第18話


 久々の再会をしたらしい豊は犬のように白那に駆け寄る。


 「茨城に居たんだ。女子野球やるって言うからてっきり県外に行ったのかと思ってたんだけど」

 「あ……まあその色々あって。ところで豊君はどうしてたの? 元気?」


 白那は女子野球の話をはぐらかし、話題の矛先を豊に向けた。

 話の逸らし方に違和感を覚えた博一だが、豊は気に留めることなく白那の質問にハキハキと答える。

 

 「俺は野球やってた! その為に中学も県外の強豪校選んだんだ! しっかりレギュラー勝ち取って、三年間やり通した! へへん、凄いだろ?」

 「え! 凄い! あれ? それだと高校は? 今は何処も夏の予選じゃ……」

 

 豊が中学だけで野球を済ませているとは思えず、白那が首を傾げる。

 ある程度予選の日程に違いはあれど、成貴のように気軽に県外からふらりと立ち寄るのはそうあることではないはずだ。

 となると、まず思い付くのは進学先が茨城県内の高校であること。

 博一の応援をしている身としては回避したい可能性だったが、その予想は的中。


 「聞いて驚くな? 直々にスカウトが来てSK学園に入ったんだ。SK学園史上初の一年で四番を任されてる!」

 

 褒められたい豊は自慢げに言い放つ。

 対する白那は褒めたい気持ちと常磐二高最大の壁であるSK学園に豊が居ることへの葛藤で口を開けど言葉が出てこない。

 そこへ博一が口を挟んだ。


 「立って喋ってないで座れよ。シロの友達なら良いだろマスター?」

 「そうね。どうぞ座って」

 「良いんですか? ありがとうございます」

 「俺たちはお邪魔だろうし、こっちに座ってようぜ」

 

 謙一を引き連れてカウンター席に移動する博一。

 試合終わりで帰るのも面倒になり、前田家に泊まっていこうかなんて考える。その視界の端でこちらを凝視する豊が見えた。

 SK学園の四番だと言っていたが、練習試合には居なかった。

 顔も知らなければ名前も知らない。ただし、白那の知り合いならその逆はある。


 「待った! まさかお前……足本博一か!?」

 「マスター、あいつにぶっかけるお冷くれ」

 「のままでも良い?」

 「それだと打ち返されそうだなぁ。何せ相手はSK学園の四番だからな」

 「世界一の守護神が何言ってるのよ」

 「やっぱりだ! なんで茨城に居るんだよ! 県外行ったんじゃなかったのか!」

 「こらっ! 豊君! 初めましての博一君にそんな言葉遣いは駄目でしょ!」


 珍しく白那が声を荒げているが、声質の所為で迫力はない。

 

 「博一って敬語とか気にするタイプだったっけ?」

 「いや、別に。なんかムカついただけ」

 

 博一も本気で水をぶっかけようとは思ってなかった。


 「ほら豊君、挨拶」

 「近藤豊コンドウユタカ……です」


 絞り出すような敬語の語尾。相当敬意を払いたくないらしい。


 「足本博一。そんでこっちが中野謙一」

 「宜しくなっ!」

 「積もる話もあるんだろうし、俺らのことは気にしなくて良いから」

 

 ファーストコンタクトが最悪なのもあり、博一は素っ気なく返す。

 それからは白那の邪魔をしないように飲み物を提供し終えた育美を交え、カウンター席で談笑を始める三人。

 白那はクリームソーダのアイスを崩しながら口を開く。


 「SK学園に入ってるなんて意外だった。でも、この前の練習試合の時は居なかったよね?」

 「あー、どっかの県立とやった時か。あの日は監督と学校で練習してたんだよ。中学から上がって直ぐだったから。シロ姉は試合見てたの?」

 「うん。テスト勉強の息抜きに散歩してたらバットの音が聞こえてきて」

 「先輩たちが弱過ぎて相手にならなかったって言ってたな」


 豊に悪気はない。実際に試合をしてなければ見てもいない。

 それにSK学園に比べれば常磐二高がそれほど強くないのは事実だ。

 だが、それでも今の頑張りを知っている白那は弱いと言われて悔しくなる。


 「でも七回から出てきたピッチャーはヤバかったらしい」

 「うんうん! 凄かったよ!」

 「直球も変化球も一級品で、とある先輩はあんな球投げられたら打てる気がしないって言って……レギュラーどころかベンチすら落とされた」

 「うんうんレギュラーどころか……え?」

 

 ニコニコで博一への褒め言葉を聞いていたら急な方向転換。白那の手が止まる。

 

 「別に不思議なことじゃない。オレたちは全国制覇をしないといけないんだ。打てないなんて言う奴が座る席はない。レギュラーだったからって気が緩んでたな。監督の前であんなこと言うなんて」

 「やっぱり厳しいの?」

 「厳しいなんてもんじゃないぞ。先輩たちの為の炊事だったり色んな雑用をやりながら日中は激ヤバ猛練習。舐めた態度や発言すれば飛んでくるのは怒号と拳。疲れ過ぎて授業中なんかほぼ寝てる」

 「お……おぉ……」


 噂でしかなかった話が経験者によって枠取られ、よく分からない声を漏らす白那。

 豊は空虚な笑みを浮かべているが、辛さは見られない。


 「豊君は辛くない? 嫌になったりしないの?」

 「辛くない! とは言えない。殴られるのも怒られるのも好きじゃないし。当たり前だけどさ。でも、強くなれる練習環境は揃ってる。だから頑張れる」

 「そうなんだ。なら良いんだけど……殴られないように頑張って?」

 「別に監督は不当に何でもかんでも暴力で訴えてくる人じゃないからな? 今のところオレは殴られたことない」

 「それは良かっ——良くはない!」


 ともあれ豊に暴力被害が出ていないことを確認出来た。これからも暴力を振るわれないことを願うばかりである。

 そんなことを考えながらアイスが混ざり合ったソーダをストローで飲む白那。

 そして、その様子を和やかな表情で見つめていた豊の目に火が宿る。


 「あのさ、シロ姉は甲子園行きたいと思うか?」

 「行って、応援したいってずっと思ってる」

 

 聞くまでもない予想通りの言葉に豊は歯を見せる。


 「絶対SK学園が優勝する。その時は応援に来て欲しい。必ずオレがシロ姉を甲子園に連れて行く」

 

 しかし、白那の反応は芳しくない。

 絶対に捉えたと思いきや、空振りか、ファウルか、手応えの薄さに豊は面食らう。

 

 「そいつは俺の役目だ。残念だったな」

 「なにぃ!?」

 「そう言う意味ではシロの敵になるぞお前。実際に戦うのは俺たちだけど」

 「待てぇい! なんだその口振り!? まさか同じ高校に居るのか!? こっちに居ないとなると水上高校だな!」

 

 席から立ち上がり、間違いないとばかりに声を大きくする豊だが。


 「違うよ」

 「弱過ぎて相手にならなかったどっかの県立」

 「常磐二高。ちゃんと覚えておくこと! でも決勝までは豊君の応援もするよ!」

 「と、ときわにこう?」

 

 全く聞いたことのない高校名に豊の思考が止まり、直ぐに動き出す。


 「そう言うことか。七回から抑えたのも足本……さんだったってことか!」

 「別に敬称要らねぇんだけど」

 「居るのは足本だけだろ? 足本一人でオレたちに勝つ? いやいや流石に無理があるって! 名前も知らない高校が決勝に来るのだってどんな確率だ?」

 「来るか来ないかなら五割。勝つか負けるかも五割。十分だろ」

 「そーだそーだ! 博一は負けねーぞー!」


 冷静に返す博一と煽る謙一。

 

 「ううん、勝つよ。博一君たちなら絶対やってくれるって信じてる。それと、その言い方はあんまり好きじゃないかも」

 「んぐっ……」


 どうしても応援を自分に向けたい豊だったが、常磐二高を下げるような発言を他でもない白那に咎められてしまう。

 

 「昔から……博一博一……」

 

 豊のその声は誰にも聞こえない。

 他を下げるような言葉を嫌うのは分かっていた。分かっていたのだ。けど、それでも豊は白那に自分を見て欲しかった。

 幼い頃から白那は博一に夢中だった。

 豊が野球を始めても博一より惹き付けることは出来なかった。

 だから、中学は県外を選び、高校はSK学園を選んだ。仮に白那が県外に行っても地元の高校が夏の甲子園に出ていれば気付いてくれると思ったから。

 しかし、どんな偶然なのか。博一は名門でもない県立高校に進学し、白那もその高校に居る。言われた通り、豊は敵なのだ。


 「だったら超えてやる」

 

 元々博一と成貴に勝つ為に始めた野球。対決が全国でも予選でもどちらでも良い。


 「オレの方が凄い選手だってことを証明してやる! シロ姉を甲子園に連れていくのはどっちか……勝負だ!」

 「受けて立ってやるよ。ちゃんと決勝まで来いよ?」

 「こっちの台詞だ! こうしちゃ居られない! 練習だ練習!」


 豊はバタバタと騒がしく店から出て行った。かと思いきや、再度ドアを開け、レジ前にチャリンとお金を置いた。


 「お代忘れてました。もう終わりっぽかったのにありがとうございました。ご馳走様です!」

 「はーい、またどうぞ」

 「シロはあいつの野球見たことあるか?」


 いつものメンバーに戻った店内で博一は白那に聞いてみる。


 「センターだったような気がする」

 「それだけか。まあ、一年でSKの四番だもんな。下手な訳ないか」


 それにチラッと見えた豊の掌。一朝一夕では絶対ならない練習の跡。

 今日の試合では山本が完投したのもあり、博一は一球も投げていない。

 

 「ケン、キャッチボールしようぜ」

 「おうよ!」

 「私もやる!」


 勝負するのが楽しみで投げたくなってしまった博一であった。

 

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