第32話 heartbreak

「1人で帰っちゃうの?」


 私は玄関で莉紗を見送る。あの後、私達は今後どうやって学園生活を送るかを話し合った。別に話し合ったといっても何かが大きく変わるわけではない。むしろこれまでと何も変わらない。これまで通り莉紗は莉愛として学園生活を送る。生駒君と莉紗の秘密を守るために私も一枚噛むことになったというだけだ。


「うん。今は……一緒のじゃない方がいいと思うから……」


「そう……だね……」


 生駒君は話し合いが終わると眠ってしまった。あれだけ思っていたことをぶつけたのだ。疲れるのも仕方がない。


「1つ聞いていい?」


「何?」


「何で……生駒君に告白したの……?」


 あそこで莉紗が生駒君に告白をした理由がわからなかった。莉紗の告白に対して生駒君の答えは当然のようにノーだった。それはそうだろう。あれだけのことをした莉紗を生駒君が恋人として受け入れられるわけがなかった。


「私の心をスッキリさせるためだよ。これもまた……自分本位な考えなんだけどね……」


「そっか……」


 つまり莉紗は振られるために告白されたのだ。自分は生駒君に受け入れられないとハッキリさせるために。自分の甘えをなくすために。


「私ね……莉愛がずっと羨ましかった。昔から明るくて周りから必要とされている莉愛が。ずっと劣等感を抱いてた。でも、嫌いだとかそんなことはなかった。だって……私も大好きだったから。幸一君が莉愛を選ぶのは本当に自然なことだったんだ。だから、私は文句なんか言えなかったんだ」


 私は生駒君、莉紗、莉愛がどのような関係だったのかを他人の言葉でしか知らない。しかし、そう単純な関係ではなかったのは間違いないだろう。


「……ずっと好きだったの?」


「うん。はっきりと恋心を自覚したのは……小学校の高学年だったかな。でも、それは莉愛も同じくらいだったと思う。だからこそかな……幸一君と莉愛が両想いだってすぐにわかったのは」


 まるで少女漫画みたいな三角関係だ。


「莉愛は私達幼馴染の関係が壊れることを恐れてか、なかなか告白しようとはしなかった。ワンチャンス狙って莉愛よりも先に告白するっていうことはやろうと思えば簡単にできた……。でも、私はできなかった。だって……振られる確率の方が高い告白なんて……できなかったから」


 何かで聞いたことがある。告白は確認作業であると。つまり告白をする時点で相手の答えは予想がついているのだ。莉紗は自分が振られる可能性が高いことをわかっていたのだろう。だから告白できなかった。


「そんな感じでもたもたしてたら幸一君が莉愛に告白して付き合うことになったんだ。莉愛が私にそのことを報告してきた時、今にも泣きそうだったのをよく覚えている」


「付き合うって報告を受けた時……どうしたの?」


「笑顔で祝福したよ。遅かれ早かれこうなることはわかっていたから……。それにこれが一番幸せなことだってわかっていたから。そして、時が経って幸一君への想いが消えればそれが一番良かったんだ」


 莉紗は悲しく微笑む。結局莉紗の生駒君への想いは消えなかったのだろう。そして、あの事故だ。誰だっておかしくなる。


「でも、やっと前に進めたんだ。幸一君に想いを伝えられて良かった。本当に……」


「…………」


 言っていることは本心なのだろう。莉紗の表情は満足げだった。


「ねえ……まだ生駒君のこと……」


「好きだよ」


 間髪入れず答えが返ってくる。


「だって10年以上好きなんだもん。すぐには切り替えられない」


「そうだよね……」


「もしだよ……。もし私が幸一君に信賀学園に入学することを話さずに、別々の学校に通っていたら……付き合っている可能性はあったのかな……?」


「………………」


 そういう可能性もあったのかもしれない。2人が別々の高校に行き、時間をおいて再会して恋人として付き合う可能性が。というかそれが一番2人が上手くいく可能性が高いだろう。ただし、再会まで2人の精神が無事であることが前提ではあるが。


(…………やっぱり2人はどうやっても……)


 悲しいが2人が結ばれる可能性は限りなく低いだろう。しかし、私にはそれを口にすることはできなかった。


「わかんない。だって……人生にもしもはないから」


 私はもっともな正論をぶつけてこの場を終わらせた。きっと莉紗はそういう可能性もあったのかもしれないみたいな言葉を望んでいたのだろう。だが、あったかもしれない可能性に浸るのはある意味残酷なことだと思ってしまったのだ。


「そうだね……。その通りだね。私、帰るね」


「うん。バイバイ」


 莉紗はドアノブを持ち立ち止る。


「ねえ……愛依」


「ん?」


「私に遠慮なんかしなくて……いいからね。私はもう振られたんだし、裏切るとかそういうこと思わなくていいよ」


「えっ……」


 私がその言葉の意味を理解するまでに莉紗は出て行ってしまい、玄関には私1人が残される。


「それって……」


 玄関には私の小さな声が響く。


(……それって……生駒君に告白してもいい……ってこと……?)


 私にはそうとしか思えなかった。


「……何言ってんのよ……」


 莉紗の一言で私は一気に動揺する。それはつまり私の気持ちを見抜いていたということだ。それは持ってはいけない気持ちだ。彼女がいる人を好きになることという恋愛における一種のタブー。だから私はこれまでそれを隠してきた。


「まさか……告白した理由って……」


 点と点が繋がり一本の線になる。莉愛の先程の理由も嘘ではないだろう。それは間違いない。しかし、あのタイミングで告白をする理由は薄かった。勝算も低い上に2人っきりではない。


「…………私に……見せるため……?」


 私はゆっくりとリビングに戻る。リビングのソファーでは生駒君がスヤスヤと寝息をたてて寝ていた。


「……人の気も知らないで穏やかな表情で寝ちゃって……」


 さらに歩を進め生駒君との距離を詰める。生駒君は全く起きる気配がない。


「あんたの幼馴染……性格良くないよ……。ホント……」


 生駒君のことを諦める気なんかさらさらないくせに私にチャンスがあるように見せかける。とんだ策士だ。生駒君に莉愛として信賀学園に通うことを急に言ったことからもいい性格をしているのはわかっていたつもりであったが、そのさらに上をきた。


「あんたが……その気なら……私だって……」


 私は生駒君のことが好きだ。最初は友達としてだったけど、今は男性として好きだ。いつも私の欲しい言葉をくれ、本当の私を理解してくれた。辛い思いをして欲しくなかった。ずっと笑っていて欲しい。ずっと隣にいて欲しい。

 きっと私の気持ちが大きくなりすぎて、自分でも制御できていなかったのだろう。だから、莉紗に気づかれた。生駒君を一番近くで見てきた彼女だから気づいたのだろう。

 しかし、好きなんて言えるわけがなかった。彼女持ちというだけでも言えない理由になるのに、最愛の女性を亡くし今も好きなのだ。受け入れられる可能性はない。


「…………」


 生駒君の顔が間近に迫る。あと少し顔を近づければ、キスができる。強引に事実関係を作ってしまえばもしかしたらと思ってしまう。

 生駒君は私の気持ちに気づいていないだろう。今まで気づく余裕がなかったから。しかし、今後は少し心の余裕ができて気づかれてしまうかもしれない。自分の気持ちはもう隠せないくらい大きくなっているのだ。気づかれるくらいなら行動するのもいいのかもしれない。


「生駒君が……悪いんだよ……。こんなに好きにさせて……」


 酷い責任転嫁だった。私の性格の悪さも莉紗に負けないだろう。私と生駒君の唇がどんどん近づく。そして、その距離があと1㎝程になった時だった。


「で……できないよ……」


 私は生駒君から離れる。私の気持ちを押し付けるということは彼を傷つけることだった。ようやく過去のしがらみから解放された彼を新たなしがらみに縛ることなんかできるはずがなかった。


「ぅ……うぅ……。やられたなぁ……」


 涙を流しながら生駒君の寝顔を眺める。私はまんまと莉紗にはめられてしまった。こっちの勝手な思い込みかもしれないけど。とにかく私は勝手に失恋したのだ。


「……バカみたい……」


 溢れる涙は止まらなかった。

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