじゃん」
「ボロボロだよ」
「そんなことないと思うけど」
「じゃあ、最後の曲行こっか」
これまで3曲弾いてきたが、明確に腕は落ちていた。しかし、そんなことないとは関係なかった。俺達は楽しんでいる。それが全ての答えだろう。最後の曲である『ギメイでも愛してくれますか』が流れ始める。
「ぁ……」
ふと莉紗を見ると莉紗の目からは涙が流れていた。
(そうだな……。これが……最後だもんな……)
きっと俺達がこうやって集まって演奏できるのは今日が最後だろう。それを思うと俺も悲しくなってきた。
(……お前もか……)
葛城も泣いていた。俺も涙が溢れてきた。俺達はボロボロに泣きながら演奏をした。この時間が永遠に続けばいいと願いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます