第4話 坂中日本一君 (23歳 引きこもり歴6年)
ここでの生活も少し慣れてきた頃。
私は仕事と並行しながら起業の準備も進めていた。
同じ様に入所者である絆人達も自立に向けて様々な動きを見せていた。
基本生堂では朝ごはんは全員そろって食べるというのと、それが終わった後の生堂歌斉唱。週に1回の夜ミーティング以外、行動は割と自由であとは自立カリキュラムをゆっくりでも進めていけば良い、というスタンスだった。
早くここから出たい入所者絆人はカリキュラムを早くやれば良いのだが、案外に居心地が良いものだから早く終わらそうとする絆人は半分くらいの様に見受けられた。
カリキュラムを終わらせようとしない絆人の様は心の傷を癒しているようにも見えた。
実はこの頃、私は少し悩んでいた。
引きこもりは本当に悪い事なのか。
親を殴ったりする事は確かに悪い事だと思うのだが、この様な状態にした親、兄弟、学校、社会には問題は無かったのだろうか。
そうであれば無理に出す事は必要なのだろうか。
もっと警察や行政、病院に任せた方が良いのではないのだろうか。
あどけない笑顔で笑っている絆人達を見ていると全員普通の人達に見える。
それがモンスターになって親や社会に襲い掛かる。
わからない。
「夢~夢~絆~男~、行ってきまーす」
そんな私の悩みなど関係ない良介が歌いながらバイトに出かけて行った。
今回の依頼は東海の方からだった。
美味しい物がたくさんある地域なのでみんなウキウキしながら出かけた。
やってきたのは田舎のメインストリート。
そこに今回の依頼者の大きな家があった。
大きな駐車場に車を停めると、
「どうも、今日はよろしく」
そう言いながら茶髪の小さな60歳手前くらいの男が家から出てきた。
依頼者の坂中護流さんだ。
「どうですか? 落ち着いていますか?」
拳田さんが問いかけると、
「いや、昨日も暴れたので殴りつけてやりましたが更に暴れてもう手がつけられないですわ。私より体だけは大きいから本当に厄介です」
呆れ笑いをする護流さん。
「わかりました。では中に入らせてもらいますね」
今日は拳田さん、見入板さん、私の順番で家の中に入っていく。
家の中は引きこもりが居る大半の家とは違い、比較的綺麗で壁に穴も開いていなく、ゴミも散らかっていなかった。
だが本日の入所予定者、生堂でいう所の絆人予定者である坂中日本一君の部屋の前のドアを見ると大きなポスターが貼ってあった。
その部分を軽く触れてみる。
手ごたえはなく、空洞化している。
やはり破壊しているようだ。
ドンドンドン
「坂中くーん。坂中日本一くーん。お迎えに来ましたよ~」
いつもの様に拳田さんがノックをする。
だが返事は無かった。
「開けるよ~、入るよ~、日本一く~ん」
拳田さんがドアに手をかける。
ドアが開いた。
うわ~
部屋の中はゴミだらけ。
散らかし放題。
壁にはたくさんの穴が開いていた。
ベッドには毛布に包まったまま、こちらを見る顔があった。
「日本一君、僕たちはね」
拳田さんが生堂の説明をしだすと、
「うわぁーーーーひゃあぁあああああぁーーーー、なんであいつが悪いのに僕がそんな所行かなきゃならないんだぁーーーー」
日本一君は暴れだした。
だが全く動じない拳田さんと見入板さん。
10分もすると日本一君は疲れたのか静かになった。
「もう良いよ、どうせ親から頼まれたんだろ。明日から朝ちゃんと早く起きるし、部屋も片付けるし、はい、早く帰って」
息を切らせながら言う日本一君。
「いや、でもね、日本一君は家にお金入れていないでしょ。いくら実家がお金持ちでもそれじゃダメなんじゃないかな。自立しないといつまでも迷惑をかけてしまうんじゃないかな」
見入板さんが言う。
「じゃあバイトするよ。それで良いでしょ。はいじゃあ帰って」
日本一君は毛布を頭から被って寝てしまう。
朝早く起きる、部屋を片付ける、バイトする、は連れていかれたくない子が必ず言う鳴き声だし絶対やらない3点セット、と拳田さんが言っていたワードがもう出てきてしまった。
だがここからが長かった。
どうしてこの生活が始まってしまったの? うるさい、早く出てけ! を何十回、何百回と繰り返す拳田さんと日本一君。
途中から見入板さんと変わって更に続けた。
何十分。
ひょっとして何時間かかったかもしれない。
「だからアイツが悪いんだろぉうぎひぃやぁああああああぁーーーーー!!!!」
ついに日本一君が切れた。
「アイツって親のこと? 友達の誰か?」
拳田さんが問いかけると、
「護流だよぉおおおおおおぉ~~~~~」
お父さんの名前を叫んだ日本一君。
よくよく聞いてみると護流さんは関東の方では暴走族をやっていたとか有名なヤンキーだったとか言って粋がっている様で近所の飲み屋とかでも有名人、町会の仕事も積極的にやる顔の広い人の様だ。
日本一君も明るい子だった様だ。
だが関東から転校生が来てからその生活は変わった。
転校生の親が護流さんと偶然同級生で実は護流さんがいじめられっ子だった事が発覚してしまった。
最初は信じなかった日本一君。
だが日本一君が転校生の親の名前を言うとあからさまに護流さんが見た事の無いような動揺をしたそうだ。
確信に変わってしまった日本一君。
それからは事あるごとに転校生からもクラスメイトからその事をバカにされ、ついにはいじめられてしまい、引きこもるようになってしまった、との事だった。
「そうか、辛かったね。じゃあさぁ、そんなお父さんとは距離を置いた方が良いよ。別に僕たちは無理して学校に行けとは言わないし、無理やり仕事に行けとも言わない。少し環境が変われば日本一君にとっても良い事じゃないかな。この環境は良くないと思うよ」
ゴミの山であり異臭の漂う部屋の中を見渡しながら拳田さんが言う。
「……シャワーを浴びたい」
日本一君が言う。
「いいとも。好きなだけ浴びてきな」
拳田さんが言うには、風呂に入りたい、シャワーを浴びたい、は引き出し成功と同じ言葉だそうな。
数十分後、髪と体を洗い、髭を剃った状態の日本一君が部屋に戻ってきた。
そして生堂に行ってみたい、と言ってくれた。
「そうかそうか。今日が日本一君の生まれ変わりの日だ。ようこそ生堂へ」
喜ぶ拳田さんと見入板さん。
だが私はまた少し違和感を覚えてしまった。
彼はほとんど悪くないよなぁ。
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