第34話 崩壊②
「幸一君、愛依、2人とも今日は先に帰ってもらっていい?」
放課後、莉紗は俺達にこう告げた。
「何か用事?」
「うん。優希と一緒に先生に質問しに行くの」
「それなら終わるまで待ってるよ」
「その後に優希に勉強教えてもらうことになったんだ」
「……そうか……」
少し引っかかる気もしたが、莉紗には莉紗の付き合いもあるだろう。これ以上聞くこともできなかった。
「わかった。先に帰ってる」
「じゃあね」
俺達は莉紗から離れていく。
「……何か怪しくない?」
「ああ」
これまで莉紗は必ず俺と一緒に帰っていた。莉紗にも心境の変化があって、友人との時間を大切にしたいという考えをもったということも十分に考えられる。
「一度外に出よう」
「わかった」
莉紗との付き合いが長い俺だ。直感的ではあるが何かを隠しているかのように感じた。それは葛城も同じだったようだ。
(…………何か嫌な予感がする)
ひとまず俺達は学園の外に出る。
「一度学園を出て忘れ物をしたっていう理由で戻るぞ」
「了解」
俺達は帰路に着くように見せかけることにした。これであれば仮に教室から莉紗が俺達を見ていても問題はないはずだ。
「あれは……」
学園を出てすぐのところで俺の足が止まる。
「えっ……」
見覚えのある一台の白い車が学園に入るのを俺は見た。
「どうしたの?行かないの?」
「………………」
俺の頭の中は色々なことが入り混じり、フリーズしそうだった。
「おーい……」
「あ、ああ……悪い……」
「どうしたの?」
「……さっき学園に入っていった車……莉愛の家の車だ」
「え……」
葛城も動揺した。3者面談でもないのに莉紗の両親が呼ばれる理由。考えられることは1つだった。
「行くぞっ……!!」
俺は走り出す。
(どこに行けばいい?聞かれたくない話をするのということを考えると……教室はないはず……。人が少ない場所……いや、入れない場所だ。校長室?そういえば応接室もあったな……)
幸いその2つの部屋は近い。俺達は校舎に戻り、急いで部屋を目指す。
「いたっ……!!」
目的の人物にはあっさりと出会うことができた。莉紗、莉紗の両親、土井先生が応接室に入ろうとしているところだった。
「幸一君……」
「その話……俺も聞かせてもらっていいですか?」
「生駒っ……お前……」
土井先生が少し前に出て俺を止めようとする。
「いいんです。彼は関係者ですから……」
そう言ったのは莉紗のお父さんだった。
「ですが……」
「え、え……!?」
俺に遅れて葛城も到着する。しかし、葛城は状況が飲み込めていないようだ。
「愛依まで……」
「か、葛城ぃ……!?」
「……すみません。2人も一緒に話を聞いてもらっていいですか?愛依は……知ってるから……」
「「「!!」」」
莉紗の発言に莉紗の両親と土井先生は驚きを隠せない。
「……とにかく部屋に入ってください。この場面を見られない方がいいでしょうし」
俺達は応接室に入る。応接室に入るのは初めてだった。中では校長先生と教頭先生が待っていた。
「おや、ずいぶんと人が多いようですね」
「も、申し訳ないです。私が2人を止められなかったばかりに……」
「別に責めてるわけではありませんよ」
土井先生は教頭先生にペコペコしていた。
「さ、おかけになってください」
校長先生は莉紗の両親と莉紗を座らせる。急に来た俺達の座る席はないので俺達は土井先生と一緒に立っていることになった。
「今日はお忙しい中ありがとうございます」
「いえ……」
「それで話というのは……」
「電話でも申し上げましたが、吉野さんが偽名を使って学園に通っているのではないかという噂がSNSで流れています。あくまで証拠はないため噂程度ということでそこまで問題にはなっていません。しかし、学園に問い合わせのメールが数件来ていたり、そのことを投稿しているSNSが数件見られました」
「!!」
初耳だった。やはりというか俺の手で止められるのにも限界があった。
「我が学園としてはこれ以上リスクを抱えるのを危険と考え、吉野 莉紗さんに転校をお願いします」
教頭先生は淡々と言葉を述べる。
「ちょっと待って……ください。大きな問題になっていないのなら……転校の必要はないんじゃないですか……?」
一番最初に口を開いたのは俺だった。莉紗と莉紗の両親はついに来てしまったかというような反応をしており、このままではあっさりと受け入れてしまいそうだった。
「ええ。その通りです。ですが、学園としてはリスクを背負っていくのは危険すぎます。もしも、このことが世間に広く知られるようになれば学園の存続が危うくなる危険性もある。それにこのことは入学前に決めていたことです」
「え…………」
俺は莉紗の顔を見る。莉紗の表情は申し訳なさそうだった。
「すまなかった幸一君。私達は莉紗のことで学園に迷惑をかけるようであれば転校をすることを入学前に話していたんだ。もし転校することになれば、君は自分が上手くできなかったからと自分を責めることになると思い……言えなかったんだ。だから、この話は君抜きで進めるつもりだったんだ。すまない」
莉紗のお父さんが俺に謝る。
「何ですか……それ……。聞いてませんよ……」
普通に考えて偽名を使って通う生徒を学園に入れるメリットは学園側にはない。入れるとしても今回のようにバレた時のケースを決めるのは当然と言えば当然だった。なぜ今まで疑わなかったのだろうか。
「莉紗にもこれは話していなかった。莉紗には一昨日話したんだ」
「え…………?」
「……もうこれ以上幸一君に迷惑をかけられないよ……」
莉紗はもう転校を受け入れていた。
「残念ですが、これはすでに決まっていたことなんだ。それで転校先ですが……」
「ぁ……」
俺が無視されて話は進んでいく。俺は協力していただけで部外者でしかない。今回の話し合いでは本当にノイズでしかないのだ。俺が入れる隙間なんてなかった。
「生駒君……」
葛城の心配している声は耳に入らなかった。
「こんな短時間でこんなにたくさんご紹介いただきありがとうございます」
「私達も北陸の方の学校とそこまで交流があるわけでなくて、話がスムーズに進まなくてですね……。力不足で申し訳ないです」
「北陸……?」
どんどん話が進んでいってしまう。
「うん。私は来年度から北陸の方に転勤が決まってね……」
「……………はあ……」
あまりにも話が飛躍しすぎて生返事をしてしまう。
「この時期からだと転校の願書の締め切りを過ぎているところが多く、学校は選べないかと思います」
「とんでもないです。紹介していただけるだけでもありがたいです。難しいようであれば通信制高校も考えておりますので」
「ひとまずは全日制の高校を探しましょう」
「北陸か……。私の昔の友人が校長をしている学園があったな。そちらも頼んでみよう」
「校長先生も本当にありがとうございます」
教頭先生と校長先生は慌ただしく部屋を出て行く。きっと2人はまだ優しいのだろう。莉紗がしてきたことを考えれば、退学届を書かされても文句は言えないはずだ。それなのにここまで手を尽くしてくれる。
「……………」
もう莉紗の転校は決定事項で俺にできることはなかった。
「幸一君……愛依……ゴメンね……」
だから莉紗は今日のことを俺に言わなかったのだ。俺に変えられることはないと知っているから。もう転校は決定していたから。
「おい……生駒……大丈夫か?」
「………………はい」
土井先生が心配してくれるが、大丈夫なわけがなかった。
「愛依……悪いけど、幸一君を連れて帰ってもらっていい?」
「…………わかった。行こ、生駒君」
「……」
俺と葛城は部屋を後にする。
「帰ろっか……」
「……そう……だな……」
ただ無力を感じた。それがとても悔しくて虚しかった。
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