第28話 truth④

「それって……別れるってこと?」


「そもそも2人は付き合ってないはずだ。恋人のふりをしているだけだ」


「生駒君に聞いたの?」


「いや。生駒は吉野 莉愛を引きずっている。引きずらされているとも言えるが。とにかくそんな状態で吉野 莉紗と付き合うことはありえない」


「……確かに」


「離れた方がいいっていうのは物理的に離れた方がいいってことだ」


「…………でも……それは……」


「ああ、吉野 莉紗はどうなるかは……わからんな。何かのきっかけで姉を名乗って学園に通ってることがバレるとまた家に引きこもることになるかもしれん。そもそも生駒がいないなかで1人で学園に通えるとは思えないが」


「……そうかも……」


 学園祭のリハーサル時に感じた彼女の違和感。それは生駒君に対しての深い依存。彼がいない時の動揺っぷりは正直見ていられなかった。交野君の言う通り生駒君がいない状態で吉野 莉紗がまともに学園生活を送れるとは思えなかった。


「お前も覚悟しておいた方がいい」


「覚悟?」


「ああ。吉野 莉紗を切る覚悟だ」


「っ……!!」


「今回のように吉野 莉愛が吉野 莉紗であることがバレる可能性は十分に考えられる。お前は誰かに言いふらすようなことはしないだろうが、言いふらすやつに知られてしまうことだって考えられる。3年に上がれば受験や模試が始まる。当然吉野 莉愛という名前では受けられないだろう」


 それはバレるリスクが高くなるということだった。


「その時は……見捨てろって言うの?」


「別にお前に吉野 莉紗を守れるっていうなら見捨てる必要はない」


「守るよ。だって大切な友達だもん」


「本当に守れると思っているのか?」


「えっ……」


 交野君は私を睨む。


「吉野 莉紗がやっていることは世間一般的に許されることではない。実の姉とはいえ偽名を使って高校に通っているんだぞ」


「!!」


 学園が認めているとはいえ、吉野 莉紗がやっていることは確かに許されることではないだろう。


「言い方を変えれば同級生を騙しているんだぞ。許すやつもいるかもしれないが全員がそうとは限らない。本人を知っている奴ならまだ可能性はあるが、知らない奴からすれば他人だ。万一ニュースなどで報道されることになれば世間からのバッシングは免れないだろう。他人の皮を被って生活している吉野 莉紗に耐えられるとは思えない。学園も庇いきれず、退学なんてことも考えられる」


「それは……」


「そして生駒を巻き込んでいるのが余計に生駒 莉紗を悪く見せてしまう」


「幼馴染を巻き込むのは……確かに……」


「違う。見方によっては吉野 莉紗が死んだ吉野 莉愛から生駒を略奪したように見えんだよ」


「あっ…………」


 その見方は最悪だった。見方など人それぞれなのでそういう見方をされても仕方がないだろう。


「そんなのって……。じゃあ、吉野 莉愛として信賀学園に入学した時点で2人は詰んでたってわけ……?」


「そうだ。あいつらはわかっていながら破滅の道を進んだんだ。ここまでもったのが奇跡といっていいだろう」


「…………じゃあ……どうしたら……良かったのよ……」


 私は交野君に守れるとは断言できなかった。そして話はここに戻ってきてしまう。


「世の中にもしなんて存在しない。こうなった以上少しでもマシな道をとるしかないだろう。2人を離して、何とかなりそうな生駒を救う。それがベターだ」


 実際に交野君はそうさせようとしていた。正確には生駒 莉紗の問題には手を出せなかったというのが正しいが。それは2人とも助けるという最高のルートを捨て、助かりそうな1人だけを助けるという道。2人が同時に助かることはできないが、片方が助かる可能性が高いという悪くはない道にも思える。いくつもの問題がある今の道よりはよっぽど正しいようにも思える。


「もう遅すぎるが、今ならまだギリギリ間に合う。転校という手段を使って生駒を別の学校に転校させれば2人とも共倒れという最悪のパターンは回避できるかもしれない」


「でも、その後に吉野 莉紗が姉の名前で学園に通っていることがバレたりしたら……」


「当然生駒は責任を感じるだろう。だが、あいつへの風評被害は最低限になるはずだ。心身ともにやられるだろうが、あいつなら……なんとかできるはずだ」


 交野君の言っていることは無茶苦茶だし、考えている通りに物事が進まない可能性もある。しかし、生駒君の事をよく考えた悪くない選択肢だった。


「……………私はそれは無理だと思う」


 しかし、私は反対する。


「何?」


「だって生駒君が吉野 莉紗を見捨てるわけないから」


「っ……!!それはっ……」


 それは交野君だってわかっていたのだろう。おそらく彼は生駒君に何度も別れろと言ったのだろう。もしかしたらさっきの選択を勧めたのかもしれない。しかし、生駒君はまだ吉野 莉紗の偽名生活に付き合っている。それは生駒君が拒否したということに他ならない。


「私は……2人とも救いたい」


 私は吉野 莉紗を見捨てることはできなかった。これまで秘密にされていたのはショックだが、私にとって彼女は大切な仲間だから。


「……本気で言ってんのか?」


「うん」


「どうやって?」


「2人には信賀学園に通って卒業してもらう。大学は吉野 莉愛としてでなく、吉野 莉紗として通うように私が2人を説得する」


「あと1年ちょっとバレずに卒業できるという確証はあるのか?」


「私が2人をサポートする。1人よりも2人の方ができることは多いはずだから」


「…………協力するってことはお前は2人に自分が吉野 莉紗が吉野 莉愛として学園に通っていることを知っていると話すことになるんだぞ」


「うん。2人に私が協力者になるって話す。きっと……莉愛……莉紗はショックを受けると思うけど、乗り切ってもらう」


「乗り切ってもらうって……。軽く言うなよ。あいつらにとって吉野 莉愛っていうのは……」


「乗り切れるよ。きっと」


「……何の根拠があって言ってんだ?」


「私は大切な仲間の莉紗を信じてる」


「偽名を使われていたのにか?」


「関係ない。莉紗が莉愛だと偽名を名乗っていても彼女が私の友達には変わりはないから。それに……この問題は莉紗が今後生きていくために絶対に乗り越えないといけない壁なんだ」


「………………」


「交野君の話を聞いて感じたんだけど、莉紗に必要なのは現実を受け止めること、間違っていることは間違っているとしっかりと言ってあげることだと思う。偽名を使って学園に通っていることを私が知ってると言ったら、きっと莉紗は傷つく。でも、きっと乗り越えられる。私は莉紗が弱い人間じゃないって知ってる。生駒君を含め周りの人は乗り越えさせようとせずに現実逃避をさせているだけだった。現実逃避が悪いとは言わないけど、いつまでも続けるわけにはいかない。そうでしょ?」


「…………そう……だな……」


「そして、そのことを誰よりもわかっているのは……莉紗自身だよ。きっと彼女もこのままじゃいけないことはわかってる。でも、巻き込んでしまったものがあまりにも多すぎるから戻れなくなっちゃってるんだと思う」


「…………」


「生駒君と莉紗は一度本音でぶつかり合う必要があると思う。きっと2人には色々な思いがあって話したいこと、話さないといけないことを話せていない。だから……全部話してもらう。ずっとお腹に抱えていた悲しい気持ち、文句を全部話して2人は初めてスタートラインに立てるんだよ。どうするかの話はそれからだよ」


 2人は現実を見ないようにしている。ひとまず時計の針を進めているだけだ。それでは問題は一生解決しない。


「交野君は世間や周りのことや未来のこととか不確定なことをを考えすぎてる。別に高校を卒業できなくたって、将来の道が全て無くなるわけじゃない。そんなことよりも2人の心を救ってあげることが何よりも大切だと思う」


「はっ……はははっ……ははははははははっ……!!」


 交野君は私の話を聞いて大声で笑いだす。


「お前、言ってること滅茶苦茶だ」


「……そうだね……。何一つ上手くいくっていう保証はないね。けど……」


「俺がお前を信じるっていうのは保証にならないか?」


「えっ……」


「お前になら……あいつらを任せられる」


 その言葉は今日聞いた交野君の言葉の中で一番優しかった。


「俺は……生駒を助けることばかり考えていて……生駒が望んでいること、気持ちを全部無視してた。でも、お前は違う。2人のことを第一に考えてしっかりと向き合っていた」


「交野君だって……2人のことを考えていた」


「……いや、俺は吉野 莉紗のことはそこまで考えていなかった。生駒にとっては大切な幼馴染なのに。だから……あいつらのこと、お前に託すよ。でも、お前が上手くいかなくても俺はお前を絶対に責めない」


 交野君はベンチから立つ。その表情は何かから解放されたみたいに清々しい表情をしていた。


「だって……お前は間違っていないから。お前がしようとしてること……一番難しいけど、一番正しいことだから」


「……ありがとうっ。私、絶対に2人を救ってみせるよ」


「お前になら……できるさ。頑張れよ」


「うんっ!!」


 何をするべきか決めたからか、私の中にあったどんよりとした雲がきれいさっぱりなくなったように感じた。

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