第35話 collapse

「「………………」」


 学園からの帰り道、私と生駒君は無言だった。


(言葉が……見つからない……)


 莉紗の転校はもちろんショックであったが、生駒君へのダメージはそれ以上だろう。ここまで精神をすり減らしてやってきたことが全てパーになるのだ。


「…………次の駅だろ?」


「……うん」


 私はここで降り、生駒君は次の駅で降りるのがいつものことだった。しかし、ここまで生気のない生駒君を放ってはおけなかった。


「……じゃあな」


 電車のドアが開く。


「……………」


 しかし、私の足は中々動かない。


「…………来て」


 私は生駒君の右手首を掴み電車から降りる。


「あっ……」


 私達が降りてすぐに電車のドアはしまってしまう。


「何すんだよ……」


「今の生駒君を……放っておけなかったの」


「……強引だな……」


「知らなかった?私が強引って」


「……いや、知ってた」


 生駒君は諦めたように微笑む。私達は駅から出て、私の家に向かう。


「今日、雪が降るかもって天気予報で言ってた」


「そうなんだ……」


 生駒君はどうでも良さそうに一瞬空を眺める。空は曇天だった。


「お前の家に行って何すんだよ?」


「勉強とか?」


 別に何をするかは決めているわけじゃなかった。


「俺はする気分じゃないな……」


「テスト週間なのに?」


「……ああ」


 自宅につき、私達はリビングで座る。生駒君は全身を脱力させ、ソファーにもたれかかっていた。


「…………なんか……もう全部どうでも良くなったな……」


「…………」


 今にも泣き出しそうな声に私は辛くなる。なぜここまで頑張ってきた彼がこのような仕打ちを受けなければいけないのだろうか。巻き込まれた形とはいえ、確かに彼は莉紗の共犯者だ。莉紗がこれまでしてきた偽名を使って学校に通うことが罪に問われるのであれば、彼も罪に問われる可能性がある。世間的に許されるのかと問われればどうかはわからないが、私個人としては彼は許されていい、許されなければいけないと思う。


「そんなこと言わないで。別に人生が終わるわけじゃないんだから……」


「確かに人生が終わるわけじゃない。でも……俺、ここに来るまでいろんなもの失ったんだ。ただ、納得はしていたんだ。それで莉紗を助けられるなら……莉紗を救えるならって……。俺は……退学とか……地獄へ落ちるのも覚悟していたんだ……。莉紗が地獄に落ちるなら……俺も付き合わないとって……。だって俺がやってきたのは……みんなを騙していることだから……。報いを受けるのは当然だから」


「…………………」


「それなのにさ……いざ、状況が悪くなったら転校って……なんだそれ……。それなら……最初から……俺はいらなかったってことじゃないか……」


 今日発覚したところで一番の問題はそこだった。最初からバレたら転校することが決まっているのであれば、生駒君はいなくても良かったことになる。生駒君がいた方が莉紗の精神面的には良かったのは間違いない。しかし、事前に生駒に知らせないのはあまりにも不義理だ。


「最初からそんなセカンドプランが決まってるなら……言っておいてくれれば良かったのに……」


 生駒君は莉紗の偽名がバレると終わりだと思ってこれまで生活してきた。きっと私では考えられないくらい精神的負担があったのだろう。生駒君は莉紗のためを思って頑張ってきた。これだとあまりにも生駒君が救われない。


「酷い裏切りだ……」


 裏切られたと思うのも仕方がない。


「でも……莉紗は知らなかった……」


「そうだな……。だから……俺を信賀学園に通わそうって思ったんだろうな……」


「それは……」


 きっと莉紗の両親は生駒君が信賀学園に通うと聞いて驚いたはずだ。最初は生駒君を巻き込まないつもりでいたのかもしれない。もし巻き込むつもりであれば最初から生駒君に信賀学園に通って欲しいと頼んでいるはずだ。


(生駒君が信賀学園に通うと決まった時点で転校のことを話していれば……いや、それでも……変わらない……)


 事前に転校のことを生駒君が知っていれば、彼はもっと楽に学園生活を送れたであろうか。いや、生駒君であればそこまで変わらないだろう。


(結果的にだけど……交野君の考えていた道になってる……)


 2人が別れるという意味では交野君の考えていたプランだった。しかし、転校するのが逆になっていた。色々な要素が重なり、生駒君に多大な精神ダメージを与えることになっているというおまけ付きで。


(やっぱり……2人が別々の高校に進学するのが一番正しかったのかな……)


 莉紗がどうなるかはわからないが転校というセカンドプランが用意されていた以上、高校進学時に2人は離れるというのが一番良かった気がする。しかし、それを言うことはできなかった。なぜなら、それはこれまでの生駒君の選択を否定することになるからだ。


(…………だったら私のとる道は……)


 私にできること。それは生駒君の味方でいることだった。


「そうだね……。酷い裏切りだね……」


「ぇ……」


「莉紗は生駒君を裏切るつもりは無かったと思う。けど、結果として生駒君を裏切っている」


「…………」


「だって……莉紗には転校っていう逃げ道が用意されていた。けど、生駒君にはそれがない。自分の逃げ道だけ用意しているなんて、裏切り以外の何物でもないよ」


「……葛城……?」


 生駒君は意外そうな顔をしている。きっと私がこんなことを言うなんて思っていなかったのだろう。


「でも、一番悪いのは莉紗の両親だよ。だって、転校というセカンドプランを生駒君に隠しながら、生駒君を利用したんだから。生駒君がいることで3年間無事に通えれば良し。ダメなら転校って……おかしいよ。不義理だよ」


「いや……でも、莉紗の両親だって色々な考えがあって……」


「何で被害者の生駒君が庇うの?」


「…………」


「色々な考えは確かにあると思うよ。でも、一番おかしいのは生駒君がどうなるかを全く計算に入れてないことだよ。生駒君を便利なキャラ扱いして……酷すぎるよ」


 莉紗の両親からすれば一番大切なのは莉紗のはずだ。それは当然だろう。しかし、故意ではないとはいえ巻き込むことになった生駒君に対してあまりにも不義理だとは思う。ここまでやってくれている生駒君に対しての救いがなさすぎるのだ。


「生駒君は自分以外に優しすぎるよ。もっと自分を大切にして」


 生駒君の優しさは長所であり、短所でもあると思う。


「私……もう莉紗の味方……できない……。なんで……生駒君は莉紗にそこまで味方するの?幼馴染だから?死んだ恋人の妹だから?」


「…………何でだろうな……」


「いいよ。もう。莉紗のこと、味方しなくて。恨んじゃおうよ。きっとそっちの方が……楽だよ」


 莉紗のこと、莉愛のことを忘れることはきっと生駒君には不可能だ。それであれば敵に変える。それが一番いい。

 味方であるから守らなければいけないと思う。味方であるから行動に心を動かされる。敵であれば、守る必要もないし、気にしなくてもいい。それが今の生駒君にとって一番いいはずだ。


「生駒君に莉紗を恨む権利は……あるよ。復讐する権利だって……」


「復讐……?」


 きっと考えたこともなかったのであろう。


「うん。進学先を変えさせられ、バスケットボールを辞めさせられ、大切な高校生活も失った。少しぐらい復讐しても……裏切ってもいいよ」


「考えたこと……なかったな……」


「私は生駒君の味方でいるよ。どんなことがあっても……」


「……ありがとう」


「一緒に莉紗のこと……裏切ろ?」


 最低な誘惑。生駒君を救いたいという大義名分で共犯者というポジションを莉紗から奪おうとしている。


「…………それも……いいかもな……」


 ここで私達も決別する可能性もあった。しかし、今の弱った生駒君にそれはできない。私を受け入れてくれるという確信があったのだ。なぜなら、私は生駒君と莉紗の本当の関係に気づいていたから。

 2人の本当の関係。それは共依存。最初は莉紗が生駒君に依存してるだけだと思った。しかし、生駒君は莉紗との共犯者になることであの事故を償おうとしていたのだ。むしろ依存度が高いのは生駒君の方ではないかとも思う。   

 共依存はもうすぐ終わりを迎える。その時、生駒君は無事でいられるであろうか。それがわからない以上新しい依存先は作っておいた方がいい。私が生駒君の依存先になるのだ。


(あっ……そっか……。そういうことだったんだ……)


 この前のタコパの後に莉紗と2人きりで話した時の会話を思い出す。きっと莉紗は自分が偽名で学園に通っていることが遅かれ早かれバレるだろうと思っていたんだ。そして自分たちの関係が共依存だってことも知ってたんだ。その関係はいつか自分たちを崩壊させるって知ってたんだ。


(……もしかして…………)


 私の頭の中に1つの考えが思い浮かぶ。それはあり得ないことであった。しかし、根拠もなく確信がいった。


(…………本当にそうなら……相当性格悪いね……。莉紗……)


 彼女の性格の悪さに思わず心の中で笑ってしまう。


(私も……あんたに負けないくらい性格悪いんだから……)


 きっと私と莉紗は同じくらい性格が悪い。だからここまで仲良くなれたのだろう。そう思うともっと最低のことができるような気がした。


(あんたが自分を汚すなら……私だって……)


 私は生駒君の前に立って、服を一枚ずつ脱いでいく。


「!!」


 生駒君は驚きながらも私から目を離さない。そして、私はついに下着だけになる。


「全部忘れて……気持ち良くなろ……」


 私は今日、莉紗を裏切った。裏切りはとても甘美で、何よりも気持ちいいというがそれは嘘ではないことを数分後に知る。


(……雪だ……)


 ふと窓を見ると雪が降っていた。それはまるで私と生駒君の涙のようだった。

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