第3話 安谷屋横綱君 (30歳 引きこもり歴8年)

初めての引き出し作業の日を迎えた。

私は専門的な事は出来ないのでカメラの撮影(後から無理やり引きだされた、暴力をふるわれて引き出された、等言われない為に全て映像で残す)をする事になった。

「今日は僕も行くからね」

拳田さんは主に難しい案件に出動するらしいのでおそらく今日は大変なのだと思う。

現場に向かう車の中、少しだけ心が重かった。



地方都市。

閑静な住宅街。

「おっ、あそこだね」

運転している私に合図をする拳田さん。

指さす方向にはやせ細ったおばさんが立っていた。

おばさんの前で車を停める。

「すみません、わざわざ来ていただいて」

深々と頭を下げるおばさん。

「いえいえ、大丈夫ですよ。それよりお体平気ですか?」

おばさんに明るく言う拳田さん。

「……また暴力が酷くなりまして」

服の袖をめくるおばさん。

そこには真新しい青痣があった。

「そうですか。じゃあ今日中に確実にやりますので。やるまで帰りませんのでご安心下さいお母さん。駐車場お借りしますね」

駐車場に車を停める。

「よし行こうか」

拳田さんを先頭に岩沖津さん、私の順番で安谷屋さんのお家の中に入って行った。



安谷屋さんの家の中。

壁、ドア、ふすま、至る所に穴が開いていた。

不自然な所にポスターやカレンダーが貼ってあったのでおそらくそれらを剥がしたらそこにも穴が開いている事は容易に想像できた。

「長く引きこもっているとね、憎悪の対象は近くにいる人間、家族に向くんだよね。それを解消する為にこうやってまずは物を壊すのさ。そしてそれで満足できなくなったら次はどうすると思う?」

拳田さんが私に聞いてきた。

「人を……ですか?」

「正解」

答えた私に向かって指を鳴らす拳田さん。

「さてとここかぁ。じゃあさっさとやりますか」

入所予定者、生堂でいう所の絆人予定者の安谷屋横綱君の部屋の前に立つ私達3人。

『無断で開けたら〇す』

固く閉ざされたドアには古ぼけた大きな張り紙が貼ってあった。



ドンドン

「安谷屋君?」

ドンドンドン

「安谷屋横綱君?」

ドンドンドンドン

「安谷屋横綱くーん」

ドンドンドンドンドン


拳田さんが横綱君の部屋のドアをノックし続けるが開く気配が無い。

だが根気よくノックし続ける。


ドンドンドンドンドンドン

ガシャーン


部屋の中から大きな何かが割れる音がした。

「うるせーんだよ!!」

そしてそれよりも大きな怒鳴り声が聞こえてきた。

「おっ、元気だねー」

にこやかに言う拳田さん。

「なんなんだよ! 誰なんだよお前は!」

横綱君が怒鳴る。

「僕達はね」

拳田さんがここまで言うと、

「またババアがなんか連れてきたな!!」

横綱君が激昂する。

「また、ということは前にもたくさん来たんだよね。どんな人達が来たのかな?」

子どもに問いかける様に言う拳田さん。

「関係無いだろ! ババアを呼べ! 早く呼べ!」

とにかく怒鳴り続ける横綱君。

物凄い音量だ。

だが拳田さんも岩沖津さんも全くひるんでいる様子が無く、むしろ笑っている。


まずは怒鳴らせる、感情を吐き出させるのがセオリー


拳田さんの方針の様だ。

「帰れ!! ババアを呼べ!!」

これを繰り返し怒鳴り続ける事約30分。

ついに横綱君は声を出さなくなった。


引きこもりの体力なんて知れたもの。


これは拳田さんの格言だ。

「頑張って怒鳴ったね、凄いよ。普通はこんなに長く怒鳴れないものだよ」

岩沖津さんが褒める。

実際5~10分も怒鳴り続けると引きこもりの人達は疲れて大人しくなるそうだ。

「うるせー。ババアを呼べ……。出ていけ……。帰れ……」

明らかに疲れが見える横綱君。

「いや、横綱君を連れていかないと帰れないんだな」

拳田さんが言うと、

「ふざけんな!!!!! またかよ!!!!! 俺は絶対絶対絶対絶対絶対、行かねーからな」

横綱君はまた大きな声で怒鳴りだした。

「いや、いくら怒鳴っても良いけどさぁ、今日は横綱君が僕達と一緒に生堂に来て絆人になる日だからね」

拳田さんが笑いながら言う。

「何わけわかんねー事ほざいているんだ!! いいからババアを呼べ!!」

激高する横綱君。

「説明したいからさぁ、ここを開けてよ」

岩沖津さんが言うが、

「ふざけんな!!!!! 絶対絶対絶対絶対開けないからな!!!!!」

横綱君は更に激高した。

「そう、じゃあ仕方がないね。ドア壊して入るからね」

岩沖津さんに合図をする拳田さん。


ドカッ、ドカッ、ドカッ、バキバキ


ハンマーを使って木製のドアを壊す。

開いた穴から部屋の中が見えた。

うず高く積みあがったゴミと本に囲まれた布団の上、横綱君は毛布に包まってこちらを見ていた。

「よし開いた。じゃあ入るね」

拳田さんと岩沖津さんが部屋の中に入って行った。

私も慌てて中に入る。


「へっ、部屋の中に、はっ、入ったら、こっ、ころ……」

急に大人しくなった横綱君。

「へぇ? 部屋の中に入ったらどうなるの?」

横綱君に顔を近づけて言う拳田さん。

「だっ、だから、こっ、ころ……」

「なぁに? お母さんには言えるのに僕達には言えないの?」

外見が怖い拳田さんと岩沖津さんか近づくと横綱君は次第に声の音量が小さくなっていった。

「別に僕達はね、君に暴力をしに来たわけじゃないんだよ。君にね、こういった生活から抜け出すチャンスを与えてほしい、と君のお母さんに言われて来ただけなんだ。だからどうしてこういう生活になってしまったか、を教えてほしいんだ」

優しく言う拳田さん。

ぼそぼそと横綱君が語りだす。



聞いてみるとかなり同情できる事があった。

専門学校を卒業してすぐ就職した会社がブラック企業。

そこで散々ないじめにあい、ついには出社出来なくなった。

すると会社から鬼のような電話が鳴り響き、ついにはスマホを壊す横綱君。

今度は会社から家に退職を取り消させる部隊、がずかずかと部屋に入ってきて横綱君を怒鳴り続けた。

その人達を家に入れたという事でお母さんを恨むようになり、もう誰が来てもドアを開けない完全引きこもりに移行したのだった。



「そうか、辛い事があったんだね。でもさぁ、横綱君はお母さんに〇ろす、〇ろす言って暴力振るうよね。それって良くない事だと思うし、それにお母さんという憎悪の対象が近くにいるから暴力振るっちゃうんじゃないかな。それをしないようにさぁ、僕達の施設生堂に来て見直してみない? 万が一ブラック企業が生堂来てもボコってあげるしさぁ」

笑いながら拳田さんが言うと、この日初めて横綱君が笑った。



腐った卵と濃い鉛筆の様な臭いが充満する部屋の中から出る横綱君。

車に全員で乗り込む。

「まずはみんなでスーパー銭湯行こうよ」

拳田さんが提案する。

横綱君の絆人1日目はスーパー銭湯からだった。

車のバックミラーには深々と頭を下げるお母さんが映っていた。







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