第29話 罪

「ふうーー美味かったー」


「たこ焼きって初めて自分で作ってみたけど難しいね。お店みたいに綺麗に丸くならないや」


「店のたこ焼き器って火力が高かったりするんじゃないのか?」


「そうかも。でも、これはこれでいいよね」


「ああ。色んな具を入れれるし、面白かった」


 休日に俺と莉愛は葛城の家に集まってタコパをしていた。何に影響されたのかはしらないが、葛城が急にタコパをしたいと言い出したのだ。全員たこ焼きを作るのは初めてだったので上手くは作れなかったが、わいわい喋りながらたこ焼きを作るのは予想以上に盛り上がった。


「葛城、たこ焼き器はどこにしまえばいい?」


「うーん……ひとまず流し場の上の棚に入れといて」


「わかった」


 俺は葛城の指示に従い、たこ焼き器をしまう。


「………………」


 ちらりと葛城の表情を見るが、それはいつもの葛城の表情だった。


(……自分で言っておいてなんだけど、葛城はあのことを本当に忘れてくれたのか?)


 葛城に莉愛の定期を見られて2週間が経っていた。最初の1週間は少し様子に違和感はあったが、それ以降は以前の葛城に戻っていた。


(こっちはありがたいんだけど……)


 自分でも忘れてくれという頼みが無茶であったことはわかっていた。しかし、葛城は本当にあの日のことを忘れているかのように俺達と話している。こちらとしては非常に都合がいいのだが、ここまで以前と変わらない態度をとられると少し不気味でもあった。

 葛城の性格からして追及してくるかと思っていたので、俺はこの2週間くらい葛城と少し距離をおいていた。かといって距離を空けすぎて、莉愛に怪しまれるのも避けたかった。そのため大きく行動を変えるということはしなかった。


(……いや、油断するな……。こっちは喋られたら終わりなんだ。気を抜いていいわけがない)


 俺と莉愛の秘密を他人に知られるわけにはいかなかった。それが例え葛城であってもだ。


「じゃあ片付けも終わったし、帰ろうぜ」


「えっ……早くない?まだ2時だよ」


 あまりにも早すぎる解散に莉愛は疑問を抱いたようだ。俺が早く葛城の家から帰ろうとするのは葛城にあのことを追及されるのが怖かったからだ。葛城の家で3人という状況は話し込むには向いているシチュエーションだ。


「そ、そうだけど……テストも近くなってきたし……勉強しないといけないから……」


「えっ、そんなに早くテスト勉強始めてたっけ?」


「今回は……ほら学園祭の準備で毎日の勉強ができてなかったからさ……」


 俺は苦しい言い訳しかできない。


「勉強ウチでしたら?」


「今日はタコパだったから持ってきてないんだよ……」


「そっか……。じゃあ、私は残っていい?まだ愛依と話したいし」


「あっ……」


 莉愛の想定外の発言に俺は焦る。莉愛と葛城を2人っきりにするのは今一番怖かった。


「いいじゃん。そんなに焦んなくて。ね、莉愛?」


「そうだよ。もっと遊ぼうよー」


「…………わかったよ」


 莉愛が帰らない以上俺は帰るわけにはいかなかった。


「そうだ。この前、見つけた人生ゲームしない?」


「あれね。いいよ。持ってくる」


 葛城は人生ゲームを取りにリビングから出ていく。


「どうしたの?どこか調子悪いの?」


「……いや……そんなことはないけど……」


 嘘だった。いつ葛城にあのことについて追及されるのかがわからなくてヒヤヒヤしていたのだ。


「お待たせー」


 葛城が箱に入った人生ゲームを持ってくる。


(まあ……人生ゲーム中は……ゲームに集中するだろ……)


 俺にはそう願うことしかできなかった。


「私、人生ゲーム久しぶりにするなー。いつ以来だろ?あれ?この人生ゲーム新品だ」


 莉愛の言う通りで人生ゲームの封は開いていなかった。


「……お父さんがビンゴとかの景品でもらってきたんじゃないかな?あの人が買ってくるとは思えないし……」


「そういえば愛依のご両親って……」


「私の家族のことはいいから。ゲーム始めよ。ほら、お金分けて」


 葛城は家族のことについて話したがらなかった。これは以前からだ。俺も莉愛も何か事情があるのは察していたが、本人がこの通りなので聞くに聞けなかった。


「……わかった」


「最下位は罰ゲームね」


「えー……」


「いいじゃん。盛り上がるし」


 嫌がる俺とは対照的に莉愛は意外と乗り気だった。


「勝者が最下位に何でも聞けるとかはどう?」


「いいよー」


「…………しょうがないな……」


 一抹の不安を感じながらもゲームはスタートした。



「さーて、敗者はどっちかなー?」


 1番にでゴールした葛城はニヤニヤしながら俺と莉愛のゲームの行方を楽しんでいた。


(……めちゃくちゃ……微妙だな……)


 ゲームは葛城の圧勝だった。とにかく自分に都合の良いことが起こるマスに停まるし、出る目も強かった。持っているお金を数えなくても一番は決定だろう。残りの俺と莉愛はどっちが勝っているのかが微妙だった。


「はい。2人とも上がりだね」


「うん。私、ゴールするの一番遅かったなー」


「早くゴールしたから勝つってわけじゃないからね」


「お前は圧勝してたじゃねえか……」


「私はね。でも、生駒君と莉愛はかなり微妙だなー」


 俺達はそれぞれ自分のお金を数える。


「私は105万ドル」


「ええー……私の2倍以上あるよぉ……」


 予想通り葛城は圧倒的1位だった。


「莉愛は?」


「私は32万ドル……」


「生駒君は?」


「34万ドル」


 ギリギリで俺の勝ちだった。


「じゃあ、私が1番、生駒君が2番、ビリが莉愛だね」


「負けちゃったー……」


 そういうものの莉愛の表情は楽しそうだった。


「莉愛に何を聞こっかなー……」


「怖いよー」


 盛り上がる2人をよそ目に俺は少しホッとしていた。俺が負ければあのことを聞かれるかもしれないという不安があったのだ。


「じゃあ、質問。あなたの本当の名前を教えて」


「!!」


 葛城の質問に血の気が引く。確かに莉愛に直接あのことを聞くという選択肢はあった。しかし、葛城はそんなことをしないだろうという油断が俺の中にはあった。


「……………名前……?」


「うん。本当の名前」


 俺は手首を掴む。


「葛城ぃっ!!」


「痛いんだけど……」


 葛城は俺を睨む。怒りからか葛城の手首を握る力は強かった。


「お前って奴は……どうしてっ……!!」


「どうして?2人に現実を見てもらうためだよ」


「現実……?」


「うん。吉野 莉愛がもう死んだっていう現実」


「っ!!」


 なぜ葛城が吉野 莉愛が死んだことを知っているのかと疑問が生じる。


「何で知ってる……?」


「ネットで検索すればすぐに出てきた」


「…………」


 莉愛の名前が莉紗かもしれないという疑問が出た時点で葛城がこの行動に移るのは自然なことだったのかもしれない。十分に考えられたことだ。


「だとしてもだっ!!何でお前はそれを言うんだ!!お前なら……深入りしてはいけない地雷だって……わかるだろっ!!」


「深入りしてはいけない地雷だからだよ。じゃあ、生駒君はその地雷をいつまで見てみぬふりをするつもりなの?もしかしてずっとできるとでも思ってたの?」


「それはっ……」


 俺は葛城の問いに答えることができない。


「やめてっ……!!」


 莉愛が俺の背中に抱きつく。


「もう……やめて……。お願いだから……」


「…………」


 我に返った俺は葛城の手首を離す。さっきの俺達のやり取りを見ていた莉愛ならわかるだろう。葛城が俺達の秘密を知ってしまったと。


「…………悪かった」


 俺は葛城の目を見ずに、謝罪の言葉を述べ葛城から離れる。


「気にしてない」


 葛城の声が俺には痛かった。


「愛依……ゴメンね……。私……ずっとあなたを騙していた」


 もっと動揺していると思っていた莉愛の声は穏やかだった。悲しそうな声ではあったもののしっかりと話せている。


「さっきの質問に答えるね」


 莉愛は葛城の目を見る。


「私の名前は……吉野 莉紗です」


 そうはっきりと自分の名前を言った。

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