第八話 メアリーの国③
俺は白黒の少女メアリーの話を聞いている内に、彼女の名前と状況に対する既視感の正体にやっと気づいた。
これは、メアリーの部屋という思考実験にそっくりだ。
メアリーの部屋とは、こういう話だ――
――メアリーは、生まれたときから色の無い部屋で暮らしていた。
その部屋は光の調節により、自分の姿すらも白黒に映っている場所だった。
彼女は、色についての様々なことをこの部屋で学んだ。
ずっと学び続けた末、色についての情報なら、知らないことは無くなっていた。
さて、そんな彼女が部屋の外に出て、色を初めて見たとき、彼女は新たに学ぶことはあるだろうか?――
色について全て学んだ少女が、本当の色を見たとき、どんな反応を示すか。それが今、目の前で見れるということだ。
「私がその異世界のゲートを抜けた先に見たものは、本で読んだ通り、青い空などの色がある世界でした」
……あれ?
「それだけ?」
「? なにかおかしいことがありました?」
「なんでもない、続けて」
なーんか引っかかるんだよな。
まあそこらへんは後で問い詰めるとするか。
「そこには、色以外にもおかしなところがありました。世界の時が止まっている様な感じで」
「それは俺も感じていた。あの感覚は異常だ」
「そして私がここに来てすぐのことでした。例のあの怪物が私の前に現れたのです」
「あのカラフルな化け物か」
「それは、私を追っているようでした。恐ろしく思った私は、とにかく走って逃げ続けました」
「奴は言うほど早くない。何もなければ逃げ続けられるはずだ」
「だけど、私の国で逃げ続けた分の体力も減っていて、そこまで走ることはできませんでした。それでも、私は頑張って逃げました。ただ、少しはりきりすぎたみたいで……途中で転んじゃいました」
「それで追いつかれて、あれか」
「はい、追いつかれそうになったとき、止まって!! と叫んだら、
突然あの怪物が鮮やかな色になって、動きが止まってくれました」
ああ、やっぱりだな。
違和感の正体はつかめた。後は最後まで彼女の話を聞こう。
「俺と出会ったときも怪物のそばにいたな……そのまま何もせず待っていたのか?」
「はい、私としても、突然のことに何が起こったか分からなくて、よくわからないまま何もすることができませんでした。もしかしたらこのままずっと動かないままなのかも、なんて期待もありました」
「だが怪物は10分後、再び動き出したと」
「だから私は、止まって!! ってまた叫びました。だけど、今度は止まってくれなくて、私は逃げ出しました」
「俺はその声を聞いて、他に人がいると分かったんだ。まさかこんなことになるとは思いもしてなかったが……」
そこからは俺も知っている彼女の記憶だ。
逃げ回ったり、広い森を見つけたり、あの怪物の攻略法を見つけたり。
こんな短い期間でも、目に焼き付いてしまった。
「メアリー、君のことを教えてくれてありがとう。話すことがつらい記憶もあっただろうに」
「それでもあなたが聞いてくれることが、私を否定せずに一緒にいてくれることが、私にとってすごく嬉しかったことですから」
彼女は孤独に戦っていた。
こどもの頃は同じ世代のこどもにイジメられ、成長して自分のことが分かってからは、頼りにしていたはずの大人からも危険視された。
対等に話せる俺という存在は、とても珍しい存在になっていたのだろう。
そして対等だからこそ、彼女に聞いておかなければいけないことというものはある。
「メアリー、君の話を聞いていたら、疑問に思ったこと、話しておかなければいけないことがいくつかできたんだが、準備はできているか?」
「え? なんですか?」
「これは信用に関わる大事なことでもあるし、俺も、ここでの大事な情報を持っている。それを全部確かめ合ったときこそが、正しい関係になると思うんだ」
「教授、なんか怖いです……」
「怖がることはない。これはただの確認だ」
そう、これは確認。
今まで話してきた中で、一つ矛盾点があった。
まずはそのことについての確認だ。
「メアリー、君は『本で読んだ通り、青い空などの色がある世界』って言ってたよな?」
「はい、あんな景色は初めてでした」
「だけどそれがおかしいんだよ。この世界の景色を見たなら、青い空一つで済ませられる景色ではないんだ」
「え?」
そう、この世界はカラフル過ぎる。
家の壁や街の通り、石ころ一つ一つに至るまで、この世界には色が敷き詰められている。
この世界に渡ったときの感想が、『青い空』一つで済ませられるもんではない。
「メアリー、目を丸くさせそうだが一つ言っておく。お前、この世界に来てから、色が全く見えてないんじゃないか?」
「はい?」
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