第12話 隠し事

「あーぁ……上手くいかねぇなぁ……」


 休日俺はギターを持って唸っていた。1人で練習しているが、さっぱり上手くならない。


「葛城の家で練習した時と何が違うんだろ……?やっぱり俺って誰かに見てもらわないとダメなのかな……?」


 それであれば相当ダメな奴だ。その時、スマートフォンの着信音が鳴り響く。


「おっ……」


 着信は葛城からだった。


「お疲れ」


「お疲れ。練習してる?」


「ああ。サボってると思ったのか?」


「うん。生駒君、諦め早いから」


「……否定できないな……。残念ながら、練習はしてるよ。成果は芳しくないけど」


「そう簡単に身に付くものじゃないよ。音楽は練習を重ねたら自然とできるようになってるものだから」


「あと2週間でそうなればいいけど……。葛城は何してるんだ?」


「シンセサイザーの打ち込み。休憩がてら進捗はどうか確認しようと思って」


「俺の進捗はさっき話した通りだ」


「ま、頑張って」


「あのさ……お願いがあるんだけど……」


「何?」


「葛城の家、行ってもいい?」


「えー…………」


「恥ずかしい話なんだけど、葛城に見てもらった方が上手くなる気がするんだよね……」


「…………しょうがないなぁ……」


「助かる。あと、あいつも呼んでいい?」


「あいつって……吉野さん?」


「うん。時間あれば合わせ練習もしたいし」


「…………あんまり人に家、知られたくないんだよね……。生駒君には知られちゃったけど」


「お前が連れてったんだろ……」


「それは……ムカついて勢いでやっちゃったんだよ。あんな設備があるってこと知られるのも困るし、義冥で音楽活動してるってことバレたくなんだよね」


「……そっか……」


 莉愛は秘密を言いふらすようなことはしないだろうが、それでも知られるというのはリスクだ。リスクを抱え込みたくはない気持ちは十分に理解できた。


「……………じゃあ、俺だけで行くよ」


「本当にいいの?吉野さんと付き合ってるなら、私の家に2人っきりはマズくない?」


「一度俺を連れ込んだお前が言うなよ」


「言い方」


「事実じゃねえか。まぁ……良くはない。でも、バンドを成功させるためだ」


「……わかった」


「葛城も言わないでくれよ」


「もちろん。私も悪くなっちゃうし」


「今から行っていい?」


「大丈夫。ついたらインターホン鳴らして」


「わかった」


 通話はそこで終わった。俺は部屋着から着替えて、用意をする。


「…………着替え持っていくか?」


 前回のことを考えると長丁場になる可能性もある。


「一応持っていくか」


 俺は着替えも鞄に詰め込んだ。


「父さん、母さん、友達の家にバンド練習行ってくるよ」


「わかった。頑張ってな」


「迷惑かけないようにね」


 両親には学園祭でバンドに出ることは話してある。2人とも喜んで応援してくれた。


「今日も泊りか?」


「……進捗次第って感じかな……」


「母さんも言ってたけど迷惑かけるなよ。あと、これ」


 父さんは財布を取り出し、俺に一万円札を渡す。


「え……」


「厄介になるんだから差し入れはしっかりしろ。あとご飯もこれで食べて来い」


「ありがとう」


 受け取った一万円札を俺は自分の財布にしまう。


「いってきます。また、連絡するよ」


「いってらっしゃい」


 俺は両親に見送られながら家を出た。



「遅かったね」


 葛城の家に到着し、インターホンを鳴らすと葛城はすぐに中に入れてくれた。


「少し買い物してたんだ」


「ん?何それ?」


「差し入れ」


 俺はパンパンのビニール袋を葛城に渡す。中にはお菓子やコーヒーなどが入っていた。


「気を使わなくていいのに」


「父さんがお金くれたんだ。厄介になるなら差し入れをしろって」


「……いいお父さんだね」


「そう思う。お邪魔します」


「どうぞ。じゃあ、差し入れは遠慮なくもらっておくね。休憩時間に食べよ」


「だな。じゃあ、地下に……」


「ちょっと待って。これはキッチンに置いておくよ」


 俺は葛城に続きリビングに入る。


(広っ……。ソファでかっ……)


 リビングも家に負けない広さだった。柔らかそうで高そうなソファに、バカでかいテレビ、そしてさわったらいけなさそうなアンティーク。


「すっげ……」


 そんな小学生のような感想しかでなかった。しかし、以前感じた生活感のなさはここにもあった。全然使用していなさそうにかかわらず、埃とかはなく手入れが行き届いている。


(葛城が掃除をしているのか?いや、でもなぁ……)


 葛城がマメに掃除をするタイプには見えなかった。


「お待たせ」


「お、おう……」


 リビングを見ていた俺は葛城に声をかけられ少し驚く。


「行こっか」


「……ああ」


 俺達はリビングを出て、地下への階段を下る。


「何も聞かないんだね」


「えっ……」


「私の家のこと。家族のことも」


 葛城がドアを開け、数日振りに地下室に戻ってくる。

 

「聞いたら答えてくれるのか?」


「気が向いたらね」


「ははっ、葛城らしい回答だ」


 俺は荷物を床に置き、ギターをケースから取り出す。


「でも、聞くつもりは無いよ」


「えっ……」


「やっぱり人間誰でも聞かれたくないこととか話したくないことってあると思う」


 葛城の家のことや家族のことが気になるか気にならないかといえば、それは間違いなく気になる。しかし、それは踏み込んではいけない気がしたのだ。


「吉野さんを奪い合った過去とか?」


「……それは勘弁してもらいたいな」


 交野と会った次の日、当然のように高見と三峰にしつこく話を聞かれた。俺はもちろん話さなかった。


「お前も気にはなってるんだな」


「まあね。吉野さん尋常じゃないくらい怯えていたし」


「…………」


 全く交野はめんどくさいものをしてくれたものだ。


(……俺が連れて帰るべきだったかな……)


 今更どうしようもないが、俺はあの日の判断を後悔した。


「始めようぜ」


 だからといって葛城に過去を話す気はなかった。俺は話をぶった切ってギターを弾き始める。


「…………」


 俺がギターを弾き始めるのを見て、葛城は椅子に座りシンセサイザーの打ち込みを始める。



「うーん……やっぱり難しいな……」


 恋華こいはなと違い全体的に早い曲調の1曲目と3曲目に俺は苦戦していた。


「ちょっと貸して」


「え、ああ……」


 催促されて俺はギターを渡す。


「見てて」


 葛城は俺の前でギターを弾き始める。


「………………!!」


 同じギターを弾いているとは思えなかった。わかってはいたが、やはり葛城は上手い。


「さすがだな」


 葛城が弾き終わり、俺は拍手をする。


「ありがとう。参考になったよ」


「頑張って」


「まずはノーミスで弾けるようにしないとな……」


「それはもちろんだけど、曲のテンポをなんとかした方がいいかな」


「えっ……遅いかな?」


「うん」


 俺はとりあえず通しで弾くためにゆっくりと弾いていた。弾けるようになってからテンポアップしていけばいいと考えていたが、葛城の考えは違うようだ。


「今はまだ遅くてもいいけど、一度それで身体に覚えてしまうと後から直すのが難しくなるよ」


「確かに……」


 シンセサイザーでドラムやキーボードを打ち込むため、俺にテンポを俺に合わせて遅くするということは当然できない。葛城の腕であれば修正は可能だろうが、俺の腕だともう戻るのは不可能だろう。


「一度CDに合わせてやってみる?どれだけ遅れているか気づいていると思うよ」


「頼む」


 葛城はCDを流す。俺は曲に合わせてギターを弾く。


「っ……!!」


 自分のテンポがいかに遅れているかを思い知らされる。


(こんなに早いのか……)


 焦って一度外してしまうとドミノ倒しのようにすべてが狂っていく。そしてついには俺の手は完全に止まってしまう。


「ふふっ、まだまだ練習が必要だね」


「だな……」


 俺は今日徹夜で練習することを心に決めた。

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