第5話 高橋勇者君 (50歳 引きこもり歴5年 )

この日は珍しいパターンだった。

都会の綺麗なマンション。

依頼者は70歳を超えていた。

「どうも、生堂です」

マンションの入り口に立つ老人に声をかける拳田さん。

「すみません、お願いします」

老人の名は高橋銀道さん。

今回引きこもっている高橋勇者さんのお父さんだ。

「私が甘やかしすぎたのがダメだったのでしょうか。実はこのマンションも私が買い与えた物でして……」

肩を落として拳田さんに聞く銀道さん。

「いえ、そんな事は無いと思いますよ。あっ、玄関のロック開けてもらっても良いですか?」

笑顔で答える拳田さん。

銀道さんがカードを差し込むと重厚な玄関が開いた。

「あっ、カードキーなんですね。ではカードキーをお預かりしますね。では行ってきます」

今日は拳田さんの他にも岩沖津さん、見入板さんが同行していた。

エレベーターで8階に移動。

そして勇者君のマンション玄関前に全員並んで立つ。

ピンポーン

インターホンを押しても出ない。

ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン

何回押しても出なかった。

ドンドンドン

「高橋くーん」

ドンドンドン

「高橋勇者くーん」

そして何回ノックをしても出てこない。

「じゃあしょうがないね。お父さんから許可はもらっているからね。開けるね、勇者君」

カードキーでドアが開いた。

だがチェーンがついていて人が入れるほどのスペースは開かなかった。

「勇者君、壊して入るからね~」

拳田さんが言うと、岩沖津さんがリュックの中から大きなワイヤーカッターを取り出した。

バチン

チェーンが切れた。

「よーし、じゃあ入るよ~」

拳田さんを先頭に岩沖津さん、見入板さん、私の順番で中に入る。

「うわ~、もう靴脱がないで入ろうか」

拳田さんが苦笑する。

立派なマンションなのだが、廊下にうず高くゴミが溜まっていて床が見えていなかった。

加齢臭と便の匂いが充満する廊下を歩く私達。

1つ1つドアを開けて勇者君を探すが、どのドアもゴミが溜まりすぎて全開するドアは無かった。

一番奥のドアを開ける。

そこは今までで一番ゴミが溜まっていて一部天井に着いてしまっている部屋だった。

大きさからすると多分ダイニングだった所だろう。

(うわ~)

心の中で思う私。

だが拳田さん達は何でも無い事のようにこのゴミの山を登っていく。

靴を履いていてもクシャニュル、クシャニュル、という気持ち悪い感触と音が足に伝わってくる。

「おっ、いたね勇者君」

先頭にいた拳田さんが声を上げた。

多分居間であっただろう場所。

そこにはゴミに囲まれた布団の上に座っている高橋勇者君がいた。

「なっ、何ですかあなた達?」

髪は伸び放題、髭も伸び放題、小太りで風呂も何か月も入っていないのだろう独特の肌の光り方をしていた。

「僕達はね、お父さんから頼まれて君をここから救出しに来たんだよ」

優しく言う拳田さん。

「別に……助けてほしいなんて思っていないですよ」

独特な匂いを放ちながら言う勇者君。

多分歯も何日、いや何か月、下手したら何年も磨いていないのかもしれない。

「そう、でもお父さんが心配していてね、じゃあどうしてこういう生活になったかだけでも教えてくれないかな」

ここからは根気作業となる。

とにかく喋ってもらわないと心を開いてもらえないからだ。

拳田さん、岩沖津さん、見入板さんの順番で何回も順番に話しかける。

車懸りという戦法らしくその為に今日は多めの人数になっていたのだった。



数時間。

「退社後……」

勇者君がぽつりと言った。

「んっ、退社後? 何があったの?」

ようやく喋ってくれたのが嬉しかったのか、拳田さんが笑顔で聞く。

「僕、退社後、嫌われていたのが、わかって……」

そういって勇者君はめそめそ泣きだした。

勇者君は大変優秀なプログラマーでベンチャー企業ですぐ出世すると役員になったそうな(父親に確認済み)。

給料も良く45歳で今流行りのFIREが出来るくらいの財を蓄えた。

そこで会社を辞めた。

忙しすぎて遊びに行けなかった分、第二の人生頑張るぞ。

今から遊んで趣味も作って彼女も作るぞ。

燃えていた勇者君。

まずは自分の退職祝いを開く事にした。

気が利かない一番仲の良い後輩に電話をしてお店決めと人数集めをするように指示。

「俺はベルトが良いかな。イタリア製以外はいらないから」

お祝いの品まで教えてあげた。

そして当日。

会場となったホテルには誰も来ていなかった。

後輩に何回電話しても着信拒否。

来る予定だった人間全員に電話をするが全員着信拒否だった。

次々と料理が運ばれてくる中、1人で料理を食べ続ける勇者君。

後輩に参加予定の人数を聞いても、シークレットです、当日驚きますよ、と言われていたのを思い出す。

デザートが来た時に自然と涙が流れてきた。

主賓以外の数十人分用意された料理は誰も手を付けておらず、ホテルスタッフは怪訝そうな顔で勇者君を見ていた。

誰か一人でも来ないものか、と待ち続けていたが結局誰も来なかった。

しかも会計は自分だった。

この日から勇者君は引きこもりになったそうだ。



(なんて悲惨な人なんだ)

正直そう思った。

だが事前情報でお父さんからかなりわがままに育ててしまった、という情報をもらっていたのでそういう事なのだろうな、とも思った。

そして言葉の端々に人を見下しているのも感じられた。

この人は自業自得だな、と思ったその時、

「僕は親からも上司からも人との関わり方を教わらなかった。人との関わり方がわからない」

そう言って泣き出した時、この人もそんなに悪くはないのかな、とも思った。

やはり親の責任が大きい様に思えた。

お金より人との付き合いが大事、という事を教えてこなかったのだろう。



高橋勇者君は生堂に来て友達との付き合いを学ぶ事に同意してくれた。

「よし、じゃあ君も今日から絆人だ。着替えと持っていきたい物は何でも持って行って良いからね」

拳田さんが言うと勇者君は大量の着替えと共にゲーム機、パソコン(大きい)を次々とまとめ出した。

高齢引きこもりの場合、荷物が多くなるので大体職員が1人多く呼ばれるのが常だそうだ。


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