第6話 寺澤界王君 (後編)

その日は物々しかった。

「えー今日の絆人は大変危険なので十分注意してお迎えしましょう」

出発前、拳田さんがこの様な事を言うのは初めてだった。

岩沖津さんが何かを配りだす。

「装着の仕方がわからなかったら言ってくれよ」

私の手にのったのは防刃ベストだった。

一気に緊張が増した私。

今日は拳田さん、岩沖津さん、見入板さんの他にも主要メンバーが全員いた。

「よし、出発」

拳田さんの号令で全員車に乗り込んだ。



目的地は東京湾の千葉側、新興住宅街から少し外れた所だった。

「おっ、ここだぞ」

拳田さんが指差す家の前で私は車を停める。

後ろからついてきたもう1台の車も停まった。

その家は古ぼけた普通の家だった。

だが何かが違う。

説明はしにくいが、何かが違う家だった。

「庭に車停める許可はもらっているからあそこに入れちゃって~」

その雰囲気に気付いているのか、気づいていないのか、いつもの感じで拳田さんが私に言う。

「さてと、行きますか」

そして車を降りた。

私達も降りる。


ガラガラガラ


鍵を開け、玄関の引き戸を開ける拳田さん。


「くっ、臭い!!」

第一声がこれだった。

私達全員顔を歪める。

マスクをしていても到底防げない位の異臭がした。

玉ねぎを腐らせそこに鉛筆と卵を牛乳を混ぜ合わせ発酵させた様な臭いが家中に充満している。

「こりゃ長靴が必要だったかな」

そう呟く拳田さん。

家の中はやはりゴミだらけだったが、何よりもヤバいのが謎の液体やぬめりが床中にこびりついている所だった。

当然の様に靴のまま家に上がり込む私達。

家の壁は当然の様に穴だらけで、最初の頃はそれらを隠そうとしたであろうポスターやカレンダーは年季が入っていた。

異臭の中、今回の入所予定者、生堂でいう所の絆人予定者である寺澤界王君の部屋の前にたどり着いた。

「寺澤くーん」

ドンドンドン

拳田さんがノックをする。

「寺澤界王く―ん」

ドンドンドン

「開けてー、開けてお話しよー」

ドンドンドン

「僕達? 僕達はね、君のお父さんから依頼を受けて来た人生サポートクラブ『生堂』の人間だよ。まぁ生堂では人間の事を絆人って呼んでいるのだけどね、そこから来たんだ。ねぇ、少しお話しない?」

ドンドンドン

「んっ? バイトをするから家から出ない? えっ? 高校にも行こうと思う?

う~ん、界王君さぁ前に他の自立支援の人達にもそれ言ったでしょ? 寺澤くーん

まずはドアを開けてよー」

ドンドンドン

「寺澤界王君はね、今日から家を出て人生サポートクラブ『生堂』で生活する事になるんだよ」

そう言って拳田さんが軽くドアノブを回す。

意外な事に部屋のカギはかかっていなかった。

「みんな気をつけろよ」

そう言って拳田さんがドアをゆっくり開ける。

「寺澤界王くーん、入るよ」

そして呼びかけたその時、

ドコッ

湯呑が投げつけられドアに当たった。

一呼吸置き、再び拳田さんが言う。

「界王くーん、入るよ~」

ドアが完全に開き視界が広がる。

界王君の部屋の中。

天井まで届く本、雑誌、ゴミの山。

弁当の容器が散らばり、ペットボトルは想像もしたくない黄色い液体で満たされた物ばかりだった。

そして布団の上には物凄く髪の長い大きな何かが座っていた。

「ぐぎぃやぁああああぁ~~~~」

叫びだした大きな何かは手に包丁を持って叫びだした。

「大丈夫、すぐおさまる」

小声で私達に言う拳田さん。

叫びはものの1分で収まり、手元の包丁を下したのを確認すると、

「寺澤界王君だね。僕達はね生堂という自立支援施設。の者なんだけど」

拳田さんは界王君に説明を始めた。

「ででげ~~、じじぎぃ~~ご~どっ、どんでごぎ~~」

だが界王君はよくわからない言葉を発してまた怒鳴りだした。

「いや、お父さんはね、昨日から入院しているよ。だから界王君今日はご飯まだ食べられていないでしょ」

何語かわからない言語を話す界王君と会話ができる拳田さん。

さすがプロだ。

「親が悪い? だから責任をとれ? そうかもしれないね」

「部屋を片付けるからここにいたい? いや、でも界王君ご飯どうするの? 作れないでしょ」

「んっ? バイトする? いや、そこまでしなくても良いよ」

「えっ、高校に行く? いや、もうそれはいいかな」

界王君と話し続ける拳田さん。

生堂に一緒に来てもらう為の説得は過去一番で難航した。

普段なら岩沖津さん、見入板さん達の説得アシストが入るのだが、界王君が何を言っているのかが全く分からず、界王君のそれを理解できるのは拳田さんだけだったからだ。

「ぜだぎぎぎがが!! がげげ!!」

絶対に嫌だ、帰れ。

界王君が何となくそう言ったのがわかったその時、少し大きめな声で拳田さんが口を開いた。



「界王くんさぁ、君もう70歳だよ。だから今日はね、君の年金についての手続きとこれからの暮らしの事をお父さんに頼まれたから来たんだよ」



そう、寺澤界王君は中学生の頃からずっとこの家の中で引きこもっていたのだった。

「確かに勉強、勉強言い続けた親が悪いかもしれないね。でも界王君が働かなくても今までず~っと暮らす事が出来たでしょ。親は君を生んだ責任はとっていると思うよ。引きこもりすぎて歩けなくなった君に毎日ご飯を食べさせて、本や漫画、お菓子も言われた通りに買ってきてさぁ。それで少しでも気に入らないお菓子を買ってくるとお父さん殴ってさぁ」

「学校でいじめられた? あー、お父さん言っていたけどいじめっ子の加藤君はもう死んじゃったよ。子供と孫に看取られてね。あと君が好きだった小沢さんのお孫さん、インフルエンサーの○○ちゃんだよ。いや違うよインフルエンザじゃないよ、インフルエンサーだよ」

「高校に行く? いやいやいや、どこに君を受け入れてくれる高校があるの?」



たまらなくなってカーテンを開け外を見た私。

界王君が生まれた時にお父さんが植えたヒノキが寂しそうに揺れていた。




寺澤界王君


70歳


引きこもり歴


57年

 


引きこもり

年金開始

父卒寿

残る人生

まだ他人ひとのせい

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引きこもり自立支援施設で引き出し屋をやってみた 今村駿一 @imamuraexpress8076j

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