第5話 サーシアと学友たち2

「じゃ、組むか。魔法陣」

「起動は『浮遊』と『移動』どっちにする?」

「『浮遊』でいいんじゃないか?『移動』…『緩行』も後付けしよう」

「そうね、サーシアもいるしゆっくり運びましょう」


 先輩組の三人は小山を取り囲み、慣れたように魔法陣を組む手順を相談している。

 そこに、そっと手を上げるのはサーシアだった。


「あ…あの…魔法陣の作り方?って…どうやるんですか…?」

「えっ!?それどういう事?!」

「魔法陣を組んだことが無い…のか?サーシア」

「魔法陣…クム…?」

「いや、そこは分かるでしょう!誰かが作った魔法陣を利用して、世の中には魔法道具が普及してるんだから。アカデミーに入るまでだって、生活の中で目にしたことはあるわよね?」

「そ、そっか…!私も魔法使いだから作れるんですもんね?!魔法陣!!」


 驚く二人と混乱するサーシアを制したのは、彼女の複雑なアカデミーへの入学経緯を聞いていたタオだった。


「サーシアは、アカデミーに入ってどれくらい経ってからここに来たんだ?」

「えっと…変な時期から入学したけど、大体の期間は…、2年ちょっとですね!」

「2年!?10歳くらいの学年だよな?」

「ほう、サーシアはユースティスと同じ天才型だったんだな」

「ユースティスと同じ…かしら…?」

「え?えへへ〜!そうですか?!」


 首を傾げるエルマだったが、天才という言葉に反応してサーシアは嬉しそうに笑う。


「先程聞いたが、サーシアは突然魔法の才に目覚めたらしい。つまり、2年前に入学して、基礎も学べないままここに来たということか?」

「なるほどな?…でも、その学年のカリキュラムなら魔法陣の授業はある筈だろ。例えば…あ、角灯ランタンの火を灯す魔法陣作れってやつあっただろ!覚えてるか?」


 顎に手を置き、うーん、ランタン…と唸っていたサーシアだったが、突如声を上げる。


「あっ!思い出しました!確か…良い感じに燃えろ〜ってやったら出来て、前の先生にもういいって言われたやつですね!」

「い、良い感じ…?」

「私、ほとんど理論とか訳分かんないんですけど、こんな感じだ〜って魔素をびゃーって出すと出来ちゃって、その度、先生達が何度も相談してて…最終的にここに行ってみろって言われたんです!」

「魔素を、びゃーっと…」


 エルマとグレイグは少々引いている反応であるが、タオは納得したように頷いた。


「やはり天才型なんだな」

「タオは器がデカいのか、天然なのか分からない時あるよな」

「…うーん、じゃあ出来ないって訳では無いのよね。簡単に説明しましょうか」

「ありがとうございます、エルマ先輩…よろしくお願いします!」 


 感激、といった表情で手を合わせるサーシア。

 気を取り直し、エルマの特別授業が急遽始まる事になったのであった。


####

 

「魔法陣は、いくつかの条件をつけた複雑な魔法を発動する時に作成するもので…根幹となる起動魔法言語マジックワードを中心に、魔法の効果を円状に追加していくことで、よく見るまあるい魔法陣が完成するの」


 エルマはそこらの木の枝―庭の外では魔素の純度が非常に高い貴重素材とされるのは置いといて─を使い、器用に地面に絵を描きながら説明していた。

 そして、掌を出し、『火よ』と呟いた。

 そこには小さな炎がポッと燃え上がる。

 

「これだけだと、〈簡易詠唱〉と呼ばれる単純な魔法でしょ。でも、ランタンの火として小さな炎を灯し続けたかったり、逆にさっきの授業のように攻撃に用いたかったり…そういう時に陣を組み上げて、細かな指示を出来るのが魔法陣というもの。ここまでは分かるかしら」


 エルマがそう言うと、サーシアはこくこくと首を縦に振り頷いた。


「は、はい!大丈夫です!あ…でも、さっきグレイグ先輩がお山を作っていたのとは違うんですか?」

「あれは、〈簡易詠唱〉に指向性をもった詠唱を追加して、おおまかな動きを指示した魔法を発動したの。これだと、ただの小山は作れるけど…砂のお城を作りたかったら、魔法陣での指示が必要、といった所かしら」

「はあ〜…なるほど…」


 熱心に聞くサーシアだが、基礎と言えるこの内容は、以前のアカデミーでも教えてもらう事は出来たであろう。

 だが、そうでないという事は、アカデミーでの彼女の立場がどんなものだったのか予想する事は出来る。

 エルマは初学者にするよう丁寧に説明しており、タオとグレイグも邪魔をしないように授業を見守っていた。


「そして、魔法陣の最大の特徴は、描かれた陣に魔素を流し込めば誰でも使える事ね。複雑な魔素の操作が出来ない人でも、魔法陣があれば何も無い所で明かりを灯す事が出来るし、魔物から身を守る事だって出来る。様々な魔法陣が作られる程、人々の可能性はどんどん広がるわ…だから、魔法陣というのは魔法使い達の主たる研究要素なの」


 エルマがそう言うと、グレイグが横から口を挟む。


「最近は大産業時代って言われてて、デカい機構に大型魔法陣を転写した"魔法機械"ってのがどんどん開発されてるからな、新しい需要が高まってるんだ。つまり──魔法陣は金になる!覚えておいて損はないぞ」

「もう、これだから商家の息子は…でも、サーシアの才能は新しい魔法陣の開発の助けになるかもね。話を聞くに、あなたの発想がそのまま陣として完成されるって事だもの。…ただ、基本はある程度知っておいた方がいいわ。どんなに便利な魔法陣でも、魔法協会の審査が通らなければ流通されないから」


 サーシアは、驚いたように声を上げた。


「へえ〜!魔法協会は、そんなこともやってたんですねえ」

「魔法協会の印が無い魔法陣は、不正な粗悪品だから気をつけるのよ」

「え?!き、気にしたこと無かったです…安いの選んでたからなあ…」

「偽物の印が押してあったりもするからな。本物はちゃんと光るぞ」


 そうなんですか!?と脱線しかけて来た話もそこそこに、ぱん、と手を叩きエルマが言う。


「さて、概要はこんなものであとは実践よ。早速、この土の山を菜園の方まで動かしましょう」

「は、はい!」


 緊張したように背筋を伸ばし、サーシアは皆と共にグレイグ作の小山に向かった。




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