第1章 天使は都合よく舞い降りる ー 5




 キーンコーンカーンコーン

 「はっ!?」

 気が付くと学校・・・ではない。

 「え?ナニコレ!?」

 立ち上がり辺りを見回す。鬱蒼とした木々が僕の周りを囲んでいる。それらの間にも幾重にも木があり、ここが何処かの森であることは推測できる。

 「学校・・・じゃないよな」

 着ている服はいつもの制服と上履き。眼下にある机と椅子は学校で使っているものとほぼ同じ・・・いや、机の中にある教科書には僕の名前が書いてある。

 「というか、どこだココ」

 僕は確実に家で寝ているはずだ。例え何らかの形で兆羽市から出たとしても、ミキサーの上を通ることは出来ないし、横断するにしてもモノレールは午後の8時には全て運休になる。駅構内に入れてもそこからはモノレールの鉄骨の上を命綱無しで渡らなければいけない。それに兆羽市近隣にある自然は伐採の限りを尽くされているので、あるとしても精々街路樹くらいだろう。森なんてあるはずもない。

 (うん、これは夢だ)

 僕は空を仰いだ。そこには雲が一つもない星空に今にも落ちてきそうな大きく輝く月があった。夜、森、そして一人。これが映画ならばこの後僕は確実に怪物に襲われる運命を辿るだろう、などと下らない妄想をする。

 (・・・・・・・・待った)

 そこであることに気が付いた。怪物がいるのなら他に何か生物がいてもおかしくないはずだ。耳を澄まし、周りから聞こえる音に集中する。

 (生きものの気配がしない?)

 時期にもよるが森には確実に鳥や虫がいる。地面を掘ればミミズやダンゴムシ、木の上を見ればリスや夜だからフクロウ、それに怪物の定番である狼や熊がいるはずだ。しかし、どこからか吹く風の音以外何も音が聞こえない。まるで生きたものを寄せ付けないかのような雰囲気が周囲から漏れ出ている。

 (でもなあ)

 目覚めた瞬間に学校のチャイムが聞こえたのは確かだ。つまり生きものこそいないが確実に建造物はある、はずだ。

 「・・・・とりあえず動くか」

 天に輝く月は丁度真上に来ているからアテにならない。だから唯一吹く風を頼りに進まなければいけない。

 (鬼が出るか、蛇が出るか・・・・あ、何にもいないか)

 不安を塗りつぶすほど膨れ上がった好奇心を背負い、僕は風の吹くまま暗い森を進んでいった。


 「うわっ・・・」

 結構な時間を歩くと校門の前に出た。やはり学校があるのかと思ったのも束の間、その周囲にあるものに驚きを隠せなかった。

 「ホラ―映画みたいな演出だなぁ」

 校門の前には僕と同じ制服を着たマネキンが不規則に並んで、いや配置されており、その一体一体がよく見る朝の光景を作り出している。そして全員が例外なく校門の方を向いている。

 (そうだ、確か明日は)

 風紀委員による荷物検査の日だ。校門の周りには風紀の腕章を巻いた生徒のマネキンが何体もあった。本来なら教育指導の先生がやるものなのだが、昨今の人手不足により風紀委員の生徒がやっている。なお他にも風紀委員には先生の代理となる仕事があるので、風紀委員の生徒には別途給料が渡されたりしている。その給料を人件費に回せばいい気もするが、兼任でやれるほど最近の授業の難易度は緩くはない。世知辛いのはどこもかしこも一緒なのだ。

 「とりあえず、ここは違うかな」

 不気味に思って小さく言い訳を漏らしてから踵を返す。

 「あれ」

 来た道が無くなっていた。正確には自分で作った獣道がまるでだれも通っていないかのように元通りになっている。嘘だろと思って後ろの茂みに手を入れる。

 「あ痛っ!?」

 指に刺したような痛みが走った。思わず手を引っ込めて確認して血は出ていないことに一息つく。

 「え、どういうことだ・・・?」

 先程まで掻き分けた葉っぱたちが全てヒイラギになり、その合間から見えるのはバラの棘がある。木を見るとそのどれもにバラの茎が巻き付いて、魔のモノどころか聖者でも寄り付かなそうな状態になっていた。ギリギリ見える範囲で森の奥を見たが、ほとんどの木に分かりやすく緑の茎が巻かれている。

 「・・・・・・・進むしかないってことか」

 後ろを振り返って校門に向き直る。気のせいか先程よりも木々が増えて鬱蒼としている気がする。加えてマネキンの数が増えている。時間が進んで人も増えたということだろうか。

 「はは、夢の中でも登校したら出席増やしてくれないかな」

 並ぶマネキンの隙間を通り校門の丁度前まで来ると、妙に開けていた。風紀委員の生徒が荷物検査をしているからというのもあるが、まるでこの場所に来てくれと言われてるようだった。

 そこを通って校門の中に入ろうとして後ろから強い衝撃が背中を襲った。

 「うおっ!?」

 痛みはそこまで大きくなかった。というのも後ろからタックルされたほどの衝撃、と言えば伝わるだろうか、が来たのだ。それぐらいで倒れるほどやわじゃないので何とか立っていられた。振り向くと後ろからマネキンがぶつかってきたようで、女子の制服を着ている。タックルした勢いで倒れたそのマネキンを見て思わず目を剥いた。

 (なんだこりゃあ)

 マネキンの顔に何故か絶対に許さないと酷く崩れた血(?)文字で書かれた張り紙が張られていた。ピィーと紙に亀裂が走り、パクリと割れる。その合間からギョロリと大きな目玉がこちらを捉えた。

 「え」

 目はギョロリギョロリと左右を見て、最後に僕を見た。お前も見てみろ、声には出されない言葉を受け取り、促されるまま僕は周りを見てしまった。


 「う、があああああああああああああああああああああああ!?」


 近くにあったマネキンたちの目の部分から一斉に眼球が現れ、その全ての双眸たちの視線が今まさに僕を突き刺した。天と地が反転したと勘違いしそうなほどの強烈な眩暈を込み上げさせて、思わず声を上げて尻もちをつく。

 (はっはっはっはっはっ)

 集団の視線に背を向けて身体を丸める。脳に割れるような激痛が走った。酷く煩い耳鳴りが火災ベルのように鼓膜の内側から鳴る。こんな脳しょうに過電流が走るみたいな痛みを僕は知っている。いや違う、正しくは知覚しているわけではない、知っているだけだ。そう、これはだ。

 (えっあっくっあっえっあっ)

 思考が徐々に濁っていく。冷や汗が全身の毛穴から吹き出る。声が呻きなのかどうかも分からなくなる。ただ、言えるとするならば。見るな、僕を見るな。


見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな



              クスクスクスクス



 どこかから笑い声が聞こえてきた。誰だ、笑う奴は。

 信号機の音が聞こえる。確か、曲名は、何だったか。今はそれすら思い出すのが億劫だ。今は昔みたいにあそこにいた奴らを覚えないと。



         可哀そうに。可愛そうに。可哀想に。



 可哀想?誰が?いや、そんなことはどうでもいい。顔を上げて周りの連中の顔を覚えないと。覚えて、見させないようにサセナイト。モウ一度ミセナければ二度トぼくをミナイハズダ。



         まだ過去に囚われているのね、フフフ



 ・・・・オチツケ。オチツクンダ。これはゲンジツじゃない、ユメなんだ。悪趣味な夢、そうだ、だから思考が濁るんだ。悪趣味だからどんどん悪い方向に思考が濁っていく。日々、書いてきたものはなんだ。あの日、長門先生と会って、一体何を学んだのか。それを正確に思い出すんだ。

 「そうだ、トラウマは耐えられなかった心の記憶。だから思い出しても仕方が無いんだ」

 心の中に透明な酸素が行きわたる。邪気が吐かれ、透気クリーンになる。それに呼応するかのように身体から余計な力が抜けて、全身が力んでた分の熱を吐き出した。

 「・・・・・・ヨシ」

 顔を上げ、大きく息を吸う。単なる深呼吸だ、大したことではない。膝はまだ震えているが立てないほどではない。

 先程まで耳元に聞こえていた声の気配は何故かない。そんなことはもはやどうでもよかった。ここで一つの結論が出たからだ。

 (・・・・・・あの本だな)

 曰くつきの物品が落ちていることはよくある。どことも知らない場所から運ばれたビルの中にそんなものがあるかもしれないからこそ廃ビル調査員に仕事が回ってくるのだ。あの本は恐らく精神に作用する曰く付きの物品で僕はそれの餌食になっている、というのが今出せる結論だ。

 「とりあえず、起きないとな」

 こんな明らかに動揺して目が覚める場面になっても覚醒する感覚が一切ない。むしろほとんど起きている時と変わらない。曰くつきでもこれはかなり危ない代物かもしれないと考えると自分の運の無さを呪いたくなる。

 「・・・・・ん、あれ?」

 そこでやっと周囲を見渡して自分がいる場所に気が付いた。

 「どこかの事務所・・・・?」

 先程まで森に囲まれた校門前にいたはずなのに今は見知らぬ事務所にいた。部屋全体を見てみると、作業用のデスクと今座っている接待用の柔らかいソファーの一対と同じく接待用の低い机に小さい綺麗な灰皿が置かれていた。それと壁に質素な時計があり、時刻は何故か針が無い。

 「どういうことだ?」

 繋がりが分からなかった。ここが病院だったらまだ納得いったかもしれない。さっきの突撃が結構いい当たり方をしてそのまま緊急搬送、なんてことは無いか。クリティカルだったら確実に手にナイフぐらいは・・・。そう思ってマネキンに書かれた文字を思い出すと背中に一筋の冷や汗が流れた。可能性は・・・あったようだ。

 「んー・・・・」

 とりあえず出口を探すことにしたが扉のようなものがない。それに窓もなかった。こうして見てみると閉じ込められたというイメージが強すぎて段々と酸素が薄くなっている錯覚を起こす。まあ夢と分かっているので意味はないが。

 「とりあえず机だな」

 机の上には倒れた写真立てといくつかの白紙の紙、そしてペン立てとあまりにも寂しい。恐らくこの席に座っている人物は忙しい人間ではないのだろうかと思う。まだ先入観で適当に思っているだけだけど。

 何もない引き出しを見たがどれも空。何か入ってたと思わせる擦れた形跡があったがどんなものだったかの判別は出来ない。鍵のついた引き出しも閉まっていると思っていて見てなかったが、鍵がかかってないらしく開けてみても空だったから残っているのは写真立てだけになった。

 「・・・見てみるか」

 写真立ての端を掴んでゆっくりと持ち上げる。下に手りゅう弾を入れる穴が空いているなんてことは無いが、写真立ては結構大きな情報がある。緊張しながら写真立てを最後まで立てて、

 「――――――――――は?」

 予想通り絶句した。そこに写るのは二人の人物、一人は制服をピッチリ着た顔を黒く塗りつぶされた少年、もう一人は少年の肩を嬉しそうに掴むキッチリ着た男性だ。二人の背景には青空の中に桜が舞い、後ろに入学式と書かれた看板が立っていることから少年の入学式と判断できる。当然こんな場面を見せられたところで首をひねるしかないが、そこに写る男性の方に面識があれば絶句してしまうのは必然だろう。

 「相良さがら・・・・練巴ねるは・・・・・・」

 相良練巴、それはこの兆羽市の現市長である。そして僕がこの街に来る時に長門先生の次に面会した人物だ。



 相良練巴は『主夫で政治家!』という建前で市長戦を勝ち抜いた。市民の苦労を理解し、市民と苦労を分かち合い、市民への苦労を減らしていく。そんなスローガンを掲げた彼は本当に兆羽市の為に粉骨砕身で働いてくれた。交通インフラに市民の治安回復、それに学生支援は今でもお世話になっている。その傍らで子育てをする様子もSNSで投稿されているからファンの多いことこの上ない。その微笑ましさから当分市長選が行われないと噂されたほどだ。



 「なんでだ・・・・?」

 写真立てをそっと倒し、机から離れてソファーに座る。彼が息子のことを世界の至宝のようにかわいがっていることは知っている。実際に会った時はそれはもう、すごいくらいに息子の話をされた。というか僕が住む条件とかの話だったのに、振り返ると市長の息子のことしか思い出せない。記録係の顔が若干引いてた気がする。

 「ん?」

 そこでハッとなった。机に先程まで見えなかった大量の資料が何かを囲む壁のように積みあがっていた。その資料の間に一体のマネキンが頭を抱えていた。マネキンの後ろに回ると、資料の合間には大量の顔を塗りつぶされた少年の写真が机に並べられていた。

 「この少年は・・・・」

 最早察しがつくのだが、並べられた写真の一枚を取ろうとしてマネキンに腕を掴まれる。

 「ぐっ・・・!!」

 積まれた資料を倒す勢いで出された手は腕が折れると思うぐらい力が強く、ミシミシと嫌な音がなった。バッとマネキンがこちらを向いた。その無いはずの双眸から滝のような涙を流し、こちらを睨みつける。腕の力はさらに強くなり、本当に折れそうになった時に、

 「離せ!!」

 積みあがった資料をなぎ倒す勢いで腕を振りほどくといつの間にか校門に戻っていた。しかし先程の鬱蒼とした雰囲気とは違い、いつものビルに囲まれた学校の校門に僕は立っていた。それに周りにいたはずのマネキンたちがいなくなっているから余計に広く感じる。

 (幻覚だった?)

 袖を捲ると腕が握られていたのが否定できないほどの手の跡を残している。アレは実際に起きたことだ、そして今見ている夢はどういうわけかあの市長と関係があるみたいだ。頭が痛くなってきた。どうして学校と市長が関連しているのか見当がつかない。相良市長が来る前から環上学校は既に創立している。なんだったらその前身となった学校たちがあった頃にはまだ市長にすらなっていない。ああ、何なんだこれは。

 「メェー」

 どこからか羊の声が聞こえて、空回りする思考を放棄する。声のした方向を見ると校門の奥に羊がいた。

 「メェー」

 ・・・・・・・・・・・・・・。その羊はスーツを着ていた。しかも頭に天冠を巻いているから死んでいるのかな?大きさからして子羊と言える存在がゆっくりとこちらに近付いて僕の足元まで来ると甘えるように腿のあたりに顔を擦りつけた。

 どうすればいいか、その光景に苦笑いをしていると校門のところにさっきにはないものが置かれていることに気が付いた。倒れた看板が校門の手前に置かれている。

 (さっきまでこんなのあったか?)

 一瞥して確認してみると、特に汚れている形跡はない。おかしいとは思わない。単純にこれから設置される予定のものを先にこうして置いているだけの・・・

 そこで疑問にぶち当たった。今日、もといこの夢の中では風紀委員による手荷物検査が行われているはずだ。その際にこんなものをこうして置いておくだろうか。

 ミキサー内での報連相は非常に重要度が高い。これが凄く重要なイベントの一環ならば事前に連絡網で回っているはずだ。いくら僕が旧型の箱スマホを持っているからといっても町内の回覧板や町内放送でなんでか学校の授業変更を流すくらいにはガンガン情報を回すレベルなのだから。

 傍らから羊の鳴く声が聞こえる。その声は先程の落ち着いたものよりも甲高く、そして焦っているかのように速い。

 (なんかヤバイことでも書かれているのかな?)

 看板の下まで歩き、しゃがみこんで持ち上げると、そこには大きな文字で変なことが書かれていた。『相良■■の葬式』という文字が大々的に書かれている。これに一体どういう意味が込められているか瞬時に考えられなかった。羊の声がより一層甲高くなる。

 (・・・・変だな)

 看板を見て首を傾げた。羊が鳴いていることにではない。この看板自体に違和感を感じる。普通に考えて名前が塗りつぶされていれば違和感を覚えるのだけれど、それが無いのだ。変な言い方をするとということだ。

 「メェーメェー・・・」

 羊の鳴き声が今度は低くなった。まるでこちらが意図を察せていないかのような残念そうにしている・・・

 「いや、ちょっと待った」

 羊の顔の前に静止の手を出し、そのまま頭を回す。ここでさらなる疑問に気が付いた。僕は羊飼いでも無ければ動物の言葉が分かる獣医でもない。ましてや絶対音感みたいな特別な力を有しているわけでもない。ただ何となく分かるのだ。


 脳裏に一つの結論が掠める。だが、今この情報を答えとして動くのは早計だ。情報が足りない。

 

 「まあ、いいか」

 考えても分からない。これは夢だ。今こうして行動していてもどれくらい覚えていられるかなんてわかりっこない。僕は羊の頭を優しく撫でる。

 「ごめんな。もしかしたら何か大切なことを伝えているのかもしれないけれど、僕にはまだ何も分からないんだ」

 羊は悲しそうな声を上げて、項垂れている。こういう時何かいい言葉が無いものかと頭の辞書を開く。

 「・・・・・約束しよう」

 探して出てきたのは最近見た特撮のヒーローのセリフ。

 「この絶望的な状況を必ず打開してみる、と」

 ヒーローの世界では大怪獣が攻め込んできて、ほとんどの街が壊滅。正直ヒーロー一人でどうにかなる状況ではないのだが、それでも泣いている子供を放っておけない彼は子供にそう約束する。

 (不穏だよなぁ、こんなセリフ)

 結末までは見ていない。しかし、察しのいいものならこれが所謂【死亡フラグ】と察せる。だから僕はもう助からないだろうと見るのを切った。事実、その作品は次回作というものが出ていない。

 羊はその言葉を信じたのだろう、その場で某アニメのように飛び跳ねた。・・・あっちはヤギか。というか飛ぶ羊ってなんだ。まあ夢だからあるのだろう。

 (ホント、いい夢見てるよ)

 夢の中でなければこんなことを言ったりはしない。羊くんは嬉しそうに飛び跳ねているが、正直僕にこれを言う資格なんてあるはずがない。知らぬが仏、この羊くんは僕が今まで何をしてきた存在かを知らない。それでいいと思う。今はそんなこと関係ない。言ったもん勝ちなのだ、所詮世の中は。

 キーンコーンカーンコーンと校門の方から音が聞こえる。見ると校門の先から奇妙な光が漏れだしていた。直感であそこを通れば目が覚めると分かる。そろそろ起きる時間になったということか。

 「じゃあ行くね」

 喜ぶ羊くんにそう告げて僕は歩を進める。後ろから小さく鳴く声が聞こえたけれど、正直疲れたのが本音だったりする。こんな不思議な夢の体験をして疲れないという方がおかしいが。

 (起きた瞬間にだるかったら絶対これが原因だな)

 あ、夢だから大半のことは忘れるのか。ははは、と楽観的に考えながら僕は光の中を進む。この夢がこれから起こることの起点になるとも知らずに。

 

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