第33話 崩壊

「おはよう」


「……おはよ。莉愛」


 家を出ると制服姿の莉紗が待っていた。


「!!」


 莉愛と名前を呼んだのはこれからもこの関係を続けていくことの覚悟を表したものだ。


「うんっ……」


 莉紗は嬉しそうに返事をした。


「もうすぐ2学期も終わるな……」


「今日からテスト週間だねー」


「嫌なことを思い出させるなよ。全然勉強してないんだから」


「だからこそだよ。しっかりと勉強しないと」


「そりゃ正しいな」


 いつも通りの会話だった。これまでと何も変わらない。しかし、俺の心の中は以前よりも少し楽になっていた。莉紗も何か吹っ切れたような顔をしていた。


「愛依に勉強させないとね」


「あいつがするかなぁ……?」


「大学進学は個人の意思だから口を出せないけど、留年しないようには勉強してもらわないとね」


「確かにそれはヤバいな」


 以前言っていたように一緒に勉強会をすることになりそうだった。


「おはよ」


「おう。おはよ」


「おはよう。あれ……愛依寝不足?」


 電車内で葛城に合流してすぐに、莉紗が葛城の顔を見て言葉を発する。


「え?そうなの。いつも通りに見えるけど……」


「メイクで隠してるからね。でも女子にはわかるんだよね」


「……少しね」


「勉強か?」


「まさか」


「だよなー……」


「笑い事じゃないよ。2人とも今日の3時間目数学の小テストあるんだよ」


「「え……?」」


 俺と葛城の声が重なる。


「その顔……忘れてたみたいだね……」


「と、とにかく行こう」


「だねー」


 俺達は駅のホームに早足で進む。こんな感じでこれまでの俺達に葛城が加わった3人でこれから楽しい日々が始まるのだと思っていた。



「ねえ……」


「ん?」


「何か変じゃない」


「ああ。なんかいつもよりも視線を感じるな」


「それにひそひそ話してるね……」


 学園に近づくと俺達は違和感を覚えた。信賀学園に通う生徒の反応がおかしいのだ。学園祭が終わった時もおかしかったが、その時はいい意味でのおかしいだった。今の反応は明らかに何か良くない噂が流れている時の反応だ。


(何だ……?誰を見てる?俺……いや、莉紗……?)


 視線は明らかに莉紗を見ていた。


「2人とも何か心当たりあるか?」


「ない」


「私も……」


 結局理由がわからないまま俺達は教室についた。


(……誰かに聞きたいけど……高見はまだ来てないか……)


 こういう情報に高見は結構詳しいのでまだ来ていないのは歯がゆかった。


「何か嫌な感じだね……」


「……ああ」


 机に荷物を置いた莉紗もこっちへ向かってくる。


「何かしちゃったかな……」


「…………」


 当然心当たりはある。莉紗が莉愛として学園に通っていることがバレればこうなってもおかしくはない。しかし、このタイミングでバレるのはおかしかった。学園に入学して1年半何もなかったのにこのタイミングでそれがバレるとは考えにくい。


「ねえ……」


 すると俺達の元に三峰がやってくる。


「おはよ」


「おはよー」


「おはよう、優希」


「……うん。おはよう」


 三峰の表情は暗い。明らかに何かを知っている顔だった。


「少し聞きたいことがあるの……」


「私?うん、いいよ」


 どうやら莉紗に聞きたいことがあるらしい。莉紗はいつも通り答える。


「……すっごいおかしいことを聞くよ」


「うん……」


 気が付けばクラスの視線が集中していた。


「莉愛……あんたって幽霊じゃないよね……?」


「ゆ、幽霊……?」


「は?」


 あまりにも突拍子もない質問に莉紗も驚いている。俺も驚きを隠せない。


「私、足あるよ。それにさわれるよ」


「……だよね……」


 そう言うものの三峰の表情からは莉紗の発言を信じているようには見えなかった。


「なんで莉愛が幽霊ってことになってるんだよ?」


 俺は我慢できずに聞いてしまう。


「……これ……」


 三峰は恐る恐るスマートフォンの画面を俺達に見せる。


「「「!!」」」


 そこに映っていたのは莉愛が死んだ悲惨な交通事故のニュースだった。


「そ、それは……」


「三峰、お前何言ってんの?」


 少し動揺した声の莉紗の言葉を遮り俺は話し出す。


「え?だって……名前の漢字一緒だよ……」


「どこで事故が起こったか確認したか?」


「え……いや……」


「浜木市だぞ。ここから電車で2時間くらい離れてるじゃねえか。俺と莉愛の家から考えると3時間だぞ。人違いに決まってんだろ」


「確かに……」


「俺達もそのニュースを見て驚いたよ。同姓同名の人が死んだんだから。実際中学校の先生も慌てて電話してきたし」


 俺は落ち着いて話す。動揺を見せれば怪しまれることになる。


「な。莉愛」


「う、うん。友達からも連絡とかいっぱい来て大変だったんだよ」


「な、なーんだ……」


 三峰は安心したのかホッと胸を撫でおろす。


「お前、高校生にもなって幽霊なんか信じるなよ」


「私だって普通信じないけど……同じ名前だから……」


「というか結構前のニュースだろ。なんで今更話題になるんだ?」


 俺が聞きたいのはそこだった。


「学園祭の動画がインターネットにアップしてないか探した子がいたらしいの。そしたら学園祭のことは出ずに、その事故のことばかりで」


「……なるほど……」


 確かに検索エンジンで吉田 莉愛の名前を検索すれば間違いなくその事故のことが出てくる。なにせ全国的に大きく報道されたニュースだ。


「ビックリしたー。同姓同名なんてことあるんだね」


 葛城がわざとらしくスマートフォンを見ながらが話す。


「似ている人は世の中に3人いるってどこかで聞いたがあれじゃないか?」


「そうかも」


「ゴメンね。莉愛」


「ううん。気にしてない」


 俺達の会話はそこで終わった。話を聞いていたクラスメイトも散り散りになっていく。


「ふう…………」


 思わずため息が出てしまう。ひとまずは難が去ったと見ていいだろう。今回サラッと先程のような言葉が出てきた理由はシンプルで事前に考えてあったからだ。信賀学園に入学する少し前に考えたことではあったがまさか今になって使うとは思わなかった。


(あとは……これで全員が興味を無くしてくれればいいんだが……)


 人間はゴシップというものが好きな生き物だ。それもカースト上位の人間であったり、素晴らしい成績を収めたスポーツ選手等の有名人であれば尚更美味しくなる。莉愛は可愛いということもあって目立つ存在だ。学園祭でバンドを成功させたことで気に入らないと思うやつが出てきてもおかしくない。

 三峰が言っていた幽霊はあまりにも突拍子もないことではあったが、全員がそんな風に考えるとは思えない。今回のことを機に莉紗の過去を調べる奴が出てきてもおかしくない。同級生では同じ中学のやつはいないが、下級生には同じ中学のやつがいてもおかしくない。それに他の高校や親戚に同じ中学のやつがいてそこから発覚する可能性も考えられる。


(そこまでされたら……終わりだ……)


 俺に隠せることに限度はある。こういうのは疑われた時点で良くはないのだ。


「大丈夫か?」


「……うん」


 小声で莉紗の様子を伺う。強がっているが、きっと苦しいはずだ。今まで友人だった三峰に正体を疑われるということがどれだけ恐ろしいことなのだろうか。共犯者である俺でこれだけ恐ろしいのに、本人はもっと怖いだろう。


「おはっよー」


 呑気な顔をして高見が教室に入ってくる。


「おはよ」


「何だ?ホームルームはまだなのに人多いよな?」


「三峰が莉愛を幽霊だと間違えたんだ」


「いやっ……違……。違わないけど……」


「こいつめっちゃビビりなんだよ。幽霊とか苦手なんだ。昔やった肝試しで……」


「言うなーっ!!」


 いつも通りの光景に俺は少し安心する。莉紗も笑うがいつもの調子ではなかった。

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