第六話 メアリーの国①

「私の国は、生まれた時から色が無い国のようでした。より正確に言うと、色が全て無くなったと聞いています」


 生まれた瞬間に色が消えた?

 そんな国の話、聞いたこともない。


「メアリー、住んでた国の名前は言えるか?」


「いえ、やめておきます。言っても分からないかもしれないので」


 そんなに有名な国ではないということか。

 英語を公用語とする国は多い。俺も地理はそこまで詳しくないから、深追いするのはやめておこう。


「しっかし、突然国から色が全部消えたとなると、相当大変なことになるんじゃないか?」


 真っ先に思いつくのは信号だ。

 安全の青、注意の黄、危険の赤。それら全てが急に見えなくなったとなると、交通事故は避けられない。


「はい、国中大混乱になったと、親から聞いていました」


「さっきからえらく他人事だな。お前の国の話じゃないのか?」


「周りがおかしかったのは私がすごく小さかった頃の話で、物心つく頃には、社会は適応していました」


 暗闇で目が慣れるとか、そんなたぐいの話か。

 となると色が消えたというのは、完全に白と黒になったというよりは、グレースケールに近いものということになる。


 グレースケール――普通のモノクロとは少し違い、色をその濃淡のうたんに白黒で表現する技法。

 白と黒とグレーしかないと思われがちだが、その色の数、なんと一般的に256色。

 色調の計算式さえ覚えれば、それをカラーにすることだって可能であり、おそらく、長い間見ることができたなら、ある程度色が分かることも可能だろう。


「なるほどな、それでお前のせいにされて迫害をされたと」


「いえ、迫害はもっと先の話です。最初の頃は私含めて誰も、私がやったなんて考えもしませんでしたから」


「後で迫害はされてたんだな」


「周りの目がおかしくなってきたのは、私が学校に入った頃の話でした。私の生まれた日と、色が消えた日が一致いっちしていると、クラスの間で話題となりました。偶然にも、私の生年月日と同じ人は、この学校にはいませんでした」


「子供っていうのは、妙にかんするどくなることがある。そしてまだ世界を知らないから、自分の考えが世界の真実だと信じて疑わない。それが悲劇の始まりか」


「はい、最初はみんな離れてくるくらいの単純なものでした。そこから、学校のどこにいても私へのイジメは止まらなくなり、持ってくるものは全て壊され、体も心もボロボロになっていきました」


「両親にそのことは言ったのか?」


「言えるわけ無いじゃないですか。産まれた瞬間に色が消えた世界で、何の疑いもなく私を健康に育ててくれたのですから」


「じゃあ、その目に余るイジメを、何の見返りもなく耐え続けたと」


「私は、早くに不登校になりました」


「そしたら親御さんが心配するじゃないか」


さいわいなことに、通学路の途中に大きな図書館がありました。私が死ぬまで読み続けたとしても、全部は読み切れないくらいのたくさんの本がある図書館。子供の隠れ家としては最適な場所でした」


「学校にはどう話した?」


「司書さんが学校に連絡をとってくれました。私をここで勉強させるから行かなくても大丈夫と」


 エジソンの幼少期のような話だ。

 彼も幼少期に先生から愛想をつかされて、教師である親から勉強を教わっていた。

 メアリーもいつか立派な発明家になるかも、なんてな。


「私は、そこで勉強したり、本を読んだりして色々なことを学びました。特に色については、誰よりも深く勉強したと思っています。本当の色を知らない私だからこそ、色を詳しく知るべきだと思ったから」


「なんかそれもどっかで聞いた話だな……」


「え?」


「いやいい、続けて」


「色の種類、どんなものにどんな色が使われているか、その色によりどのような効果をもたらすか、など。自分の色しか見たことがない私にとっては、ファンタジー小説を読んでいるかのような感覚でした」


「俺も色の勉強はしてきたと自負しているが、お前の情熱には負けたよ」


「もちろん、色のこと以外にもたくさん勉強しました。本は読み切れないほどあったので、数学とかは学校に通っている人よりも、できる自信があります」


 逃げる距離をすぐ計算できたのもそのおかげか。


「勉強というのは先人の積み重ねだ。特に数学はその傾向が強い。ちゃんと勉強できてるなら、他の生徒より飛びぬいてしまうさ」


 フェルマーの最終定理とか、先人の知恵を借りなければ何百年かかることやら。

 専門外だから俺もまだ理解してるわけじゃないけど。


「そんな生活を長いこと続けて、勉強以外にも普通の小説なども読みふけながら、私も少しずつ大きくなっていきました」


 なんか聞いている限り、思ったより幸せそうな生活だな。迫害もクラスメイトのイジメだけで、そこまでされてないように見えるし。


「そんなある日、私は一冊の絵本が目に留まりました。もう絵本なんて普段読まない年齢になっていたのに、私はその本から目が離せなくなっていました」


 おいおいおい、急にそんな呪いの絵本みたいなのとか出てくるのか?


「その本の名前は――『幻想人ファンタズム』」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る