第2章 神はいらない助言を与える ー 2


「???」

 予想の斜め上を行き過ぎて理解が追いつかない。本に選ばれたって言うからこの黒い本を巡って何かのバトルものが始まる想定をしていたのに、まさかの予言書。僕は反応に困り唸りながら声を絞り出す。


「ん~~?つ、つまり?」

「いや、そのまんま。まんま予言書なんだって」

「待って、予言書って言われても分からない。理解が追いつかない」

 いくら僕がネットワーク環境が整ってない情弱野郎とはいえ、そんな冗談を信じられるほど僕も余裕がある方ではない。ここがカリフォルニアで僕がたまたま川に砂金を探そうとしたならまだ納得が行くけど……それは無いな。でもそうなると昨日行った場所に原因があるよな。あの建物は・・・。


「あれ」

 そこで何か引っかかった。パズルのピースが力を入れずにスッと入るみたいな正しいけど正しくない違和感が僕の思考を止めた。


「どうした?」

「今色々疑問が出てきたから質問しても大丈夫かな?」

「そりゃあもちろん。全知全能じゃないから答えられる範囲は限られるけどな」

「ありがとう」

「何も言ってないのに感謝するのはこれ如何に」

「先行投資だよ」


 などという冗談は置いといて。あの時の、僕が闇に覆われる時のことを思い出す。覆われるまでの数秒間、僕は辺りを見渡していたのだ。絶対絶命の時に見たものは記憶に刻み込まれる、おかげだ。あっちは思い出したくもないが今の問題はそっちじゃない。昨日のあの部屋にあったものだ。


 けどまずは情報を出してまとめよう。先程のメモ用紙に箇条書きで問題を並べる。


・昨日の建物は(おそらく、というか絶対)日本のものではない

・建物内は4階建てだった、そのうち一階は地下なので外観は3階

・3階のとある部屋以外は何もなかった

・3階の探索を終えようとした段階でその部屋に引きずり込まれた

・その時になんか色々あって、帰ると「Sabbath」と書かれた黒い本を持っていた


 大まかな情報はこれだ。ここに部屋の中にあった色々なもの、そしてあの正体不明の枝と声は分からないから一先ず保留。よし、こんなところだろう。


「お待たせ。聞いていい?」

「いいぞ」

 ウルに聞くのはどれがいいだろうか。おそらく正体不明の何かを聞いた方がいいのだろうが、机上の空論となりそうなので、あの部屋で見たものを書けば何か分かるだろう。うろ覚えで書いたメモをウルに見せる。


「あっ、あとこれが部屋に書かれてたんだけど」

 部屋の中には無数のボロ紙が貼りつけられており、その中の一つに丸の中に星が書かれていたのだ。ウルはそれを見て、納得したように頷いた。そして顔の球体をUの形にして僕に向かって合掌する。


「ご愁傷さま、あなたは魔女に好かれています」

「・・・・・・・・やっぱり?」

 僕は額に手を当てた。何となく予想していたとはいえ、超常現象そのものみたいな存在にそこまで言われると一周まわって安心する。

 これが心配していた机上の空論だった。ウルがここでそんなもの知らないと言えば超常現象でも分からない何かというもっと飛躍したものへと話をシフトしなければいけなかったからだ。まあ結果論だけど、どうにかなったからヨシとしよう。

 で、ここに書かれているのはやはりペンタグラム。訳すと五芒星を意味するこのサインは古今東西の魔術の記号として使われてきた。西洋だと正位置の五芒星は魔女の記号とされており、逆位置の五芒星は悪魔崇拝の象徴とされてきた。まあ散々この手のネタでサブカルチャーを生み出し続けた日本なのだから本当に今更なことなのだが。擦り続けてそろそろ変な神話が生まれそうな気がする。


「その反応を見る限りだと事前学習は済ましているように見えるな」

「まあね。特に日本はこういうの好きだから」

「はーん、なるほど。そういえばこの国だと流行ってたもんなぁ・・・」

 うちの国の文化はよそ様の文化を弄ることが好きなもんで。思い出せる限りの日本の歴史を鑑みながらそんな失礼なことを考える。


「あ、そうだ。一つ聞きたいことがあったわ。海人はその予言書を――――」

 ジリリリ!ウルがいざ喋ろうとした時に近くにあった目覚ましがけたたましい音を鳴らした。

「あ、やべ!」

 大きなため息をウルが漏らして僕は急いで目覚ましを止める。

「ゴメン!その話、後で聞いてもいい?」

「・・・いいさ。一日ぐらいは余裕があるはずだからな」

 ウルから痛い視線を喰らいながら、僕は棚の中から制服を出して急いで着替える。今日が特に何かがあるわけじゃないけど、出来るだけ人目のつかない時間に学校へ行っておきたい。また嫌なことを思い出しそうな気がするから。


「分かった。じゃあ俺は静かに待っていることにするが、一つ、いや二つほど言わせてくれ」

「二つ・・・うん、それぐらいだったら覚えてられるかな」

 一呼吸置いてウルは言葉を紡ぐ。


「一つ、何があっても記載済みの予言書の書いてある通りに動け。二つ、俺と似たような存在に会っても無視すること」


 記載済み・・・・何のことだろう?それよりも気になるのが、

?」

「そうだ、正確には俺と同一の神か天使だ。天使は分かりやすいが神に関しては判別がつかない」

「え、それはどういうこと?コソコソしていて見られないとか?」

「コソコソて・・・いや、普通の輩には見えないんだよ。いやなに、簡単なことだ」

 ウルは近くに置いてあった土産のティラノサウルスの人形を手に取る。

「俺たち神様は絶滅危惧種なんだ。見つかったら怖くてがおーって襲い掛かってくるから」

「えぇ・・・」

 なんか変に馬鹿にされている気分だ。仮にそうでなくても絶滅危惧種が襲ってきて何か意味があるというのだろうか? 

 ・・・いや待て。そうなるとあの枝みたいな存在は一種の神様ってことか?でもなんでわざわざ魔女印の予言書なんぞ僕に渡すのだろうか。

 「ウル」

 「なんだ」

 「・・・いやなんでもないや」

 気にはなる。だが、情報が足りない今ではどうしようもない。もっと重要な手掛かりのような何かが判明するまでは口に出さない方がいいと思う。

 「でもって天使はまんま蟲」

 「蟲?あの飛んでたりする?」

 「そうそう。こっちにいる虫と何ら変わりない。あるとすれば、そうだな・・・」

 ウルは唐突にブツブツと何かを言い始めた。上手く聞き取れなかったけど、日本語ではない別の言語だった。 


 「ごめん、なんて?」

 「あ、そっか。上の言葉はこっちだと分かんないもんな。スマンスマン」

 ウルは謝りながら、頭を大きく一回しして蟲の特徴を一言でまとめた。


 「全身が妙にピカピカ光ってるんだよ。コガネムシの数倍は光ってるから一見で分かると思うぜ」



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