第2章 神はいらない助言を与える ー 3



 ゴミを捨ててから速足で学校に向かうと丁度キーンコーンカーンコーンという音がした。うちの学校は朝の早い時間に数回チャイムを鳴らす。これは周りの廃ビルが地震によって倒れた時に緊急用のチャイムを鳴らして学校の安全を通知するためにしている。

 要は壊れてないかの点検を朝している。ご苦労なことにこれが毎日鳴るもんだから、時間を間違えて早く来る生徒や本当のチャイムを聞き逃して遅刻する生徒が出ている。措置として後者の場合には遅刻が免除されるそうなのだが、


(今の生徒会長と風紀委員長になる前はこれを悪用する連中が多かったらしいな)

 チャイムを間違えたから遅刻しましたと言うだけでペナルティーが無くなるならそうなるのも無理はない。これに対抗策を出したのが生徒会長で、それを実行するように移したのが風紀委員長だ。何をしたか、スゴイ単純な話だ。


「「「おはようございます!」」」


 風紀委員の何人かを朝の校門に配置したのだ。これで何が変わるか?それはチャイムの回数を正確に聞けるということだ。朝の数回のチャイムの後、始業のチャイムが鳴る。始業のチャイムまでには1時間近いブランクがあり、その間に生徒の数を記録する。そして始業のチャイムが鳴ったら風紀委員はその場から去り、来ていない生徒を全員遅刻扱いにすることが出来る。これまで使えた言い訳がもう使えなくなるのだ。


(あと監視カメラも付いてるから死角がないんだよな)

 風紀委員がいるとは言え、今日も朝はガラガラで歩いている人は数人程度。その中に黒曜はいない。アイツは遅刻ギリギリに登校するから当たり前と言えば当たり前なのだが。


(予言書どおりなんて言ってたけど当たってるわけないじゃん)

 ウルの言っていることには一理あった。あの本の動きにウルへの反発、それに最もの事実としてウルの存在がそうだ。全部が全部嘘というのはあまりにも揃いすぎている。もしかしたらウルのやらせの可能性も消えなくはないけど、それなら痛い思いまでしてあんな演技をするだろうか。

 というか予言、予言と言われたところで所詮は夢だ。何かを見た気がするが、せいぜい覚えているのは校門で何かあったということだけだ。あと学校以外のどこかにも行った・・・ような?


 (・・・うん)

 なんにせよこの場所には長くいるべきではない。さっさと教室に行って宿題でもしようと思った矢先に、

 「うわっ!?どいてくださーい!!」

 そこで身体が強張る。が来た。振り返ると後ろから短髪で運動部らしい引き締まった身体をした女の子が走って来ている。顔こそ見えないが、夢の中で何かあったことが脳裏によぎる。そして唐突に『朝練』という言葉が脳裏の奥から追走してきた。短髪、運動部、朝練。ここから考えられたのは何らかの部活動に入っていること。だからか、彼女の言動は理解出来たし、彼女の行動にも納得がいく。

 つまり彼女は遅刻して急いでいる。そしてそのルートのど真ん中に僕がいる。


 (さて、どうするか)

 もしこれがゲームであれば、時間が止まって選択肢が出るだろう。避けるか、避けないか。ウルは何があっても予言書に書かれた通りに動けと言っていた。これを信じるならば、あえて立ち止まり、彼女のタックルを素直に受けることになる。

 正直、嫌だ。痛いのは慣れているが、いくら予言書の書かれている通りであっても嫌なものは嫌だ。

 だってこれ、人災じゃん。

 回避出来る人災を予言だからわざわざ食らうなんておかしな話だと思わないか?。それこそ理不尽というものだ、僕の嫌いなものだ。よって僕はこれを食らう謂れはない。


(けど、なら、もし)

 これを食らわないことで変わる展開があるのだろうか。僕に何か影響があるのだろうか。食らえばこの後にいいことがあるのだろうか。分からない、それだけは分かる。統計はない、保障はない、確証はない。そこで可能性を試してみる。いわば実験だ。それをする。


 「むむっ」

 目の前から来る女の子は目を大きく開いて驚いた。そりゃそうだ、どいてと言った人間が目の前で屈んだのだ。当然、ただ屈んだのではおかしな行動を取ったように見えるだろう。けれどあえてスニーカーの靴紐を直すのだから止まるにしても整合性が・・・・あれ?


 何故か、今朝まで無事だったはずの靴紐を見ると何故か縦にバッサリと切られていた。近くにハサミはないし、ここまで転びそうになった覚えもない。ただ忽然と切れていたのだ。


 「ぐへあっ!?」

 駆けてくる女子の膝がもろに背中に当たった。左肩甲骨と背骨の間ぐらいの所、だいたい心臓の裏側付近に(いくら女性の体重が軽いとしても)運動エネルギーが直接来たのだ、とんでもなく苦しい。心臓に嫌な衝撃が来て、全身にドッと血が回る感覚と背中の一点に強い痛みを感じる。態勢もあってか勢いをこらえ切れずに前に倒れる。

 さらにうわぁ!?と声を上げながら僕の上に重なる女子。これがラッキースケベなら笑い話にでもなるのだろうが、女子特有の匂いと柔らかさを感じても直前の痛みがそれを上回る速さで相殺してくる。いや、どちらにしても痛みの上に痛みが重なってるんだからラッキーもへったくれもありはしないのだけれど。


      キガツケ、キガツケ、ミンナ、キミヲミテルヨ


 ハハハ、何を今更。最初にやってきたのはそっちだろう。二回目は無いさ。


            ・・・・・・・・・・・・


 突然頭の中に流れてきた声を振り切り、現実に意識を戻す。

「大丈夫か!?」

 丁度この事故を目の当たりにして駆け寄ってくる風紀委員たち。けど腕章の色が違う一人が他の風紀委員を制した。俺が見ると目で言っている。なるほど、統率はとれてる。などと落ち着いて考えないと正直痛みを堪えられない!ここまで鈍ってるならまた筋トレ再開しとけばよかったなぁ・・・。

 「うげっ、これはマズいかも・・・」

 近付いてくる役員に気付いたのか小さくそんな声で呻きながら上に乗っている女子が一目散に起き上がる。

 「すみません!朝練に遅れてしまうので!」

 予言書通りのセリフを言って近付く風紀委員の横を駆けていく。当然ながら後ろで待機している他の風紀委員たちに逮捕された。どうして余罪を増やしに行くのだろうか・・・。


「・・・!!君、大丈夫か」

「・・・・ええ、まあ」

 強がってはみたものの、この手の強い痛みは響く。未だに背中がジンジンする。これは痣になるな。骨と関節は、大丈夫だ。うまく広いところに当たってくれたのが幸いだった。肩を上げても痛みが残るものの違和感はない。周りは絶対に見るな、別の傷口が開く。


 「全く・・・ここの部活の朝練は少々早すぎる。こういうぶつかり事故はこれまでもあったが君みたいな当たり方をするのは初めてだよ」

 「ははは・・・」

 そんなこと初めて知ったわ。というかこの学校ってそんなに熱心な部活があったっけ?うちの学校にある部活なんてたかが知れてるのに。しかも僕は毎日早めの登校をしているけど、ぶつかり事故をしている生徒を見たことは一度もない。ま、今日がたまたまそういう日だっただけだろう。

 無意識に来る好奇な視線が痛い。耐えられるか、このまま?そろそろ手が震えだしそうなぐらいだ、背中は滝のように汗を流している。オチツケ、オチツケ。そう考えて首を振る。


 「どうした?余程いいところに入ったか?」

 「ああ、いえ。いいところには入りましたが大したことはなかったです」

 「うむ。ならいい」

 男子の目線が僕の足元に向かう。

 「失礼、少しポケットを調べさせてもらう」

 男子は僕のポケットをパンパンと軽く叩く。この切れ方だ、ハサミで切ったと思ったのだろう。けど考えてくれ。瞬間的にハサミで切ったとしてもメリットなくない?そして僕に女子にぶつかって興奮する趣味はないよ。断じてない。

 彼はポケットを確認して、入っていたハンカチ類を僕に返すと苦笑を浮かべる。

 「・・・・・なんというか、災難だったな」

 「ソウデスネ」

 本当に災難だと思う。僕はどちらにしても予言書通りに彼女からのもらい事故を受ける羽目になっていたのだ。靴紐を縦に切れば誰だって屈むもんね、とあの予言書から暗に言われている気がする。ふざけるな、帰りが歩きづらいじゃないか。


「あとで風紀委員会に来てもらう。時間になれば放送で呼び出すが・・・まあ簡単な事後処理だ、そう気に病むな」

「分かりました」

 腕章の違う風紀委員はそのまま捕まえた女子生徒の元まで歩いていく。あそこまで気配り出来ると将来いい上司になりそうな気がする。彼女は鋭く僕を一瞥したが、風紀委員にそれを咎められ首の後ろを掴まれた猫のように連行されていった。南無三。

 不意に視線を感じてその方向をチラリと見ると黒曜がこちらを見ていた。貧乏くじ引いたな!おめでとう!という視線と今にも噴き出しそうな顔を見て、僕は彼に対して精一杯の笑顔で中指を立てた。予言書とは少し内容が変わったけど、大まかな流れは変わらないことを僕は知った。

 「・・・・・・」

 登校する生徒がさらに増えてきた。その様子がチラホラ見えてきたが、近くに風紀委員がいるからか皆横を通り過ぎていく。もう関わりたくないのか黒曜以外に僕を見てくる生徒はいなかった。

 (そういえば看板みたいなものは・・・ないな)

 どうやら百発百中の予言書ではないみたいだ。

 (でもこんなことがあったんだ。まだ安心は出来ないな)

 僕はそれなりに警戒しつつ学校の中に入って、トイレに駆け込んだ。

 

 

 「うえええええええぇえええええええええええええ!!!!!!!」

 吐き気が勢いよく襲ってきた。知っていたからあそこで落ち着けた。知らなかったら確実に痛みで自分を誤魔かせなかった。

 「はぁはぁはぁ・・・・・」

 トイレの便器の水は黄色が少しだけ浮いていた。朝飯は抜いてきた。おかげで胃酸だけを吐くだけで済んだ。あとでうがいとかしておこう、これから食べる早弁に味を残したくない。

 

               スゴイ、スゴイ


 「・・・・・・・」

 この声、誰の声かは分からないがさっきも聞こえた。便器の水を流し、トイレの鏡の前に立つ。鏡の中には少しやつれた自分がいた。その隣には誰かがいるわけではない。だが、なんとなく違和感を感じる。昨日までにはない違和感、正確には昨日の放課後から感じる他人が近くにいると錯覚する感覚。

 (あの予言書だろうな)

 さっきのことで完全に目が覚めた。おかげで記憶が段々と鮮明になってきた。

 (あのビルの中で起きたこと。逆さの星、生きているように伸びた樹、そして誰かの声・・・)

 ウルは魔女に好かれていると言っていた。それはつまり。


             ヨクガンバリマシタ


 「うるさいよ」

 お前に僕の何が分かるって言うんだ。


            ニゲタンデショ?チガウ?


 「・・・・・・ハンっ」

 これは鼻で笑うしかない。ただ逃げて立ち上がって走ってるだけだ。全く違うね。


          ワタシナラアナタヲスクエルケド?


 「余計なお世話だ」

 救われない魂の代表みたいな奴が何を言っていることやら。

 「そういうのは間に合ってんだ」

 僕はその一言を鏡に向かって言い放つ。完全に痛いやつだけれど、ここで言わないと頭がおかしくなりそうだった。



 「僕はもう過去の答えを出してもらったんだ。その恩を忘れたりはしない」



              フフフ、カワイイ


 「あと言っとくとな」

 

                 ?


 いるはずのない存在に向けて、

 「僕はブラック会社なんだ。秘書でもなんでも働かせる役職に就かせて一生こき使ってやるから覚悟しとけよ」

 すると笑い声は消えて、勘違いでなければ、近くに感じていた気配も消えた。

 「・・・さっさと教室行こ」

 まだふらつく身体を動かして、僕は教室の自分の机を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る