第13話 隠し事②

「ふわぁぁぁ……」


 俺はリビングで大あくびをする。それは俺の家ではなく葛城の家でだ。


「ソファーふかふかだったな……。ってもう昼か……」


 明け方まで練習した後に俺はリビングを使わせてもらって睡眠をとった。ソファーは俺が普段使っているベッドよりもふかふかでよく眠れた。疲れのせいもあったとは思うが。


「顔洗うか」


 俺は立ち上がり、洗面所に向かう。昨日も顔を洗うために洗面所を利用したため、場所はわかっていた。


「あっ……」


 洗面所を開けた途端俺は固まる。なぜならそこには下着姿の葛城がいたからだ。


「…………!!」


 葛城も固まる。


「い、いやーん……?」


 返ってきたのは全く色気がない定番の言葉だった。しかも疑問形だった。


「ゴメンっ……!!」


 俺は勢いよく扉を閉める。


「か、顔洗いにきたんだ……。決して覗こうとか……そんな気は……」


「わかってる。生駒君がそんなするタイプじゃないって」


「……別にぶん殴ってもらっていいんだぞ」


「それも面白そうかもね。でも、いい。手を痛めるかもしれないし」


 今回のミスは確認をしなかった俺が一方的に悪い。そのためぶん殴られても文句は言えない。おとなしく受け入れるつもりだった。


「……とにかく悪かった。俺……リビングで待ってるからっ……」


 俺は逃げ出すようにその場から立ち去る。


「はぁぁああああああ~~~~!!」


 勢いよくリビングに駆け込んで、俺はソファーに飛び込み顔を埋める。俺だって健全な男子高校生だ。葛城の下着姿を見て何も感じないわけがなかった。


(……意外と着痩せするタイプだったんだな……)


 普段は女性として意識していないからか余計に女性ということを意識してしまった。


「お待たせ」


 しばらくして葛城がリビングに入ってくる。その様子はいつもの葛城だった。


「…………」


 それが自分だけ意識しているように思えて恥ずかしさが余計に込み上げてくる。


「行ってくる」


「いってらっしゃい」


 俺は葛城の顔を見ずに洗面所に向かった。

 

「頭冷やさないとな……」


 そう言葉に出してみるも全然そうなる気はしなかった。それからの練習に集中できなかったのはいうまでもない。



「久しぶりにピザ食べると美味しいね」


「だな」


 俺と葛城は少し遅めの夕食をとっていた。買いに行くのもめんどくさくなって宅配ピザを頼むことにした。


「「………………」」


 お腹は空いていたため手は進むが会話は進まなかった。疲れも出てきているのかもしれない。


「そういえば葛城が上げていた動画全部見たよ」


「えっ、全部?」


「うん。ギターの練習しながらとかながらも多いけど」


「暇人だねー……。こんな底辺動画投稿者の動画を全部見るなんて」


「底辺って……。自分で言うなよ。悲しくないか?」


「事実を言ってるまでだよ。3年以上やって登録者が100人いかないなんて底辺以外の何物でもないでしょ」


「別に本業じゃないし、そこまで気にしなくていいだろ」


「ちなみだけど動画が伸びない理由は何だと思う?」


「…………そうだなぁ……」


 俺は迷う。葛城の動画が伸びない理由と聞かれてパッと思い浮かんだものを言っていいのかと思ってしまったのだ。


「いいよ。遠慮なんかしなくて」


「……ちなみに葛城は動画を伸ばしたいのか?」


「うん。だって将来デビューする時には絶対有利じゃん」


「それはそっか……。伸びない理由はただ演奏している動画だからじゃないか?」


「それって編集した方がいいってこと?」


「編集した方がいいのはそうだと思う。でも、それよりも義冥って人を見せていくのがいいと思うんだよな」


「それって顔を出すってこと?」


 義冥は動画では首より下を映していない。


「それは最終手段。でも、葛城は動画に顔を上げたくないんだろ?」


「活動も本格的にしてるわけじゃないし、バレると色々とめんどくさそうだから」


「顔を見せないのはそれはそれでいいと思う。ミステリアス感が出るし。俺が言いたいのは義冥の人間性を見せた方がいいんじゃないかってこと。少しトーク挟むとか」


「なるほど……。でも、それだとさっき言ったミステリアス感は損なわれるんじゃないの?」


「ミステリアスって少し情報があって初めてミステリアスって呼べると思うんだ。今の義冥みたいに声しか情報がなかったらミステリアスじゃなくてだだの謎だと思うんだ。少し情報があって、想像できる方が楽しくないか?」


「おー……。確かに漫画でも謎に包まれた敵の幹部強さをチラ見せしたりする展開ワクワクするもんね。どういう能力を持っているのかとか思わず考えちゃうもんね」


「そうそう。葛城は意外と少年漫画とか読むんだな」


「うん。私、少年漫画好きだよ」


「そうなんだ。意外」


 少し時間が経ったこともあって俺達はいつものように話せるようになっていた。


「あと1つ聞きたいことがあるんだけど」


「何?」


「私の曲の中でどれが一番いいと思う?」


「俺はそんなに専門的な知識がないから好みになるぞ」


「それでいいって」


「なら……『ギメイでも愛してくれますか?』だな」


「えっ……それ?」


 俺の回答は葛城にとって意外だったようだ。


「中々微妙なところ選ぶなぁ……」


「そうか?」


「だって『ギメイでも愛してくれますか?』ってオリジナル曲の中では再生数低い方だし、一度しか動画に上げてないし」


「………………」


 一瞬どれもそんなに再生数変わらないじゃないかという言葉が出そうになったがそれを引っ込める。


「だから俺の好みだって言っただろ」


「どういうところが好きなの?」


「…………改めて聞かれると難しいな……。歌詞も好きだし、メロディーも好きだぞ」


「なんか適当だなぁ……」


「仕方ないだろ。これまで聞かれたことなんかないし。それに好きな曲ってフィーリングみたいなところあるじゃん」


 自分の好きな曲を聞かれたことはあったが、その理由を聞かれたことなんて今までなかった。


「確かにわからないこともないけど」


「何か手を止めちゃうんだよな……」


「えっ……」


「つい聞き入ってしまうっていうのかな。そんな感じ」


「ふーーん」


 俺の曖昧な答えに葛城はニヤニヤしていた。


「何だよ……。ニヤニヤして……」


「少し嬉しかったんだ」


「何が?」


「『ギメイでも愛してくれますか?』を好きって言ってくれたことが」


「思い入れがあるのか?」


「うん。『ギメイでも愛してくれますか?』は私が一番最初に作った曲なんだ」


「そうなの?でも、上げたのは全然最初の方じゃなかったよな?」


「そうだよ。作ったけど、最初につけたメロディーがイマイチでね。上げてなかったんだ。作ってから一年後にメロディーを付け直して、今のになった」


「そうなんだ。やっぱり何事も初めてのことって思い入れがあるもんな」


 人間とは初めてのことには思い入れを持つ生物だと思う。そして、年が経てば経つほど聖域化するものだと何かで聞いたことがある。俺はまだそこまで長く生きていないため、聖域化についての理解はそこまで深くない。しかし、初めて買ってもらったボロボロのバッシュはいまだに捨てられず、押し入れの中にしまってあったりとわかる部分もあった。


「『ギメイでもアイしてくれますか?』ってもしかして自分のことを歌ってたりする?」


「っ……!!」


 俺の発言に葛城の顔は真っ赤になる。下着姿を見られた時よりも動揺しているように感じる。


「あっ……そうだったんだ……」


 そして、その反応はイエスと答えているようなものだった。


「あーあ……やっぱり教えるんじゃなかったなぁ……」


「今更後悔しても遅いって」


「自分のことを歌っている歌詞なんて黒歴史そのものじゃん」


「一般的に考えればそうだけど、葛城はしっかり歌にまでしてるじゃないか。全然黒歴史じゃない」


「…………」


「それにあの歌が刺さってる人もいるわけだし」


「……はい。休憩終わり。練習再開しよっ」


 葛城は明らかに照れていた。


「ああ」


 もうこれ以上この話を広げるのも止めた方がいいだろう。俺達は立ち上がり地下室に向かった。

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