第19話


 無事に一回戦を突破した常磐二高は続く二回戦も先発山路、抑え博一の布陣で難なく突破。百目鬼のような投手は居らず、クリーンナップが機能し、初戦の和太高校に比べれば戦い易い相手だった。

 本日、待ち受けるのは三回戦。歴代の野球部員たちが一度も越えられなかった壁。

 相手校はここ数年で野球部に力を入れている葵高校。博一は試合を見る機会がなく、代わりに白那と育美に行って貰っていた。

 

 「葵高校はどんな感じだった?」


 常磐二高の試合は午後から。偶然にも同じ球場でSK学園が一試合目だったのもあり、先に球場に来ていた博一は白那に尋ねる。


 「うーん……うーん……まあまあまあ」

 「冴えない返事だな」

 「力を入れてるだけあって強い。強いよ。でも、博一君なら打ち取れる」

 「嬉しいけど、そうじゃない。選手の情報が聞きたいんだが」

 

 先発投手として打ち取るのは大前提だ。だから博一は相手投手や気を付けておくべき打者の情報を知りたい。打者に関しては全員警戒が当然としても、だ。

 白那は思い出したようにハッとして、水で喉を潤してから口を開く。


 「えっとね、エースの千葉純チバジュン君が正統派右腕。最速百四十キロのストレートとカットボールが武器で凄く良い感じだったよ」

 「他の変化球は?」

 「チェンジアップもあった気がするけど、ほぼ今言った二種類」

 「監督の方針だとするなら手強いかもな」

 「そうなの? 変化球ほぼ一種類しかないのに?」

 

 白那は変化球は手札が多ければ多いほど良いと思っている。


 「言っても俺らは高校生だからなぁ。正直ストレートとカーブだけあれば十分だと思ってる。隠しで決め球持っとくのもありか」


 山本の方針も基本はストレートとチェンジアップで決め球はシンカー。

 博一も色々投げられるが、試合で使っているのはカットボールとカーブくらいだ。

 そもそも葵高校の千葉がカットボールしか使わないと言うことは。


 「とにかく千葉はそれだけカットボールに自信があるんだろうさ。昔、居たよな投げる球がほぼカットボールのメジャーリーガー」

 「居たね……私はカットボールと聞くとドラゴンズの方が印象強いかな」

 「それもある」


 その時、カキンと金属バットの音と歓声。

 初回、SK学園からの攻撃で先頭打者が初球を捉え、早速出塁。見逃すことが多そうな初球を逆に狙い、一番としての役割をまずは一つ。まるで当たり前だと言うように軽めのガッツポーズをベンチに向けている。

 そこから続け様に盗塁を仕掛け、捕手が投げる暇もないほど完璧に決めた。

 

 「あらあら、初回から力の差を見せつけられてるわね。はいヒロ君これ飲み物」

 「さんきゅーマスター。うわ送りバントしやがった。これで一死三塁か」

 「分からないよ。野球は九回まであるんだもん」

 「九回が来ない場合もある」

 「それは……困った」


 続く三番打者は良い当たりだったが、運悪くセカンドライナー。二死三塁。

 

 「さぁ、お出ましだな」

 「いっけー! 打っちゃえー!」


 博一たちの視線の先で左のバッターボックスに立つのは一年で四番——近藤豊。

 何がなんでも点数を取られたくない投手は際どいコースを狙ったり、変化球を織り交ぜるが、豊はボール球に絶対手を出さなかった。

 博一の目から和やかさが消える。ただ真剣に豊の打撃を見届けようと集中する。

 スリーボールのワンストライク。一塁と二塁が空いている今なら四番と五番を歩かせる策もある。

 しかし、六番に回したとしても大して変わらない。

 満塁で勝負するよりここで勝負する方がまだ負う傷は小さくて済む。

 それが分かってる投手から逃げる様子は見られない。セットポジションに入り、大きく振り被った。

 そして投げ込まれた球は突き抜けるような金属音と共に高く高く弾き返される。


 「いったな。カウント不利で甘くなったのをきっちり打ちやがった」

 

 大歓声を浴びながらダイヤモンドを緩く走る豊。

 周りの観客と同じように拍手と声援を贈る白那の隣で育美は博一の顔を見る。


 「どう? 凄そう?」

 「バットを大きく外から回してヘッドを返さないスイング……押し込むのも上手い。既にほぼ完成されてる。間違いなく四番だよあいつは」

 「同じ左打者の弟と比べると?」

 「タイプが違う。ナルは自分の打つポイントを待つんだ。例えそれが相手の決め球や悪球だとしても打ちがやがる。でも、あいつは違う。選球眼の良さがある。ボールには手を出さないだろうな」

 

 豊のバットコントロールを見るに安打狙いも出来そうだった。

 ホームランを狙える長距離打者でありながら、選球眼の良さで出塁率も高そうに見える。実に厄介な相手だ。SK学園の四番は伊達ではない。

 一打席で満足した博一は話題を葵高校に戻す為、熱中していた白那の肩を叩く。

 

 「野手で目立った奴は?」

 「基本は皆んな基礎能力が高いイメージなの。尖った選手は居ないかも。強いて言うならショートの龍崎リュウザキ君は上手かった」

 「まあ……ショートだもんな」


 注目されてる学校で遊撃手が下手なんて話は聞いたことがない。

 ともかく情報を纏めると注目株ではあるが、まだまだ発展途上感が拭えない。そんなところだろうと博一は考える。

 カットボールの対処もこれまでの練習で散々博一のカットボールを見ている常磐二高打線ならある程度対処出来るはずだ。

 

 「坂本が妙に張り切ってるから空回りしなきゃ良いけど」

 「そうそう。お店で色んな人に聞いてみたんだけどね。葵高校の今のスタメンは坂本君と同じ中学出身が多いみたいよ?」

 「坂本の中学って野球強いのか?」

 「中学野球詳しくないヒロ君は知らないだろうけど、県チャンになった年もあったのよ? ヒロ君は知らないだろうけど」

 「二回も言うな二回も」


 そこまで話を聞いた博一はふと思ったことがあった。

 

 「龍崎って奴は坂本と同じ中学だったりするのか?」

 「アタシが聞いた話だと」

 「……不思議だな」


 白那の言い方からして龍崎が坂本より優れているようには聞こえなかった。

 野球に力を入れるのに直接スカウトに行ってたとしても坂本を誘わないのは相当見る目がない。性格は置いておくとしてだが。

 

 「まっ、坂本君が敵じゃなくて良かったじゃないの」

 「そうだな。こっちの試合はもうコールドコースだし、準備するかな。マスターは今日トランポで来てるだろ? 帰りはバスだからバイク積んでって貰えると」

 「お店の車をトランポ扱いしないでくれる? 積むの大変なのよ?」

 「俺らの試合時間になったらケンも来るから平気だって」

 「少しはヒロ君も手伝いなさいよまったく……」

 

 博一は白那にも一旦離れることを伝えようと顔を見る。すると眉を顰めていた。

 

 「シロ、大丈夫か?」

 「う、うん平気。ちょっと暑さにやられちゃったみたい」

 「飲み物買ってこようか? それかアタシの飲みかけで良ければ」

 「お手洗い行くついでに買ってきます」

 「じゃあ途中まで一緒に行くか。ぶっ倒れられても困る」

 

 そうして白那を送り届けた博一は更衣室まで行くのも面倒臭くなり、トイレでユニフォームに着替え始める。トイレなので個室の外からは足音などが聞こえてくる。

 その時、それなりに大きな声での会話と一緒に入ってくる足音がした。

 

 「次の相手は常磐二高だな。和樹、楽しんでっかなー?」

 「おいおい龍崎、あんまり言うと可哀想だぜ」


 嗜めている方の声には嘲笑が混じっている。

 

 「馬鹿だよな。葵高校からスカウト来て、私立より県立から勝ち上がった方が格好良いから皆んなで蹴ろうぜって話を信じて一人で常磐二高行っちまうんだもんな」

 「お前がそう仕向けたんだろ。でも上手いからってウザかったし、一人だけ蹴ったから監督からの印象も最悪なの笑える」

 「晴れてショートの座も奪って、今日ボコボコにしてやればスッキリするなぁ!」

 「今年こそSK学園ぶっ潰して優勝だな!」


 偶然にも坂本が異様に葵高校を敵視している理由が判明した。

 遊撃手の座を奪った。その言葉から明らかな嫉妬心が見える。坂本は上手いが、性格の所為で好かれていなかったらしい。

 そこで高校進学をきっかけに遊撃手をやりたい龍崎主導で坂本を嵌めた。

 しょうもなさ過ぎる理由とやり方に博一は大きな溜息を吐きながら個室を出る。


 「おっと、やべやべ」


 博一のユニフォームを見た龍崎は失言を隠すような素振りを見せるが。


 「和樹はどうだ? 上手くやってっか?」

 「……」


 無視するつもりでいた博一も話し掛けられたら仕方がない。


 「やってるよ。チームメイトも中学時代と違って良い奴ばっかりだからかもな」

 「……なっ!?」

 「悪いけど勝つのは俺たちだ。坂本を追い出さないと取れもしなかったショートの実力がどんなもんかちょっとくらいは楽しみにしといてやるよ」

 

 博一はそれだけ言い残して早々にトイレを後にする。

 合流した白那に坂本の事情を説明するとげんなりとしていた。珍しい表情である。

 

 「優勝を目指してるのに坂本を追い出すなんて馬鹿な奴らだ」

 「博一君から見ても凄いんだ」

 「高校生であれだけ走攻守が揃ったショートは中々居ねぇよ。特に打撃センスは抜群だ。あ、調子乗るから本人には言うなよ」


 坂本の問題点は性格くらいだった。

 それを聞いた白那の気難しい顔が簡単になる。

 

 「うん。じゃあ、応援してるから行ってらっしゃい」

 「行ってきますよっと」

 

 白那と拳を合わせ、博一はチームメイトの元へと歩き出す。

 三回戦の壁をぶち壊す気持ちの炎は燃えている。熱く、激しく燃えている。

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