第2章 神はいらない助言を与える ー 5


 「で?色々と説明してもらおうじゃないか」

 特定の部屋を持っているならまだしもそういうものが許されない生徒にとって独り言が出来る場所は結構限られている。想像に難くないのがトイレの個室なのだが、意外に出入りがあるためあまり向いていない。他にも図書館だとか体育倉庫だとかもあるが、そういうところも意外にも人手が多い。


           逢瀬するためだって知ってる癖に


 ・・・・・まあ、それはそれとして。合立環上高校には自習室が存在する。けれどそれは名ばかりで実際に使う輩はいるにはいる。いないと言わないのは過去にここで痴情に駆られて行為に励もうとしていた輩がいたため、特殊な理由がない限りは入ることが出来なくなった。


               特殊な理由って?


 そりゃあ、溜まった課題だよ。

 「川口からのな・・・・!!」

 そう、これを理由にすれば僕はこうして自由に自習室を使える。正式な理由さえあればちゃんと自習室を使える。というか変に授業を受けるよりも自習室で自習をした方がなんやかんやで集中できる。それと先日の赤本情報を実はここからだったりするから何かと川口にも頭が上がらなかったりする。

 (クラシックと教材用の特定の洋楽しかないけど聞き放題だし、水、お茶、コーヒー飲み放題なんだから絶対こっちの方がいい)

 しかも僕にとっては視線を警戒する必要もなくなるからマジで天国・・・とはいかないまでも快適な勉強空間であることには間違いない。あとここを使う時はある程度の授業を免除できる。もちろん事前に断りを入れる必要があるが、僕の場合は川口からの課題を見せるだけで大抵の教師が納得してくれる。便利だなぁ(棒)

 「さてと。左手は使わしてやるんだからそっちの白紙にちゃんと書いてくれよ。あくまでも勉強してる体なんだから」

 教室から持ってきた課題類(全体の10分の1)を広げる。中身はそこまで難しくはない。内容で言ってしまえば中学生の国語の問題をやっているに等しい。


            君、そこまで頭悪くないよね

 「まあね」

 自負できるぐらい僕はそこそこ出来る方だと思っている。学校自体から出されている課題はすべて提出しているし、体育の成績もそこそこだ。けれどそれだけでは川口から出される課題をには不十分なのだ。

 例として一番上の紙を見ると

 ・ラテン語の詩を読んで、中国語(文字は漢字で可)で感想を書きなさい

 ・フランス語の自己啓発本の感想をアラビア語で書きなさい

 ・英語で書かれた人体の骨の名称をすべてポルトガル語で書きなさい

 「・・・・・・・・クソが」

 マジで人にやらせていい問題ではないと思う。唯一の救いは中国語の文字を漢字で書いていいことだろうか。前の問題だと本当に簡体字で書かされたし。


         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 これに関してはドン引きしてもいいと思っている。絶対使わない知識をこうして書かせているのだからもうどうしようもない。

 「それはそれとして」

 机に課題ダミーを広げて前のめりになる。勉強をしているフリを作って、とりあえず誰か来たら誤魔化せるようにしておく。

 「ここは完全防音だからな。独り言を言っていたとしても愚痴にしかならない」

 だけど監視カメラはしっかりと配備されているので適当にやってたら即追い出されて授業に戻される。当然と言えば当然なのだが。


             いいところを選んだね

 

 「ハハハ、ありがとう」

 苦笑混じりに返事を返す。そろそろ本題に移らなければ。

 「さっきのあれはなんだ」

 

                あれって?


 「どうして勝手にを作ったのかってことだ」

 予言書とは聞いていたが、あまりにも自由すぎる。意思があるのはビルから帰ってくる時の流れから把握は出来た。しかし百歩譲って予知夢はいいとして、口を作って喋ったり脳の中で人の心的外傷後ストレス障害トラウマを呼び起こすなんてことをされてしまえば最早書物の粋を超えている。こんなことが出来るなら手なり足なり出して本が顔の化け物にだってなれるだろう。


           酷いね。これでも女の子なんだから


 だから?と思う。それを免罪符に好き放題させるほど僕は甘い人生を送っていない。むしろ、好き放題にさせてしまった結果が今の問題だらけの僕を生み出しているのだ。


 「答えになってないな、。一方的に話せても会話が出来なきゃただのオモシロ本だろうが」

 会話はキャッチボールだ。いかに高尚で殊勝な内容を完璧に並べようとも相手に理解されなければただの戯言だ。例え相手がこの世に存在していることが許されないモノであっても、それさえ成立させられれば僕はしっかり会話をする。そうじゃないならしない。

 わざとらしくため息を吐いて、問題用紙の白紙に詩の日本語訳を書いていく。

 「別に答える気がないなら答えなくてもいい。だけど僕はもう協力はしない」


             ・・・・・・・協力?

 

 「そうさ」

 協力、とは言っても向こうからの一方的なものであることには変わらない。勝手に見せられた予言によって先を読んで最悪を回避する。先程の流れがまさにそれで、下手をすれば僕の学校での印象がより悪くなっただろう。

 だがよくよく考えてみればそれはあくまで結果論に過ぎず、予言が正確である、とはなっていない。その証拠にが倒されていなかった。


 (・・・・・?)

 段々と朝の夢の記憶が薄くなっているのを感じる。流石にそこまで覚えていられるほど僕の記憶力はずば抜けているわけじゃない。昼休みを終えた今だとせいぜい校門の近くで起きたことが予言書の中に書かれていた。それだけしか覚えていない。


 「今回の件には少なくとも感謝はするさ。でもな」

 それはそれとして。予言を勝手に見せておいて、身体の自由まで奪おうとしてくるのなら話は別だ。


 「勝手気ままにやるなとは言わない。でも勝手にこの身体を使うことは許さない」

 僕の身体は僕のものだ。他の誰にもそれを侵害はさせない。この身体が味わった後悔も絶望も、希望も憐憫も、全部が僕のものだ。これから先にも絶対に変わることはない。

 

         でも、私が協力しないと死んじゃうよ?


 「・・・・それも予言か?それとも単なる脅しか?」

 協力しないと死ぬ、その言葉に手が止まった。予言にしては曖昧すぎるし、脅しにしては切る場面が違う。この本自体の頭(?)は良い方だから廊下にいた時点で煽りを含んで言うことぐらいは出来たはずだ。でもそれをしないということは、


 「いや、やっぱ簡潔に頼む。真実か嘘か、イエスかノーで」

 最早これにした方がいい。そろそろ左手が疲れてきたというのもあるが、具体的に書けば書くほどあまりにも人間味が出てきて正直気色が悪い。よくよく考えてみればウルもそうだが、得体の知れないものがこうして話してくること自体がある意味で災害なのだ。変に関わらず一定の距離を保つのが大切なのだ。

 ノーと書かれたのを確認して、右手を再度動かし始める。

 「具体的に言えるか。もちろんこれもイエスとノーで」


             もしかして怒ってる?


 書かれたその言葉を見て、僕は思わず鼻で笑ってしまった。


 「許可もなく勝手に正夢なんて見せられて良いと思えるほど僕はお気楽じゃない」


 見たい夢よりも見たくない夢の方がごまんとある。正夢なんて昔の僕にとってはいい夢かもしれないが、今は・・・・見たくもない。

 僕は怒っているわけじゃない。どっちかの利害で動くのが非常に煙たいだけだ。もう誰かが起こした行動で嫌な思いをするのは嫌なんだ。

 人災は勝手で起きる、それはもう反吐が出るくらいによく分かっている。


 「だからこれからはキチンと会話する。僕はお前を無視はしない、お前を見て聞いて、それでもダメならもう一回ちゃんと話す。これが協力する条件だ」


       ・・・それ、私にデメリットが無い気がするのだけど


 「そうだ。それでいいんだ」

 ニヤリと口の端を上げて見せる。会話が出来る、この行為がどれほど素晴らしいことなのかは僕が嫌という程知っている。話せないことはとても悲しいことだ。それが知能あるものであるなら余計にそう感じる。


               ・・・変なの


 「変でいいんだよ。そんなこと、慣れてるから」

 異常と変は違う。世間一般の変は必ずしもおかしいものではない。川口だって、黒曜だって、なんだったら一番まともそうな利一君だって変な人になる。押しつけをする世間こそ異常、とは言わない。その常を如何なものか理解しているのにも関わらず都合のいいように黙秘し続ける。そして黙秘の裏でさも当然のように嘘を固めてそれを常識として吹聴する。こっちの方が明らかにだろう。それに―――。


 「僕はただ僕らしく生きたいだけなんだ。絶対にそこだけは曲げちゃいけない」

 長門先生と出会ってから何度も自分を見つめ直した。僕はもうまともと言うには程遠い存在であること、こればかりはもうどうしようもない。ここに来る以前までの『言ったもん勝ち』という人災で支配されていた世界が作り出した傷は僕の奥底の深いところまで達している。これを直すのはもう不可能だ。

 でも僕はその世界を否定しない。肯定して『会話が出来る』世界を信じる。嘘で誤魔化すことがごまんとある今の世の中だ、それを実現するには途方もない時間を要するだろう。それでも、そうであっても、僕は―――――


 「僕は話して解決できるっていう可能性を信じたい。だから会話をするんだ」


         ・・・・・相手が君を殺す気だとしても?


 「――――――えっ?それって」


 答えを聞く前に後ろの扉から何かが音がした。

 自習室の扉は過去に使われたマンションの扉をリサイクルしているため、郵便受けが存在する。扉の隙間に防音のクッションを詰めて完全防音を作っていることもあってか実はノックの音も聞こえない。そのため何か連絡事項があった際は郵便受けに回覧板のように連絡事項を記載したクリップボードを投函する。まあ火事などの有事や自習室での不要な行為をしていたら問答無用で入ってくるのだが。


 「なになに・・・はっ?」

 投函されたものを見て僕は唖然とした。

 「空いている生徒は市長のお手伝いをして来いだって?」

 またか、とため息を吐いた。成績の点数を上げるチャンスということと学校の恒例行事ではあるので仕方なく課題を片付けて自習室を後にすることにした。

 (あれ?)

 不思議と自習室の扉を開けた時に頭の中に違和感を感じた。

 (?)

 そんなことを考えたけれど、早く行かないと放課後に学校に戻ってくる羽目になるので急いでその場を後にした。

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