第1章 天使は都合よく舞い降りる ー 3


 中は外からの光を入れなかった。遺された遮断する意思は現在も健在らしい。

 (地下室があったのか)

 これで単独行動しようものなら本当にスプラッターになる確率が高くなる。入口近辺に掲げられた地図を見て思わず苦い声を漏らす。そこには3,2,1階とB1階があったのだ。噂が本当ならば地下でヤバイことをしていたのだろう。嘘だとしたら入り口で勝手に想像して決めつけた可能性が高い、とんだビビりだな。喜ばしいのは本来あったであろう地下室はこの町に越してくる時に置いてくるしかなかった点だろうか。

 (まずはどこにものがあるか目星付けないとな)

 外観から得られる情報としては締め切り以外なかったけど、実際はこの建物自体にそこまで大きな外傷がなかったのが一番の情報だったりする。ここでは大きな事件などは起きておらず管理人がただいなくなった締め切りのビルか管理人が何らかの理由でこのビルを手放したかったビルかのどちらかになる。あのカーテンの汚れを見る限り前者はない、鍋いっぱいのミートソースぶちまけましたなら話は変わるけど。

 「うーん・・・」

 調べるにしてもリスクが多すぎる。当然ながらビルを調べる際にそのビルがどういう理由でやってきた情報は手に入らない。マジの事故物件が来ることもままある。その際はお札とか十字架だとかがセットのことも多いけど。ここは無難に1階だけ見て帰るべきだろうか。

 「ね、ねぇ海人君。そろそろ行こうよ・・・」

 「あ、うん。そうだね」

 怯える鈴祢の隣で曖昧に頷きながら探索が始まった。


 結論から言うと拍子抜けするほどマジで何も無かった。1階の家具なんてほとんど無いし、仕方ないから2階にも行ってみたがベッドの骨組みすらもない。家宅捜索で全部が押収されたと考えるべきだろうか。もしここが締め切りじゃなければ本当に何もない、封鎖された後に荒れたビルだ、日本でもなかなか見ることはない物件だろう。

 (あと調べてないのは3階とあのカーテンの部屋だな)

 懐中電灯で3階への階段を照らすと階段が崩れてはいるが、僕の身長ならちょうど登っていける。

 「か、海人君、3階に行くの?」

 鈴祢はあまりにも何も無さ過ぎて落ち着きを取り戻していた。そりゃあお化け屋敷に入ったら何もないただ暗いだけの部屋だけしかない状態で白けない人間はいないだろう。でもまだ少し顔が赤いところを見るとまだ緊張はしているみたいだ。

 「うん、ちょっと行ってくる」

 「気を付けてね。3階に何かあるかもしれないから」

 「はいはい」

 そこでふと、あることを思いついた。

 「僕の懐中電灯と已美野さんの懐中電灯、交換しよう」

 「え・・・?」

 何故かすごく意外そうな顔をしている。

 「僕の方が明るいし一人だと心細いでしょ?なら明るい方は已美野さんが持っているべきだ。僕は暗いところなら慣れているし君のもので十分」

 別に不自然ではない。まあホラー映画だとライトが暗すぎて怖がりな人間、今回は鈴祢がやられるパターンもあるからね。念のため、ね。

 「う、うん。じゃあ大事に使ってね」

 「もちろん。そっちこそちゃんと使ってよ?怖くてキャーなんて叫ばれても助けにいけないからね」

 鈴祢と懐中電灯を交換し、そのまま上に登った。

 「あと荷物もよろしく」

 「さ、流石にそれぐらいは出来るもん!」

 そんなむきになることかなぁ。僕はそのまま階段の上へと歩を進めた。


 3階は1,2階と変わらず、ほとんどものが無かった。

 「あとはここか」

 しかし、一部屋だけは違った。ここの部屋だけはこのビルのすべての建物と違い、完全に締め切っている。扉もやけに凝った装飾が施されていて、いかにもここに何かありますと物語っている。ここがあのカーテンの部屋で間違いないだろう。

 「お邪魔しますよ」

 ノブに手を当てると扉はすごく重かった。試しに押したり引いたりスライドするタイプかと思って上下左右に動かしてみたがやはり開かない。

 (でもなんか鍵がかかっているわけじゃないんだよなぁ)

 その理由に鍵穴らしきものがないのだ。今の時代、ほとんどが電子ロックになっているため、なくてもそこまで不思議ではない。けれどこのビルの正面玄関の扉には鍵穴があり、たった一室だけ電子ロックしているのはおかしいというもの。だから色々な方向に動かしてみたのだ。あと近くの壁も調べたりもしたけどスライド式の電子ロックも無かった。

 「あれ・・・」

 よくよく扉を照らしてみると蝶番が2つ取り付けてあった。外開きする扉で鍵穴が無いとなると、もはや開く理由が内側から強く引っ張っていると考えるしかない。どちらにしても僕一人だけじゃ開けることは不可能だ。

 「結局何も無かったってことか・・・」

 なんというか今まで一番ガッカリした。どんなに荒らされたビルでも古い雑誌やら缶詰があるのにここに至ってはただ怖そうという感情しか得られなかった。拍子抜けすぎて欠伸が出てきそうだ。雑に髪をかいてさて帰ろうと踵を返した時、




               まだ後悔してるの?




 聞いたことのない声が聞こえた。鈴祢の声ではない、それよりも少年の声に近い。思い出せる限りでも知り合いに少年ボイスを出せる男子はいない。いや、そんなことはどうでもいい。

 (問題なのは・・・)

 地面を照らす。僕ら腕章を拝借した学生の暗黙の了解として『誰も通っていない道は出来るだけバックトラックの要領で歩くこと』がある。何故か、不法侵入がバレるからだ。足跡が一つなら廃ビル調査員がビル内の危険物を探しに来たと誤魔化せる。

 けど足跡は当然僕のものだけだ。1,2階を探索している時に先客がいれば僕か鈴音のどちらかがその足跡を見ているはず、それぐらい埃が足元に積もっていた。

僕は片足立ちでその場にジャンプして振り返る。後ろには誰もいなかった。

 「幻聴か・・・・?」

 そう思ってホッと一息つこうとした時に、キィッと何処かの扉が開いた音がした。閉まっていた扉なんて一つしかない。

 「・・・・誰だ!」

 開いた扉をライトで照らす。扉が開いていた。


                フフフフフフフフフフ


 気味の悪い声が扉の奥から聞こえる。先程の少年の声ではない、今度はもっとしわがれていて、老婆のような声だった。

 「・・・・っ!?」

 扉の影からユラリと腕が伸びる。その手はまさに先程の声の主と合致しそうなカラカラのしわがれた腕。やせ細いではなく木の枝を削って無理矢理腕に見せたかのようだ。


             おいで、おいで


 手がゆっくりと手招きをする。折れそうで心配になりそうな動きだが、僕はなりふり構わず後ろを向いた。もうこれはバックトラックなんてしている場合じゃない、早くこの場を立ち去らなければ!

 (足が・・・!?)

 駆けだしてすぐに左足が動かなくなった。ライトを当てると足首に細い枝が絡みついている。手招きしている手と同じだ、それに気付いた僕の背中に悪寒が走った。このビルの中で足が引っかかるような木の根なんかは無かった。ライトで手が伸びる扉を照らすと下の方から伸びる黒い枝が見えた。

 (ヤバイヤバイヤバイ!!)

 頭が徐々に白くなっていく。白くなる思考を察知してか扉の奥から枝がスルスルと現れる。どうやら動きが止まった獲物を完全に引き込むつもりらしい。

 「すッ!?」

 鈴祢に助けを呼ぼうとしたがそれよりも早くベルトが緩まりポーンとガスマスクが飛んでいく。脱ぎやすくしたわけではない、少しきつく締めたぐらいだ。情けない音を立ててガスマスクはライトと同じところに転がる。

 あっという間に口元に枝が巻き付く。察しが良すぎる、これではまるで生きているみたいだ!いや、生きているのか?幽霊って実体がないものじゃないのか?なんでこの口を塞いだ枝がこんなにも温かいのはなんでだ?これじゃあまるで触手みたいじゃないか。

 (あ・・・・)

 足が浮く感覚がする。しまった、踏ん張れなかった!その際にライトを落とした。

グッと後ろに引っ張られる感覚がする。お決まりの部屋に引きずり込まれるパターンだ。このままだと食われるか、卵を植え付けられて胸が破られるか。そんなどうでもいいことが脳裏に走る。

 「んんんんんんんんんん!!!!!!!!!!!」

 声を上げようとも、力を入れようとも、状況は一ミリも快方に向かわない。奈落の底に落ちている石をどう止めようというのか。

 (鈴祢・・・・・)

 落とした彼女のライトが最後に僕がそこにいた証明をしている。彼女は絶対に後悔するだろう、それだけは、許せなくて、せめて、僕のことは、わすれ・・・

 中に引きずりこまれた僕は温かい闇に抱かれ、覆われた。

 奥で開いた扉がゆっくり閉まるのが見える。


           大丈夫、私があなたを守ってあげる


 悍ましい笑いと共に聞こえた声を聞いて、僕は何も感じないまま温かい闇に包まれてゆっくりと意識を手放した。


           あら?貴方、もしかして―――――



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