第2章 神はいらない助言を与える ー 4




 「さて、事後処理として色々聞くが・・・」

 時間は昼休み、朝の記憶が少々曖昧になり始めている時間に呼び出された僕は空腹もそれなりにあってか全く頭が回らなかった。いや、頭が回らないのは例の腕章をはめている彼こと副風紀委員長の小夜間利一さやまとしかず君もそうだろう。利一君は大きく息を吐いて隣に座る彼女たちに視線を送る。


 「失礼ですが、どういったわけで風紀委員長に生徒会長もいるのですか?」

 ナイスだ、利一君。それは僕も思っていた。心の中で彼にグッドボタンを押す。

 状況説明すると生徒会室には大きな机があり、今回はそれを横にして椅子が三脚並べられている。そして机の前には二脚置かれている。一言で言うなら面接ポジションだ。で、うち片方には僕が、うち片方にはぶつかってきた彼女、増積明ますつみあきらが緊張した面持ちで既に座っていた。


 「ふふふ、ただの観客ですよ」

 そう、僕が入ってきた段階で風紀委員長と生徒会長の二人がなんかいたのだ。本当にそれだけなのだが利一君もそのことを理解していないのを見るに本当に突発的にやってきたのだろう。僕の隣に座らせられている増積もまさかこんなことになるとは思わないだろう、妙に汗ばんでいてガタガタと震えている。


「私たちがいて問題になるのか?」

「オマケ程度に考えてくれれば幸いですよー」

「オマケ程度にならないぐらい威圧感があるんですよ、貴方たちは」


 だからこそ頭が回らないのだ。ちょっとした子供の喧嘩に最高裁の裁判官を持ってくるぐらい意味が分からない。

 ここまで言うのには訳がある。この二人、風紀委員長の八幡野菊やまのきくと生徒会長の七種百合ななくさゆりはこの環上学校で起きている大問題の一つ、生徒同士の偏差値の差別を一時的に解決しているのだ。そんな功労者の二人がいれば普通の生徒は委縮してしまうだろう。


 さて、彼女らがしたことをサラッと説明する。やり方は意外と簡単で、合同学校という点を利用して偏差値に合わせて生徒を対応した場所に配置させるというものだ。

 一見すると良さそうに見えるのが難はいくつもある。年の差関係に肉体的問題、それと小中学年には効果が無いなど様々なのだ。けれどそれが解決できている点はこの学校が、いや兆羽市が普通の街ではないということだ。この点は僕にも関係する部分だが今は省く。そのを理解している二人は相良市長との話し合いの末に『環上均一化案』の一策として『環上合同学校における偏差値による差別を抑える』ということを提唱してどうにか可決に至ったのだ。

 それとこれが一時的なのは立役者の彼女らが卒業してしまうと後継となる人物がいなくなってしまうという部分だ。彼女らはこの問題を解決するために後継を探しているという話だったが・・・。


 「とりあえず、事後処理を始めます」

 利一君が咳ばらいをして広辞苑数冊を横にした高さのある分厚い書類の上から一枚を取る。え、アレだけ問題があるの、うちの学校!?

 「被害者はそこの山河海人、加害者は当たってきた増積明。事件内容は被害者が靴紐を直しているところに加害者がぶつかってしまったことによるもらい事故です。ここまで聞くと加害者の増積が悪いのですが、被害者は偶然にも靴紐が両断されるという不運に見舞われていた。なので今回は双方で話し合い妥協点を見つける程度で終わらせていた」

 「両断なんておかしいよ!」

 「事実だ。現場を確認した僕を含む数名が確認している」

 利一君がギロリと増積を睨む。

 「に、加えてだ。加害者はここで被害者を放置してそのまま部活に向かおうとした。分かるな?」

 「なるほどな」

 「あらあら」

 隣の増積がヒイッ、と声を漏らす。そりゃあ逃げちゃったからこういう反応になるのは仕方ない。風紀委員長は腕を組みながら呆れたように溜息を、生徒会長は頬に手を当てて困ったような顔をしている、が薄く開かれた目は笑ってない。うわ怖い。

 でもなんとなくこんな気持ちになるのは分かる。聞いた話によると一度学校で問題が起こればこの二人は現場と事後処理に必ず出向くという。面倒ごとだとは思うが、こうして生徒の下に来て直接対処すれば問題を起こした生徒に対しての良い牽制球になるし、現場で働く利一君を筆頭とした役員生徒たちの士気も上がる。

 (地道だなぁ)

 僕には出来ないことに思わず関心する。一回一回人と顔を合わせていたら、どのタイミングで爆発するか分からないし、その一人一人の感情を把握して話すなんて芸当は到底できそうにもない。そういう意味では彼女たちもまた――――。


「・・・・・・・」

 話が、違うか。僕と彼女らを比較してはいけない。


「おい、大丈夫か、山河」

「はい?」

 不意に声をかけられた。声の主は利一君だ。どうやら少し呆けている間に議論が進んでたみたいだ。

「今回の採決はお前が決めていい。ただし過度なものは禁止だからな」

 なるほど、当て逃げされた被害者本人に判断を委ねるみたいだ。あまり聞いたことがないがこういうケースもあるみたいだ。

 僕は昼下がりで多少血の巡りの悪い頭を捻る。こういうのは学校の奉仕活動に協力させるでいいのではなかろうか。・・・ああ、そうだ。なら目の前にいる御二人の手伝いをさせるのがいいかもしれない。人手が増えるのだから多少は仕事が楽になると思うし。

 「生徒会および風紀委員会への奉仕、特に体力を使うもので」

 「・・・・・それだけでいいのか?」

 利一君は意外そうな顔をして僕を見る。

 「それだけって言われても」

 僕が思いつく限りではそれぐらいしか思いつかない。

 「例えば、だが」

 利一君が口を挟んだ。おそらく彼の提案はもっと苛烈なものなのだろう。

 「一か月部活動停止、なんてものも出来るんだぞ」

 「そんな、あんまりです!」

 声を張り上げたのは増積だ。

 「今は部活が軌道に乗って、ようやく大会に出られるまでになったんです!ここで行けなくなったら――――」

 「口を慎め、増積。君の行動でその部活動に多大なる迷惑をかけていることが分かっているのか」

 利一君は彼女の方を見ないで一蹴する。増積はウッという表情をするがこれは利一君が正しい。あそこで逃げずに謝り、風紀委員に事の仔細を僕と一緒に話していれば良かったのだ。そうすれば軽い事故としてその場で解決しただろう。

 しかし、彼女はそのことを現状理解できていない。だから自分本位なことを口走ったのだろう。でも普通そうなることは考えるよな・・・?

 「そこまでだ、小夜間」

 流石に見ていられなくなったのだろう、風紀委員長の八幡野が口を挟んできた。

 「行き過ぎとまではいかんが言い過ぎに近くなってきた。ここで変に騒がれても口論になる。そして結果はもう決まったのだ、それ以外にはなかろう?」

 「・・・・確かに」

 利一君は小さく息を吐いて、頷く。

 「生徒会長は何かありますか」

 「いえ。彼がそういうならそういうことでいいと思いますよ」

 「ならこれで―――」

 「ああ、でも」

 七種は思い出したかのように利一君を遮る。

 「これで部活をある程度自粛しなければになってしまうかもしれませんね?」

 うわっ!?この会長、エグイぞ!?とんでもねぇ釘の刺し方してきた!?

 過去、合同学校になる以前の高校にはそういったがごまんといたらしい。会長ら3年生はまだ合同学校になる前の世代ではないけれど、今でも広まる悪い実績を使うのは流石としか言えない。しかもこの生徒会長が言うのだから重い意味が違ってくる。

 意味をすぐに理解した利一君が思わず顔を引きつらせている。もしかしてこの生徒会長、優しそうな見た目なのに結構辛辣な人なのかな。

 「えっと・・・・えっ!?」

 増積も少し考えてから内容を理解したらしい。トンデモ発言をしてもニコニコしている会長から完全に目線を外している。心なしか身体が小刻みに震えているのを見ると完全にビビってるな、アレ。

 「・・・・あれあれ?」

 会長の不思議そうな表情に僕は内心目を開いた。天然発言!?その立場にいてナチュラルに脅したのかこの人!?

 いや、待て。会長の顔を気付かれない程度に見ると眉間に小さくシワが寄っている。もしかして怒ってくれた?

 八幡野は呆れたように溜息を漏らす。

 「百合、無理に激励はしなくていいぞ。お前の激励は人の心を深く抉るからな」

 「抉る?私は普通に言っただけだよ?」

 「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 空気が凍った気がした。本当に天然なんだなぁと。でも僕はそんな会長にちょっぴり感謝する。あの事故は例の本から仕入れた情報を知っていたからこうやって落ち着いていられるのであって、いつもだったらこっちも怒らざるを得なかった。

 (ありがとうございます、会長)

 口の中でバレないように呟く。八幡野が咳ばらいをして話を続けた。

 「とりあえず、これで落着としよう。いらん要求が増えそうだからな」

 「わ、わかりました。増積は今後生徒会及び風紀委員会への奉仕をしてもらう。詳細は明日以降だ。追って連絡する」

 「はい、みんな解散」

 七種の一拍で今朝の件はお開きになった。僕、増積はその場で解散となった。増積にはすごく睨まれた。でもやったのはお前だからね?と一言言いたいがあの目は確実に一方的に決めつけている目だと分かる。

 「百合、次の件だがこのままやるか?」

「いいわよ~」

 という会話が聞こえてきた。室内を見渡すと増積はすでに退室していて、偶々利一君と視線がぶつかった。

 「・・・・・・・・」

 聞いてみるか、部活のことを。


                  シュンッ


 そんな矢先、窓の外に光るものが通り過ぎた。

 (!?)

 話しかけようとした口が僕の意識とは関係なくグッと閉じた。思わず口に手を当てると口が縫い付けられているかのように開くことが出来ない。

 「どうした?」

 利一君がそれに気が付いて声を掛けてきた。

 「『唇を切っただけだよ、大丈夫』」

 (な!?)

 《僕》は一言もそんなことを喋っていない。閉ざされた口が勝手に言い出したのだ。

 「ふむ、最近乾燥するからな。気を付けろよ」

 僕は頷いて部屋を後にする。扉を閉めたところでもう一度口に手を当てる。もちろん唇なんて切れていない。けれど穴があった、《僕の口ではない別の穴》だ。そこに手を入れるとちょっとした湿り気と生暖かさがあった。中指が上の前歯に当たり、ペロリと指が舐められる。

 「!?」

 思わず手を引き抜いて、閉じた口の中で歯と歯をカチカチとぶつける。引き抜く一瞬、口の中の歯で指もしくは爪を噛めれば本物の口だったのだろう。だけど違う、僕の舌には指をなめた感覚は無かったし、何よりもなめた味も口に入れようとした指の温かさも感じなかった。


        ダメでしょう?女の子の口の中に指なんか入れちゃあ


 また、あの声だ。

 「随分、流暢じゃないか」

 皮肉でそんなことを言ってみる。

 

          君の口から型を作ってるから当然でしょう?

 

 なるほど、それなら話せるな。

 「じゃない!何やってんだよ!」

 確かにこれまで片言ではあったが、勝手に人の口を使われるのは洒落にならない。というか皮肉を否定しないあたり片言なのは自覚していたのか。


               いいの?移動しなくて?


 視線が左右から感じる。そうだ、ここは廊下、それも生徒会室の前だった。しかも傍から見ればいきなり声を出したように見える。

 (クソ・・・・!!)

 フフフと内から聞こえる声に苛立ちながら、僕はそそくさとその場を後にした。

 

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