第24話


 試合の後、疲れて寝てしまった博一。スマホには一件の通知が入っていた。


 『博一の家のこと白那ちゃんに話しちゃった』


 博一の家のこと。それは両親が事故で死んでいる話だろう。

 画面越しに申し訳なさそうな顔で文字を打つ謙一が想像出来る。

 元々博一は隠している訳でもなく、言いたくない訳でもなかった。ただ聞かれないから言ってないだけである。

 白那に言うつもりはあった。その上で謙一が言うならそれで良いと思っていた博一はそれっぽいスタンプだけを送り、歯を磨いて階段を降りる。

 

 「おはよーさん」

 「はいはいおそようさん。お客さんが来てるわよ?」

 「店の客を俺に押し付けんな……と思ったけど、そうか俺に客か」


 今日は定休日だ。

 連絡もなくカフェの方に出向くと言うことは謙一だろうと思った博一だが、それなら育美はわざわざ客とは言わない。

 完全に部屋着の状態で店の方に顔を出すと谷村が居た。

 

 「昨夜は良く眠れたか?」

 「それなりですかね。おはようございます先輩。ところでどうして此処に?」

 「いや、足本に会おうと思ったんだが家を知らないと思ってな。取り敢えず此処に来て聞こうかと思ったら上で寝てるって言われて驚いたんだぞ」

 「知っての通り元チームメイトの家っすよ。別に驚くほどのことじゃないと思いますけど」

 

 今の足本家に帰っても親を亡くした子供に気を遣い過ぎる親戚が居る。

 それで博一は頻繁に前田家にお世話になっている。

 サラッと言ってのける博一に谷村は苦々しく笑った。

 

 「そうだな。左の天才前田成貴の家だと最初は思わなかったが……」

 「別に成貴の家でもないわよ。あくまで経営してるカフェの上が居住スペースになってるだけで住んでるのはアタシだけだもの」

 「まさか前田成貴のお姉さんだと最初は思ってませんでしたが……あ、どうも」

 

 育美から麦茶を出された谷村がお辞儀をする。

 博一はテレビのリモコンを手に取り、谷村の向かい側に座る。定休日の今日はチャンネルを何処にしようが文句を言われない。

 

 「今日群馬の決勝じゃなかったっけ。見ようぜ見ようぜ。ナルが今どんななのか見てやろうじゃんか。タケとタカちゃんも居るんだろ?」

 「谷村君は良いの? ヒロ君に用があったんじゃなくて?」

 「全然、寧ろ一緒に試合見られるなら」

 「そう。なら良いけれど」

 「まだ始まってねーな。開始まで十五分……シャワー浴びてこよっと」

 

 席を立ち上がる博一を育美が呼び止める。


 「何か食べるでしょ? 何食べたい?」

 「……ハンバーガーかカレー!」

 「どっちか決めて」

 「ならハンバーガー!」

 「はいよろしい」

 「朝からかい……すげぇな」

 

 寝起きでハンバーガーを食べようとする博一にまたもや苦笑いの谷村。


 「谷村君も何か食べる? メニューにある物であればサービスするわよ」

 「良いんですか? それなら……何か摘める物と飲み物を」

 

 そんな流れでトントン拍子に準備が進み、群馬大会決勝戦が始まる。

 初回は成貴たちが居る前橋開明高校の守備。

 二番遊撃手の武史、四番中堅手の成貴、五番捕手の隆行。元チームメイトのスタメン組に懐かしさを感じていた博一。だが、驚いたのはマウンドの上。


 「なんだあのピッチャー……八尺はあるんじゃね?」

 「プロフィールが出てきたわね。百九十七らしいわよ」

 「藤谷幸雄フジタニユキオ……二年!? あれでか!?」

 

 客の居ない店内に三者三様の反応が響く。

 どんな投球を見せてくれるのか。

 大きく振りかぶって投げた初球。


 「なっ……!?」


 谷村の手からポテトが落ちる。

 まるで至近距離から叩き付けたように隆行のミットから乾いた音が鳴った。

 同じく決勝まで上がってきたはずの対戦相手も驚愕の表情で捕手を見る。

 テレビ画面に表示された速度は。


 「百六十……嘘だろ……?」

 「とんでもない怪物が居たもんだ」

 「足本反応薄くねぇか!?」

 「速度が出れば良いって訳でもねーからな。直球だけしかないのなら俺は打てる」

 「直球だけな訳ないでしょ」

 「分かってら」


 案の定、豪速球に対応しようとする打者たちはスライダーやスプリットに引っ掛かり、空振り空振り空振り。直球読みが当たったところでバットには掠りもしない。

 細身ながらも長い手足を目一杯使った投球で三振の山を築いていく。

 百五十後半から百六十越えの直球に実況解説は大騒ぎ。

 前橋開明の攻撃になれば一番と二番の武史が手堅く塁に出たり、進んだり。そしてクリーンナップが塁上を綺麗に掃除する。


 「敬遠しても次がタカちゃんだもんな。悪球打ちの癖があるナルと勝負すりゃ良いのに」

 「悪球でもスタンドに放り込むから四番なんでしょ」

 「まーな。手を出してくれるからまだ打ち損ない狙える程度の期待値」

 

 ハンバーガーを食べ終えた博一はポテトを齧りながら画面を眺める。

 前橋開明に点は入れど、相手校には一点も入らない。

 藤谷の投球に谷村は唸るしかなかった。


 「このスピードは流石に無理そうだな。凄いな……」

 「凄いのは球速よりも質ですかね」

 「質?」

 「多分、もうちょっと力抜いて百五十前半で投げても結果は変わらないと思います。それくらいストレートの回転が良い」


 博一は質を重視する流れで速度も上がったと予想している。

 

 「後は距離かしら。どうしても高身長ピッチャーは角度が注目されがちだけど前に出す一歩が広ければ打者との距離も近くなる」

 「リリースポイント次第なところもあるけど、打者との距離が近けりゃ速度以上に速く感じるよな」

 「あの速度だと近い遠いあんまり関係ない気もするぞ……」


 次元の違いを感じる会話に追い付けない谷村。

 群馬大会の決勝は前橋開明が良い流れのまま特に波乱が起こることもなく、少々の四球を出しながらも完封勝利。

 手も足も出させなかった圧倒的な試合だった。

 

 「安心した?」

 「予選で当たらないのは。ただ戦うには全国だけだから頑張らないとな」

 「凄い試合を見せられた……」

 「と、試合観戦付き合わせちゃったんですけど、先輩の用事は?」

 「ただ話したかったんだ。少し、歩かないか?」


 谷村に誘われ、博一は外に繰り出す。

 空は曇り。日差しが遮られているのは嬉しい天気だった。暑さに関して言えば誤差程度ではあるが。

 そんな曇り空でも谷村の足取りは晴れやかだ。


 「遂に……明日なんだな」

 「先輩にとっては明日が本命ですもんね。水上高校戦どうします? 先発はキャプテンで行きましょうか?」

 

 幼馴染に勇姿を見せるならやはり元々投げていた山路だと思った博一だが。

 

 「ははは、意地悪な冗談だ。申し訳ないが、山路には荷が重い」

 「え? そうなんすか? キャプテンならロマンさえ求めなければそこそこ行けると思いますけど」

 「ん?」

 「え?」


 どうやら何か認識か前提条件にズレがあるらしい。


 「待て待て待て。足本まさか水上高校のこと全然知らないのか?」

 「俺が投げれば取り敢えず抑えられるとしか。キャプテンがソロ浴びても一点二点ならひっくり返せるし」


 博一の根本的な考えとしてあるのは一点もやらなければ負けないこと。

 抑えをやっていた身としては当たり前の思考であり、先発になってもそれは変わらない。取られた点数も自分で取り返せば怖くない。

 成貴や隆行が居ないので取り返せる点数に制限はあるが。

 あっけらかんと言ってみせる博一に谷村は顔を引き攣らせる。


 「確かに水上高校の打線はSK学園や前橋開明に比べたら驚異は少ない。ただし四番以外は」

 「そんなに凄いんですか四番」

 「三年ってのもあるけど、恐らく足本と前田以上かもしれない」

 「いやいや、それは言い過ぎっすよ」

 「自信が凄いな……因みに今年の春は水上高校が出てたんだが、その四番の弘松貴喜ヒロマツタカキは五打席連続敬遠だったぞ」

 「全打席敬遠!? まじかよ……」

 「動画見るか?」


 足を止め、博一は谷村のスマホで弘松を初めて見る。

 

 「いや……嘘だろ……本当に高三か? 年齢誤魔化してねぇか?」

 「そこはどうでも良いんだよ!」

 

 高三とは思えない貫禄を抱えた顔はともかく体格はかなり良かった。

 鋭いスイングと共に直球を弾き返し、センター方向に楽々と入ってしまう。

 博一はその一本を見ただけで理解した。


 「これはキャプテンには荷が重そうですね」

 「全国何処でも重いだろ」

 「それ以外は気にしなくて良いんでしたっけ?」

 「とは言え、名門だからそれなりに打つぞ。ただ守備重視の野球だ。基本は弘松が打って、その点数を全力で守り抜く」

 

 博一は歩きながら水上高校の特徴を聞き、結論を出す。


 「ならこっちが先に点取って、俺が抑えれば良いってことか」

 「勝負するのか!?」

 「当たり前じゃないですか。折角ならきっちり勝って幼馴染と再会した方がロマンに溢れてますよ。夏のドラマってやつです」

 「足本までそんなことを……見ただろ? 弘松の実力を! プロ注目だぞ!」

 「俺だってプロの三冠王! とか言われたら流石に困りますけど、相手は高校生ですよ。プロ注目はプロじゃない」

 

 口ではそう言った博一だが、正直プロに匹敵すると思っている。

 しかし、だからこそ真剣勝負で打ち取りたい。

 

 「それに俺だって世界一を獲ったサードでクローザーです。戦う前から弱気でどうするんですか。ぶん殴りますよ?」

 「おおう突然のバイオレンス。でも、そう言えばそうだったな」

 「冗談に決まってるじゃないですか。なんで俺の暴力性に心当たりがある感じなんすか」

 「そっちじゃない。足本は昔から強気強気な印象だってのを思い出したんだ」


 谷村の知る足本は楽しそうに野球をやるのと同時に決して逃げ腰にはならない。

 インプレイ中や打席、マウンド上での闘志と集中力は凄まじく、鬼のようだった。

 二人が歩いているとグラウンドが見えた。常磐二高野球部と博一が偶然にも出会ったあのグラウンド。

 そこでは少年野球チームが試合をしていた。


 「ちょっと前なのに懐かしく感じるな」

 「明日は必ず幼馴染に会って下さい。もっと懐かしく感じますよ」

 「勝ったらだろ?」

 「いや、試合が終わったら絶対に谷村先輩が会いに行くべきです」

 「負けてもかぁ? 許してくれっかな……あいつ頑固だからなぁ」


 瑠璃が頑固で言い出したら譲らない性格なのを谷村は良く知っている。

 乗り気にならない谷村を博一は笑う。そこまで分かっているのにピンと来ない辺り、幼馴染の行動そっちのけで水上高校を蹴っただけある、と思った。

 

 「だから谷村先輩が行かなくちゃいけないんすよ。ともかく勝てば良いだけです」

 「そうだな!」

 「ところで水上高校のピッチャーはどんな感じなんですか?」

 「右の本格派。癖はない。けど、だからこそ隙がない」

 

 癖がなくてもエースを張っている。つまり、そう言うことだろう。

 

 「癖がないならそれに越したことはないですね。古田と坂本辺りは打てるだろ」

 「後は点に繋がるかどうかだな。足本におんぶに抱っこで申し訳ないけど、明日は絶対に勝つぞ!」

 「何言ってんすか。俺一人で野球は出来ないんですよ」


 そうして谷村にとって運命の日はやってくる。

 茨城大会準決勝。

 水上高校対常磐二高の試合は間もなく始まる。

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