第2章 神はいらない助言を与える ー 0
「え?世界が滅ぶ?」
いつものように釣りをしていると腐れ縁の未来神がとんでもない話題を持ってきた。
「そそ。滅んじゃうよー」
「だからそういう軽いノリで言うことじゃねぇだろ・・・」
本当にコイツは未来神かよ、と毎回思う。破壊神の自分に言わせれば敵対してもおかしくない存在なのだが、過去の因縁とかそういうのは取っ払って今は普通に仲良くしている。
その前にコイツは一応女神であることを意識した方がいい。未来神なので目と耳を閉じるための長い青の目隠し(レース付き)に赤のヘッドドレスに足元まである長いベールを被る。首元にフローラルなリボンのチョーカーがある、ここまでは問題ない。問題は着ている服、ペプロスのサイズが合ってない。本来コイツは未来を見る力を使っている時は子どもの姿になってる。しかし、力を使わないと成人女性程度には大きくなるので・・・。
「というかいい加減まともな服着てくれない?あと人の服をクンカクンカすんな」
「えぇ!?いつもさせてくれるのにどうしたの!?何か悪いものでも食べた!?」
「・・・コイツ本当に人類の味方だったのかよ」
そして未来を見る力を使った後に大きくなるとなんの反動か精神が反比例して幼くなる。だからまあ色々出っ張ったところが当たるのだ。性欲が無いからもはやどうでもいいのだが体裁というものがある。もしここに画家がいたら問題となる絵を描いて大きく儲けることだろう。後々のスキャンダル含めて、な。
「で、なんで未来を見たんだ。今だと力がほとんど入らないから使える代物じゃないだろ」
「いやいや、私が使いたくて使ったんじゃなくて下位の子たちが願ったから見てあげたの」
「へぇ・・・」
釣り糸が少し動いた。
神界には現在上位と下位の神が存在している。上位神はよくある神話に出てくるメンツで、そのほとんどが過去に起きた戦争で亡き存在になっている。で、そうじゃない神たちが下位神と呼ばれる存在だ。
コイツらは基本的に人の勝手な想像で生まれた産物ではなく、何らかの形で神と呼ばれた霊的存在がだいたい下位神と呼ばれる。日本における付喪神なんかがそうだろう。なんで曖昧なのかは主に人間たちにある。神を肉体の持った存在にして崇めたり、偶像にしたり、悪魔に近いものにしたりしたのが原因だ。それに最近人間たちが使うようになった言葉(神がかっている、など)が原因でさらに悪化して、ただ道を歩いていたら神が生まれたとかもはや神界の神も状況を理解できていない。まさに神(紙)の大暴落ってね。
「なんか寒いこと考えてる?」
「どうして」
「君がそんなにやけた顔をする時って面白くないこと考えてる時だから」
「・・・・・・・・あ、ハイ」
短い付き合いではないし、そのくらい分かっても当然か。釣り糸の方に視線を戻すとそれなりにいい引きをしている。
「ほい」
手袋を外して水の中に入れる。軽く力を使うと水面に魚がプカリと浮かんできた。口をパクパクさせたまま、黒い目を見開いている。
「あ、ズルい。そんな力の使い方、いけないんだー」
「うっさいわ」
昔と違って今出来るのは相手の意識の一時的な破壊、俗に言う失神程度の芸当だけだ。今は岩を触っても塵に出来ないし、声を出しても相手の頭を破裂させられない。
所詮は信仰の賜物ってだけだ。人から信仰されていなければ神なんぞただの奇怪な力を持った存在でしかない。語り継がれることなんてないし、物語の題材にされることもない。
「これぐらいしか使い道が無いんだ。俺は」
世界が人の時代になって数十世紀。未だに信仰が存在しているのには驚きだが、不安や恐怖は蔓延っている。それを考えるとあるのかも分からない救いの手にすがりたくもなる、と勝手に考える。もしこの世界を破壊できるならそれが取り除けるかもしれないなんて考えるのは身勝手だろうか。いや、関係ないな。
「なら私に使って欲しいなぁ」
「嫌だね。朝までずっと監禁コースなのが見え見えだからな」
「いや、その後ずっと監禁するけど?」
「・・・・・・・・・・・・・」
コイツにとって俺はどんな存在なんだ、と思った。この未来神は昔の因縁があるからなんとなく付き合っているものの、時々素でとんでもないことを言い放つ。下の世界ではこれをヤンデレとか言うが知ったことではない。何故か目の奥のハイライトが消えているように見えたので話題を戻すことにする。ついでに釣りもやめて立ち上がった。
「それで、なんで世界は滅ぶんだ。今まさに監禁されたことによる影響って言うのか?」
「ハハハ、そっちは関係ないよ。これから天使が降りてとある町を混乱に陥れるってだけさ」
「・・・・・・・あ?」
「うん?」
思わず持っているバケツを落としてしまった。歩いている山の道が少し傾いていたこともあって取った魚が倒れたバケツが作った水の道を滑り河の中に落ちた。魚はまだ目が覚めていないようで死んだように人間界の海に続く流れに身を任せていた。
「それは、その話は他の奴に言ったのか」
「いいや?君が一番最初だよ」
「・・・・・質問いいか」
「どうぞ」
「それは俺の性格を分かって言いに来たってことか?」
未来神はふふんと鼻で笑い、さぁ?とわざとらしく肩をすくめる。
「私はただ釣り帰りになる前の君にこの話をすればどうなるかと思っただけだよ」
「もし帰り際にしていたらどうなっていた」
「魚は落とさなかっただろうねぇ。元から入っていなかったみたいだけど」
ケラケラと笑いながら俺の前を歩きだした。そしてなんでもないように振り返る。
「さあ、どうする?」
振り向きざまに見えた目は明らかに試している目だった。先程まで気が付かなかったが、未来神の足元は泥に汚れていた。
それに彼女の来ている服は未来を見る為に必須の道具で少しでも汚れれば、この神が必要とされない世界において、見えるはずの未来が大きく曇る。そんな大事な服を着ている状態で俺が釣りをしているこんな山の中に来たのだ。とんまでも気が付くだろ、お前が必死になって来たってことが。心臓があればくっついた時にでも気付いただろう。いきなり話すことも出来ただろう。だが、それでは俺が動かない。知っているからこそ動かない。けど動かし方も知っている。
「ハッ、キッショいわ。お前」
「それは誉め言葉でいい?」
返す言葉を探そうとして頭を回している間に口が勝手に動いた。
「壊すに決まってんだろ、そんな世界。だってまあ破壊神だから、な」
バケツを未来神に押し付け、川の先にある崖へ駆け出す。
「場所は日本の兆羽市!時間は明日の朝からだからね!」
「分かった」
視界がドンドンと雲に埋め尽くされる。このまま走り続ければ崖から駆け落ちることだろう。だが、これからそれをする。駆けて、崖から飛び降りて、いつぶりかの下の世界に飛び出す。
崖の端について、飛び出すために右足に力を入れる。その時に後ろから行ってらっしゃいと声がかかる。
「おうよ!」
そのまま天の山から飛び降りる。眼下にはすっかり様変わりした人の世。
(さて)
下にかかる慣性の中で俺はゆっくり思考を回す。
「まーた勢いで行動しちまったけど、どうしよ・・・・」
一抹の不安を抱えながら俺は雲海に突っ込んだ。こういう不安な時に神頼みとやらがしたい。・・・まあ俺も神様なんだけどね、意味ないね。
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