第14話


 七月六日に行われた夏の県予選開会式と開幕戦から一晩が経った。

 そして迎えた七夕の日。九つの初戦が行われる。その中のとある球場での二試合目が常磐二高の出番だ。

 一試合目が終わるであろう頃合いを見て、常磐二高が球場へとやってくる。

 博一はバスから降り、応援に来ているであろう謙一の姿……ではなく、その隣に居るであろう白那の姿を探す。

 案の定、スターズの帽子を被る白那を見つけ、隣には派手な金髪も居る。


 「おはよーさん」

 「もう午後だぞ博一」

 「皆んなの調子はどう?」

 「カツが昨日から今の今まで緊張しっぱなしで、他は特にいつも通り」


 本気で優勝を目指すと宣言したキャプテンたちの最後の夏の初戦。

 相手はSK学園をも倒す可能性を秘めた和太高校。

 そんな強敵相手の先発は山本。昨日、そのことを伝えたら真っ青になり、緊張でカレーしか食べられなかったと言っていた。

 

 「大丈夫……?」

 「もしもの時は博一が投げれば良いもんな!」

 「七回までは、な」

 「へ?」

 「当たり前だろ。俺が投げると分かってたら緊張感がない。だから七回まではどれだけ点数取られようと交代はしない」

 

 博一のその言葉に反応したのは白那だった。


 「七回までって、コールドになっちゃったらどうするの!?」

 

 五回で十点、七回までで七点以上の差が開けば負けてしまう。

 

 「おいおい失礼なこと言うなよ。シロだってちょこちょこ練習見に来てただろ。コールドになるような点数取られるピッチャーじゃねーよ」

 「でも緊張してるんでしょ? すっごく」

 「本番に緊張はセットが基本だろ?」

 

 稀に博一のように本番でも緊張しないタイプも居るが、スポーツの試合や音楽関係のコンサート、本番で緊張するのは当たり前である。

 

 「策はある。だからチームの勝利を信じて応援頼んだ」

 「任せとけい! 和太鼓に負けない声を出してやるぜぇ!」

 「博一君」


 白那は右手の拳を突き出した。

 

 「ずっと試合楽しみにしてた。勝って」

 

 博一は同じく白那に突き出した拳を返答にする。

 そこへ仲間外れは嫌だ、と謙一も拳を差し出し、三人の口角が上がる。

 そして、しばらくすれば試合の幕も上がる。



 一回表、常磐二高の攻撃。始まりの先頭打者は荒木。足が速い。

 対する和太高校の先発は百目鬼ドウメキ。球が速い。

 全身を目一杯使う大きなフォームから繰り出されるストレートがズバッとキャッチャーミットに突き刺さる。百四十キロ後半の数値が表示され、沸き、どよめく。

 お化けでも見たような顔で荒木がミットに目を奪われている。

 その様子をベンチで見ていた谷村が眉を顰める。


 「動揺を顔に出すな……そんなことしたら」

 「バッテリーに余裕が生まれる」


 続く二球も連続でストレート。あっという間に三球三振。

 好調な滑り出しに百目鬼が力強くガッツポーズを見せる。


 「名前通りのあんな鬼みたいな顔で睨まれたら動揺するのも分からなくはないけど。あ、谷村先輩、変化球見たいです」

 「粘れば良いんだろ粘れば」

 

 それだけ谷村に伝えた博一は山路の隣へと移動する。


 「あれほどのピッチャー抱えててなんで夏だけ強いんですか」

 「実はな、あのピッチャーノーコンなんだよ」

 「それが夏だけ良くなる、と?」

 「そうなんだ。ストライクゾーンで暴れるあの豪速球はやばい。ほら、あの古田でさえ打ちあぐねるくらいだぞ」


 荒木と違い、古田は一巡目での豪速球にも必死に喰らい付いている。ミートには定評のある古田なら一巡目で打ってもおかしくないが、最悪なことに全球ストレート。

 しっかりとファールで粘っていた古田のバットが空を切る。

 百目鬼のガッツポーズと二者連続三振にスタンドが沸き立つ。

 

 「絶好調って訳か」

 「行けぇ幹夫! 打てぇ! ……ん?」

 

 左打席に入った谷村はバットを短く持っていた。

 自信に満ち溢れた表情で百目鬼が投げる豪速球に谷村がバットを掠らせる。ボール球を見極め、ストライクゾーンの球はカット——カット——カット。

 その時——カキン、と金属音。


 「ファウル!」

 「くぁー! 惜しい!」


 山路が前のめりになった上半身を引き戻す。

 谷村はファウルでも悔しい素振りを全く見せない。次はかっ飛ばすぞ、と言わんばかりにバットを長く握り変える。

 フルカウントで投げられたボールが谷村のスイング軌道に乗る。

 刹那——真っ直ぐ飛んできていたボールがストンと落ちた。

 

 「っしゃあ!」


 見事な三者連続三振に和太高校が盛り上がる。

 

 「フォークか……本当に夏だけは良いピッチャーだな」

 「すまん。フォークしか引き出せなかった」


 キャッチャー用の防具を着けながら申し訳なさそうに谷村が吐き出す。

 

 「いや、ナイススイングでした。まだまだ一巡目一巡目。俺たちもしっかり抑えていくとしましょう」

 「因みに聞きたいんだが、作戦に変更はなしで良いんだよな?」

 「勿論です。カツの頑張りも必要ですけど、大部分を占めてるのは先輩です。でもサードに打たせてくれれば全部アウトにしますよ」

 「出来るかそんなこと」

 「冗談ですよ」


 博一は谷村の緊張をほぐす為に冗談を交え、三塁へと走る。

 山本の投球練習を挟み、和太高校の先頭打者が打席に入る。左打ちの俊足センターは単打が盗塁含めて二塁打にもなる恐れがある。

 

 「ふぅ……」


 マウンド上の山本が大きく深呼吸。

 今までの制球難を克服し、フォーム変更、ひたすらにキャッチボールをして回転量を上げる練習をみっちり行ってきた。

 山本は三塁を守る博一を見る。

 優勝を目指すと言った他でもないあの博一が和太高校戦の先発に選んだ。

 それを自信として抱え、第一球。

 谷村の構えた場所にほぼ狂いなく投げられたストレートは。


 

 「「「うぉおおおおおおお!」」」


 

 盛大な歓声を生み出した。

 高く高く上がった打球はいとも簡単に外野の頭上を飛び越え、柵まで飛び越えた。

 先頭打者初球ホームランを浴びた山本は呆然としてしまう。軽快にダイヤモンドを回るバッターには目も向けず、ただスコアボードを見つめている。

 そんな山本へと博一は直ぐに駆け寄る。


 「ドンマイ。事故みたいなもんだ。気にすんなって」

 「ヒロさんが投げて下さい。やっぱり僕には無理です」

 「馬鹿かお前。そんな弱気で投げてたらこっからもホームランぶち込まれるぞ」


 声に容赦なく怒気を込める博一。


 「たかが一点。こっから全部無失点に抑えりゃ良いだけの話。どの道、勝つには俺らも一点は取らなきゃいけねぇ訳だし」

 

 お互いに無失点を続けても勝ちは見えない。

 何処かで一点を取らないといけないのは変わらない。つまり、勝ち越し点はともかく九回までに一点だけは元々想定済みなのだ。

 

 「あんまり打たれることを怖がり過ぎんな。自分のペースでしっかり投げろ。三振だけがアウトを取る方法じゃねぇんだぞ」

 

 博一は山本の肩を小突き、守備位置に戻る。

 続く二番の右打者。絶好調の先発、先頭打者ホームランと来て次は自分とばかりに打席に入る。仲間たちの滑り出しが良く、緊張感が薄い。相当リラックスしている。

 初球のストレートを見逃し、二球目のボール球にも手を出さない。

 ワンストライク、ワンボール。

 そのカウントで谷村が選んだのはスライダー。

 右打者の内側に切り込んでくる変化球をまるで読んでいたかのように打ち返す。

 しかし、打球が飛んでいったのは三遊間。その良い当たりを博一は難なく捌き、ファーストの金本へ。

 

 「ワンナウトワンナウト。さぁさぁこっからこっから」

 「オレ様の見せ場取んなぁ!」

 「まだ一回。見せ場は一杯あるだろ。それより坂本は打ってくれ」

 「打つのは当たり前なんだよ。守備でも魅せるのが一流ってやつよ!」

 「よーしカツ! どんどん打たせてけー! 全部坂本がなんとかしてくれるぞ」


 山本を和ませる為の冗談だったが、坂本は三番のセンター返しになりそうな当たりをカットし、四番の弾丸ライナーを臆することなくグラブに収めてスリーアウトチェンジ。

 

 「ふへへ……ふへへ……!」

 「分かったよ。凄かったからその奇妙な笑いを止めろ」


 一回が終わり、一対零。

 和太高校リードだが、試合はまだまだ始まったばかり。

 

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