第6話 サーシアと学友たち3

 エルマの指示の元、4人は小山を囲んで四方に立ち、両手を前に出す。

 たちまち辺りの魔素がうねり、渦を巻いて集まる様子がサーシアには見えていた。


「魔法陣は大きければ大きいほど維持が難しいんだ。こうやって何人かで魔法陣を組むことも良くあるから、やり方を覚えておくといい」

「こ、これ、組むっていうのは…具体的にどうやって…?」

「魔素を操作して、対象に向かって書き込むって感じかしら。話を聞いている限り、きっと出来るはずよ」

「サーシアが起動をやってくれ。そんで、僕らが追加の指示を書き込んでくよ。初めは感覚だけ覚えときな」

「…はい!がんばります!」


 地面に魔法文字が浮かび上がり、すらすらと文字が増えては円を結び、その円周を増やしていく。

 自分が扱っている魔素に、他の3人の魔素が流れ込んで来るような、不思議な感覚をサーシアは感じていた。


 そして、小山をしっかり囲んだ陣が完成すると、土の塊が4人の背丈より高く、ふわりと浮いた。


「わ、わわわわ!!浮いた!高い!すごい!こぼれてない!」 

「サーシア、このまま東の方角に動かすからね!まだ魔素を流し続けて、集中切らさないように」

「はい!!」


 そのままゆっくりと土の塊は目的地まで到達し、地面に置かれた。


「は、はあ〜…で、出来た…?」

「簡単な陣とはいえ、初めて複数人で組んだ魔法陣にしては上出来じゃないかしら。サーシアは魔素の操作が上手いわね」

「座学はからっきしだったので、それだけでアカデミーの試験を突破してきましたから!」

「力技にも程があんだろ…」

「いや…この教室に来る生徒らしいんじゃないか?」

「まあ、及第点は十分あげられるわ。そういえば、ハイネも魔法陣を作るのが得意なの。あの子は薬学が専門だけど、そつなく何でも出来るから…分からないことがあれば聞いてみたら良いわ」

「エルマに魔法陣の事聞いたら、破壊しか学べないからな」

「あんたの大事な本達も今すぐ破壊してあげましょうか?」

「この口が勝手に動くんです、すみません。許してください」


 エルマの優しい表情が一変、グレイグを射殺さんとする視線を向け、彼は流れるような速さで謝罪をする。

 溜息をつくタオの反応からしても、今までも本がいくつか失われる事があったのかもしれない。


 そして、はあ…と首を振ったエルマが、サーシアに向き直った。


「…サーシア、誤解がないように言うけど…私の産まれはね、魔素溜まりミアズマに近い所なの。私は、魔物の発生から故郷のみんなを守る、もっと安全で強い魔法陣を作りたいんだ」

「…そう、だったんですか…」


 魔素溜まりミアズマからの魔物の発生は、規則性も無く突如起こる災害の一つである。

 経験した事のないサーシアでは想像し得ない様な過酷な環境であるだろうに、エルマは故郷を離れるのでは無く、守るために魔法を学んでいる──

 ようやく、エルマの攻撃魔法への執念に合点がいったサーシアは、こくりと頷き、彼女を見つめて言った。


「エルマ先輩は、ただの"攻撃魔法狂い"じゃなかったんですね…」

「くっ…、そ、そうよ。分かってくれたかしら」

「いや、それはそれとして、エルマは爆発的な攻撃魔法が何より好きだから、間違いじゃないと思うけど」

「…いい加減に黙ってて、グレイ」

「いや、本当の事だろ?今度魔法使ってる時の顔、鏡で見ておけって」

「あんた…」

「そこまで。そろそろ夕飯の時間だ、ナイアさんに怒られる。サーシアも、このまま食堂に行くぞ」


 見兼ねたタオが二人を遮る。何だかんだと喋り合いながら歩き出す先輩達の姿を見て、自分もこれからこんな風に過ごせたら良いと、サーシアは小さく呟いた。

 そして、自分の同期である優しい少年の顔を思い浮かべ、次は魔法陣の作り方を教えてもらおうと、嬉しそうに皆の後を追うのだった。


####


 同時刻、ハイネの私室にて。

 水晶型の遠隔通信機がチカチカと光り、ハイネは何者かと会話をしていた。


『それで、何か有益な情報は集まっているのか?ハインリヒ』

「…今のところは…特に、ありません。父上」

『全く、そちらに行って何ヶ月経つ。相変わらず魔法以外は能の無い…結果を出せといつも言っているだろう』

「…申し訳ありません。ただ、不審な動きをすると、この庭には二度と入る事が出来ません。必ず成果を持ち帰りますので、もう少しお待ち頂けますか」


 ハイネは、感情を出さぬよう努めて返事をしているようだった。

 対して通信の相手は、声だけであるが、苛々とした気配が嫌でも伝わってくる。


『何でも良い、何か…貴重なモノの一つや二つ拝借出来ないのか?次までに何か報告しろ。そうでなければ、ヒルデガルトに責任を取ってもらうぞ』

「…分かりました。準備しておきます。父上」


 水晶の光が消え、ハイネはベッドに力無く腰掛ける。

 自分を抱き締めるように回された両腕は、小さく震えていた。


「…ヒルダ…早く、何とかしないと……」


 ####


「また新入生が入ってきたんだよ…うん、とても面白い子だね」


 そしてニルもまた、耳飾り型の通信機械を使って、手元の書類にペンを走らせながら誰かと話をしている所だった。


「…それと、少し調べて欲しいことがあって。そっちの様子を見てからでいいから、情報を集めて欲しいんだ…え?うん、こっちは平気だよ。心配しないでくれ、"校長"さん」


 顔は見えずとも、おそらく苦い顔をしているであろう嫌そうな声に、つい笑いが漏れる。

 そして、机に置いてあった一枚の紙を拾い上げ魔素を流し込むと、そこには一人の生徒の顔写真と、いくつかの情報が浮かび上がった。


「名前は、ヨハンネス・ネテリハイム。北方の貴族だよ。北の地で、魔法薬学で名を上げたみたい…うん、手札は多いほうがいいからね。じゃあ、よろしく。くれぐれも気をつけて」


 通信が切れ、ニルは息をつく。


「…さて…これから、少し慌ただしくなるかもしれないね…」


 表情こそ穏やかだが、その目には冷たい光が走っていた。


 ニルが部屋を後にした机の上には、〈ハインリヒ・ネテリハイム〉、そして、〈サーシア・ブロシュ〉──新入生2人の書類が置いてある。

 しかし、使用者が居なくなった途端、紙からはちりちりと青い炎が上がった。

 揺らめく炎は、この先の波乱を予期するかのように突如大きく燃え上がると、そのまま跡形も無く消えてしまった。

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